概要
素粒子 (Elementary particle) とは、物質をそれ以上の細かい構成要素に分割することができない構成要素の基本単位であり、古典的には粒子として扱われる。
現在の物理学においては、標準模型で予言される17の素粒子及びその反粒子が素粒子であるという考えが広く受け入れられている。標準模型で予言された素粒子は2013年までに全て発見されている。しかしながら、存在が明らかな基本相互作用である重力が組み込まれていないなど、標準模型には明らかな不備が存在する為、標準模型を越えた理論の枠組みと、これによって存在が予言される素粒子も幾つか存在する。現在の所、標準模型を超えた素粒子は未発見である。
もう一つの説としては、超ひも理論を基にした素粒子はひもでできているという説も現れ始めている。
標準模型の素粒子の一覧
クォークとレプトン
クォークとレプトンは、物質そのものを形作る粒子である。例えば身の回りに存在する原子は、全てアップクォーク、ダウンクォーク、電子の組み合わせで作られている。高エネルギーの領域では別の素粒子で構成された物質も存在する。全てフェルミ統計に従うフェルミ粒子であり、全てのスピンは1/2である。
クォークは更にアップ型クォークとダウン型クォーク、レプトンは荷電レプトンと中性レプトン (又はニュートリノ) に細分化される。クォークとレプトンはそれぞれが6種類ずつ存在し、それぞれ3世代に分類される。これはカビボ・小林・益川行列によって予言されている。またクォークには色荷が存在する為、それぞれ3種類に分かれる。2000年までに全ての素粒子が発見されている。
名称 | 記号 | グループ | 世代 | スピン | 電荷 | 質量 |
---|---|---|---|---|---|---|
アップクォーク | u | アップ型クォーク | 第1世代 | 1/2 | +2/3e | 2.2MeV |
ダウンクォーク | d | ダウン型クォーク | 第1世代 | 1/2 | -1/3e | 4.7MeV |
チャームクォーク | c | アップ型クォーク | 第2世代 | 1/2 | +2/3e | 1.27GeV |
ストレンジクォーク | s | ダウン型クォーク | 第2世代 | 1/2 | -1/3e | 96MeV |
トップクォーク | t | アップ型クォーク | 第3世代 | 1/2 | +2/3e | 173.21GeV |
ボトムクォーク | b | ダウン型クォーク | 第3世代 | 1/2 | -1/3e | 4.18GeV |
電子 | e | 荷電レプトン | 第1世代 | 1/2 | -1e | 510.999keV |
電子ニュートリノ | νe | 中性レプトン | 第1世代 | 1/2 | 0 | < 2.05eV |
ミュー粒子 | μ | 荷電レプトン | 第2世代 | 1/2 | -1e | 105.658MeV |
ミューニュートリノ | νμ | 中性レプトン | 第2世代 | 1/2 | 0 | < 190keV |
タウ粒子 | τ | 荷電レプトン | 第3世代 | 1/2 | -1e | 1.777GeV |
タウニュートリノ | ντ | 中性レプトン | 第3世代 | 1/2 | 0 | < 18.2MeV |
グループと世代のみを抜き出すと以下の表の通りとなる。
第1世代 | 第2世代 | 第3世代 | |
---|---|---|---|
アップ型クォーク | アップクォーク | チャームクォーク | トップクォーク |
ダウン型クォーク | ダウンクォーク | ストレンジクォーク | ボトムクォーク |
荷電レプトン | 電子 | ミュー粒子 | タウ粒子 |
中性レプトン | 電子ニュートリノ | ミューニュートリノ | タウニュートリノ |
ゲージ粒子とスカラー粒子
ゲージ粒子とスカラー粒子は、自然界の基本的な力である基本相互作用の伝達を担う場を量子化した粒子である。全てボース統計に従うボース粒子であり、ゲージ粒子は1以上のスピン、スカラー粒子は0のスピンを持つ。
現時点で発見されている全てのゲージ粒子のスピンは1であり、スカラー粒子に対してベクトル粒子とも呼ばれるが、現時点ではゲージ粒子と同義語である。標準模型の範疇では重力のゲージ粒子のみが記述されておらず、後述する重力子はスピン2の可能性がある。スカラー粒子は、現在発見されているのはヒッグス粒子のみである。またグルーオンには色荷が存在する為、8種類に分かれる。2013年までに全ての素粒子が発見されている。
