手榴弾とは、携行型の爆弾の一種である。
概要
手で投げる(投擲する)ことを主眼とした小型の爆弾。擲弾(てきだん)、手投げ弾の類に属する。
(榴弾とは弾頭に火薬(爆薬)の詰まった砲弾のこと)
英語では『ハンド・グレネード』【Hand Grenade】という。
構造
握り拳大の大きさで携行に適しており、小型かつ高威力であることから、ライフルやマシンガンと並んで、陸上戦での基本兵装の一つに挙げられる。
構造はシンプルで、信管と呼ばれる起爆装置と爆薬によって構成されており、信管に付いている安全装置を外すことで、着火用の化学物質が爆薬に火を点け、爆発する。
安全装置の解除は、もっぱらピンやコックを引き抜く方式になっている。
また、現用の手榴弾の多くは起爆装置を作動させるためのコックをピンで固定する方式がとられている。
多くの手榴弾が安全装置を外して数秒後に爆発する反応式である。そのほかにも、安全装置を外したあと、地面に落ちた衝撃で起爆する着地式も存在する。ただし、こちらは不発弾となる危険性が高く、現在ではほとんど製造されていない。
簡易式の地雷としても応用でき、安全装置に極細のワイヤーなどを結わえ付け、もう一方を地面に刺した棒などに括り、ワイヤーが引っ張られると起爆するといったものが多い。
兵士に限らず遺体は回収する事が殆どな事から遺体の下に安全装置を外した手榴弾を置き、動かしたらレバーが外れるといった罠にも使われる。
また、戦車を無力化する際にも有効とされ、外部から戦車の搭乗口や窓をこじ開けて投げ入れたり、キャタピラや砲身部分を爆破するなど、人対戦車における重要な武装ともなる。(もっとも、戦車にそれほどまでの近距離に迫れる状態は稀なのだが…)
手榴弾の殺傷半径は、お前のジャンプ力を一歩上回っている。 ―― 不詳
種類
大きく分けて三つあり、目標を直接爆破する攻撃型、破片や爆風による周囲の残骸を飛ばして攻撃する防御型、そして発煙するだけのスモークグレネードや近年開発が進んでいるスタングレネードなどの殺傷を目的としないものである。
攻撃型・防御型で有名なものには、パイナップルの通称を持つマークⅡ手榴弾、ポテトマッシャー(ジャガイモ潰し器)と呼ばれる柄の付いたM24型柄付手榴弾、レモンの別名を持つM26手榴弾、リンゴ(アップル)のあだ名のあるM67破片手榴弾などがある。
殺傷を目的にしないもの
スタングレネードは、強烈な爆発音と閃光で相手の視覚・聴覚・平衡感覚を奪うもので、相手を生かしたまま無力化することを目的とする。
音と閃光で無力化するため、人によってはショック等により死亡するために低殺傷兵器に分類される。
類似品には発煙弾(スモークグレネード)、催涙弾などに代表されるガス弾などが挙げられる。
この手の手榴弾は軍事目的以外にも、特に人質救出でも使われるため武器に縁が薄い日本でも使用されているところを見る機会がある。具体例として、西鉄バスジャック事件の突入時に犯人確保のため突入時にこれを投入、犯人確保に成功した。
一度起爆した手榴弾は…
前述の「反応式手榴弾」は起爆装置が作動した時点で、それを解除する方法が無いためM24型手榴弾などのピンを引き抜くだけで起爆する方式のものは、いくらピンを戻しても爆発してしまう。
残念だったなジャッキー・・・
ただし最近の主流はピンで起爆コックを留める方式のため、コックが外れる前にピンを戻せば起爆はしない。…といいつつも簡単にコックは外れてしまうので、そんなことを考える前に出来るだけ遠くに投げたほうが身のためである。
またアクション映画でよくみる「投げ返す」「蹴り返す」「打ち返す」は非常にキケンなので、鍛え抜かれたファッキン堅マラでない限り真似してはいけない。
破片が貫通をする程の火力を持たない為、分厚いマットレスや人体等で覆うことで被害を大幅に抑えることが可能。
戦友を守るために自ら上に被さり、被害を小さくした者も多くいる。
ピンを抜いた瞬間から、手榴弾は我々の仲間ではありません。 ―― アメリカ陸軍 訓練教則
ちなみに・・・
映画や漫画などのフィクションでは、安全ピンのリングを口に含み、歯で噛んで、または歯に引っ掛けて抜くという描写が結構あるが、実際に歯が欠けたり抜けたりする可能性が高い非常に危険な行為だったりする。
こんな感じで |
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というのも、手榴弾を携行する方法のひとつとして、リングに直接紐を通してぶら下げるというもの(分かりやすいのがコマンドーで島へ上陸後にメイトリクスが武装するシーン)もあるため、そう簡単に抜けるようなものではない(使用する時は直接本体を引っ張って引き抜いてそのまま投げる)。
じゃなきゃ安全装置の意味がない(トラップに使用する際は一度引き抜き戻し、ピンに施された抜け防止をつぶして簡単に抜けるようにする)
こういった表現が出てきた背景にあるのは、切迫した状況で手榴弾を使おうにも手がふさがっているときの苦肉の策的な表現であったのだが、見栄えがするため前述した「投げ返し」などと同様に、よく使われる表現となった。
ある意味での様式美とでも言える。