概要
親衛隊大将や国家保安本部(RSHA)の初代長官、最終的にはベーメン・メーレン保護領総督にまで上り詰めた。
優れた密偵・工作の能力でドイツの政治警察権力を一手に掌握し、ハインリヒ・ヒムラーに次ぐ親衛隊の実力者となった。ユダヤ人問題の最終的解決計画の実質的な推進者であり、その冷酷さから「金髪の野獣」と渾名された。
ユダヤ人問題の最終的解決計画は「ホロコースト」と呼ばれ、即ちユダヤ人の絶滅となるのだが、何故こうした主義を抱く様になったのかは、少年時代から「ハイドリヒはユダヤ人だ」と馬鹿にされてイジメられたことから繋がっている。
元々、海軍の軍人だったが、淫らな女性関係がバレてしまい、除隊処分に陥る。
1931年に、親衛隊を拡張しようと企んだヒムラーによって親衛隊へと勧誘され、第二次世界大戦開始以前から国内と他国から情報をかき集めて、ナチスが優位に立つように働く。そうして親衛隊の中ではヒムラーに次ぐ有力な軍人として君臨し、1943年にベーメン・メーレン保護領と称されたチェコの植民地を徹底的な圧力で統治する支配者になる。
彼の影響を恐れた敵・連合国のイギリスは、チェコ当地の人民や政府によってハイドリヒを暗殺させる計画「エンスラポイド作戦」を立案。
チェコ軍人を暗殺部隊に育てる計画の援助を行ない、1942年5月にチェコのプラハで乗車中だったハイドリヒは、部隊からの銃撃と爆破攻撃を受けてしまう。
この時は重傷で済んだが、後日6月4日に病弱が悪化し死亡。
ヒトラーらは彼の死を嘆いたあげく、復讐としてか逃亡していた暗殺部隊を含む多くのチェコ人が殺され、強制収容所に送られてしまった。
だが彼の死については、ハイドリヒという優れた存在を恐れ、己の身分を守ろうと部下を死に至らしめたという上司、ハインリヒ・ヒムラーの陰謀が絡んだという逸話が存在する。
ちなみに、ハイドリヒは命を落とす9か月前にプラハのある大聖堂に安置されていたボヘミア王の王冠を遊び半分で被ったことがあった。その王冠には「真のボヘミア王以外は被れば必ず一年以内に死ぬ」という怪談があり、ハイドリヒはそれをを否定するために被ったのである。結果は先述の通り、被ってから一年もしない内に死神に連れて逝かれた。
性格
個人としてのヒムラーは思いやりのある好人物だったと伝えられるが、ハイドリヒはめったに笑わず、人前に出ることを好まなかった。
ハイドリヒはフェンシング・乗馬・飛行機といったスポーツに長けて、SSの体育監察官を務めるほどだったが、それでも友人はほとんどいなかった。
SSの高級幹部たちと遊興に耽ることはあったが、冷たい美貌の持ち主だったのに、娼婦たちの間でも不人気だった(それどころか情報収集のために盗聴器だらけの娼館を営業していた上に自身も常連で、挙句の果てに自分が利用する時だけは盗聴器のスイッチを全てOFFにさせていたという体たらくだった)。写真を撮影されるときも、ハイドリヒは狼のような目つきでカメラを凝視するために、彼が笑顔を堪えて写し出された写真は殆ど無いと言ってもよい。
ヒムラーにとって総統ヒトラーは絶対的存在であったが、上司が総統に見せる忠誠心をハイドリヒは侮蔑していた。ハイドリヒはあらゆるイデオロギーを軽蔑しており、ナチスの主義思想を信奉しようとは全くしなかった。
ヒトラーから重用されていたにも拘らず、ハイドリヒはヒトラーすら内心で軽んじていたという。
ここまで記述した内容で分かるように、公人として優秀な代わりに人格は問題児だらけのナチス内ですら最低過ぎて擁護のしようが無かったが、家庭では女性問題の酷さを除けば意外と真っ当な人物であったという。結婚の際の些細な擦れ違いから疎遠になってからも母への仕送りを欠かさなかった孝行息子であり、(長男が事故で夭逝したのもあるのだろうが)次男が少年兵になるのを防ぐためにヒトラーユーゲントに入れなかった子煩悩でもある。女性問題の方も奥方が(多分、数え切れない数の女性問題に対する報復目的で)浮気して以降は反省したらしく、以後は生涯夫婦円満であった。奥方は後に再婚したものの、死ぬまでハイドリヒを擁護し続けていたという。
フィクションにおけるハイドリヒ
その冷徹さ・カリスマ性がウリで、主にWWⅡを舞台・モデルにした作品に出ることが多い。
日本においては漫画・小説・ゲーム以外の作品にはめったに出ない上、戦時中に死去してしまう事からヒトラーやヒムラー、アイヒマンに役を取られがちである。
- 「死刑執行人もまた死す」(1943)
戦時下のアメリカで作られた映画。ハイドリヒの手腕を恐れた連合国がチェコ人のレジスタンスに暗殺を命じ、その暗殺計画に関わるレジスタンス達の切迫した状況と葛藤を描く。
ちなみにハイドリヒが死去したのは1942年なので、死からわずか一年後に作られたものである。
- 「レートル」シリーズ(1990)
主人公のライバル役の人物・ヴィクトールの叔父として登場。
- 『レッドサン ブラッククロス』(1993~)
WW2以後も第三帝国が存在する世界で第三代総統となる。
- 広江礼威作品
『翡翠峡奇譚』(1993)で総統直属部隊の女魔術師に脅され敬語で命乞いをするという場面がある。また『ブラック・ラグーン』(2001~)では元SS将校の回想で名前だけ登場する。
- 「策謀」(2003)
アメリカで放映されたTV映画。大戦末期にハイドリヒ主催で開かれたユダヤ人問題の会議『ヴァンゼー会議』を描いたもの。何気ないナチス高官たちの会食の中で、600万人ものユダヤ人の運命が決定されてしまう。
- 『総統の子ら』(2003)
海外映画におけるハイドリヒのような独特のいやらしさを持つ描かれ方をしている。
- 『ムダヅモ無き改革』(2006~)
第四帝国国民に「ラインハルト」という人物が登場する。容姿がよく似ているがどう見ても小物のため別人である。非公式だが作者が「ハイドリヒの子孫」と語ったという話がある。
- 『Dies irae』(2007)
かつてナチスドイツによって創設された、現代に蘇りし魔人の組織聖槍十三騎士団の首領。
戦時中に魔術師に誑かされ、魔術の薫陶を受けた事で現代まで生き延びている。人を超越しているので百余歳にも関わらずイケメン。
- 『神の棘』(2010)
保安本部所属する主人公・アルベルトは上司のハイドリヒからヒトラー政権に反発するカトリック教会の摘発の指名を受ける。そしてアルベルトの親友で修道士のマティアスと再会し、国を揺るがす様々な陰謀が繰り広げられていくミステリー歴史小説。
なお、名前のラインハルトと聞くと某SF小説作品の金髪の孺子を思い出してしまうのは、やはり知名度の違いというべきか…。あの作品では軍務尚書あたりがハイドリヒに相当する役柄だと思う、というのは余談。むしろ、人格的には公人としては外道だったが私人としては慈善事業支援と家族の幸せに人生を捧げた狸親父の方に相当すると思われる。