名称 | 記号 | グループ | 媒介する場 | スピン | 電荷 | 質量 |
---|---|---|---|---|---|---|
光子 | γ | ゲージ粒子 | 電磁相互作用 | 1 | 0 | 0 |
Wボソン | W | ゲージ粒子 | 弱い相互作用 | 1 | ±1e | 80.385GeV |
Zボソン | Z | ゲージ粒子 | 弱い相互作用 | 1 | 0 | 91.1876GeV |
グルーオン | g | ゲージ粒子 | 強い相互作用 | 1 | 0 | 0 (推定) |
ヒッグス粒子 | H0 | スカラー粒子 | 質量 | 0 | 0 | 125.09GeV |
予言されている素粒子の一覧
現時点で発見されている素粒子は全て標準模型の範疇である。しかしながら標準模型には、現在の物理学の観点からすると全く不足の枠組みであり、記述されていない事を網羅する拡張理論が必須である事が分かっている。そういった理論の中には、新たな素粒子の存在を予言している物もある。
超ひも理論では、従来の素粒子は振動(重さ)が小さく、それ以外の未発見の素粒子はとても振動が強いといわれている。
重力子
- 詳細は重力子(粒子)を参照。
標準模型には、基本相互作用で最も身近とさえいえる重力が組み込まれていない。量子力学の世界に重力を組み込む事は、物理学における最大の課題かつ難題の1つとさえ言われる程困難である。そのような状況の中で、重力を量子化した物として予言されているものの1つが重力子である。
アキシオン
アキシオン (又はアクシオン) は、標準模型で未解決の強いCP問題を解決する為に予言された、擬南部・ゴールドストーン粒子に分類される素粒子である。
粒子を反粒子と入れ替え、位置を鏡写しに配置するという操作をする。量子力学ではこの操作を行うと、行う前と行った後が鏡写しのように同じではないである事が分かっている。これをCP対称性の破れと言う。始めは弱い相互作用で発見されたCP対称性の破れは、強い相互作用でも同様に破れていると理論は示しているが、実際にはいくら実験を重ねても破れは発見されていない。この矛盾を解決する為に存在するのがアキシオンである。
アキシオンは、ボース粒子に分類されるスピン0の擬スカラー粒子であり、電荷はゼロであると推定されている。質量は恐らくゼロではないが非常に低く、これまでの観測結果から電子の100億分の1以下と推定されている。アキシオンと物質との相互作用は非常に低くこれまでの観測を逃れてきたが、アキシオンは強い磁場の下で光子に変化すると推定されており、間接的な観測が行われている。アキシオンが一定以上の質量を持つ場合、放射の非常に低い冷たい暗黒物質の候補にもなる。
ステライルニュートリノ
粒子にはスピンと呼ばれる自転のような性質があり、粒子の進行方向とスピンの方向から「左巻き」と「右巻き」に分かれる。ほとんどの素粒子は左巻きと右巻きが発見されているが、ニュートリノに関しては右巻きが発見されていない。
右巻きニュートリノが存在すると仮定した場合、元より相互作用の低い (通常の) 左巻きニュートリノよりも更に相互作用が低いと予測される。左巻きニュートリノは重力相互作用と弱い相互作用を感ずる事ができるが、右巻きニュートリノは重力相互作用のみで感ずる事が出来るとされ、観測が極めて困難である。この為右巻きニュートリノは、無菌状態を意味するステライルニュートリノと呼ばれる。
ステライルニュートリノは、シーソー機構により極めて質量の低いニュートリノの対となり、質量が極めて大きい予測され、崩壊に伴う放射の観測が期待される。まだ認められはいないがその候補が存在する。また直接観測が実質的にできない事を逆手に取り、放射性核種の中で、ニュートリノが放射されると考えられるのに観測されない例を探っている。質量を持つと期待されるステライルニュートリノは、冷たい暗黒物質の候補でもある。
超対称性粒子
超対称性粒子は、超対称性理論(超ひも理論の超)でその存在が予言されている素粒子である。記号はそれぞれパートナーとなる粒子の記号に~を上につける事で表される。また名称は、フェルミ粒子は頭に "s-" を、ボース粒子は末尾に "-no" を付ける事で表す。
標準模型、ワインバーグ=サラム理論、ヒッグス機構などの幾つかの既存の理論は、その理論から予言される値と実験的に観測される値に大きな食い違いがあるという問題がある。その食い違いのスケールは、数倍どころではなく十何桁ものずれとなっている。一方でそれ以外の部分に大きな食い違いは無い為、理論が致命的に誤っていると単純に結論付ける事は出来ない。
