概要
Wボソン (W boson) はボース粒子に分類される素粒子の1つであり、標準模型において基本相互作用の1つである弱い相互作用を伝達するゲージ粒子である。記号はWである。弱い相互作用を伝達するゲージ粒子には他にZボソンが存在し、WボソンとZボソンを区別しない場合、合わせてウィークボソンと呼ばれる。電荷と質量を持ち、質量は鉄原子以上の質量を有する重い素粒子である。
名称 | Wボソン |
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記号 | W- |
組成 | 素粒子 |
粒子統計 | ボース粒子 |
グループ | ゲージ粒子 |
電磁相互作用 | 作用する |
弱い相互作用 | 媒介する |
強い相互作用 | 作用しない |
重力相互作用 | 作用する |
質量 | 80.385(15) GeV/c^2 |
平均寿命 | 3×10^-25秒 |
スピン | 1 |
フレーバー量子数 | 無し |
電荷 | -1e |
色荷 | 持たない |
弱アイソスピン | -1 |
弱超電荷 | 0 |
X荷 | 0 |
B - L | 0 |
反粒子 | 反Wボソン (W+) |
超対称性粒子 | ウィーノ (W~) |
理論化 / 発見 | 1968年 / 1973年 |
歴史
1950年代に電磁相互作用を量子論の枠組みの中で記述する量子電磁力学が発展すると、今度は弱い相互作用を同じように記述する試みがなされた。この試みは1968年、シェルドン・グラショウ、スティーヴン・ワインバーグ、アブドゥッサラームによる電磁相互作用と弱い相互作用の統一理論である電弱統一理論が確立される事によって成功した。この3者には後に1979年にノーベル物理学賞が授与され、特にアブドゥッサラームの受賞はムスリム初のノーベル賞受賞者となった。この理論の中で、弱い相互作用を伝達するゲージ粒子は電荷がそれぞれ+1e、-1e、0の3種類が必要な事が示され、電荷を持つゲージ粒子をWボソン、電荷を持たないゲージ粒子をZボソンと呼称する事となった。Wボソンは弱い相互作用の "Weak" 、Zボソンは電荷ゼロの "Zero" を頭文字とするボース粒子である事から名付けられた。
ところで、電磁相互作用を伝達する光子は質量ゼロの粒子なのに対し、弱い相互作用を伝達するWボソンとZボソンは質量があると予測され、これがワインバーグ=サラム理論の発展に大きな障害となった。弱い相互作用は原子核の距離程度にしか伝達しない為、質量はゼロではない事が予測されるが、一方で電弱統一理論の基盤となるSU(2)ゲージ理論はゲージ粒子の質量をゼロとする為、大きな矛盾が生じていた。この矛盾は、1964年に3つの独立した研究チームが解決法を提示し、特にピーター・ヒッグスの提唱した物が知られた事から、今日ではヒッグス機構としてそれが知られている。自発的破れが生じる場合、通常ならば南部・ゴールドストーン粒子が生ずるが、ヒッグス機構では物理的な粒子ではなく、ヒッグス場と呼ばれる場として現れる。ヒッグス場によって、通常は質量を持たないゲージ粒子がヒッグス場との相互作用で質量を持つ事になり、WボソンとZボソンが質量を持つ理由を説明できる。なお、この時に生ずる南部・ゴールドストーン粒子は4種類であり、Wボソンで2種類、Zボソンで1種類が吸収され、余った1種類がヒッグス粒子として新たに予言される事となる。
理論的にWボソンとZボソンの質量の謎は解明されたものの、実際の観測は困難を極めた。これはWボソンとZボソンの質量があまりにも重い為、その質量と等価以上のエネルギーを与える為の強力な加速器の設置を待たなければならなかった為である。Wボソンの発見の報はカルロ・ルビアとシモン・ファンデルメールが主導する陽子-反陽子衝突型加速器SPSによって、1983年1月にもたらされた。2ヶ月後にはZボソンも発見され、2者には1984年のノーベル物理学賞が授与された。これは具体的な成果から受賞迄の最速記録でもある。
性質
Wボソンは80.4GeV/c^2の質量を持つ極めて重い素粒子であり、全素粒子の中で4番目に重い素粒子である。これは鉄原子よりも重い。この大きな質量から、平均寿命は3×10^-25秒と、素粒子どころか、観測されている全ての崩壊する粒子の中で最も寿命の短い粒子となっている。同じ理由で、弱い相互作用の到達距離がせいぜい10^-16~10^-17mの、事実上原子核の中に納まる理由となっている。
Wボソンは+1e又は-1eの電荷を持つ為、弱い相互作用の結果では電荷が1e増減する。またスピンも持ち、結果としてスピン1分の変化が生ずる。また、弱い相互作用の特徴である、クォークのフレーバー (種類) を変える事が可能である。例えば中性子が陽子へと崩壊するβ崩壊の場合、中性子が陽子として変化し、電子と反電子ニュートリノが放出されると説明される。しかしながら実際は、中性子の1つのダウンクォークがアップクォークと変化する事で陽子となり、その変化にWボソンが介在している事になる。Wボソン自体は非常に短い半減期で電子と反電子ニュートリノに崩壊するが、これはこの反応で介在するWボソンが-1eの電荷を持つ為である。
蛇足であるが、電荷がある粒子は、片方を粒子と定め、その反対の電荷を持つ粒子を反粒子としてそれぞれ命名する。しかしながらWボソンは、特段片方をWボソン、もう片方を反Wボソンと呼ぶ事はほとんどない。