シーマ(日産)
にっさんしーま
概要
日産自動車が1988年から2010年までと、2年の中断を経て2012年より生産販売してきた高級セダン。
車名の由来は、「頂点・頂上」、「最上級」、「完成」などを意味するスペイン語から取られた。
1988年に発売された初代FPY31型は、当時の日産の高級セダンで兄弟車であるセドリックとグロリアの更なる上級仕様として発売。
販売店のブランド別に「セドリックシーマ」と「グロリアシーマ」という名称にされた。
初代の4年間の販売台数は約12万9千台にも及び、この有り様は当時の高級車や高額商品に対する旺盛な需要の象徴として「シーマ現象」とも呼ばれた。
1991年の2代目FY32型以降は「シーマ」として完全独立し、1996年に3代目FY33型、2001年に4代目F50型が登場する。
しかしバブル崩壊後の長引く不況の影響もあって販売数は次第に減少。
販売不振と数年後に施行される最新の安全基準を満たさなくなる事がきっかけとなり、2010年をもって一旦生産販売を終了した。
そして2012年、セドリックの後継車種である2代目フーガのハイブリッド仕様車をベースにした5代目HGY51型として復活を遂げる。
現在は2010年に販売終了となったプレジデントに代わって、事実上のスーパーカーであるGT-Rを除いた日本国内での最高級市販乗用車となっている。
また一時期三菱自動車の2代目ディグニティとしてOEM提供していた事もある。
2022年4月、秋に適用される新たな騒音規制の基準を満たさないとして夏頃を目途にフーガとスカイライン(ハイブリッド仕様)と共に生産終了を発表。
インフィニティ・Q45(1989-2008年)
シーマの関連車種として、日産の海外市場での高級ブランドインフィニティよりQ45という高級セダンが3代モデルに渡って送り出された。日本ではインフィニティが展開していないので、そのままインフィニティQ45を車名として販売していた。
初代G50型は日本も含めて1997年まで販売されるが、2代目以降はシーマに統合された。
初代はフロントグリルのない特徴的なデザインをしていたが、このデザインが不評で、わざわざ(ホシノインパルなどの製造するアフターパーツの)フェイクグリルを装着するユーザーもいたらしい。結局、マイナーチェンジでグリルを復活させている。
グリルが無いことで冷却性能にも問題を抱え、夏場の都心で渋滞に巻き込まれるとオーバーヒートを起こしたり、エンジンルームが熱くなりすぎて燃料ホース内で燃料が気化してしまい、キャブレターに届く前に空気を噛んでしまう「パーコレーション」を起こす(これが起きるとエンストしたり、ブレーキが利かなくなるなどのトラブルが起きる)、などのトラブルにも見舞われたという。
また、競合するセルシオ(初代レクサス・LS)に比べると開発期間の短さからくる突貫工事感は否めず、質感や静粛性、信頼性の面ではセルシオに敵わなかった。
結局、車名は残ったが、2代目と3代目は日本での3代目と4代目シーマの兄弟車となり、Q45として販売されたのは初代だけだった。
また5代目シーマと2代目フーガの海外での兄弟車として、インフィニティ・M(後にQ70シリーズに改名)が登場した。