概要
イギリス海軍に代々受け継がれる艦艇の名前で、ヴァリアント級原子力潜水艦2番艦のもので九代目を数える。
八代目は第二次大戦において最も活躍した戦艦と言われる。
なお、同名の競走馬、同名のコミックス作品『ウォースパイト~マルスの目~』(全2巻)も存在する。
ウォースパイト(戦艦)
クイーン・エリザベス級戦艦の2番艦として第一次大戦中の1915年3月8日に就役、同年12月1日に姉妹艦バーラムと衝突して大破、修復後1916年のユトランド海戦ではドイツ艦の砲弾を15発喰らい大破するも生還した。
第二次大戦の開戦後、1940年にはドイツ軍のノルウェー侵攻に対抗するためノルウェー沖に展開。
4月13日、ドイツ艦隊との交戦により損傷した巡洋戦艦戦隊司令官ウィリアム・ホイットワース中将の旗艦である巡洋戦艦レナウンから旗艦を継承する。偵察に出た艦載機がUボートを撃沈し、第二次大戦最初の航空機による潜水艦撃沈となる。駆逐艦9隻を率いてフィヨルド内に突入、ドイツ駆逐艦8隻を全滅させる戦果をあげる(第二次ナルヴィク海戦)。
5月に地中海艦隊司令長官アンドリュー・カニンガム中将の旗艦となる。
7月9日、カラブリア沖海戦では26,000ヤード(約24キロ)でイタリア艦隊旗艦・戦艦ジュリオ・チェザーレに命中弾を与え、移動する目標への長距離射撃の記録となった。
1941年3月28日、マタパン岬沖海戦でザラ級重巡洋艦により編成されたイタリア第一戦隊を僚艦と共に夜戦で全滅させた。
1942年1月に東洋艦隊司令長官ジェームズ・サマーヴィル中将の旗艦となるも、日本艦隊と交戦する機会はなく、5月に本国に帰還した。
1943年9月16日、イタリアでサレルノ上陸作戦を支援中、ドイツ軍の誘導爆弾フリッツXが2発命中して大破、イギリス本国へ回航修理となる。3番主砲塔の修理は断念。
1944年6月6日、ノルマンディ上陸作戦を支援砲撃中フリッツXの直撃をうけるも、修理を諦めた3番主砲塔だったため弾薬はなく損害軽微。しかし、帰還中左舷に触雷し大破。修復後も速力は15ノットまで低下する。
11月まで洋上からの支援砲撃を行うが1945年2月に予備役に編入。そのまま終戦を迎えた。
1947年に除籍、スクラップとして売却された。解体所に向かう途中、嵐で錨が外れて漂流し、座礁するというトラブルがあった。
1950年に解体完了。
機関部に到達するほどのダメージを負うなど不幸なエピソードには事欠かない艦でもあるが、それら全てを跳ね除け生き残り続け、戦死者の数も少なかった。
二つの大戦を満身創痍で戦いぬいた意地悪婆さん『オールド・レディ』は武勲に満ちた艦であった。
「スパイト」は「怨念」「悪意を持つ」というような意味で、ウォースパイトは一般的に「戦争を軽蔑する者」という意味だと解釈される。
ウォースパイトは一時期キツツキの紋章をモチーフにしていた(正式には中世の大砲がモチーフの紋章が使用されていた)が、これには、キツツキの一種のことをウッドスパイトと呼ぶことに由来して、キツツキのように敵の船に穴を開けてやる、というような意味合いがあったと思われる。
艦のモットーはラテン語で「Belli dura despicio」、英訳すると「I Despise the Hard Knocks of War」で、日本語だと「戦いでの痛手を見くびる」という風になり、戦争を嫌うというよりは、戦いでの負傷など何ともない、という好戦的な意味だとも解釈できる。
一方、障害に亘って舵をはじめとした航行機関に、原因不詳の不調を抱え続けた不運も持ち合わせている。
幾度となく改修・修繕を試みてはいるものの、まるで呪いのように度々故障しており、酷いときにはパーツを差し替えて早々に再度故障を起こし、機能不全になるということさえあった。
ゲーム艦隊これくしょんのウォースパイト(艦隊これくしょん)
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