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概要

長崎県南部にある都市(中核市)で、県庁所在地である。人口約41万人。

元々は長く伸びた岬しかない地であり(これが長崎の名称の由来)、現在でも数少ない平地部分は埋め立てられたものである。市街中心地で高低差があるのは元々岬だった部分と海だった平地が組み合わさっている為である。

元亀2年(1571年)にポルトガルの要請によって海外貿易の門戸として開港。
江戸時代を通じて幕府直轄地であり、オランダとの貿易港として栄えた。
近代以降も開港場のひとつとして、中国・西洋文化の窓口となった。

 わが開港を導きし
 阿蘭陀船のつどひたる
 みなとはこゝぞ長崎ぞ
 長くわするな國民よ
 ――鉄道唱歌(山陽・九州篇)六六番より

現在では観光都市となり、歴史遺産や優れた景観を持つ都市として人気が高い。一方で市の人口減少が深刻であり、(合併で多少変遷しているが)現在の長崎市の範囲は1980年代には人口50万人が住んでいたが、40年間で2割以上も減少している。

の多い街

長崎市はとにかく坂道だらけの街である。しかもその坂道が急であり、道路構造が国の基準に不適合とならざるを得ないために別途条例を制定しなければならないほど。
毎日の通勤通学がもはや部活朝練かそれ以上の苦行であり、当然ながら自転車も役には立たない。

誰もが恨めしく思うこの急坂だらけの長崎市であるが、この起伏に富んだ地形こそ、この町を悲劇から守った守り神であることを忘れてはならない。そう、時は1945年8月9日の昼である
この日、米軍B29爆撃機より投下された原子爆弾ファットマン」(88テラジュール)は、その3日前に広島市に投下された「リトルボーイ」(67テラジュール)とは比較にならないほどの威力を持っていた。にもかかわらず、長崎市における原爆死者数(推定8万人)は、広島市(推定17万人)のおよそ半数以下にとどまったのである。これは、起伏の多い地形により爆風や放射性物質の拡散が阻まれたため、壊滅的被害が爆心地に近い浦上地区およびそのごく近辺のみに制限されたためである。対して起伏のない広島では、爆風は広域に拡散。市内市街地全域を広域に壊滅させ、都市機能を停止させた。

浦上地区は市中心部から3kmほど北にあるため、被害を免れた市街地中心部からの救援にも向かいやすかった(交通機関が途絶してなお、徒歩で避難・救援が可能な距離である)とされる。浦上地区を除く市内の大半の地域で都市機能が部分的であっても維持された結果、被爆後の初動態勢が整えやすく、被爆者の救護にも当たりやすかったと言われる。対して、広島の場合は市内全域が壊滅したため、徒歩での救援が困難な距離にある呉市岩国市などに救援を求める他なく、初動体制を整えるのに相当の時間を要した。このため、長崎においては被災面積そのものが少なかったということに加え、広島であれば死亡していたと推定される程度の重傷被曝者であっても、早期に応急処置を受けることで絶命せずに済んだという側面も否めない。

広島市との比較

広島市とは不思議なほど共通点が多く、よく並び称される。

など。

ただ、以下のように違うところもある。
  • 広島は三角州の平坦な地形なのに対し、長崎は山に囲まれたが多い街。
  • 広島は元々城下町である(もはや町並みに当時の名残はほとんどないが)が長崎はそうではない。そもそも長崎は天領(徳川幕府の管轄)であった為に城下町自体無い。
  • 広島は原爆投下で中心部が壊滅的な被害を受けたが、長崎で壊滅的被害を受けたのは中心部から外れた浦上地区である。結果として長崎には明治以前の古い建物が多く残った。

注意点

ハウステンボス佐世保市にある。

長崎大水害(昭和57年長崎大水害・7.23長崎大水害)

1982年(昭和57年)7月23日から24日にかけて県南部に降り続けた記録的集中豪雨によって発生した。
この災害は洪水よりも長崎市の特徴である斜面の土砂災害による犠牲者が上回っており、断水停電道路寸断・冠水による壊滅的被害による長崎市の都市機能が麻痺する程の甚大な災害となってしまった。
当時は連日豪雨による警報が発令されていたものの、連日の警報に慣れてしまった事による市民の危機認識の麻痺が避難の遅れに繋がった事も犠牲者多発の原因になってしまったという。
立て続けに起きた土砂災害もあって行政の混乱で大村市の陸上自衛隊への救助要請が中々来ず、報道での惨状を既に見ていた大村駐屯地側が長崎市から自衛隊への救助要請が来ない事に疑問を持ち、自衛隊上層部からの派遣命令が出る前に先行として幹部隊員数名を長崎市に派遣しつつ、後方からは表向きは演習の非公式ながら実質的な災害救助で車両を出動して長崎市を目指していたという。
先行派遣していた数名の幹部隊員のうち一名がなんとか長崎県庁に辿り着いた時にはようやく行政から要請が出ていたのだが、隊員の無線によって事態の深刻さがより判明し後方で演習名目で出勤していた隊員達は災害救助に切り替えた。

この甚大な災害によって、後に対策工事が進められた上に警報注意報でより土砂災害の恐れを呼びかけるようになった。

この大水害で一度、長崎市の名所「眼鏡橋」は崩壊し構成している石ブロックが下流に流されてしまっていた。後に流された全ての石ブロックは回収し復元された。

関連人物

福山雅治 : 出身者であり、市内で最も急な坂道とされる「きゃあまぐる坂」の命名者でもある。同坂では定期的に駆け上がる速さを競う競争が行われる。

関連タグ

長崎 平和公園 港町 出島 中華街
長崎くんち 長崎ランタンフェスティバル
長崎電気軌道
カステラ ちゃんぽん 皿うどん トルコライス 角煮
原子爆弾
さだまさし 柴田亜美 岡崎律子 蛭子能収
sola(作品の舞台の元ネタが長崎市)
遠藤晶(長崎市出身の設定)

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