概要
強い相互作用 (Strong interaction) とは、自然界に存在する4つの基本相互作用の内の1つである。強い力、核力、色力とも呼ばれる。
その伝達距離が無限大である重力相互作用や電磁相互作用とは異なり、原子核スケールの距離でしか働かず、より短いスケールでしか働かない弱い相互作用と同じく、マクロスケールで認識する事が出来ない基本相互作用である。強い相互作用とはいかにもテキトーな名称と思えるが、これは弱い相互作用と共に、核物理学の発展で理論化された新しい相互作用であった為、同じ距離で電磁相互作用と比べて強い力を強い相互作用、弱い力を弱い相互作用と仮に呼んでいたものが、いつの間にか正式名称として定着した事が理由である。
原子核は正電荷を持つ陽子が存在する事が1917年にアーネスト・ラザフォードによって示されたが、正電荷同士の陽子は電磁相互作用で斥力が生じて反発しあうはずで、そのままでは原子核はバラバラになってしまう。陽子同士を結び付けるには、電磁相互作用より "強い" 力が必要であったが、その理論化は難しかった。1935年になり、中間子の交換が陽子や中性子を電磁相互作用の斥力に逆らって結び付けるとする理論を湯川秀樹が提唱した。湯川は1933年にエンリコ・フェルミが提唱したβ崩壊を記述するフェルミ相互作用 (後の弱い相互作用) を修正し、核子が結合する湯川相互作用を提唱し、その中で媒介粒子として陽子と電子の中間程度の新たな粒子である中間子の存在を予言した事から、湯川相互作用は中間子論と呼ばれる事になる。第二次世界大戦の世界的な研究停滞を挟んだ後の1947年になり、ようやく中間子の1つであるπ中間子が発見された事により、湯川の正しさが証明された。
しかしながら技術発展により、核子や中間子と似た粒子が多数発見され、さながら「粒子の動物園」と揶揄されるに至り、π中間子や陽子は基本粒子ではないとする考えが増えていった。必然的に新たな素粒子に関する理論が求められ、その中で1964年にマレー・ゲルマンとジョージ・ツワイクがクォーク模型を発表した。クォーク模型ではπ中間子や陽子はクォークで構成された複合粒子であるとされる。余談であるが、湯川はクォーク模型について、非整数の電荷を仮定する事から否定的であったとされている。クォーク模型は、1968年に陽子の内部にアップクォークとダウンクォークが存在する事で正しさが証明された。クォーク模型自体ではクォーク同士を結び付ける力を上手く説明できていなかったが、色荷と呼ばれるチャージを持つ粒子がグルーオンと呼ばれるゲージ粒子を媒介として強い相互作用を伝達するとする予測を、韓武榮、南部陽一郎、オスカー・W・グリーンバーグ、宮本米二、堀尚一などが独立して提唱している。1973年に提唱されたこれらの理論は量子色力学と呼ばれ、その基礎理論には1954年に提唱されていた楊振寧とロバート・ミルズによるヤン=ミルズ理論がある。グルーオンは1978年に発見され、現在強い相互作用は量子色力学によって記述されている。
強い相互作用のステータス
名称 | 強い相互作用 |
---|---|
ゲージ粒子 | グルーオン |
理論 | 量子色力学 |
標準模型 | 記述される |
チャージ | 色荷 |
斥力 | あり |
結合定数 | 強い結合定数 |
到達範囲 | 約10^-15m |
距離当たりの強さ | 1乗に比例 |
働く素粒子 | クォーク及びグルーオン |
束縛状態 | 複合粒子 (メソン、ハドロン、原子核など) |
相対強さ (10^-15m) | 60 (電磁相互作用=1) |
相対強さ (10^-12m) | 20 (電磁相互作用=1) |
最初の理論化 | 1935年 / 湯川相互作用 |
現在の理論 | 1973年 / 量子色力学 |
性質
