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概要編集

元素記号はTc。マンガン族の元素である。原子番号が小さいにもかかわらず、全ての同位体が短命の放射性同位体で構成されてという珍しい性質を持っており、これにより天然にはほとんど存在しない。その経緯から、世界で初めて人工的に合成され発見された元素であり (人工放射性同位体という意味ではリン30が最初である。) 、名前はギリシャ語で「人工」を意味する "τεχνητός (テクニオス)" から名付けられた。


歴史編集

テクネチウムの発見に至るまでの歴史は、数多くの元素発見の主張の中でも特に件数が多い。その中にはテクネチウムや、その下にありやはり当時は未発見だったレニウムに肉薄していたものもあった。


1828年、ゴットフィールド・オザンはウラル山脈産の白金鉱石を酸で溶かし、残留物から3種類の元素の発見を発表した。その内1つは43番元素であると主張し、その色からギリシャ語の「灰色の髪」を意味する "polia" から「ポリニウム (Polinium)」と名付けた。しかし残渣の量があまりにも微量であり、後に彼自身が発表を撤回した。後の分析でこれは不純物を含んだイリジウムである事が判明している。

1845年、ニオブの発見者でもあるハインリヒ・ローゼは、ニオブとタンタルに類似する43番元素の発見を主張した。ニオブとタンタルに類似する事から、関連するギリシャ神話の登場人物「ペロプス」に因んで「ペロピウム (Pelopium)」と名付けた。しかしながら後の分析でニオブとタンタルの混合物である事が証明され、1865年に正式に撤回された。

1847年、R. ヘルマンによって43番元素の発見が主張された。イルメンスキー山脈産のサマルスキー石を分析した結果、ニオブとタンタルに類似する元素を発見したと主張し、イルメンスキー山脈に因んで「イルメニウム (Ilmenium)」と名付けた。しかしながら後の分析でニオブとタンタルの混合物である事が証明され、1865年に正式に撤回された。


ドミトリ・メンデレーエフ周期表を発表した際、42番元素のモリブデンと44番元素のルテニウムの間に空席があった。メンデレーエフは周期律に基づき、1871年に空席にマンガンに似た未発見の元素の存在を予言し、「エカマンガン」と仮称した。


1877年、セルゲイ・カーンによって白金鉱石中から43番元素の発見を主張し、著名な化学者のハンフリー・デービーに因み「デービウム (Davyum)」と名付けられた。しかしながら後の分析でそれはロジウムとイリジウムの混合物である事が判明し撤回された。なお、1950年には43番元素に類似した性質を持ち、当時未発見だったレニウムが含有している事も判明した。

1896年、プロスパー・バリエールによってモナズ石中から43番元素の発見を主張し、「ルシニウム(Lucium)」と名付けた。しかし後の分析で、それは不純物を含んだイットリウムである事が判明した。

1908年、小川正孝は1908年に方トリウム石から原子量が約100の43番元素の発見を主張し、日本に因み「ニッポニウム (Nipponium・Np)」と名付けた。しかしながら追試で再現性が得られず、この頃には原子物理学の発達により、そもそも43番元素は不安定で自然界に極微量しか存在しない事が判明した為、発見は取り消された。後の分析で、ニッポニウムとされていた試料は実際にはその直下のレニウムである事が判明した。レニウムは当時未発見であり、原子量を厳密に測定できていれば、あるいは蛍光X線分析装置があれば正しく分析して発見が認められていた可能性もあったが、当時の日本にある分析装置では不可能な話であった。


43番元素の発見に最も近づいたのは、1925年のワルター・ノダック、イーダ・ノダック (当時はワルターと結婚しておらず、旧姓イーダ・タッケである) 、オットー・バーグの3人の報告である。3人は白金鉱石とコルンブ石を精製し、マンガンに類似した化学的性質を持つ43番元素及び75番元素の発見を主張した。3人は1908年にヘンリー・モーズリーが主張した、元素の特性X線と原子番号が一定の法則に従うというモーズリーの法則に基づき、蛍光X線分析で43番及び75番に一致するX線スぺクトルを見出した事が、他の発見の主張より秀でている。3人は43番元素にワルター・ノダックの家系の発祥地域であるマスリアに因んで「マスリウム (Masurium)」、75番元素にイーダ・ノダックの故郷を流れるライン川に因んで「レニウム (Rhenium)」と名付けた。

しかしながら、レニウムの発見は追試が成功し認められたものの、マスリウムのX線スペクトルはあまりに微弱すぎて追試が不可能なレベルであり、結局マスリウムの発見は認められなかった。しかしながら1999年になり、当時示されたX線スペクトルを、ウラン鉱石中に微量存在する天然のテクネチウムのX線スペクトルとアルゴリズムでシミュレーションし比較した結果、よく一致する事が確かめられた。即ち3人は43番元素を誤認ではなく実際に発見していたのだが、不幸な事に当時の技術ではそれを確かめるのが不可能であった。


