ピクシブ百科事典は2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

親衛隊

しんえいたい

国王/国家元首の警護を行う兵士。又は、アイドルの熱狂的なファンに対する俗語。イラストは、アケメネス朝の不死隊。
目次 [非表示]

親衛隊(イタリア語guardia「警備隊」「守備」)、時として近衛(「宮廷の衛兵」)は特権的な精鋭部隊(※1)で、国家元首の──儀礼的な、もしくは実質的な──警備の機能を果たし、そして/もしくはエリート戦闘部隊としての役目を担っている。

曖昧さ回避

親衛隊(SS)

親衛隊(宇宙戦艦ヤマト)

親衛隊(BLEACH)

語源

「親衛隊」という用語はイタリア語のguardia(「警備隊」)の借用であり、おそらくドイツ語もしくはフランス語を経由している。ロマンス諸語においては古代ゲルマン語の*wardon,、*warton、*wardian(「番をする」「守る」「防ぐ」)(※2、※3、※4、※5、※6)から発している。

 この用語は最初にイタリアで、教皇派皇帝派の争いの時期に使用されるようになった(※2)。ロンバルディア諸都市の防備に就いた地方の住民が、自らの都市国家の主権を巡る神聖ローマ皇帝との戦いで自らを「親衛隊」と称した。別の情報では「親衛隊」という語は十二世紀のイタリアで現れ、都市国家を守る精鋭部隊を意味するものだった。

 とはいえ、権力者の身辺を警護する隊は、その親衛隊と似通った役目により、古代から世界中の国々の軍の中に存在した。近衛兵の原型としては侍従が挙げられ、彼らは警備兵の中から成立し、統治者(君主)と直接の忠誠心の絆で結びついていた。マケドニアアレクサンドロスヘタイロイペルシアの「不死隊」(王を直接警備する最初の千人隊)、古代ローマプラエトリアニガイウス・マリウスおよびローマ諸皇帝。※2)、後期ローマおよびビザンティンスコラエ・パラティナエ、中世のルーシ諸公国やヨーロッパの領主制における従士団(ドルジーナ)などである。ビザンティン皇帝周辺の親衛隊の機能は、スコラエのほかヴァリャーギの衛士たちが務め、ローマ教皇の身辺では(そして多くのヨーロッパの宮廷でも)スイス衛兵が務めている。

 親衛隊は様々な国々で政治における重要な役割も果たした。例えば古代ローマではプラエトリアニがしばしば皇帝の転覆や権力掌握を行い、ロシアでは「宮廷騒動」(イェカチェリーナ二世クーデター)時に親衛隊、特に近衛中隊の大部分がカギとなる役目を演じている。

 ロシア帝国軍(РИА)では、近衛隊以外も、たとえばボロヂノー近衛連隊など、君主が即位するまで長を務めていた(すなわち、その任期中に帝位の後継者の地位にあった)連隊が「近衛(лейб-)」という名誉接頭辞を付されていた。けれども、これらの連隊には「親衛隊(гвардия)」という言葉は用いられていない。

 РИАにおける「陛下の」部隊、騎兵中隊や歩兵中隊は、「近衛騎兵中隊」「近衛歩兵中隊」として各連隊で最初に数えられた。

ロシアにおける親衛隊

 ロシア・ツァーリ国およびロシア帝国において、近衛隊はピョートル一世の治下に生じた。未来の近衛隊の中核となったのはセミョーノフ連隊(すでに1698年にはセミョーノフ近衛隊と称せられていたという説もある。※7)およびプレオブラジェーンスキイ連隊の「遊戯」連隊で、その士官と兵はピョートルによって集められ訓練を受け、彼に献身的に忠誠を誓っていた。すでに1700年から、両連隊は公式に近衛隊と称していた。

 モスクワ近郊の、現存していないプレオブラジェーンスキイ宮殿にピョートルが滞在していた時期にこの二つの連隊が編成され、今では市の編成に入っているこの近隣の土地の名を冠せられることになった。このことを記念し、現在のモスクワでは、セミョーノフスコエ村にある地下鉄セミョーノフスカヤ駅の周辺にセミョーノフ近衛隊の記念碑が建立され、プレオブラジェーンスコエ村のプレオブラジェーンスキイ広場駅にはプレオブラジェーンスキイ隊(ツァーリの遊戯連隊の最初の志願兵である、セルゲーイ・ブフヴォーストフ)への碑が建てられている。

 ロシアの近衛隊の第三の歩兵連隊となったのはイズマーイロフスキイ連隊で、同様にイズマーイロヴォ村およびイズマーイロフスキイ宮殿から命名された。この三つの村はモスクワから東に位置しており、互いに直接に隣り合い、すでに専制君主となっていたピョートル一世はそこにレフォールトフスキイ(ピョートルの廷臣、フランソワ・ルフォールにちなむ)宮殿を建て、この建物はロシア軍の歴史と緊密に結びつくことになった。

 その後、ロシアの近衛隊の隊員数は著しく増加し、その編成はたびたび拡張した。1913年(第一次世界大戦前夜)にはニコラーイ二世の近衛隊はその中に以下の隊を含めた。三個の親衛歩兵師団(第一、第二、第三)、二個の親衛騎兵師団(第一、第二)、一個の独立騎兵旅団と付属する補助部隊、その中には皇帝陛下警備隊(皇帝の騎馬警備隊)と宮廷擲弾兵中隊(国内で儀礼的な宮廷の警備を担当する古参兵中隊、今日まで存在するイギリスビーフィーターに似る)も含まれる。

 第一次世界大戦の初期、ロシア帝国の近衛隊には以下の多くの歴史的な人物が勤務していた。特に、П・Н・ヴラーンゲリ(近衛騎兵連隊所属の中隊指揮官)男爵、K・G・E・マンネルヘイム(独立騎兵旅団の指揮官)、П・П・スコロパーツキイ(近衛騎兵連隊指揮官)、М・И・トゥハチェーフスキイ(セミョーノフ近衛連隊の少尉)などである。


※1 Источник: Военный энциклопедический словарь (ВЭС), Москва, Военное издательство, 1984 года, 863 стр. с иллюстрациями (ил.), 30 листов (ил.)