何度か述べている通り、強い相互作用は電磁相互作用より強い力として導入され、4つの基本相互作用の中で最強である。その強さは10^-15mというクォーク程度のスケールで電磁相互作用の60倍も強い。強い相互作用がなければ、クォークは電磁相互作用によって反発してしまい結合し得ない。クォークが結合しなければ、陽子や中性子はその内部構成が成り立たず、また陽子そのものも正電荷を帯びている為電磁相互作用で互いに反発する為、原子核が安定して存在し得ない。強い相互作用は原子核の外には表れないが、素粒子がより複雑な構造を作る為の基礎的な相互作用として重要である。また、陽子や中性子の質量の内、クォーク自体の質量は1%以下しか関与しない。残りの99%はクォークがグルーオンによって結合し、光速の99.995%と言う高速で運動した結果、特殊相対性理論で予言される質量の増大の結果として補われている。あるいは、クォークとグルーオンの結合エネルギーが質量に変換されたとも言い換えられる。いずれにしても、物質を構成する原子の質量のほとんどは原子核であり、原子核は陽子と中性子で構成されている事から、物質の質量の大半は強い相互作用であると言い換える事も出来る。また、原子力は原子核の質量の一部をエネルギーとして変換していると説明されるが、その源は原子核の結合エネルギーであり、これも元を正せば強い相互作用である。
強い相互作用は、他の基本相互作用とは全く異なる振る舞いをする。他の3つの基本相互作用は、距離が広がれば広がるほど弱くなるが、強い相互作用だけは逆であり、距離が広がれば広がるほど強くなる性質を持つ。この強い相互作用の奇妙な性質は漸近的自由性と呼ばれている。この為強い相互作用は、説明としてはバネやゴム紐として例えられる。しかしながら、バネやゴム紐はいつまでも伸ばせずいつかは千切れてしまうように、強い相互作用は原子核スケールを超えると働かなくなってしまう。これは、グルーオンというバネで結びついたクォークを、強い相互作用に逆らって引き離すエネルギーより、真空中からクォークと反クォークの対を生成するエネルギーの方が上回ってしまう為、対生成したところからそれまでペアとなっていたクォーク同士が結びつかなくなってしまう為である。
更に、強い相互作用は色荷と呼ばれるチャージで相互作用しうるが、このチャージも非常に特殊な性質を持つ。色荷は光の三原色に準えて「赤」「緑」「青」の3種類のチャージを持つ。これは素粒子自体に本当に色がついているのではなく (素粒子は可視光線の波長よりはるかに小さい。) 、あくまで光の三原色に準えているだけに過ぎない事に注意してほしい。色荷を持つ素粒子は、色荷の組み合わせが「白」 (又は無色) になる組み合わせでのみ単独で取り出す事が出来るという性質を持つ。これは例えば「赤+緑+青」や「赤+反赤」の組み合わせが考えられる。この白でしか取り出せない性質をカラーの閉じ込めと呼ぶ。先述した漸近的自由性は、カラーの閉じ込めと関わっており、これらの性質から、クォークとグルーオンは低エネルギースケールでは単独で取り出す事が不可能となっている。クォークとグルーオンが単独で振る舞うには2兆9000億ケルビンと言う高温が必要であり、粒子加速器などでこれが実現した状態はクォーク・グルーオンプラズマと呼ばれる。
電磁相互作用と弱い相互作用がグラショウ=ワインバーグ=サラム理論で統一されたように、強い相互作用を電弱相互作用と統一する試みがなされている。しかしながら強い相互作用は漸近的自由性がある為、簡単に統一ができない問題を抱えている。強い相互作用と電弱相互作用の統一理論は大統一理論と呼ばれているが、現時点ではその足掛かりすら得られていない。
ところで、強い相互作用のゲージ粒子であるグルーオン自体も色荷を持つ為、グルーオン同士で強い相互作用が働く。その媒介にもグルーオンが必要であり、その媒介のグルーオンにも更なるグルーオンが…と、一見すると登場するグルーオンと、結果として生ずる強い相互作用が無限大に増大するように見える。これらの無限大の修正には繰り込みと呼ばれる手法があり、強い相互作用ではこれが上手く適用される。なお、グルーオン同士が結合できる以上、グルーオンだけで構成された複合粒子も理論的には考える事が可能である。このゲージ粒子唯一の複合粒子はグルーボールと呼ばれているが、現時点では未発見である。
強い相互作用の伝達には10^-24秒の時間が必要である。十分短い時間に思えるが、クォークの内トップクォークだけは平均寿命が5×10^-25秒と強い相互作用の伝達時間より短い時間で崩壊すると考えられている為、トップクォークだけは他のクォークと結合状態を作る事が出来ないと考えられている。この為裸のクォークの研究としてトップクォークの合成と崩壊の観察が試みられている。