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清少納言の編集履歴2018/06/08 16:42:43 版
編集内容:読点(、)が多すぎと判断して間引いてみました

概要

平安時代中期の作家、歌人。父は清原元輔

「清少納言」は通称であり、『清』は清原氏の出であること『少納言』は親類にこの位の者がいたとされることから。本名は不明だとされているが諾子(なぎこ)だという説がある。

陸奥守・橘則光と結婚し一子をもうけるも、武骨な夫とそりが合わず離婚。

一条天皇の中宮藤原定子に仕えた。

利発で気の強い性格であるともされ、人によって好き嫌いの出る人物だったようだ。そのせいか『晩年不遇説』をでっちあげられたりもしている。

紫式部とは、中宮彰子と定子の跡目出産競争もあってライバル関係とも目されており『紫式部日記』に清少納言の悪口が書かれている。ただし、紫式部が宮仕えをはじめたのは清少納言が退職した後であり二人の間には面識はなかったと思われる。

定子が出産時に亡くなってまもなく清少納言は宮仕えを辞めた。退職後は彰子の女房たちとも手紙を交わしており、彼女の根に持たないさっぱりとした性格が窺える。

『枕草子』作者として

随筆枕草子』の作者である。『枕草子』には、定子が大好きであった節が多々見受けられるため「『枕草子』は最古の百合エッセイ」などと言われることもある。ちなみに、少納言は定子より11歳くらい年上である。

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平安時代 歌人

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