概要
名前はドイツ語読みだと「フェテル」であるが、英語読みの「ベッテル」が定着している。
レッドブルの育成プログラムでステップアップしている最中に、BMWザウバーへレンタルされてF1デビュー。この時当時の史上最年少入賞を果たした。
レッドブルのジュニアチームであるトロ・ロッソから本格的に参戦を開始。2008年に初優勝を飾り、レッドブルへ昇格。2010年に同僚のマーク・ウェバー、フェラーリのフェルディナンド・アロンソとの三つ巴の死闘を制して当時の最年少チャンピオンを獲得。
以降はライバルを全く寄せ付けず、V8自然吸気エンジン規定最後の2013年まで4連覇を達成し、母国の先輩であるシューマッハの記録に迫る唯一の存在と目された。
だが2014年にハイブリッドカー規定に変わった途端、レッドブルのマシンは競争力を失う。加えてダニエル・リカルドがベッテルを上回る成績を残し始め、この前までの蜜月はどこへ消えたのか、チームとの関係も著しく悪化した。この年ベッテルは1勝もできず、フェラーリへ電撃移籍することになる。
フェラーリのマシンもメルセデスの独走を止められなかったが、ベッテルは幾度かの勝利を挙げてランキング2位につけるなど、唯一ルイス・ハミルトンを脅かす存在として戦った。しかし契約最終年となった2020年は、若手のシャルル・ルクレールより大幅に下の13位という惨憺たる結果に終わった。
2021年からアストンマーチン(旧フォースインディア)へと移籍している。
ベッテルは長年の苦労か、かなり髪の毛が薄くなっていたが、アストンマーチンではふさふさの髪を取り戻している。
人物
レッドブルでの黄金時代では、ウェバーに対してえげつないチームオーダーが行われていたり、ヒートアップしたときは暴言も吐いていた(変な動きをする周回遅れに対して「きゅうり」呼ばわりなど)ことから性格が悪いという印象もあったが、実際はキミ・ライコネンも認めるほどの好人物である。
2021年ベルギーGP予選でランド・ノリスが激しくクラッシュしたときは真っ先にマシンを止めて無事を確認したり、ロシアのウクライナ侵攻に対してはいち早く反発の意志を示していた。シューマッハとも懇意で、彼の息子のレース活動を支援している。
50年前の2ストロークの日本製バイクを色々持っているらしく、F1の会場にも持ち込んでいる。
記録
F1において下記のような数々の新記録を樹立している。ただし下記の多くは、同じくレッドブル育成のマックス・フェルスタッペンに塗り替えられてしまっている。
(データは2015年8月時点)
最年少記録
・ラップリーダー:20歳89日
・ポールポジション:21歳72日
・表彰台:21歳73日
・優勝:21歳73日
・ポールトゥウィン:21歳73日
・ハットトリック:21歳353日
・ワールドチャンピオン:23歳134日
・2年連続ワールドチャンピオン:24歳99日
・3年連続ワールドチャンピオン:25歳145日
・4年連続ワールドチャンピオン:26歳116日
最多記録
・年間ポールポジション数:15回(2011年)
史上初記録
・初タイトル獲得から4連続ワールドチャンピオン(2010年~2013年)
・1シーズン9連勝(2013年第11戦ベルギーGPから最終戦ブラジルGP)
関連タグ
小林可夢偉…元チームメイトで、仲が良かった。ベッテルと可夢偉がF1で一緒に表彰台に立った2012年鈴鹿のお立ち台では、「べっちゃん」と呼んでいたことが判明している。