結局のところ、真に43番元素を発見したのは、1936年12月にカルロ・ペリエとエミリオ・セグレによってであった。1936年中頃、セグレはローレンス・バークレー国立研究所を訪ねた際、所長のアーネスト・ローレンスにサイクロトロンで使用した後に放射性廃棄物として廃棄される予定であった、部品の一部であるモリブデンの箔の提供を依頼した。セグレは試料を持ち帰りペリエと共にモリブデン箔を分析。その結果、モリブデンが重陽子線と衝突した結果として生じた43番元素を発見した。両者が発見したのはテクネチウム95mとテクネチウム97の同位体であった。

2人が所属するパレルモ大学では、パレルモのラテン語表記に因んだ「パノルミウム (Panormium)」を提案していたが、人工的に生み出された元素という意味でテクネチウムと命名された。


不安定性編集

テクネチウムとプロメチウムは、以下の元素では例外的に安定同位体を1つも持たず、半減期の短い放射性同位体しかない。これには原子核の性質に対する複数の事情が絡んでいる。


原子核の性質は、液滴模型と呼ばれる物が良く使用されるが、これに基づきベーテ・ヴァイツゼッカーの公式で、原子核が安定化する陽子と中性子の数の比が導き出せる。安定な原子核は大体1つの曲線に沿って並び、これをβ安定線と呼ぶ。

β安定線に基づくと、テクネチウムに当たる陽子数43個の原子核が安定となるのは中性子数が55個の組み合わせである。しかしながら、陽子数と中性子数が共に奇数の奇奇核は、陽子数と中性子数が共に偶数の偶偶核より不安定であり、従ってテクネチウム98は安定ではない。

もっとも、これは陽子数が奇数、即ち原子番号が奇数の元素に共通した事である。大抵このパターンに陥った核種は、そこから中性子数が1個増減した、中性子数が偶数の奇偶核となる事で安定性を得る。

しかしながら、ここにもう1つの制約が加わる事になる。それは、陽子と中性子の合計数が同じである同重体は、隣同士に並ぶものが互いに安定性を得る事はないというマッタウフの通則である。テクネチウム周辺を見ると、質量数95から102のいずれも、隣り合うモリブデンかルテニウムの同位体に安定同位体の座を奪われている。従って、テクネチウムには安定同位体は存在しないのである。

なお、奇奇核でも例外的に安定同位体である核種は4種類ある。これらはマッタウフの通則により、隣り合う同重体は、偶偶核ではあるが不安定な核種となっている。


性質編集

テクネチウムには安定同位体は存在しない。最も安定なのはテクネチウム98の半減期420万年であるが、最もよく使用されるのは半減期21万1100年のテクネチウム99である。また、その核異性体である半減期6.0067時間のテクネチウム99mに具体的な用途が存在する。


単体のテクネチウムは白金に似た外観の銀白色の固体金属であるが、通常は灰色の粉末で得られる。僅かに常磁性であり、7.46K以下では超伝導体となる。


テクネチウムの化学的性質はマンガンよりもレニウムに類似している。湿った空気中ではゆっくりと酸化され、粉末は酸素中で燃焼する。テクネチウムは王水硝酸、濃硫酸に溶けるが、塩酸にはいかなる濃度でも反応しない。酸化数は-1から+7まで知られているが、特に+4~+7が安定である。


用途編集

テクネチウムは放射性同位体しか無いため、その用途は制限されている物の、一般人と関わりの深い医療の現場で多数利用されている。テクネチウム99mは半減期が約6.1時間と短く、1日でその94%が崩壊する。崩壊時にはγ線のみを放出し、そのγ線は特徴的なエネルギー値を取っており検出しやすい。崩壊で生ずるテクネチウム99は半減期が21万1100年と非常に長く、崩壊時に放出されるβ線はエネルギーが弱いため被曝リスクは無視できるほど小さい。そしてテクネチウムは様々な生物組織に結合し、どのようなルートを辿ってどのように行き着くかの十分なデータが存在する。

これらの性質から、テクネチウムは体の中での物質の行き来を追跡し映像化するシンチグラフィーのトレーサーに利用されている。体の特定の部位に特化した他の放射性同位体も存在するが、テクネチウムは最も使用が多く、世界中で年間数千万件使用されている。カバーする範囲も広く、脳、心筋、甲状腺、肺、肝臓、胆嚢、腎臓、骨格、血液、腫瘍など50以上の医療項目で使用される。

また、植物や動物における実験においては、より半減期が長い、半減期61日のテクネチウム95mがトレーサーとして使用されている。


核廃棄物から容易に抽出し、同位体を1つに揃えやすく、半減期が長く、β線のエネルギーは小さく事から、アメリカ国立標準技術研究所ではβ線の標準にテクネチウム99を当てている。


その他の用途は検討されたのみで実際に使用されていない。

テクネチウムはパラジウムやレニウムのように触媒として振る舞い、一部の機能はこれらより効率が高いが、放射性同位体しかない事から使用されていない。

過テクネチウム酸カリウムの低濃度溶液は、250℃まで鋼を腐食から守る。ある実験では炭素鋼を20年間過テクネチウム酸カリウムの溶液に付けたが、一切腐食していなかった。これは理由が十分判明していないが、鉄の表面に薄い二酸化テクネチウムの保護膜が生ずるためと考えられている。これは元々放射線に満ちている沸騰水型軽水炉で使用が検討されたが、結局のところ使用される事はなかった。


