その歴史と概要
出会い
城戸沙織は、20世紀終盤の時代にギリシャにある聖域(サンクチュアリ)に降誕した女神アテナの化身である。
事情あって赤ん坊のうちに聖域を脱出し、日本でとある財閥の令嬢として養育されることとなった沙織は、自分の正体を知らないままふつうの少女として育った。そして彼女の養育者である城戸光政の非嫡出子のひとりだったのが、のちに女神アテナの聖闘士として伝説的勇名を馳せることになるペガサス星矢である。
ふたりの最初の出会いは5~6歳のころ。将来、沙織が女神アテナとして地上を脅かす敵と戦う運命にあると知った城戸光政が、それまで放置していた息子たちを引き取り、アテナのために戦う聖闘士として養育すべく、一時的に城戸邸に集めさせていたときである。
当時、反骨心の強い悪童だった星矢は、沙織のことをわがままなお嬢様として嫌悪しており、互いに関係は良くなかった。だが沙織のほうはなぜかこの当時から自分に反抗する星矢に執着しており、無理矢理お馬さんごっこの馬にしようとしたりしている。
実は星矢は、神話の時代から女神アテナと共に幾多の神と戦ってきた転生者で、その当時から人間でありながら冥王ハーデスの肉体に傷をつけるなど、神々の世界では悪名高い「神殺しのペガサス」として知られていた。今生でも彼は成長ののち、アテナにもっとも忠実な聖闘士として、数々の戦いで活躍することとなるのだが、まだアテナとして覚醒していないうちから沙織は、無意識のうちに星矢が「わたしのペガサス」だと察知していたのかもしれない。
こののち、星矢は聖闘士候補生としてギリシャの聖域に送られて厳しい修練を積むこととなり、沙織は養祖父の死によって若くして財閥総帥となり、アテナの化身としても覚醒して、かつて赤ん坊の自分を殺害しかけた偽教皇との対決に向けて動き始める。
女神と聖闘士として
その後13歳となった星矢がペガサスの聖闘士として日本に帰還したのちも、沙織(というよりすでに死去していた城戸光政)が「生き別れの姉との再会を保証する」という約束を反故にしたこともあって、ふたりの関係は相変わらず険悪だった。だが沙織が女神の化身であるという自分の正体を明かし、当時聖域を牛耳っていた偽教皇から「アテナの名を騙る逆賊」として刺客を差し向けられるようになったころから、関係は改善し始める。
もともと星矢には、「たとえ敵対者であっても、女性に対して暴力的な行為ができない」という一面があり(フェニックス一輝いわく「フェミニスト」とのことだが、単に女性に対して弱腰なだけである)、命を狙われる沙織を放っておけなかった。だが成り行きで幾人かの刺客を撃退するうちに、まだ13歳の沙織が巨大な悪と戦う覚悟を決めていることを知り、彼女を守る決意を固めていく。
真の逆賊であった偽教皇を成敗し、沙織を女神アテナとして推戴して聖域を正常化したのちも戦いは続き、ふたりは海皇ポセイドン、冥王ハーデスとの戦いに、続けざまに身を投じていくこととなる(このほか劇場版やTVアニメのオリジナル編で戦った相手まで加えると、星矢が沙織を守りつつ倒した神の数はかなりのものになり、「神殺しのペガサス」の面目躍如というほかはない。まあだから余計に厄介な神々に目をつけられることになるのだが…)。
この過程で、地上への侵攻と人類の粛清をたくらむ神々に対し、人間たちを守るため命懸けで対峙しようとする(そして毎度拉致監禁されては殺されかける)沙織の姿に触れた星矢は、彼女への感情を高め、アテナの聖闘士として戦いの最前線を担うようになる(古参ファンの間では、沙織さんがいちいち敵に捕らわれなければ、星矢たちの負担もだいぶ減るのでは? という声もあるが、星矢は「いいかげんにしてくれ」などとは決して言わず、健気に「オレたちの女神」を救おうと戦い続ける)。
またこのころには星矢は、沙織の生命の危機に際しての命を惜しまぬ戦いぶりに磨きがかかり、対ハーデス戦において沙織が冥界へ下るために喉を突いて自決したときは、半狂乱になって泣き叫ぶなど、彼女への愛情をかなり自覚している様子が窺える(とはいえまだ互いに13歳の少年少女なので、何が起こるわけでもないのだが…)。
そして沙織が今生の時代に降誕したもっとも大きな理由であったハーデスとの聖戦を、アテナ軍はからくも制するのだが、星矢は最終決戦で沙織を庇い、ハーデス自らが振るう刃に胸を貫かれ、致命傷を負う。自分を守って斃れた星矢を見て、沙織もまた「死なないで、死んではだめ!」と泣き叫び、ハーデスに「たかだか人間ひとりの死に取り乱して勝機を逸するなど愚かな」と嘲笑されたりしている(もっとも沙織はその後すぐニケの杖を投擲してハーデスの肉体を滅し、リベンジを果たしているが)。
原作は、星矢の生死を曖昧にしたまま、ここで一旦終了している。
描かれなかったその後のふたり
その後、ハーデスとの戦い以後のふたりを描いた劇場版「聖闘士星矢 天界編 序奏〜overture〜」が公開されたが、これは諸般の事情により、ほんのサワリ部分である「序章」のみで製作がストップしている。
それによると、星矢は冥界からどうにか聖域へ生還したものの、ハーデスの剣によって与えられた傷の後遺症で廃人同然となり、沙織みずからの手で介護を受ける状態となっている。またハーデスを討った彼は「神殺し」として天界の神々から刺客を差し向けられてもいて、沙織はどうにかして星矢の命を助けようと、姉神であるアルテミスと取引をしたりと、あの手この手で奔走している。
