八甲田丸は、国鉄青函航路で旅客と鉄道車両を輸送するために設計された鉄道連絡船である。
『八甲田丸』の名前は国鉄連絡船では合計2回使われたが、今のところPixivでは初代を描いた作品が無いため、このページの内容も2代目のものである。
概要
国鉄最初の自動化船である津軽丸型の第2船。
建造は、三菱重工業神戸造船所で1964年に進水・竣工。
ネームシップの津軽丸や妹分の松前丸が18年という耐用年数を満たして引退する中、延命工事を受けて1988年3月に青函トンネルの開通とともに運行を終了。
最後の運行は青函航路定期便最終日、3月13日の下り最終便である第7便。
津軽丸型が活躍を始めてからピリオドを打つまでを見守った船であった。
塗装は、就役時から船体上部が白寄りのクリーム色、その下が薄い緑灰色だったが、1969年から緑灰色の部分が黄色に改められた。
煙突は、就役時はJNRマークの上下に桃色の線が入る意匠だったが、1969年の塗装変更時に船体部分と同じ黄色に改められた。
青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸
現在では、青森駅の傍のかつて第二岸壁だった場所に係留され、往年を偲ぶ資料館「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」となっている。
船内の食堂では、現役時代の名物メニューであるカレーを食すことができる。(営業日・営業時間は要事前確認)
また、対岸の摩周丸と違って鉄道車両が載せられた車両甲板や、主機関室も見学できる。
ただし、車両甲板や主機関室は見学を前提として改修が行われており、完全にオリジナルの状態を保っていない事を留意する必要がある。
一方で対岸の摩周丸の車両甲板や主機関室は現役当時に非常に近い状態ではあるものの見学者の安全性確保の観点と資料保存性のため事実上見学が禁止である。
姉妹船
長女の津軽丸、妹分に松前丸、大雪丸、摩周丸、羊蹄丸、十和田丸が居たが、国内に現存しているのは本船を除くと函館港の摩周丸のみである。