なお、「キハ55系」はあくまで同一の設計思想で設計された形式を便宜的・趣味的に用いられた呼称であり、正式の系列名ではない。
南海電気鉄道と島原鉄道でも国鉄直通用に同系車が製造・運用された。
また、南海電気鉄道の同系車の1両は事故廃車後、改造の上関東鉄道でも使用された。
概要
キハ17系の成功に自信をつけた国鉄が、優等列車に使用するため車体を大型化し、居住性を客車と同等のレベルまで引き上げた形式。
先行試作車は上野(後に東京)-日光間を走る準急「日光」に投入され、それまで東武鉄道との競合で苦戦していた国鉄が観光客輸送での競争力を取り戻すことに成功した。
この準急「日光」の成功から本形式は日光形気動車と呼ばれることもある。
「日光」での成功を皮切りに全国各地の準急・急行列車に投入され、それまでの客車列車よりも高速な都市間ネットワークを築き上げた。
しかし急行列車への格上げや準急列車の全廃や急行形気動車キハ58系の投入により、急行では接客設備で劣る本形式は次第に優等列車の運用を外れ、地方ローカル線での普通列車の運用に就くようになった。
1987年2月までに全車が廃車。廃車時期が国鉄民営化直前ということもあり、保存車は無い。