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天叢雲剣の編集履歴2017/10/21 20:27:58 版
編集者:GHOST
編集内容:都牟刈大刀について

天叢雲剣

あめのむらくものつるぎ

天叢雲剣とは、「三種の神器」と称される神宝のひとつに数えられる御剣である。熱田神宮と皇居で奉斎されている。

概要

変遷

 別名草薙剣とも呼ばれ、八尺瓊勾玉八咫鏡と並んで「三種の神器」と称されている。

現在は本体は熱田神宮、本体より力を分け与えられた形代は皇居において奉斎されている。

本体も形代も共に古来より伝えられてきたものだが、1183年平家が都落ちする際に形代は他の2つの神器と共に持ち去られ、1185年4月25日(寿永4年3月24日)に壇ノ浦の戦いの際に安徳天皇入水と共に海底に沈み以後行方不明となった。現在皇居にて伝えられているものは平家滅亡後伊勢神宮から献上された剣を形代として使っているものである。

由来

日本神話において、須佐之男命高天原を追われて出雲に辿り着くと、ある老夫婦が悲しみに暮れていた。素戔嗚尊がその訳を聞くと、ヤマタノオロチという怪物に自分たちの娘を生贄として捧げなければならないという。そこで須佐之男命はオロチ退治を引き受け、奇策を用いて見事これを倒して見せる。

そして、その体を解体していると、八つの尾の内の一本のところで自身の剣が何か硬いものに当たって折れてしまう。その部分から、一振りの剣が出てきたという。

この剣が天叢雲剣であり、のちに須佐之男命は姉君である天照大神にこれを献上したという。

そして天孫降臨の折りに、今度は天照大神がニニギノミコトへの餞別として、玉と御鏡を合わせて贈ったという。

ちなみに名前の由来は、ヤマタノオロチの頭上には叢雲が常にあり、この剣の所有者の頭上にも常に叢雲があったことから。

これ以外にも「都牟刈大刀(ツムカリノタチ)」、「八重垣剣(ヤエガキノツルギ)」、「沓薙剣(クツナギノツルギ)」とも称される。

都牟刈大刀は古事記で天叢雲剣が言及された談で、最初にこの剣を指した名称である。

草薙剣については別項にて。

創作での扱い

 そのまま神器や神剣として扱われることが多いが、中堅・上位クラスでとどまることが多く、あまり厚遇を受けることは少ない。

 また草薙剣での知名度の方が高いため、そちらの上位(もしく下位)版とされることも多い。

 ちなみにヤマタノオロチから出てきたことから、この剣はヤマタノオロチの化身またはその力の源であるという解釈もある。

神話と史実の関連

八岐大蛇は「洪水」の神格化(蛇≒龍は水の神としての属性をよく持つ)、奇稲田姫は「稲作」の神格化。

出雲の斐伊川は古来洪水が多く、「大蛇が奇稲田姫の姉たちを毎年さらっていく」というのは、洪水によって稲田が駄目になるということ、素戔嗚尊による八岐大蛇の退治は、治水を表していると思われる。

そして、素戔嗚尊がそれまで使っていた十握剣(銅製)が、八岐大蛇の体内からの剣によって刃こぼれ(もしくは折れた)したのは、銅より頑丈な金属の剣、つまり鉄剣=製鉄技術の成り立ちを表現している。

実際出雲の川では良質な砂鉄が産出していた(川の砂が黒く見えるほどだったという)。

東方Projectにおいて関連をもつ人物

上白沢慧音スペルカードにおいて名前が出ている

森近霖之助霧雨魔理沙から買い取った(騙し取ったといっても差し障りない)

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