概要
元素記号はNh。命名前の仮符号はウンウントリウム (Uut) 。ホウ素族に属する元素である。2004年9月28日に日本の理化学研究所(理研)において森田浩介らの率いるグループが線形加速器を用いて、亜鉛70をビスマス209に衝突させる事で初めて合成に成功し、更に2012年までに計3回の合成に成功した。
113番元素の合成については、やはり合成成功を報告したロシアやアメリカの研究チームと命名権を争う形となっていたが、2015年12月31日に115番元素 (後のモスコビウム) 、117番元素 (テネシン) 、118番元素 (オガネソン) と共に発見が国際純正・応用化学連合(IUPAC)によって承認され、この際に日本の研究チームが命名権を獲得した事が発表された。そして2016年11月28日に正式にニホニウムと命名された。
これまで元素の発見と命名はアメリカ、ロシア、ヨーロッパのいずれかで行われており、113番元素の命名権の取得は、日本は元よりアジアで初めての事であった。
性質
ニホニウムはまだ原子数個が直接、または間接的にしか観察されておらず、多くの性質が不明であり、大半は予測の下に成り立っている。以下記述する事は殆どが推定である。
ニホニウムの同位体は直接合成された物としてニホニウム278とニホニウム282、他の核種からの崩壊物としてニホニウム283からニホニウム286の6種が確認されている。ニホニウム287とニホニウム290は観測の主張がある物の未確認である。
ニホニウムとその周辺の元素は、超重元素としては例外的に原子核が安定性を有する「安定の島」の付近にある元素であると推定されている。実際、ニホニウムの同位体は今のところ中性子の数が多くなるほど安定性が増している。ニホニウム278は半減期がわずか340マイクロ秒しかないが、ニホニウム286は19.6秒となっている。ただし、より中性子の多い同位体は直接でも間接でも、現状の技術では合成が困難または不可能であり、これより重い同位体の合成は今のところ難しい。
超重元素の化学的性質は、一般的に気流に乗せながら性質を調べる。しかしこれまでの実験では、ニホニウムの単体は揮発性が低いらしい事が判明し、気流に上手く乗らないので性質を調べるまでには至っていない。水酸化ニホニウムは揮発性がより高いと予測されており、現在ではこれを使用した研究が模索されている。
ニホニウムの単体は目に見える量を合成できそうには無いが、仮に存在すれば銀白色の遷移金属であると予測されてる。比重は16~18、融点は430℃、沸点は1100℃と推定されている。
しかしながら化学的性質は、ニホニウムが属するホウ素族、特に直上のタリウムとはあまり似ておらず、むしろ銀に類似すると予測されている。これは超重元素に一般的に観られる、電子の速度が光速に近づく事で発生する相対論効果によるもので、元々タリウムもそれより直上のホウ素族とはやや外れた性質を取り、銀と似た性質を取る事からも、この推定は恐らく正しい。
ニホニウムの反応性はタリウムより低いと予測されており、これはホウ素族がより重い元素で反応性が徐々に増していく法則から外れている。三フッ化ニホニウムと三塩化ニホニウムはT字型分子を取ると予測されるが、例えば三塩化ホウ素は正三角形型分子であり、やはり法則性から外れている。
また、銀やタリウムと似ていない性質も予測されている。一塩化ニホニウムは塩酸とアンモニア溶液に容易に溶けると予測されるが、これは塩化銀や塩化タリウムとは異なる。水酸化タリウム水溶液は強塩基であるが、水酸化ニホニウム水溶液は酸化ニホニウムを形成し弱塩基となると予測されている。金表面上におけるニホニウム原子の吸着挙動は、タリウムよりもアスタチンに類似している。
また水素化ニホニウムの結合長は相対論効果で短くなると予測されるが、モスコビウムからオガネソンまでは長くなるという法則から比較すると外れている。
ニッポニウム
日本は過去にも1908年 (明治40年) に小川正孝が43番元素の発見を主張し、「ニッポニウム (Nipponium・Np) 」と命名したと発表したが、後に43番元素は不安定で天然には存在しないと判明し、これは誤りであるとみなされた (実際には極微量存在し、実際に発見した研究チームもあったが、当時の分析技術では誤差の範囲を出ず、いずれにしても誤りとみなされた) 。
実際には当時未発見だった75番元素のレニウムである事が後の分析で判明したが、小川が原子量の測定を誤ってしまった事により発見を逃した形となった。
後に43番元素は、初の合成元素であるテクネチウムとして発見された。
また、1940年には仁科芳雄がウラン237の合成実験を行い、これのβ崩壊を観測した事から、生ずるであろう93番元素の存在を主張した事がある。しかしながら元素の単離を行わなかった事から発見が認められず、第二のニッポニウムは幻となった。その後93番元素は合成され、ネプツニウムと命名されたが、皮肉にも元素記号はニッポニウムと同じNpであった。
113番元素にもニッポニウムという名称を付ける案もあったが、一度提案された元素名は使用できないというルールから採用される見込みはなかった。またNipponiumから付けられる元素記号はNi・Np・No・Nu・Nn・Nmに限られるが、Niはニッケル、Npはネプツニウム、Noはノーベリウムに使用済みである。また最後の2つは金属元素を意味する "-ium" からとった物であり、前例がない事である。仮にNnが採用された場合、仮符号を除いてアルファベットが2文字重なった初の元素記号となったはずである。
また、理研の新元素合成実験は1990年代後半に「ジャポニウム計画」と名付けられて実施されてきた経緯があり、113番元素の名称についても「ジャポニウム (Japonium)」もしくは「ジャパニウム (Japanium)」 (Jp・Jn) が有力視されていたが、母国語である日本語にこだわった点から最終的に候補から除外された。仮に採用されていれば、英語圏の周期表で初めて元素記号にJが出現する事になっていたはずである (ドイツ語圏ではヨウ素の元素記号は一般的にJと表記される) 。
命名権獲得時の報道では理研の名にちなむ「リケニウム(Rikenium)」(Rk)という名前も有力視されていたが、IUPACの元素名のガイドラインには「研究所名」は含まれておらず、理研は地名ではなかったので候補から外されたと思われる。
この他、下馬評では理研所在地の和光市から「ワコニウム (Wakonium)」、和光市の旧地名でもある大和から「ヤマトニウム (Yamatonium)」、仁科芳雄にちなむ「ニシナニウム (Nishinanium)」、湯川秀樹にちなむ「ユカワニウム(Yukawanium)」などの案も挙がっていた。これ以外にも様々な名前が提案されていたが、提案された名前と共にオッズ (掛け率) がついていた事から、これは真面目な提案というよりジョークの意味合いが強い。
関連項目
テクネチウム - 当初ニッポニウムの存在が主張された位置にある元素。
レニウム - 実際のニッポニウムの正体。原子量の推定の誤りにより発見は認められなかった。
ネプツニウム - 第二のニッポニウムになるかもしれなかった元素。皮肉にも元素記号は共通している。