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概要編集

弱い相互作用 (Weak interaction) とは、自然界に存在する4つの基本相互作用の内の1つである。弱い力、弱核力とも呼ばれる。


その伝達距離が無限大である重力相互作用電磁相互作用とは異なり、原子核スケールの距離でしか働かず、少し伝達距離は長いがやはり原子核スケールの強い相互作用と同じく、マクロスケールで認識する事が出来ない基本相互作用である。弱い相互作用とはいかにもテキトーな名称と思えるが、これは強い相互作用と共に、核物理学の発展で理論化された新しい相互作用であった為、同じ距離で電磁相互作用と比べて強い力を強い相互作用、弱い力を弱い相互作用と仮に呼んでいたものが、いつの間にか正式名称として定着した事が理由である。弱いと言っても、電磁相互作用や強い相互作用と比べて弱いだけであり、重力相互作用よりはずっと強い。


1896年の放射能及び放射線の発見と、1899年に放射線にはα線β線の2種類がある事が発見されると、β線の正体は電子である事が判明した。また、1930年にヴァルター・ボーテによる未知の粒子線の発見と、1932年にフレデリック・ジョリオ=キュリー、イレーヌ・ジョリオ=キュリー、エットーレ・マヨラナが行った実験、及びジェームズ・チャドウィックによる追試で、原子核には中性子と呼ばれる粒子が存在する事が示された。一方で、1911年にはリーゼ・マイトナーとオットー・ハーンによって、β崩壊ではエネルギー、運動量、スピンそれぞれの保存則が成り立っていない事も示された。


これらの発見に基づき、1933年にエンリコ・フェルミは、β崩壊では当時未発見の粒子であるニュートリノが放出される事、及びβ崩壊はそれまでに知られていない基本相互作用を介して行われる事を理論として提唱した。フェルミ相互作用と呼ばれるこの理論で新たに提唱された基本相互作用は、距離当たりの力の強さが電磁相互作用と比べて弱い為、仮の名前として弱い相互作用と呼ばれた。フェルミ相互作用は、ポール・ディラックの陽電子、ヴェルナー・ハイゼンベルクの陽子中性子モデルをβ崩壊に統合した画期的な理論でもあった。しかしながら、この論文を世界的な科学雑誌のNatureは「現実から乖離しすぎて憶測も多すぎる」として掲載を拒否、イタリアのNuovo CimentoとドイツのZeitschrift für Physikに投稿し、1934年に論文として一般に公開されたという経緯がある。Natureはこの掲載拒否について、創刊以来の最も大きなミスの1つであると認め、1939年にようやく掲載されている。しかしながら掲載を経てもなおフェルミ相互作用はなかなか注目されず、これはフェルミが理論物理学者から実験物理学者へと転向するきっかけとなった。この出来事が無ければ、フェルミは「ティッシュペーパーの飛ばされ具合から原子爆弾の威力を推定する」概算の達人とならなかったかもしれない。更に余談となるが、このフェルミ相互作用を湯川秀樹は1935年に修正し、原子核同士の結合を実現する強い相互作用の存在と、その媒介粒子としての中間子の存在を予言した。


しかしながら、フェルミ相互作用はある程度β崩壊を説明する物の、弱い相互作用を量子力学の世界に組み込むのはなかなか成功しなかった。理論的な成功が成されるのは1968年であり、シェルドン・グラショウ、スティーヴン・ワインバーグ、アブドゥッサラームが、弱い相互作用を電磁相互作用と統一し電弱相互作用とする事で初めて成功した。この理論では、後述するヒッグス機構を組み込んでおり、今日この理論はグラショウ=ワインバーグ=サラム理論 (GWS理論) と呼ばれる。また、GWS理論の中で弱い相互作用のゲージ粒子が初めて予言され、それぞれ電荷を持つWボソンと、電荷を持たないZボソンと呼称された。これらはWボソンは弱い相互作用の "Weak" 、Zボソンは電荷ゼロの "Zero" を頭文字とするボース粒子である事から名付けられた。