※2 Гвардия // Большая советская энциклопедия : в 66 т. (65 т. и 1 доп.) / гл. ред. О. Ю. Шмидт. — М. : Советская энциклопедия, 1926—1947.

※3 Макс Фасмер. Этимологический словарь русского языка. Дата обращения: 5 апреля 2016. Архивировано 19 апреля 2016 года.

※4 П. Я. Черных. Историко-этимологический словарь русского языка. Дата обращения: 5 апреля 2016. Архивировано 15 сентября 2015 года.

※5 Online Etymology Dictionary of the English Language. Дата обращения: 5 апреля 2016. Архивировано 5 апреля 2016 года.

※6 Il Vocabolario Etimologico di Pianigiani. Дата обращения: 5 апреля 2016. Архивировано 24 сентября 2016 года.

※7 Гвардия российская // Энциклопедический словарь Брокгауза и Ефрона : в 86 т. (82 т. и 4 доп.). — СПб., 1890—1907.

ソヴェト同盟およびロシア

 ソヴェト同盟では親衛隊の名誉称号が特に傑出した隊や兵団など授与されたが、しかし彼らは帝政ロシアにおける親衛兵団のように個別化した戦闘単位として設置されることは決してなかった。

ロシア連邦において

 現代のロシアにも親衛隊のようなものは存在している。第一にロスグヴァルヂヤ(ロシア連邦国家親衛軍の中に含まれる。諸外国における州兵や民間防衛隊の相当物という。以前のロシア帝国で用いられた国内警備隊、ソヴェト同盟における内務省軍)。第二に、ロシア国防省の親衛部隊および兵団(ソヴェト同盟より引き継がれた部隊)。第三に(実質的に唯一の伝統的・儀礼的な親衛隊の機能を持ち、しかし公式にはその地位を有していない)ロシア大統領連隊である。

 2000年12月22日、「祖国の軍の伝統、軍務の威信の強化の再生および発展のために、そしてロシア親衛隊の三百周年に関連して」大統領В・プーチンの布告により、ロシア親衛隊の記念日(9月2日)が制定された。

国王/国家元首の警護を行う兵士

アケメネス朝ペルシャ

ローマ帝国

東ローマ(ビザンツ)帝国

オスマン・トルコ帝国

ロシア・ツァーリ国

ドイツ第三帝国

その他近現代諸国における親衛隊

フランス

 イギリスの例に倣い、騎兵軍曹(Sergents d’armes)からなる王の警備隊がフィリップ二世尊厳王の宮廷で発生した。百年戦争の次代にはヴァロワ朝のシャルル七世治下で騎兵の従士隊に代わり歩兵の軍団が登場し、当初スコットランドの射手が中隊に定められていた。新しい親衛隊はGarde du Corps(身辺警備隊)と命名された。

 大フランス革命後に王の親衛隊は廃止されたが、ナポレオン一世によって執政の親衛隊として、1804年以降は皇帝親衛隊として設置された。

イギリス

 今日に至るまで、以下の部隊がイギリスの近衛隊に数えられる。

 イギリス近衛師団は、五つの連隊から成り立っている。

 王室騎兵隊は二つの連隊から成立する。

イギリス主権者警護隊は三つの隊からなる。

  • 儀仗衛士隊
  • ヨーマン国王警護隊
  • スコットランド国王警護王立射手中隊

 近衛師団と王室騎兵隊に属する連隊は、儀礼的な機能と戦闘上の機能を兼任している。近衛師団では戦闘態勢にある自動車化歩兵があたり、王室騎兵隊では装甲偵察車両隊があたる。主権者警護隊はベテランの退役軍人によって構成され、しかし主君の警護は名目的な任務であり、実質的な警備はロンドン首都警視庁の警視監(プロテクション・コマンド)が担っている。

 歴史的には近衛機関銃連隊なども存在した。

スペイン

 現在のスペインには王の身辺警護としてグアルディア・レアルが存在している。

オランダ

 現在のオランダには二つの親衛隊──擲弾兵・狙撃兵護衛連隊、およびイレーネ王女護衛フュージリア連隊──が存在する。

デンマーク

 現在のデンマークにはデンマーク国王近衛兵が存在する。

スウェーデン

現在のスウェーデンには近衛隊が存在している。

ノルウェー

 現在のノルウェーにはノルウェー国王陛下近衛兵が存在する。

日本

 明治維新の結果として日本国皇帝が実権を与えられた際に「御親兵」が成立した。フランス式に編成され、薩摩藩の蜂起(西南戦争)鎮圧に際し「戦火の洗礼」を受けた。

ヴァチカン

 現在のヴァチカン市国の軍はスイス衛兵から成り立っている。スイス衛兵のほかに、最後に存続していた貴族衛兵およびパラティヌス衛兵は教皇パウロ六世によって1970年に廃止された。

アイドル等の熱狂的なファン集団

※登場作品名50音順

関連タグ

親衛隊(組織) 軍隊 兵士 ファンクラブ

関連記事

親記事

親衛隊(組織) しんえいたい

兄弟記事

pixivに投稿されたイラスト pixivでイラストを見る

pixivに投稿された小説 pixivで小説を見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 6190860

コメント

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました