概要
元素記号はPu。アクチノイド元素の1種であり、ランタノイドのサマリウムに対応する。超ウラン元素の1種でもあり、天然に存在する超ウラン元素の1種でもあり、その中で最も重い。
原子力発電所や核兵器の核燃料物質として使用されている事から、一般人は全く触れる機会がないにもかかわらず (主に悪い意味で) よく知られた物質であり、その描写が正しいか否かにかかわらず、フィクションでもしばしば登場する。
名前は当時は惑星扱いであった冥王星に由来し、これは2つ前の元素のウランが、ウラン発見の8年前に発見された惑星の天王星に由来する事から、海王星に由来するネプツニウムと共に惑星の順番で命名された事に由来する。
元素記号Puは英語で発音すると「プー」となるが、これは記号を提案したグレン・シーボーグが、その発音では "Poo (う○こ)" に聞こえる事から冗談でつけたものが、そのまま正式に採用された物である (公式が病気) 。
性質
核物理学的性質
プルトニウムの同位体に安定同位体は存在せず、全ての同位体が放射性同位体である。最も安定な同位体はプルトニウム244の8000万年であるが、原子核の性質や用途の関係から、多用されるのは半減期87.7年のプルトニウム238、および半減期241.1万年のプルトニウム239である。
プルトニウム238は半減期が短く、放出されるα線のエネルギーが高い。世界で初めて合成・発見されたプルトニウムの同位体でもある。
プルトニウム239は主要な核燃料物質の1つであり、熱中性子の捕獲によって核分裂反応が起きる。十分な量のプルトニウム239があればウラン235と同様に核分裂連鎖反応によって臨界に達し、反応を維持することができる。最小臨界量は形状などの条件によって全く異なるが、同条件下ではウラン235と比べて小さい。
プルトニウム240はプルトニウム239が中性子を捕獲した後、核分裂を起こさなかった場合に生成する同位体で、原子炉での運転期間が長ければ長いほど生成する割合が増大する。プルトニウム240は中性子を照射せずとも自発的に核分裂を起こす「自発核分裂」が他の同位体よりも非常に多く発生するため、プルトニウム240の割合が高いと核兵器の設計した値より早い段階で臨界反応が発生する不完全核爆発を起こす恐れが高くなる。特に兵器に転用されるプルトニウムはできるだけプルトニウム240の割合を低く抑える必要がある為、プルトニウム240の割合からそれぞれ兵器級プルトニウムと原子炉級プルトニウムに大別される。原子炉級プルトニウムでも核兵器の生産は不可能ではないが、信頼性に欠ける事やこれを基にした兵器開発は兵器級プルトニウムより困難である事から、事実上行われていない。
プルトニウム244は最も安定なプルトニウムの同位体である。その長大な半減期から、天然にも極わずかながら存在する事が確認されており、天然に存在する最も重い同位体である。ただし近年の研究ではその存在を否定、あるいは疑問視するものもある。
物理的性質
単体のプルトニウムはニッケルに似た銀白色の金属固体であるが、非常に反応性に富み、空気中ではすぐさま酸素と反応して灰色 (黄色や緑色の報告もある) に変色してしまう。プルトニウムは多くの金属と異なり、純粋な状態では展性・延性を示さず叩くと割れてしまうため、合金化して加工される。熱や電気の電導度は金属にしては低く、特に電気抵抗率は温度を下げると100K程度まで増加するという珍しい性質を示す。
プルトニウムの同位体は主にα崩壊をして、その崩壊熱により加熱されている。数kgのプルトニウム塊は人の体温ほどの温度を示す。恐らくプルトニウムを素手で触った唯一の人類であるリチャード・ファインマンは「放射能による温かみがある」と報告している。またこの性質により、プルトニウムの金属結晶は時間と共に壊れ金属疲労を起こす。
融点は639.4℃と低いが、沸点は3228°Cと極めて高温である。標準状態での比重は19.816であるが、温度が上昇すると結晶構造が変化し、一番小さな値では16.00まで変化する。この急激な体積変化と共に、展性・延性も変化するため、例えばプルトニウムの塊を機械加工しようとすると、摩擦熱で結晶構造が変化して狙った通りの加工ができないなどの不都合が生ずる。その為、通常では高温で安定で展性・延性に富むδ型を室温でも安定化させるためにガリウムなどとの合金にして加工される。この体積変化は、特に核兵器での使用において臨界量をできるだけ下げるためにも考慮される。
液体プルトニウムは融点付近の固体と比較して2.5%体積が上昇し、更に温度を上げると体積が減少するが、これも珍しい性質である。また、多くの液体金属と比較して強い表面張力と高い粘度を有する。
化学的性質
プルトニウムの酸化数は幅広く、+1~+8までを示す。+4が最も安定である。
プルトニウムの反応性は高く、空気中で急速に二酸化プルトニウムを形成し、135℃以上では自然発火する。湿った空気中では水酸化プルトニウムも共に形成されるが、過剰な水蒸気は二酸化プルトニウムのみを形成する。この反応では水素を発生するため、反応熱によりより低い温度でも発火しうる。その為プルトニウムは不活性ガスの下で扱われるか、銀メッキなどで表面を保護する。
プルトニウムの化学的性質は、直上のサマリウムよりも、むしろセリウムに類似している為、プルトニウムを扱う場での模擬としてはセリウムが使用される。
用途
プルトニウムの用途で恐らく最も有名なのは核兵器である。プルトニウム239はウラン235と比較して3分の1と少ない量で核爆発を起こす事、核兵器の設計上、濃縮ウランを用いたガンバレル型は万が一の場合に暴発を防ぐフェイルセーフが存在しないが、プルトニウムを用いたインプロージョン型はフェイルセーフが存在し暴発の恐れが少ない事などから、原子爆弾と水素爆弾のプライマリーの両方でプルトニウムを使用したものが主流になっている。現在では、通常ベリリウムやステンレスで包まれた”ピット”呼ばれるボウリング球くらいの薄い球殻に加工して使用されている。世界初の核実験であるトリニティ実験のガジェット、および世界3番目で兵器としての使用が2番目の長崎市に対して投下されたファットマンはいずれもプルトニウムが使用されていた(こちらは中心に中性子源が入った中実球である)。
爆縮レンズは衝撃波の到達時間が10億分の1秒ずれても圧縮が不均質となり爆発しない為、高度な技術となっている。単独では臨界量に達せず、暴発の恐れが低い状態でいる事も、核兵器としてのプルトニウムの信頼性を上げている一因である。通常の発電用原子炉で生ずるプルトニウムは兵器転用には適さない為、兵器級プルトニウムの製造には非常に運転効率の悪い、専用の原子炉が必要となる。しかし、原子レーザー法による同位体濃縮を用いることで、核燃料級(原子炉級と兵器級の中間)から兵器級に”グレードアップ”する技術はアメリカで既に実証されている。
プルトニウムの用途で主流なのは原子力発電所における核燃料である。通常の軽水炉で使用した後の使用済み核燃料には1tあたり10kgのプルトニウムが含まれており、これを60kgの割合に再混合した上で核燃料として運用する。このウランとプルトニウムの混合物をMOX燃料と呼ぶ。4年間の運転で60kgのプルトニウムの75%が消費され、多くのプルトニウム240とプルトニウム242を含んでいる。これらは兵器として使用するには邪魔となる同位体であり、分離はほぼ不可能である。MOX燃料の使用は運転効率を上げる意味もあるが、兵器として転用されない為に同位体組成を変えてしまう意味合いもある。同様の理由で兵器級プルトニウムの処分方法としても利用される。
プルトニウム238は半減期が87.7年と短く、強力な崩壊熱を生ずる。その効率は570W/kgである。この為プルトニウム238は、崩壊熱を電気に変換するRTG (放射性同位体熱電気転換器) に使用される。プルトニウム238は他に使用されるポロニウム210やストロンチウム90と比較しても、寿命が長い事や冷却装置が不要な事、α線以外のγ線や中性子線を出す割合が低く、防護壁が薄くて済む (装置の設計次第で不要になる) など、いくつかの利点がある。特に厳しい重量制限が課される深宇宙探査機において、特に太陽光が弱すぎる木星以遠の探査機に搭載されている。ボイジャー1号、ボイジャー2号、パイオニア10号、パイオニア11号、ニュー・ホライズンズ、カッシーニなどが搭載例である。キュリオシティは火星探査車であるが、非常に大型である事や昼夜関係なく動作する事を期待して搭載しており、火星探査機では初めての搭載事例である。逆に木星探査機のジュノーは巨大な太陽光パネルを搭載し、RTGを搭載せずに動作を実現している。プルトニウム238は近年製造が再開されたものの、枯渇状態にある。
また、1960年代の初期の埋め込み型心臓ペースメーカーには、プルトニウム238のRTGが使用されたものがある。これは防護のしやすさの他、人の寿命程度ならば動作し続ける事から解剖して再充電する必要性がない利点から生まれたものであるが、リチウム電池の性能が向上した1970年代からは使用されていない。またこれを行ったのは唯一アメリカ合衆国のみであり、日本を含め多くの国では法的・技術的な理由からそもそも使用実績がない。