しかしながら、弱い相互作用は原子核の外には表れない伝達距離が制限される相互作用であり、WボソンとZボソンはゲージ粒子としては極めて大きい質量を持つ素粒子として予言されたが、理論的には弱い相互作用は伝達距離が無限大であり、WボソンとZボソンは質量ゼロであるべきである。この理論と実態の矛盾は、1964年に3つの独立した研究チームが解決法を提示し、特にピーター・ヒッグスの提唱した物が知られた事から、今日ではヒッグス機構としてそれが知られている。自発的破れが生じる場合、通常ならば南部・ゴールドストーン粒子が生ずるが、ヒッグス機構では物理的な粒子ではなく、ヒッグス場と呼ばれる場として現れる。ヒッグス場によって、通常は質量を持たないゲージ粒子がヒッグス場との相互作用で質量を持つ事になり、WボソンとZボソンが質量を持つ理由を説明できる。これらGWS理論にヒッグス機構を組み込む事により、弱い相互作用に関する理論は完成した。なお、この時に生ずる南部・ゴールドストーン粒子は4種類であり、Wボソンで2種類、Zボソンで1種類が吸収され、余った1種類がヒッグス粒子として新たに予言される事となる。また、WボソンとZボソンは極めて質量が大きい為に、直接的観測は1983年になってからであった。


弱い相互作用のステータス編集

名称弱い相互作用
ゲージ粒子Wボソン及びZボソン
理論グラショウ=ワインバーグ=サラム理論
標準模型記述される
チャージ弱アイソスピン (弱荷)
斥力あり
結合定数フェルミ結合定数
到達範囲約10^-18m
距離当たりの強さ1乗に反比例
働く素粒子左巻きフェルミ粒子WボソンZボソンヒッグス粒子
束縛状態無し
相対強さ (10^-15m)10^-4 (電磁相互作用=1)
相対強さ (10^-12m)10^-7 (電磁相互作用=1)
最初の理論化1933年 / フェルミ相互作用
現在の理論1968年 / グラショウ=ワインバーグ=サラム理論 (GWS理論)
他の基本相互作用との統一1968年 / GWS理論 (電磁相互作用)

性質編集

弱い相互作用に対する印象は、他の3つの基本相互作用と比べて薄く、地味である。重力相互作用と電磁相互作用については身近で広く理解されているし、強い相互作用は実感が出来ないので素粒子論にある程度興味がないとそれを意識する事はないが、「原子核やクォークを電磁相互作用に逆らって結び付ける相互作用」と説明すればある程度実感が持てる。それに対し弱い相互作用は「主にβ崩壊で現れる相互作用」と説明されるに留まり、イマイチピンと来ない。


しかしながら、弱い相互作用が発見されるきっかけであるβ崩壊を始めとして、弱い相互作用には他の相互作用には存在しない性質がある。β崩壊では中性子が陽子へと崩壊するが、クォークレベルで言えばダウンクォークアップクォークへと崩壊する事を意味する。この時クォークの種類を意味するフレーバーが変化している事となるが、実は弱い相互作用はクォークのフレーバーを変える唯一の相互作用なのである。クォークの崩壊は、フレーバーの保存則により通常は禁止されている為、弱い相互作用がなければクォークは崩壊しないのである。また、β崩壊がなければ、中性子は陽子へと崩壊する事が無い為、いつまでも安定粒子として存在する事になる。原子核内での陽子の数は原子がどの元素に属するかを決定付け、化学において元素がどのくらいの種類だけ存在するかは化学反応の複雑さに関わる。そしてある程度複雑な化学反応が起きなければ、生命は誕生し得ない。従って弱い相互作用がなければ、宇宙にこれ程多種類の元素は存在し得なかったともいえる。


