概要
ミュー粒子 (Muon) はフェルミ粒子に分類される素粒子の1つであり、標準模型において電子とタウ粒子と共に荷電レプトンに分類され、三世代構造を形成する。ミュー粒子は第2世代である。記号はμであり、日本語ではμ粒子、ミューオン、ミュオンとも表記される。電荷は-1e、質量は電子の約207倍と重い素粒子であり、平均寿命約2マイクロ秒で主に電子、反電子ニュートリノ、ミューニュートリノにβ崩壊する。
名称 | ミュー粒子 |
---|---|
記号 | μ- |
組成 | 素粒子 |
粒子統計 | フェルミ粒子 |
グループ / 世代 | 荷電レプトン / 第2世代 |
電磁相互作用 | 作用する |
弱い相互作用 | 作用する |
強い相互作用 | 作用しない |
重力相互作用 | 作用する |
質量 | 105.6583745(24) MeV/c^2 |
湯川結合 | 0.000607 |
平均寿命 | 2.1969811(22)×10^-6秒 |
スピン | 1/2 |
フレーバー量子数 | ミューレプトン数: +1 |
電荷 | -1e |
色荷 | 持たない |
弱アイソスピン | LH: -1/2 / RH: 0 |
弱超電荷 | LH: -1 / RH: -2 |
X荷 | LH: -3 / RH: -1 |
B - L | -1 |
反粒子 | 反ミュー粒子 (μ+) |
超対称性粒子 | スミュー粒子 (μ~) |
理論化 / 発見 | 1942年 / 1936年 |
歴史
ミュー粒子は、1936年にカール・アンダーソンとセス・ネッダーマイヤーによって発見された。宇宙線を観察する霧箱中において、電子に似た振る舞いを示すがより重い粒子が観測された。アンダーソンらは、電子と同じ電荷だが電子より重く、陽子と反対の電荷だが陽子より軽い性質から、ギリシャ語で中間を意味する "meso-" を付け「メソトロン (Mesotron)」と仮称した。その後、推定された質量が、湯川秀樹によって存在が予言された中間子と非常に近かった事から中間子の1種と考えられた。名称は、仮称メソトロンの頭文字 "M" に対応するギリシャ文字 "μ" を充て、「ミュー中間子 (Mu meson)」に改名された。
しかしながら、同じ中間子であるパイ中間子がセシル・パウエルらにより1947年に発見されたのを皮切りに次々と新しい中間子が見つかると、ミュー中間子はそれらとは異なる事が判明した。また、1942年には坂田昌一らによって、湯川が予言した強い相互作用を伝達する中間子と、宇宙線で発見された中間子は異なるという二中間子説が提唱され、これは先述のパイ中間子の発見により証明された。これらの結果は、もはやこの粒子が中間子ではない事を示しており、名称が「ミュー粒子 (Muon)」に変更されて現在に至る状態となった。標準模型の中では、理論で存在が予言される前に発見された唯一の素粒子である。また、初めて発見された、普通の原子には存在しない素粒子である。更に、ミュー粒子の発見により、強い相互作用をしない素粒子としての分類であるレプトンが確立される事となった。
性質
ミュー粒子は地球大気上層部の原子と高エネルギーの宇宙線の衝突で発生する多数の粒子の中によく含まれている。常時地表1平方メートル当たり、1秒間に1万個のミュー粒子が光速の99.97%の速度で降り注いでいる。非常に高エネルギーな為、岩石を数十メートル以上貫通する事が出来、例えばSoudan 2と呼ばれるミュー粒子検出器は地下700mに設置されている。ところで、ミュー粒子の平均寿命からすると、本来は光速の99.97%で進んでも500m未満しか進めない。しかしながら相対性理論で予言される時間の遅れにより、ミュー粒子は厚さ100km以上の大気を進む事が可能となっており、相対論効果の実証例の1つとなっている。
上記のミュー粒子の貫通力は、X線やγ線をはるかに上回る。この性質を利用し、より高密度や分厚い物体の内部構造を探るミューオントモグラフィーの用途が存在する。その歴史は古く、1950年代にはオーストラリアのトンネルの覆土厚測定に初めて使われた。1960年代にはルイス・ウォルター・アルヴァレズによりカフラー王のピラミッドの内部構造を探る研究に用いられ、当時知られていなかった空洞の発見に繋がった。現在でもこの手法は改良を重ねながら使用されており、火山のマグマ溜まりの位置の測定、原子炉内部や高レベル放射性廃棄物収容容器内の核物質の位置の測定、金属内部に隠された核物質や爆発物の探知、遺跡の内部構造の探査などに利用されている。
ミュー粒子の電荷は電子、反ミュー粒子の電荷は陽電子と符合及び値が一致しており、その振る舞いは質量の大きな電子及び陽電子と見なせる。特にミュー粒子は、陽子と結合して電子のように周りを周回する事が可能である。電子の代わりにミュー粒子が加わった原子をミュオニック原子と呼ぶ。ミュー粒子の質量が電子の207倍と大きい為、その軌道は電子の207分の1と原子核にかなり接近する。原子を俯瞰する程度の十分離れた距離で見れば、ミュー粒子の電荷と陽子の電荷が1個ずつ分打ち消し合ったと見なせ、特に水素原子の電子をミュー粒子で置き換えたミュオニック水素は、1個の中性な粒子として振る舞う。この為、通常の状態と比べて原子核同士が接近し核融合を起こしやすくなり、またミュー粒子は核融合の過程で原子から離れ、別の水素原子核と結合して再び核融合を起こすという反応を繰り返す。ミュー粒子が "触媒" になっていると見なせる事から、この手法をミューオン触媒核融合と呼ぶ。この手法の核融合は、今のところ短時間で崩壊するミュー粒子を常時補給する為のミュー粒子製造エネルギーが、核融合反応で得られるエネルギーを上回っている為、新たなエネルギー源とはなっていない。
また、ミュオニック原子が形成される過程では、ミュー粒子が原子核に捕獲される過程で固有のX線であるミュオン捕獲特性X線が放射される。その強度が電子の時より強い事から、通常の手法では測定しにくいナトリウムなどの軽元素の非破壊分析に利用される。
正の電荷を持つ反ミュー粒子は、電子と結合してミューオニウムと呼ばれる異種原子を生成する。ミューオニウムはその "化学的性質" が調べられており、その振る舞いは反ミュー粒子を陽子に置き換えたもの、即ち水素と同様である。通常の物質において、結晶構造中や分子中の水素の位置を調べる事は物質の性質を知る上で欠かせない事であるが、その測定は一般的に困難である。しかしながらミューオニウムは放射性であり、電子状態も独特である為、水素と比較して調べやすいという特徴がある。ミューオニウムは半導体や超伝導、有機化学の研究において元素の1つのように頻繁に登場し (実際、元素記号として "Mu" が割り当てられている) 、複雑な超伝導体の結晶構造の測定や、液体や気体における化学反応のリアルタイムな計測に利用される。