この映画は、大きな戦いを終えたあとの虚無感の中で、互いを思い合いながらもまたもや困難に立ち向かうこととなった星矢と沙織のストーリーが、実に繊細なタッチで描かれており、今までになく「男と女」であるふたりが強調されている。続編が制作されなかったのは、星沙好きとしてはかなり残念である。
この続編が頓挫したことで、「ハーデス編以後の星矢と沙織の命運」は宙に浮いてしまったのだが、この構想はこのあと原作者車田正美が、本編の正統続編としてスタートさせた「聖闘士星矢 NEXT DIMENSION 冥王神話」に一部生かされている。
それによると、星矢がハーデス戦の後遺症で廃人状態なのは同じだが、こちらは「胸に呪いのような形で刺さったままのハーデスの剣をどうにかすれば、星矢は助かる」というミッションが設定されており、天界編よりはバトルアクションの色あいが濃い。
星矢の命を救うために沙織が姉アルテミスをはじめとする神々と取引を試みるのも同じで、情報と引き換えに長い髪をバッサリ切ったり、命を懸けて過去の世界へ飛んだりと、彼女なりに身を粉にして奮闘しているが、やはり女神みずから動くのは影響が大きいようで、正直言って星矢の命を諦めたほうが、犠牲が少なくて済んだんじゃないか?という、カオスな状態に陥っており、果たしてこの話にスッキリした大団円は訪れるのか、かなり疑問な状況となっている(2023年現在、連載継続中)。
主人公の養父母として
13歳当時の星矢と沙織がどうなったのかは、以上の理由で不明だが、ハーデス戦終結から十数年後、ふたりが30歳前後になった時代を描く「聖闘士星矢Ω」では、星矢と沙織はよりカップルらしく……というか、もうほぼ夫婦のようになっている。
このアニメでは、星矢たち青銅一軍の次の世代の台頭が描かれており、主人公も星矢から、新たにペガサスの聖闘士となった光牙という13歳の少年にバトンタッチされている。
この少年は、事情あって赤ん坊のころに孤児となり、沙織が養母となって養育しているという設定である。また前日譚では、当初は星矢も子の養育に関わっていたことが示唆されていて、あるいはふたりの間で、夫婦になって子の両親になろうという約束が交わされていたかもしれない(当時ふたりは17~8歳で、まだまだ若者だが、人の子の親になれない年齢ではない)。
だが当時はマルス神とその軍隊が地球に侵攻している最中であり、青銅聖闘士からサジタリアスの黄金聖闘士に昇格して戦っていた星矢は、奮闘虚しく沙織の身代わりとなって拉致・封印されてしまい、その後ふたりは13年に渡って離ればなれとなってしまう。
この間、赤ん坊とともにひとり取り残された沙織は、わけあって弱っていく体を抱えながら、光牙の養育に専念する。彼に対しては「かつて星矢という名の伝説の聖闘士がいて、あなたはその人に命を守られたのだ」と伝えているが、自分がアテナの化身であることは隠していた。
こののち、光牙は新たなペガサスの聖闘士として戦いを重ね、一人前の聖闘士として成長し、最後には封印から解き放たれた星矢共々、(またしても)捕らえられていた沙織の救出に成功する。
しかしふたりが13年ぶりの再会を噛みしめる時間も与えられないうちに、また新たなる敵が襲来する(星矢と沙織の人生はずっとこの繰り返しであるが)。
Ωの後半を占めるこの戦いでは、射手座の黄金聖闘士として前線復帰した星矢は、アテナ軍最高司令官として聖闘士たちを指揮しながら、まるで取り憑かれたように最前線で戦い続ける。それには、(またしても)ある呪いによって沙織の生命が脅かされており、敵の総大将を倒さなければ彼女が死んでしまうという恐怖と焦燥感もあったのだが、何よりアテナの聖闘士として果たすべき使命を、自分の甘さから果たせなかったという忸怩たる思いもあったようである。
なおこの戦いでは、沙織はアテナとして(珍しく)陣頭に立って聖闘士たちを鼓舞しており、必然的に彼女の最側近として控える星矢との絡みが人目に触れる機会が増え、ふたりがもはや公然と伴侶として振る舞っている様子が窺える(ふたりの養子分の光牙は、それを見て嫉妬に駆られている)。
だが戦いが始まって以降、星矢はなぜか沙織のことを「アテナ」と呼び続け、かたくなに「女神とその聖闘士」としての分を守ろうとする振る舞いが目立つ。その真意が明かされ、やっと「沙織さん」呼びが復活するのは、最終盤、敵の総大将である女神パラスと、その親衛である四天王タイタンとの対決が描かれる92話である。
(なおこのタイタンというキャラは、意図的に星矢と対のような存在として描かれており、彼もまた仕える女神にひとりの男としての感情を抱いている。したがって愛する女性の敵である沙織に対する感情は良くなく、「災いを呼ぶ戦いの女神」呼ばわりして星矢を激怒させ、またそんな星矢を「アテナの犬」と罵倒しているが、これを星矢は否定していない。自分でも沙織に対する愛慕の情が、いささか行きすぎている自覚があるようだ。)
この聖闘士星矢Ω92話は、シリーズ中のクライマックスであるにとどまらず、無印星矢以来のすべての聖闘士星矢世界における星矢と沙織のストーリーの結実という感があり、星矢がどういう感情を抱いて沙織のために戦い続けてきたのかが、星矢自身の言葉で雄弁に語られている。
何と言うか、古参ファンにとってはあの幼かったふたりの愛が、ここまで育ったのか…と感涙に駆られるので、未見の方はぜひネット配信などでご覧いただきたい。