概要
電子 (Electron) はフェルミ粒子に分類される素粒子の1つであり、標準模型においてミュー粒子とタウ粒子と共に荷電レプトンに分類され、三世代構造を形成する。電子は第1世代である。記号はeであり、日本語では時に英語をカタカナ転写したエレクトロンでも呼ばれる。アップクォークとダウンクォークと共に原子を構成する身近な存在の素粒子である。
名称 | 電子 |
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記号 | e- |
組成 | 素粒子 |
粒子統計 | フェルミ粒子 |
グループ / 世代 | 荷電レプトン / 第1世代 |
電磁相互作用 | 作用する |
弱い相互作用 | 作用する |
強い相互作用 | 作用しない |
重力相互作用 | 作用する |
質量 | 510.9989461(31) keV/c^2 |
湯川結合 | 2.94×10^-6 |
平均寿命 | 安定 (6.6×10^28 年以上) |
スピン | 1/2 |
フレーバー量子数 | 電子レプトン数: +1 |
電荷 | -1e |
色荷 | 持たない |
弱アイソスピン | LH: -1/2 / RH: 0 |
弱超電荷 | LH: -1 / RH: -2 |
X荷 | LH: -3 / RH: -1 |
B - L | -1 |
反粒子 | 陽電子 (e+) |
超対称性粒子 | セレクトロン (e~) |
理論化 / 発見 | 1838年 / 1897年 |
歴史
電気の存在が人類に知られるようになったのは、古代ギリシャにおいて静電気の発見にまで遡る事が可能であるが、粒子としての電子の存在に人類が気付くまでには時間がかかった。
リチャード・ラミングは1838年から1851年にかけて、原子は中心部の核と、その周りを同心円状で囲んで存在する、それぞれ原子より小さな粒子で構成され、その粒子は2種類の電荷を持つ事を示唆した。1874年には、ジョージ・ストーニーが電気分解の研究から、1価のイオンに等しい電荷を持つ単一の存在がある事に気付き、その具体的な値も算出した。しかしながらストーニーは、それが原子と恒久的に結びつき、離れる事が出来ないと考えていた。電荷の単一存在が正負共に基本単位に分けられる事 (今日でいう原子核と電子) を最初に示したのは、1881年でヘルマン・フォン・ヘルムホルツによる研究からである。
具体的な電子の発見にも時間がかかっている。1869年、ヴィルヘルム・ヒットルフは希ガスの電気伝導率の研究中に、陰極で発せられる強い輝きを発見した。オイゲン・ゴルトシュタインは、1876年にこれを陰極線と名付けた。1875年、ウィリアム・クルックスは高真空のガラス管であるクルックス管を発明し陰極線について研究、負の電荷を持つ事を発見した。
今日、初めて電子を発見した人物とされているのはJ. J. トムソンである。トムソンは1897年、陰極線の詳細な研究で、陰極線を構成する負電荷の粒子は、正電荷を持つ水素イオン (今日でいう陽子) の1000分の1以下の質量を持つ非常に軽い粒子である事、その質量は電極の材質に寄らず一定である事を示した。トムソンは発見した粒子を "corpuscles (微粒子)" と呼んだが、ジョージ・ストーニーが1894年に命名した "Electron" が採用され、その後一般に浸透した。由来は "Electric + ion" の組み合わせである。また、今日では粒子の名称は "-on" の接尾辞を持つが、これは電子からの派生である。電子が具体的に1個の粒子として取り出されたのはロバート・ミリカンによって1909年に行われた油滴実験によるものである。
性質
電子は素粒子として非常に身近な存在である。アップクォークとダウンクォークで構成されたハドロンである陽子と光子を介して電磁相互作用で結びつき、粒子1個当たりの電荷は等しく符号は反対である。また、同じアップクォークとダウンクォークで構成されたハドロンである中性子との三者で原子を形成する。また、原子間における軌道電子の交換が化学反応の正体であり、軌道を離れた自由電子の流れが電流の正体である。ただし電流に関してはその歴史的な理由から、電流の流れる方向と実際に電子の流れる方向は反対になっている。
電子は電荷を有する素粒子として、様々な物理量の基準となっている。電子1個が持つ電荷は電気素量、又は素電荷と呼ばれ、電子の電荷は-1eである。電気素量より小さな電荷を持つ粒子はクォークのみである。この値は正確に1.602176634×10^-19クーロンと等しく、正確に電子624京1509兆6291億5265万個分の電荷が1クーロンである。また、2019年5月20日より電流のSI単位であるアンペアの定義は、1秒間に1クーロンに等しい電荷が流れた場合の電流と定義されている。
