中性子
ちゅうせいし
中性子 (Neutron) は、フェルミ粒子に分類される複合粒子の1つであり、原子及び原子核を構成する粒子の1つである。陽子とまとめて核子と呼ばれる。記号はnであり、日本語では時に英語をカタカナ転写したニュートロンでも呼ばれる。
1913年、フレデリック・ソディは、ウランの放射性壊変物を研究し、非常に化学的性質は似ているが、原子量の異なる元素の組み合わせを複数見出した。それまでは、原子量が異なれば元素も異なると考えられたが、それでは鉛とウランの間に40以上もの新元素が存在する事になる。ソディは、この原子量の異なる元素の組み合わせを同位体と呼んだ。ソディは同位体の発見により1921年にノーベル化学賞を授与された。
1920年にアーネスト・ラザフォードは原子核の構造について、1917年に自身が発見した陽子が原子量の数だけ存在するという考えを示した。しかしながらこれでは正電荷の量が合わなくなる。そこでラザフォードは、一部の陽子は電子を内部に含み、電荷が打ち消し合うという「核電子仮説」を提唱した。例えばα線はヘリウム4原子核である事が当時知られていたが、これは正電荷が2で原子量は4である。核電子仮説に従えば、ヘリウム4原子核は4つの陽子に2個の核電子が存在する事になる。異なる同位体はそれだけ核電子の数が変わる。電子は陽子の約1800分の1の質量しか持たず、原子量に矛盾を生じない。またβ線を放出するβ崩壊は電子を放出する為、原子核から電子が生ずる理由ともなる。1921年にラザフォードは早くも、この中性の粒子を、ラテン語の中性を意味する "Neutral" から "Neutron" と名付けた。しかしながら、核電子仮説にはその後、1930年代までに様々な矛盾や反論が登場した。特に、核電子が持つであろうエネルギーは、β線のエネルギーや原子核の結合エネルギーよりはるかに大きいという矛盾は解決しようがなかった。
1930年、ヴァルター・ボーテは軽元素にポロニウムから生ずるα線を照射する実験を行うと、ベリリウムなど、一部に非常に透過性の強い放射線が存在する事に気付いた。当時知られていた透過性の強い放射線はγ線である為、ボーテが見出したのもγ線と考えられていた。1932年にフレデリック・ジョリオ=キュリーとイレーヌ・ジョリオ=キュリーは、水素を含むパラフィン蝋などにこの未知の放射線を当てると、非常に高エネルギーの陽子が飛び出す事を示した。この実験結果は、放射線の正体がγ線ではなく、何か未知の重い中性粒子である事を示していた。同じような実験と結論はエットーレ・マヨラナも出している。
この研究結果を聞いたジェームズ・チャドウィックは、ジョリオ=キュリー夫妻の発見から僅か2週間後に、未知の放射線はγ線は陽子とほぼ同じ重さの中性粒子であるという結論に達した。中性子の発見の栄誉はチャドウィックに与えられ、1935年にノーベル物理学賞を授与された。
中性子は代表的なハドロンであり、複数のクォークで構成されたバリオンである。陽子と共に原子核を構成し、まとめて核子と呼ばれる。中性子内部ではアップクォーク1個とダウンクォーク2個がグルーオンを介して強い相互作用で結合しており、また原子核においては核子同士も強い相互作用で結びついている。水素1以外の全ての原子核は1個以上の中性子を持っている。軽元素の原子核は概ね陽子と中性子の数が同数であると安定するが、重元素になるに従って中性子の数が陽子の数より少しだけ多くなると安定するようになる。
陽子の数は原子番号となるのに対し、中性子の数は核種の違いに反映される。陽子の数が同じで中性子の数が異なる核種同士は同位体、中性子の数が同じで陽子の数が異なる核種同士は同中性子体と呼ばれる。また、陽子と中性子の合計数が等しい核種同士は同重体、中性子から陽子の数を引いた数が等しい核種は同余体と呼ばれる。
中性子はその名の通り電荷を持たない粒子である。電荷の実験的測定結果は-2±8×10^-22eより小さく、不確実性の範囲内でゼロを取り得る。この為電界の影響を直接受ける陽子や電子と異なり、原子に遭遇してもほとんど干渉する事がなく、文字通り原子核と正面衝突するまで進む為、非常に物質に対する透過性が高い。ただし電界の影響を受けないだけで、磁気モーメントを持ち磁界の影響は受ける為、電磁相互作用は中性子にも働く。ただし、中性子の磁気的性質から、中性子はその全体が電荷ゼロなのではなく、外側と中心部は負電荷、中間部は正電荷に帯電しているという内部構造が2007年に仮説として提唱されている。
中性子は陽子より0.1%だけ質量が大きく、この為原子核に束縛されていない自由中性子は不安定である。平均寿命は880.2秒 (14分60.2秒) であり、弱い相互作用を通じて陽子、電子、反電子ニュートリノにβ崩壊する。一方で、原子核内に存在する中性子は安定であり、安定核では崩壊せず、不安定核でも崩壊には制約が伴う。原子核の物理モデルの1つであるシェルモデルによると、原子核内の陽子と中性子は、量子を区別するラベルである量子状態が1つ1つ全て異なる状態を取らなければならない。そして、中性子が陽子に崩壊する為には、崩壊後の陽子は少なくとも崩壊前の中性子よりエネルギー状態を取らなければならない。しかしながら、安定核においては、既に存在する陽子が、取り得る事が可能な低エネルギーの量子状態が全て使われている状態である。またフェルミ粒子である中性子と陽子は、パウリの排他原理により同じ量子状態 (この場合は既に使用されている低エネルギーの量子状態) を取る事が許されない。この為、安定核では中性子は崩壊しない。また不安定核においても、崩壊後の陽子が取れる量子数に制限が多い程、長い半減期で崩壊する事になる。なお、量子数が陽子で取り得る場合には、逆に電子捕獲によって陽子が中性子に崩壊しうる。また、中性子も陽子も両方が許されている銅64のような珍しい事例では、β崩壊も電子捕獲も両方起こしうる。
