概要
旧日本海軍の古鷹型重巡洋艦の2番艦。由来は兵庫県を流れる加古川。
当初は二等巡洋艦の川内型4番艦として計画されていたが、ワシントン海軍軍縮条約により工事が中止。その後、「魚雷ではなく艦砲を主力とした水雷戦隊旗艦」という方向性から「偵察巡洋艦」として条約制限いっぱいである20サンチ砲6門を搭載する一等巡洋艦へ、予算と名称がスライドした。
しかし先述のとおり建造中の事故により古鷹が先に竣工したため、タイプシップは古鷹となった。
軽巡洋艦と殆ど変わらない艦に、20サンチ砲6門を装備するというコンセプトは世界に衝撃を与え、このことが後にロンドン海軍軍縮会議で「重巡洋艦」というカテゴリーを生み出し、その保有が制限されるきっかけとなった。第一次ソロモン海戦で活躍した後、その帰路に米潜水艦の雷撃により沈没した。
1942年9月15日に除籍。なお、二等巡洋艦の命名基準のまま一等巡洋艦として竣工した重巡洋艦は、本艦のみとなった。