生産編集

テクネチウム99は原子力発電所において主にウラン235の核分裂生成物として生み出される。ウラン235が1gに対して、生成されるテクネチウム99は6.1% (27mg) である。ウラン233ならば4.9% (22mg) 、プルトニウム239ならば6.21% (28mg) である。1983年から1994年の間に推定78トンのテクネチウムが生産されたが、このうち利用されたのはごく一部に過ぎない。


しかしながら、使用済み核燃料は数年間放置され半減期の短い危険な放射性同位体が崩壊するのを待つのが普通であり、その間に半減期の短いテクネチウム99mはとっくに崩壊してしまう。そこで医療現場でテクネチウムを使用する際には、専用の原子炉で生産を行う。

ウラン235に対して中性子を照射し核分裂反応を起こさせると、イットリウム99が生成される。イットリウム99は半減期が数秒しかない2つの核種を経てモリブデン99へと崩壊する。モリブデン99は半減期が2.75日とそこそこ長く、崩壊でテクネチウム99mを生ずる。そこで製造現場でモリブデン99を抽出して医療現場へと運び、現場でテクネチウム99mを更に選択抽出する。これによって1日でその99%が崩壊するテクネチウム99mを安定して得る事が可能である。この手法は、毎日乳絞りをする事で牛乳を得る様に似ている事から「ミルキング」あるいは「テクネチウム牛」と呼ばれている。


ただしこの手法には欠点が存在する。原料であるウラン235は高純度に保つ必要があるが、これは濃縮ウランであり、核兵器に転用可能な事からその生産・保持・使用には厳しい制限が課せられているのである。現在世界で生産されているテクネチウム99mの大規模生産者は5つの専用原子炉であるが、そのうちの3分の2はカナダオランダにある2つの原子炉で生産されている。これら5つの原子炉は全て1957年~1966年に建設された古い原子炉であり、寿命が近づいている。カナダでテクネチウム需要の200%を生産可能な、新たに2つの原子炉が建設される計画があったが、2008年に安全上の理由から計画は頓挫した。これらの理由から、テクネチウムは世界的な供給不足に陥っている。テクネチウム99mと似た挙動を示す放射性同位体はタリウム201など無い訳ではないが、化合物の形態から副作用が強く、代替えとするにはリスクが伴っている。

現在では、従来の手法を新たな原子炉の建設で継続する方法の他、安定同位体のモリブデン98に中性子を照射してモリブデン99を得る手法が模索されている。この手法は生産効率が悪い上に、不純物の割合が高く、現在使われている医薬品の基準をクリアできなかった事から実用化を阻んできたが、近年では改善傾向にある。


天然での存在編集

テクネチウムは不安定な同位体しかなく、地球誕生時に存在したテクネチウムは全て崩壊している。しかしながらウラン238が極めて稀に起こす自発核分裂により、極微量ながらテクネチウムが生じる。その量はウラン1kgに対して1ng程度である。地球の地殻には全量で1万8000トンのテクネチウムが存在する計算となる。地球上で天然のテクネチウムが発見されたのは1962年である。


一方で宇宙では先んじて1952年に、赤色巨星のはくちょう座R星の恒星スペクトル中からテクネチウムが発見されている。より重く、かつ不安定なテクネチウムが存在する事は、重元素は恒星内で連続的な中性子捕獲で生ずるという学説を裏付けるものであった。現在これはs過程と呼ばれている。またテクネチウムが存在する恒星は、非公式な分類であるがテクネチウム星という分類が成されている。


よく生成するテクネチウム99の半減期が21万1100年と比較的長いため、人類が人工的に生産して環境中に放出したテクネチウムは未だに残存している。1945年から1994年にかけての大気内核実験由来で250kg、1986年までに海原子力発電所の核燃料再処理過程で海に1600kgのテクネチウム99が放出されたと推定されている。その後再処理法の改良で放出量は減少したが、1995年から1999年にセラフィールドから900kgのテクネチウムが環境中に放出されたと推定されている。2000年以降、年間の排出上限は140kgに制限されている。環境中に放出されたテクネチウムは、例えばセラフィールドが位置する海でとれたヨーロッパロブスターと魚に平均1Bq/kg (1.6ng/kg) の割合で見つかっている。


毒性編集

テクネチウムは放射性同位体しかない為、大量の暴露は放射線障害を引き起こする事が理論上ありうる。しかしこれまでに試験された限りでは、テクネチウムの毒性はかなり低いとみられている。例えば1gあたり最高15μgのテクネチウム99を含むエサを数週間摂取させたラットの体には、何ら異常の兆候は発見されなかった。テクネチウム99のβ線はエネルギーが弱く、普通のガラス容器を貫通できない。仮に何かしらの危険があるとすれば、粉塵を肺に吸引した場合である。

テクネチウムを扱う現場では、ほとんどの場合ヒュームフード (ドラフトチャンバー) で十分であり、グローブボックスを使用する程ではないとされている。


関連項目編集

元素

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