極めて僅かな用途として、プルトニウム238とベリリウムの混合物は研究用の中性子源として使用されている。
天然での存在
プルトニウム238、プルトニウム239、プルトニウム240、プルトニウム244は極わずかながら天然に存在する。その割合はウランに対して200~4000億分の1の割合である。ガボン共和国にあるオクロの天然原子炉や一部のベリリウムとウランを含んだ鉱物では、より高い割合のプルトニウムが発見されている。1952年に天然由来のプルトニウムが発見された事で、天然に存在する事が確認された最も重い元素となっている。
プルトニウム発生のメカニズムは以下のとおりである。ウラン238は稀に自発核分裂を生じ、発生した中性子を捕獲する事でウラン239となり、短い半減期をもって2回β崩壊をする事でプルトニウム239が発生する。これは人工的にプルトニウムを合成するのと変わらないルートである。
プルトニウム240はプルトニウム239が更に中性子を捕獲する事で生ずる。プルトニウム238は、ウラン238が極めて稀に起こす二重β崩壊で生ずる。
プルトニウム244は地表のような穏やかな環境では自力で生ずる事はなく、恐らく超新星爆発や中性子星同士の衝突など、宇宙における重元素の合成現場で生じたものの生き残りであると考えられている。少なくとも年代の古い隕石中にはプルトニウム244が崩壊した証拠が残されている。しかしながら、初期の研究で示されたウランを含む鉱物の分析結果や、海底の星間物質の堆積物の分析結果から発見されたプルトニウム244には、追試で確認できないものや、人工由来の可能性を排除しきれないものがあり、現在では発見されたプルトニウム244が本当に天然由来であるかは肯定と否定の両方の意見が出されている。なお、仮にプルトニウム244が天然にわずかでも存在するならば、プルトニウム244は稀に二重β崩壊を起こしてキュリウム244を生ずるため、天然に存在する真に最も重い元素はキュリウムという事になるが、仮に存在したとしても現代の分析技術の域を超えており確認できる物ではない。
しかしながら、環境中に存在するプルトニウムの大半は、過去に行われた大気内核実験と原子力事故由来のものである。総量3.5tは天然由来よりもはるかに多く、極めて微量だが測定可能な量で人体中にも含まれている。
歴史
1934年にエンリコ・フェルミとローマ大学の研究者はウランに中性子を照射して94番元素の合成を主張し、イタリアのギリシャ語名に因み「ヘスペリウム (Hesperium・Es)」と名付けたが、原子核に中性子を照射すると九州ではなく核分裂するのではないかとする指摘があり、認められなかった。これは当時、原子核に中性子を照射した場合に吸収が起こるのか核分裂反応が起こるのか、その正確な挙動と条件が判明していなかった為である。
なお、この時には同時に93番元素の合成も主張し、イタリアの古名のアウソニアに因んで「アウソニウム (Ausonium・Ao)」と名付けていた。
確かな94番元素の合成は、カリフォルニア大学バークレー校の放射線研究所 (現ローレンス・バークレー国立研究所) において、1940年12月14日に初めてプルトニウム238が合成された事で確かめられた。発見は1941年2月23日にグレン・シーボーグらによって化学的に分離された事で確かめられた。発見報告は同年3月に文章化されたが、第二次世界大戦中という状況下では1946年まで秘匿された。プルトニウムの名は先述の通り冥王星に因むが、提案された名前の中には「プルチウム (Plutium)」という別のスペルもあった。また別の提案として「ウルチミウム (Ultimium)」及び「エクストレミウム (Extremium)」があり、これは周期表における最後の元素を発見したという誤った観念から付けられた "極限の元素" という意味になる。
核分裂反応は既に理論化されており、すぐにプルトニウム239も合成されその核物性が研究された事により、プルトニウム239は原子爆弾に使用可能な事が判明した。マンハッタン計画においてプルトニウム239が量産化され、1945年7月16日にトリニティ実験により最初の核実験が行われた。プルトニウムの初合成から僅か3年7ヵ月の事である。同年8月9日には同じ型の原子爆弾が長崎市に投下された。
毒性
