概要
Zボソン (Z boson) はボース粒子に分類される素粒子の1つであり、標準模型において基本相互作用の1つである弱い相互作用を伝達するゲージ粒子である。記号はZである。弱い相互作用を伝達するゲージ粒子には他にWボソンが存在し、ZボソンとWボソンを区別しない場合、合わせてウィークボソンと呼ばれる。電荷はゼロであるが、質量を持ち、質量は鉄原子以上の質量を有する重い素粒子である。
名称 | Zボソン |
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記号 | Z |
組成 | 素粒子 |
粒子統計 | ボース粒子 |
グループ | ゲージ粒子 |
電磁相互作用 | 作用しない |
弱い相互作用 | 媒介する |
強い相互作用 | 作用しない |
重力相互作用 | 作用する |
質量 | 91.1876(21) GeV/c^2 |
平均寿命 | 3×10^-25秒 |
スピン | 1 |
フレーバー量子数 | 無し |
電荷 | 0 |
色荷 | 持たない |
弱アイソスピン | 0 |
弱超電荷 | 0 |
X荷 | 0 |
B - L | 0 |
反粒子 | 自分自身 |
超対称性粒子 | ジーノ (Z~) |
理論化 / 発見 | 1968年 / 1973年 |
歴史
1950年代に電磁相互作用を量子論の枠組みの中で記述する量子電磁力学が発展すると、今度は弱い相互作用を同じように記述する試みがなされた。この試みは1968年、シェルドン・グラショー、スティーヴン・ワインバーグ、アブドゥッサラームによる電磁相互作用と弱い相互作用の統一理論である電弱統一理論が確立される事によって成功した。この3者には後に1979年にノーベル物理学賞が授与され、特にアブドゥッサラームの受賞はムスリム初のノーベル賞受賞者となった。この理論の中で、弱い相互作用を伝達するゲージ粒子は電荷がそれぞれ+1e、-1e、0の3種類が必要な事が示され、電荷を持つゲージ粒子をWボソン、電荷を持たないゲージ粒子をZボソンと呼称する事となった。Wボソンは弱い相互作用の "Weak" 、Zボソンは電荷ゼロの "Zero" を頭文字とするボース粒子である事から名付けられた。
ところで、電磁相互作用を伝達する光子は質量ゼロの粒子なのに対し、弱い相互作用を伝達するZボソンとWボソンは質量があると予測され、これがワインバーグ=サラム理論の発展に大きな障害となった。弱い相互作用は原子核の距離程度にしか伝達しない為、質量はゼロではない事が予測されるが、一方で電弱統一理論の基盤となるSU(2)ゲージ理論はゲージ粒子の質量をゼロとする為、大きな矛盾が生じていた。この矛盾は、1964年に3つの独立した研究チームが解決法を提示し、特にピーター・ヒッグスの提唱した物が知られた事から、今日ではヒッグス機構としてそれが知られている。自発的破れが生じる場合、通常ならば南部・ゴールドストーン粒子が生ずるが、ヒッグス機構では物理的な粒子ではなく、ヒッグス場と呼ばれる場として現れる。ヒッグス場によって、通常は質量を持たないゲージ粒子がヒッグス場との相互作用で質量を持つ事になり、ZボソンとWボソンが質量を持つ理由を説明できる。これらの成果から、電弱統一理論にヒッグス機構を組み込んだ理論はグラショー=ワインバーグ=サラーム理論と呼ばれる事になる。なお、この時に生ずる南部・ゴールドストーン粒子は4種類であり、Wボソンで2種類、Zボソンで1種類が吸収され、余った1種類がヒッグス粒子として新たに予言される事となる。
理論的にZボソンとWボソンの質量の謎は解明されたものの、実際の観測は困難を極めた。これはZボソンとWボソンの質量があまりにも重い為、その質量と等価以上のエネルギーを与える為の強力な加速器の設置を待たなければならなかった為である。ただし、1973年にはCERNによって、弱い相互作用を媒介する電荷ゼロの粒子が介在しなければ説明のつかない電子の動きが観測され、Zボソンが実在する可能性が示された。きちんとしたZボソンの発見の報は、カルロ・ルビアとシモン・ファンデルメールが主導する陽子-反陽子衝突型加速器SPSによって、1983年3月にもたらされた。2ヶ月前にはWボソンも発見されており、2者には1984年のノーベル物理学賞が授与された。これは具体的な成果から受賞迄の最速記録でもある。
性質
Zボソンは91.2GeV/c^2の質量を持つ極めて重い素粒子であり、全素粒子の中で3番目に重い素粒子である。これは鉄原子よりも重い。この大きな質量から、平均寿命は3×10^-25秒と、素粒子どころか、観測されている全ての崩壊する粒子の中で最も寿命の短い粒子となっている。同じ理由で、弱い相互作用の到達距離がせいぜい10^-16~10^-17mの、事実上原子核の中に納まる理由となっている。
Zボソンは電荷を持たず、自分自身が反粒子である。電荷を持たない為、Zボソンが関与しても電荷は変化しない。スピンは1であるが、スピンも変化する事はない。何より弱い相互作用の特徴であるクォークのフレーバー (種類) の変化も生ずる事はない。クォークのフレーバーの変化はWボソンによってのみ起こる。これは、Wボソンによる相互作用が荷電カレントと呼ばれるのに対し、Zボソンは中性カレントと呼ばれ、Zボソンが変化させる事が可能なのは粒子の運動エネルギーのみであるという理由から生ずる。
しかしながらZボソンの存在は、特にニュートリノと他の粒子の相互作用において特に重要視される。ニュートリノは電荷も色荷も持たず、電磁相互作用も強い相互作用も作用しない。質量はある物の極めて僅かであり、いずれにせよ量子力学の世界では重力相互作用自体が弱い力であり、事実上ゼロと見なしても良い。従ってニュートリノに作用できる基本相互作用は、弱い相互作用が唯一である。例えばニュートリノを照射すると、電子が突然運動エネルギーを持って運動するように見える現象が観測される。これはニュートリノと電子が相互作用をして運動エネルギーを交換した証拠となる。そしてニュートリノは弱い相互作用でしか作用できない事実と、この作用において電荷は存在出来ない (存在すれば運動エネルギーがこれほど弱すぎる事はない) という制約から、必然的に電荷ゼロのZボソンの存在が必要とされるのである。
また、Zボソンがハドロンに崩壊する過程の中性カレントでは、ニュートリノの世代数がハドロンへの崩壊確率に関与するという事実がある為、Zボソンの生成と崩壊を大量に観測する事によって、ニュートリノ、及びペアとなるレプトンやクォークの世代数を観測する試みがなされた事がある。結果として、その世代数は理論的にも実験的にも示されている3である事が確かめられている。
Zボソンは極めて稀ではあるが、ペアを組んでZZジボソンとなる事が出来る。このペアは非常に生成確率が低い為、2008年になるまで発見される事が無かった。ZZジボソンは非常に重い粒子同士の組み合わせである事と、ヒッグス場が介在する事から、当時未発見であったヒッグス粒子の実在を示唆する重要なステップとみなされた。