この階層性問題と呼ばれる難題を解決する為に提唱されたのが超対称性粒子である。超対称性粒子が存在すれば、現在その存在が知られている粒子とパートナーを組み、物理量を打ち消し合う事でこの階層性問題を解決する事が出来ると考えられている。
標準模型の枠組みにおいて、フェルミ粒子はボース粒子の超対称性粒子、ボース粒子はフェルミ粒子の超対称性粒子を持つと考えられている。また、超対称性理論において、ヒッグス粒子は1種類ではなく4種類存在する。これまで観測されていない事から、超対称性粒子は少なくとも1000GeV以上と非常に大きな質量を持つと推定されている。一方で超対称性粒子の混合状態は質量が低く、現在の技術でも観測される見込みがあると期待されている。
名称 | 超対称性パートナー | 備考 |
---|---|---|
スクォーク | クォーク | トップクォークのパートナーのストップスクォークは質量が小さいと考えられている。 |
スレプトン | レプトン | 特にニュートリノを除いた荷電レプトンを言う。 |
スニュートリノ | 中性レプトン | |
フォティーノ | 光子 | |
ウィーノ | Wボソン | |
ジーノ | Zボソン | |
グルイーノ | グルーオン | グルイーノも色荷がある為8種類存在する。 |
ヒグシーノ | ヒッグス粒子 | この枠組みでヒッグス粒子は4種類、ヒグシーノは3種類存在する。 |
ニュートラリーノ | フォティーノ+ジーノ+中性ヒグシーノの混合状態。4種類が予言されている。 | |
チャージーノ | ウィーノ+荷電ヒグシーノの混合状態。2種類が予言されている。 |
プレオン
素粒子は、現在発見されているだけでも17種類存在し、その反粒子や色荷を含め厳密に数えると数十種類となる。また、標準理論の枠組みを超えた素粒子を含めると、その種類は100種類以上に達する。素粒子は、かつてクォークなどが発見されておらず、その複合粒子が素粒子であると考えられていた時代、数百種類の素粒子が存在する「粒子の動物園」を "飼い慣らす" 為に考えられただけに、再び粒子の動物園に突き当たれば、更なる基本体系が考えられるのは当然である。
プレオンは、現在素粒子として考えられている粒子が、更に小さな素粒子で構成されていると仮定されている場合の理論で予言されている素粒子である。プレオンモデルはそれ自体が1つの理論ではなく、リーションモデルなど、幾つかの同様な理論の総称である。
現在、プレオンの存在は、理論的にはすっきりするが、否定的に見られている。幾つかのプレオンモデルはヒッグス粒子の存在を否定するが、ヒッグス粒子は発見されており矛盾が生ずる。また、プレオンが仮に存在するとなると、非常に大きなエネルギーを持つと推定されており、小さなエネルギーで素粒子を予言するのと完全に矛盾する。
その他の予言されている素粒子
名称 | 性質 |
---|---|
W'ボソン / Y'ボソン | 右巻きの粒子に弱い相互作用を可能とするゲージ粒子。 |
Xボソン / Yボソン | クォークとレプトンを結びつけるゲージ粒子。 |
マヨロン | ニュートリノでレプトン数保存則を破れないようにする機構で出現する南部・ゴールドストーン粒子。 |
ディラトン | 超弦理論で予言される、余剰次元に対して重力子と共に現れるスカラー粒子。 |
ディラティーノ | ディラトンの超対称性粒子。 |
グラビスカラー | カルツァ=クライン理論で出現するスカラー粒子。ラジオンとも呼ばれる。 |
グラビベクター | カルツァ=クライン理論で出現するゲージ粒子。斥力の可能性もある。グラビフォトンとも呼ばれる。 |
第二重力子 | 超重力理論で出現するゲージ粒子。 |
第二光子 | M理論で出現するゲージ粒子。 |
暗黒光子 | 暗黒物質の相互作用を担うと考えられるゲージ粒子。 |
グラビティーノ | 重力子の超対称性粒子。 |
アキシーノ | アキシオン及びサキシオンの超対称性粒子。 |
サキシオン | アキシオン及びアキシーノの超対称性粒子。 |
磁気単極子 | 磁気の単極子として仮定された粒子。 |
カメレオン | 暗黒物質の候補物質。周りの空間の物質密度が低い程質量が大きくなるという性質を持つ。 |
ミラー粒子 | パリティ対称性を保存する為に仮定された粒子。パリティを持つ既存の素粒子に対応して存在する。 |
タキオン | 質量が虚数であり、光速以上でのみ運動できる粒子。素粒子であるとは限らない。 |