プルトニウムが一般に悪いイメージを持たれているのは、1つは核兵器としての負の使用実績であるが、もう1つは放射性物質及び重金属としての毒性が高いとされている事である。プルトニウムに限った話ではないが、その毒性は化学形態や吸入形式によって変化する。
プルトニウムの大規模な暴露事例は無く、少数の労働上の接触や人体実験と動物実験でのみその毒性が推定されている為、その毒性の推定は幅が大きい。少なくとも、広島市と長崎市の被爆者に対する医学的研究では、被爆者の放射線障害の度合いとプルトニウムの推定暴露量に相関は発見されていない。
通常使用されるプルトニウム、および環境中に放出されたプルトニウムは、ほとんどの場合二酸化プルトニウムの形態にある。二酸化プルトニウムは化学的に安定で、融点が2744℃と高く、水に対して極めて溶けにくい。1000万トンの水にプルトニウム原子1個分しか溶解しないとされている。オクロの天然原子炉は地下水に触れる環境であるが、20億年で数cmしか移動していないなど、水溶性に関しては極めて低いとするデータが多く存在する。プルトニウムの毒性に関する研究は、ほとんどの場合二酸化プルトニウムの形態で行われている。
多くの放射性物質と同じく、プルトニウムの毒性もその主体はα線による内部被曝を主眼に研究されている。経口摂取によるプルトニウムの摂取は、その大半が排出され、0.04%が腸壁を通じ、ほとんどが骨と肝臓に蓄積される。腸壁の通過速度や骨に対する沈積速度は非常にゆっくりとしており、生物学的半減期は200年と長期に渡って沈積する。
プルトニウムの摂取は、吸入による肺への沈積の方がより重大であると推定されている。実効線量が400mSvを超える、または吸入量が200μgを超えると肺がんのリスクが増大するとされ、3μmの粒子の形態で吸入した場合の生涯に渡る肺がんリスクの増大は1%程度と推定される。一部で主張されている、プルトニウムの肺に対するより強い毒性を主張するホットパーティクル理論は支持されていない。これは推定される粒子の直径 (10~20nm) は、それまで考えられていたよりも流動的で沈積しにくい事が明らかになった事、プルトニウムに暴露した労働者のがん発生率に乖離がある (ロスアラモス研究所の25人の追跡調査では、疑わしい肺がんの発生事例は1人のみであった。ホットパーティクル理論に基づくと99.5%に肺がんが発生している事になる。) 事から示されている。
今のところ、プルトニウムの塊の不注意な扱いで発生した臨界事故により死亡した事例は複数ある物の、微量のプルトニウムの暴露による確かな死亡例は報告されていない。疑わしい例はある物の、多くの場合は患者が高齢である事から通常の加齢による発病との区別が困難であるためである。
また、水溶性の高い化学形態のプルトニウムの場合は、重金属としての毒性が発現する恐れがある。しかしながら、プルトニウムの化学的毒性は放射線障害より研究が進んでおらず、恐らく重金属としての毒性が発現する量よりはるかに手前で放射線障害が生ずると推定される。
プルトニウム238を使用した心臓ペースメーカーは、万が一の放出を防ぐ為、火葬や銃撃にも耐えられるよう設計されている。
一般人の所持
プルトニウムは上記の通り核兵器に転用可能な物質であり、毒性も極めて強い。この為如何なる量でも一般人の所持は国際的に禁じられている (法律上の毒物・危険物は量的な規制が行われている事が多く、少ない量では違法ではない場合も多い。どんな量でも所持が違法なのは禁止薬物などごく一部しかない。) 。
わずかな例外は心臓ペースメーカーに使用されたプルトニウムであるが、これは当然ながら取り外すと命に関わる為に例外的に認められているだけであり、使用されている同位体の種類や量もとても兵器転用に叶うものではない。2003年時点で50~100人ほどが所有しており、使用者が死亡した際に取り外され回収される為、いつかはゼロになる。
勿論であるが、鉱物や岩石、土壌などに含まれる極わずかなプルトニウムは規制の対象外である。トリニティ実験で生じた、砂漠の砂が融解しガラス化した半人造鉱物のトリニタイトは、分析によりプルトニウムが極わずかながら含まれている事が確認されている。これらはいずれも一般人が所有しても何ら罪に問われる事はない為、名目上プルトニウムの所持を表明する事は可能である。
関連項目
ダンジョンズ&ドラゴンズ : このTRPGシステム内での通貨の一種として、プルトニウム貨が存在している……というのは、誤訳によって生じた誤解。プラチナ貨と訳すべきところをなぜかプルトニウムと新和版の書籍で表示されていた。