電子の質量はそのまま電子の静止質量と称され、具体的には9.1×10^-31kg、陽子の1836分の1である。電子の質量は素粒子の中でも小さく、質量ゼロの光子及びグルーオンと、質量はゼロではないが非常に小さいニュートリノに次ぐ値である。この値は不変の物理量とされており、少なくとも宇宙の歴史の半分近くで変わっていない。
電子は理論上では安定な素粒子であり、実験で観測された平均寿命は6.6×10^28年 (6穣6000𥝱年) 以上である。電子は電荷を持つ粒子としては最も質量が小さく、もし崩壊するならば電荷保存則に反する事となる。
電子はスピンが1/2のフェルミ粒子である。従ってボース粒子と異なりパウリの排他原理が働き、凝集できない。しかしながら低温ではクーパー対を形成してボース粒子となり凝集する。これが超伝導状態に絡んでいる。なお、物体同士が幽霊のようにすり抜けず衝突するのは、原子の周りを覆う軌道電子の電気的反発が理由とされる事が多いが、電子がフェルミ粒子である事も理由の1つである。
電子は大きさを持たない点粒子であると考えられている。これは数々の実験で示唆されており、現在与えられている大きさは10^-22m以下である。一方、点粒子である事は自己エネルギーが無限大になってしまうなどの理論的な矛盾を生じる他、超弦理論などでは非常に小さいが有限の大きさを有する可能性が示唆されている。
電子の反粒子は陽電子と呼ばれる。他の反粒子が「反○○」と称されるのに対し、陽電子は歴史的な理由から異なる名称を持っている。陽電子は初めて発見された反粒子である。電子と陽電子が出会うと、一時的な準安定状態であるポジトロニウムを形成後、対消滅して2個以上の光子を放出する。逆に真空に高エネルギーの光子を与えれば、電子と陽電子が対生成する。これは、真空には仮想粒子の状態の電子と陽電子が常に存在し、光子がエネルギーを与える事で仮想粒子が実在粒子へと変わったとみなされる。また、電子に関連する素粒子として、同世代の中性レプトンに電子ニュートリノが存在し、超対称性粒子にセレクトロンの存在が予測されている。
放射線の1種であるβ線の正体は電子であり、β線を放出する崩壊をβ崩壊と呼ぶ。普通β崩壊と言えば、電子を放出するβ-崩壊を指す。その他に陽電子を放出するβ+崩壊や、軌道電子を原子核に捕獲する電子捕獲、更にその稀な形態としての二重β崩壊や二重電子捕獲を含む。β崩壊には弱い相互作用が関わり、また電子だけでなくニュートリノも放出される。中性子が崩壊するβ-崩壊では電子と反電子ニュートリノが、陽子が崩壊するβ+崩壊では陽電子と電子ニュートリノが放出される。ウランの崩壊から放射線の存在に気付いたのはアンリ・ベクレルの研究によるもので、1896年にはα線とγ線と共に、β線が負電荷を持つという電気的特性に気付いていた。これはJ. J. トムソンによる電子発見の1年前である。
利用
電子そのものを利用する用途は、大抵の場合加速した電子線を利用している。電子が利用されるのは、安定した粒子であり、電荷を持った上で軽い粒子な事から加速が容易な事も理由である。
強力な電子線を照射する事は、照射された物質にエネルギーを与える事となる。電子線は原子の周りを覆う軌道電子から電磁相互作用を受けて反発する為、与えるエネルギーは強力だがそれほど深部までには進まない。これを利用して、集積回路のような極めて微細な加工、樹脂材の加工、医療器具の殺菌、身体の表面にある腫瘍の破壊などに利用される。
電子の名が付く有名な用途には電子顕微鏡がある。試料に電子線を当て、透過あるいは反射した電子を捉えて、原子1個1個も見る事を可能にした高解像度の顕微鏡である。
電子は内部構造を持たない素粒子である為、複合粒子よりはその衝突の結果生じる粒子線を予測しやすい。この為、陽子を加速するLHCに次ぐ次世代の粒子加速器は、電子と陽電子を衝突させる線形加速器が検討されている。
電子の発見に寄与した陰極線を出すクルックス管は、その後テレビやパソコンモニターなどに利用される陰極線管 (日本での通称はブラウン管) へと発展的に進化した。一時は一般家庭にもごく普通に存在する物であったが、2000年代から液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイ、有機エレクトロルミネッセンスなどに取って代わられ、世界的に利用が少なくなっている。
その他
日本においては、電気工学に関わる製品やサービス、企業や団体にはには電子を冠する物がいくつもある。一例としては電子部品、電子計算機、電子辞書などである。電子メール、電子書籍、電子マネーなどの電気的なものであるが直接の実態を伴わない物や、電子レンジのように主体は電子ではない物 (μ波=光子) につけられる場合もある。
Pixivにおいては、初音ミクやエネのようなサイバー系のキャラクターにタグがつけられる場合もある。