切子聖園
きりこせいえん
概要
御堂英之助が学園長を務める、人里離れた山深い奥地に存在する“切子村”にある養護施設。
身寄りのない数多くの少年・少女たちが、「新しい家族」との出会いを心待ちにしながら互いに協力しあっての集団生活を行っている。
施設での暮らしは基本自給自足で、徹底した菜食主義が行われており、園長の御堂のもと、一定のルール(互いの立場に干渉しない事など)の中で平和な日々が保証されている。しかし真夜中に礼拝堂らしき部屋からは不気味な祈りの声が聞こえたり、関係者以外は立ち入り禁止の一角があったりなど、何やら不穏な空気を醸し出している側面も見受けられるが………?
関連項目
流星塾:同じくライダーシリーズに登場する養施設。
以下、物語の核心に迫るネタバレに付き閲覧注意‼
表向きは児童養護施設を装っているが、その実態は橘雄悟が裏で密かに推し進める新たなビジネスモデル“アマゾン牧場”。
ぶっちゃけ言うと人間様が食べることを目的に生み出された“養殖アマゾンの生産工場”で、施設の子供たちは皆全てこの計画の為に生みだされた新型アマゾンである。
ここで生み出されるアマゾンたちは全て、この施設に捕えられ礼拝堂に幽閉されているある人物(リンク先ネタバレ注意‼)の細胞を培養して生み出された存在であり、それと同時に礼拝堂には養殖アマゾンを生み出す“細胞培養装置”が隠されている。
「新しい家族」という言葉も里親が見つかって引き取られるという意味ではなく、顧客に食材として買われて自身の命を誰かのために役立てるという意味合いである。
ちなみに施設の子供達の名前も製造された順番に割り振られる数字から取られたもので、養殖アマゾンたちは生まれた時から徹底的に自分たちが他の命の糧となる事を美徳として教え込まれているらしく(劇中におけるムクの「誰かの命になって役に立てるのなら構わない」という思想がそれを顕著に物語っている)、生きようとする意志が極めて低い(中にはそれを嫌がり施設から逃げ出す者もいるが、劇中での描写からそういったアマゾンたちは処分されている模様)。
また、新型のアマゾンとして生み出された存在である為なのか、基本的にかつて猛威を振るった実験体とは違って基本的に人を襲って食するという衝動は極めて低いようだ(ただし、餓えで命の危機に陥った場合はその限りではないと思われる)。
このような色々な面で安全性や倫理的に大問題な計画の要を担う重要施設である為に、その実態は(描写からおそらく)一部の富裕層にしか知られていない模様。施設直営のレストランで食事をする、身なりの良い老夫婦の食卓シーンは視聴者を最早どっちが人食いの怪物なのか分からなくなる感覚にさせ、ある意味トラウマものになった人もいるかもしれない。
そういった意味ではseason1における怪しげな店とは真逆の光景と言える。
また、「顧客の舌を満足させられない=味が不味い」と判断された場合はその残された大部分が廃棄されてしまう運命を辿る事になり、その現実は「自分たちの命を誰かに捧げて命を繋ぐために役立ちたい」と施設の子供たちが考えている理想とはかけ離れているというのが実情である。