また、弱い相互作用は、CP対称性に違反する唯一の相互作用でもある。CP対称性の自発的な破れの発見は、この宇宙が完全に対称ではない事を示唆している。宇宙には銀河から粒まで多数の物質が存在するが、本来宇宙の対称性に従えば、初期の宇宙では物質と同数の反物質が存在していなければならない。しかしながら本当に同数存在するならば、物質と反物質は互いに対消滅してしまい、宇宙には物質が何もない事になる。現に物質が宇宙に大量に存在し、反物質がほとんど見当たらないのは、物質と反物質の生成が完全に対称ではない事を示唆している。この宇宙論における大きな問題はまだ未解決であるものの、弱い相互作用がCP対称性に違反している事実は、この着眼点が誤りではない事を示唆している。


弱い相互作用はWボソンとZボソンによって相互作用するが、これらは極めて重い素粒子であり、光子やグルーオン、そしてまだ仮説上の存在であるが重力子が質量ゼロなのとは大きく異なっている。極めて重い素粒子である為に、WボソンとZボソンは平均寿命が3×10^-25秒と極めて短く、これが弱い相互作用の伝達距離が10^-18mと原子核の中に納まる理由ともなっている。長い距離を移動する前に崩壊してしまうからだ (グルーオンも10^-15mの伝達距離しかないが、これは質量が理由ではなく、カラーの閉じ込めという別の理由での制限がある) 。WボソンとZボソンに質量があるのはヒッグス機構によって説明されるが、この理論により新たに質量の源であるヒッグス粒子の存在が予言された。WボソンとZボソンが極めて重い事は、弱い相互作用が起こる確率にも関わっている。かいつまんでいえば、質量が大きい素粒子は生成確率が低い為、WボソンとZボソンが現れて弱い相互作用が起こる確率が低い事を意味する。中性子の平均寿命が約15分と極めて長い理由はその1つである。また、π中間子には電荷を持つ荷電π中間子と電荷を持たない中性π中間子が存在する。荷電π中間子が電磁相互作用を介して崩壊する為に平均寿命が10^-16秒と極めて短いのに対し、中性π中間子は弱い相互作用によってのみ崩壊する為、平均寿命は10^-8秒と1億倍も長くなる。


ニュートリノは弱い相互作用と重力相互作用でしか相互作用しない素粒子であり、重力相互作用は極めて弱くニュートリノ自身の質量も極めて小さい為、ニュートリノに働く相互作用は事実上弱い相互作用のみとなる。弱い相互作用の伝達距離が極めて短い事から、ニュートリノと他の物質との相互作用は極めて確率が低く、ニュートリノにとっては地球や太陽は真空も同然のスカスカの領域となる。


電磁相互作用が電荷、強い相互作用が色荷のチャージに基づくように、弱い相互作用は弱アイソスピン (弱荷) と呼ばれるチャージによって定義づけられる。しかしながら、弱アイソスピンには左巻きと右巻きの2種類が存在し、これらの内弱アイソスピンは左巻きのフェルミ粒子と右巻きの反フェルミ粒子にしか反応しないという性質がある。右巻きのフェルミ粒子、あるいは左巻きの反フェルミ粒子に働く弱い相互作用は未発見であるが、仮に存在すればWボソンやZボソンより極めて重い素粒子によって伝達すると考えられる。これらの素粒子はW'ボソン及びZ'ボソンと仮の名前が付けられている。


4つの基本相互作用は、低いエネルギーベースでは4つの相互作用として分かれている物の、初期宇宙のような高エネルギーの場では1つの力に統一される可能性が示唆されている。基本相互作用の統一では、電磁相互作用と弱い相互作用が唯一成功しており、これが弱い相互作用についての基本理論であるGWS理論である。GWS理論では、およそ1000兆ケルビンのエネルギースケール、宇宙誕生から10億分の1秒以下の時代では、電磁相互作用と弱い相互作用は互いに区別できなかったとされている。


関連タグ編集

基本相互作用

重力相互作用 弱い相互作用 電磁相互作用 強い相互作用

Wボソン Zボソン

クォーク(素粒子) ニュートリノ 中性子 陽子 電子 光子 β崩壊

ヒッグス粒子

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