中性子の反粒子に反中性子が存在する。中性子自体は電荷ゼロの粒子であるが、中性子の中身はクォークであり反粒子が存在する為、反クォークで構成された反中性子もまた存在するのである。
中性子線
中性子の発見は中性子線でなされた通り、中性子は電荷の影響を受けずに進む為、放射線としての透過率は他の放射線とは比べ物にならない程長い。一方で、中性子線を加速又は減速させるのは、電荷を持たない為に非常に困難であり、また自由中性子は崩壊してしまう為貯蔵もできない。その為、中性子線を使う現場では、核分裂生成物が得られる原子炉や、自発核分裂を起こす不安定な核種を利用したり、強力なα線を軽元素に衝突させて飛び出す中性子線を利用するなど、量やエネルギーに応じた様々な方法から得られる。中性子線の透過性の高さは、物質の結晶構造の解明や非破壊検査、内部構造の探査などに利用される。
中性子と物質との反応は、中性子の速度や衝突する物質の種類によってまちまちである。一般的には、中性子と質量が近い軽元素の原子核との衝突では減速する傾向にある。軽水素は質量がほぼ同じ陽子で構成されている為に、減速には最も適している。重元素の原子核は遥かに質量が大きい為、高速な内は殆ど速度を落とさず跳ね返される傾向にある。一方で低速になると、重元素の原子核は中性子を捕獲する傾向にある。この結果生じた原子核は、中性子を得た事自体で生じる高エネルギー状態と、核種自体の不安定さから崩壊しやすくなる。これを中性子化と呼ぶ。そのまま別の核種へと放射性壊変する場合もあるが、元々の核種が不安定だった場合には核分裂する事もある。この核分裂では膨大なエネルギーを生み出しつつ、再び中性子線が2~3個生ずる為、もし核分裂を制御しないままとすれば原子爆弾、上手く制御すれば原子力発電となる。
中性子線は特に水素と反応しやすく、中性子線に晒された有機物は容易に水素を分離して、それ自体が他の原子をイオン化し、結果的に有機分子を破壊する。これは水分が豊富な生物の細胞を損傷させるため、中性子線は生体にダメージを与える。一方でこれを逆用し、がん治療につなげる試みもある。
中性子星
中性子はスピン1/2のフェルミ粒子である。この為パウリの排他原理が働き、中性子は同じ量子状態を取る事が出来ない。普通量子状態はより低エネルギーを取るようになっているが、この状態になると中性子は高い量子状態を維持する。これは圧縮されて粒子間の距離が縮まる程起きやすい。これをフェルミ縮退と呼び、中性子がフェルミ縮退して生ずる天体が中性子星である。中性子星は1cm^3あたり10億トンという高密度になっているが、中性子縮退によって生ずる圧力である縮退圧により、重力でそれ以上縮まるのを防いでいる。ただし、中性子星は全てが中性子で出来ている訳ではなく、圧力の低い外側は普通の原子も存在し、逆に圧力の高い中心部では中性子すら崩壊し、クォーク物質になっていると考えられている。
ニュートロニウム
中性子は陽子と共に原子核を構成する核子である為、拡張された周期表や核図表に時々登場する。この時、中性子は陽子を持たない原子番号0の "元素" であるとみなされ、ニュートロニウムと呼称される。ニュートロニウムにも中性子の個数が異なる同位体が考えられるが、現在発見されているのは中性子が1個のモノニュートロニウムだけである。これは即ち自由中性子である。中性子が2個結合したジニュートロニウムと4個結合したテトラニュートロニウムは、発見の報告がいくつかある物の確認されていない。なお、ニュートロニウムが仮に安定して集められると仮定した場合、それは標準状態で0.045g/L (水素の半分、空気の27分の1) の密度の気体であり、絶対零度でも気体のまま存在すると考えられている。
なお、ニュートロニウムは、中性子星に存在する物質という、全く別の意味としても使われる場合もある。
中性子爆弾
中性子線は生体にダメージを与える一方で、重元素で構築される傾向のある建造物に対しては殆どダメージを与えないという特性がある (一部が中性子化によって放射性同位体になるものの、殆ど無視できるレベルである) 。このアイデアに基づき、通常の核兵器より中性子線を10倍以上多く出るように設計されたのが中性子爆弾である。中性子爆弾は、理想的には爆風による被害を最小限とし、しかしながらより広範囲の生物を殺傷する為、敵地の都市部などで使用すれば敵を制圧する一方で建物や設備をすぐに再利用できるという利点を持つ。
中性子爆弾は、核兵器で生ずるγ線は遮断できる程装甲が厚くなってしまった主力戦車への使用や、中性子自体が核物質の変質を招く為に核弾頭の無力化手段としての利用も検討され、実際に開発された中性子爆弾もある。ただし現在の所幸いにして使用例は存在しない。