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藤原彰子

ふじわらのあきこ

第66代一条天皇の中宮、上東門院。及び同人に由来するキャラクター。Pixivでは「少年陰陽師」の登場人物としての藤原彰子を描いたイラストが多くを占める。
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名前の読み方は「しょうし」とも。

史実

988年 - 1074年10月25日(永延2年 - 承保元年10月3日)
藤原道長の長女で第66代一条天皇の中宮。

母は源倫子。倫子の教育もあり、幼い頃より利発で、分別のある思慮深い性格だった。

13歳という幼さで一条天皇に入内する。
当初、一条天皇の后は定子一人しかいない状態で(定子の父藤原道隆の意向もあり、後宮は定子の独占状態だった)、このままでは定子が産んだ子が文句なしに皇太子となる恐れもあったことから、道長はあえて他の大臣たちに娘を入内させるように勧めて、大臣たちは競って娘を入内させた。他にも妃がいる状態なら、定子が産んだ子が皇太子となる確率は低くなり、大臣たちも自分の娘が入内している以上、定子の産んだ子を皇太子とすることには難色を示すからである。
そうして後宮にライバルが多い中、幼くして入内した彰子だったが、彰子自身の利発な性格に加えて、珍しい年下の后(幼な妻)だったこともあり、一条天皇からは気に入られていた。

藤原定子亡き後、彼女の忘れ形見である敦康親王を手元に引き取って養育した。これは道長が万が一彰子に子が出来なかった場合の保険として取られた措置だった。
しかし、彰子に敦成親王(後一条天皇)が生まれると、道長は掌を返したように敦康親王を差し置いて孫を東宮にするために働きかけた。彰子は一条天皇が敦康親王を皇位に就けたいという望みを知っていたため、父親のやり方には反発していた。

だが、父の強引なやり方には反発はするものの、一族を率いる姫としての聡明さから、道長に否定的な藤原実資に目をかけて事前に敵に回るのを防ぐなどしていた。ちなみにその藤原実資と彰子の橋渡し役をしていたのが紫式部である。また妹を立妃させるなど、便宜を尽くしていた。

一条天皇との間に後一条天皇と後朱雀天皇をもうける。二人の天皇の生母であり、後年は女院号を賜り、上東門院と称された。86歳の長寿であり、後朱雀天皇の皇子二人(後冷泉天皇と後三条天皇)の即位を見届けたばかりか、後朱雀天皇の孫である白河天皇の即位まで存命していた。

彼女のサロンには、紫式部和泉式部など多くの女流歌人の女房たちが仕えた。






キャラクターとして登場する作品

「少年陰陽師」

【合作】少年陰陽師



CV:小林沙苗
本作のヒロイン。
優しく温厚な性格で誰にでも好かれ、その人柄は十二神将達にも好意的にとられ認められている。常に自分にできることはないかと考えており、彼女の美徳である。貴船の祭神も認めるほどの美貌の持ち主。晴明昌浩をも超える当代一の見鬼の才を持つ。
妖怪・窮奇に狙われた際、一生消えない呪詛を負い、入内せず安倍家に半永久的に滞在することとなった。そのため素姓をしられてはいけない。名をふせているため事情を知っている者からは「藤花」と呼ばれることがある。安部家に間もない頃、彰子の順応性の高さからもっくんに評された。安倍家での生活に馴染んでおり、雑鬼たちと仲良くしたり、露樹に頼まれよく市に買出しに行ったりする。その際、天一や玄武などが護衛についていく。昌浩の出迎えなどをしてその姿が妻のようだと雑鬼達に冷やかされることもある。昌浩に憑依した高龗神に遭遇した後は、もっくんより神様講座を受けたりしている。彰子が愛用している瑪瑙の腕飾りは昌浩の贈物で大切にしている。

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少年陰陽師 彰子

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