概要
血友病とは、簡単に言えば血が止まりにくい病気である。
主に血液凝固因子が欠損したり、活性低下することで引き起こされる。要は、凝固因子が無いから傷口で凝固せず、血がいつまでもだらだらと流れ続けるという病である。
漫画・アニメ『はたらく細胞』の「すり傷」回を見てもらえれば分かるが、
傷を固める際に必要なベアリングのようなものを用意する、という形で傷を固める様子を描写していたが、これが血液凝固因子である。
血友病患者は一般に、これが存在しないか、使い物にならないため、傷口を固めるという行為が出来ない(やりにくい)、と考えてもらえれば良いだろう。
しかしながら外傷で血が止まらないことなどは血友病患者の主たる問題とは言えない。彼らがもっとも苦しむのは、関節などの深部で内出血を起こし、それが止まらないことで体の各部を圧迫し、時に深刻な症状に繋がる(特に頭部内出血の場合)ことである。
遺伝
血友病患者は極稀に親に関係なく突然変異で発生することがあるが、多くの場合遺伝病として存在するとされる。
血友病因子は「伴性劣性遺伝」と呼ばれる遺伝方式で遺伝するとされる。伴性とは性染色体に依存する遺伝で、あり、劣性遺伝とは理科の授業で習うメンデルの法則のあれである。
ざっくり書くと、血友病は性染色体のX染色体の異常によって引き起こされるものである。そして、劣性遺伝子のため、正常なX染色体がもう一つあれば基本的に症状は起こらない。
このため、性染色体がXXで、父母それぞれからX染色体を一つずつ受け継ぐ女性は、多くの場合発症しない。一方で性染色体がXYで、多くの場合母親からの一つの染色体のみを受け継ぐ男性は、発症者の大半を占めている。
もっとも、片方の正常なX染色体のおかげで症状を防いでいるというだけで、女性であっても血友病遺伝子そのものは遺伝する可能性がある。これを「保因者」「キャリア」などと称する。
多くの場合、息子が血友病を発症しても前時代では夭折することが多く、その血友病遺伝子はその代で断絶することが多かった。対照的に娘が保因者として遺伝子を受け継いだことで、その血友病遺伝子が更に孫世代にも伝わるという事例が多発した。
血友病患者である父親という存在が珍しかったことから、双方の異常染色体を受け継がない限り基本的に発症しない女性の血友病患者は世界的にも非常に珍しく、かつては存在しないとまで考えられていた。なお、保因者であっても若干ながら血友病同様に血液が固まりにくい症状が発生することもあるとされる(血友病患者よりは問題になりにくい)。
遺伝方式
ここでは仮に、血友病を引き起こすX染色体をx、正常なX染色体をX、Y染色体をYで表す。
- 正常な性染色体の父親(XY)を持つ場合、血友病患者の娘(xx)は(本人の突然変異の場合を除いて)誕生しない。
- 血友病患者の父親(xY)を持つ場合、母親が正常な遺伝子の持ち主(XX)であるならば、息子は父親のX染色体を受け継がないので血友病にならず(XY)、娘は父親のX染色体を受け継ぐため保因者(xX)となる。
- 母親が保因者(Xx)である場合は、父親が患者であるかどうかに関わらず息子は血友病患者(xY)あるいは正常な子供(XY)が半々の確率で誕生する。
- 娘の場合、正常な父親(XY)との間ならば正常(XX)あるいは保因者(xXかXx)が、血友病の父親(xY)との間には保因者あるいは血友病患者(xx)が半々の確率で誕生する。
- 血友病患者の母親(xx)の場合、正常な父親(XY)が相手でも息子は必ず血友病患者(xY)となり、娘は保因者(Xx)となる。
- 父親も母親も血友病患者(xY、およびxx)である場合は、全ての子供が血友病患者となる。
高貴なる病?
血友病患者の発生は、近親相姦に類するような血縁関係の近しいもの同士での結婚が繰り返されることで遺伝子異常が発生しうることが原因の一つと考えられている。
そして、特にヨーロッパではキリスト教の影響で一夫一妻制が定着し、更に貴賤結婚の規定が近世以降に定着した後は娘の家柄も非常に重要になった…これにより、ある一族で保因者の娘が誕生すると、その娘を嫁がせることで血友病や保因者たる子孫が蔓延した。
こうしたことから、特に家柄の重視で近しい血縁関係の婚姻が長年繰り返された王侯貴族にて血友病の事例がしばしば見られるようになった…とかいう話があるが根拠がどこにあるのかは実は不明である。
というのも、この話が広まったそもそもの話は、近代ヨーロッパ王室において、イギリスのヴィクトリア女王が本人の遺伝子の突然変異による血友病保因者であったことで、その子孫に次々と血友病患者や保因者が多発したという事実から広まったものである。
しかしながら、それ以前のヨーロッパの王侯貴族において、血友病患者が誰であったとかの特定が難しく、本当にヴィクトリア女王以前にも血友病が王侯貴族に蔓延していたのかは未だ解明されていない。
歴史上の悲劇
とは言え、ヴィクトリア女王由来の血友病蔓延は本当の話であり、大英帝国の絶頂期に4男5女の子供を儲けたことで、その子孫がヨーロッパ中の王室に散らばった。ここでは彼ら一族で血友病が遠因となって引き起こされた悲劇の一例を紹介する。
- 最も有名なのはロシア皇太子アレクセイ(次女ヘッセン大公妃アリスの孫)に関わる悲劇である。生まれながらにロマノフ朝の後継者としての多大なるプレッシャーを背負ったが、同時に重度の血友病患者であり、それを背負うだけの余力が不足していた。やがて彼の苦しみを何とか軽減したい母アレクサンドラ皇后(アリスの娘)は怪しげな祈祷師ラスプーチンに頼りきりになり、ついにはロシア革命という激動の最中で母子共々悲劇的な最後を迎えることになる。
- 女王の四男オールバニ公レオポルド王子は、ヴィクトリア女王子孫の最初の血友病患者であった。そしてその中では唯一子を成した血友病患者であった。遺伝システム上彼の長男チャールズ・エドワードは血友病を引き継がなかったが、生誕前に父親を血友病が関わる出血事故で亡くした。そして彼は周りの言いなりにならざるを得なくなり、継ぎたくも無かったザクセン・コーブルク公国の公位を継いだばかりに第一次大戦後は敵国の将として英国王室から放逐されてしまった。そのことは結果的に彼を親ナチスに近づける要因にもなり、生涯の最後まで落ち着けない生活を送る羽目になった。
- オールバニ公の娘アリスは、父親が血友病患者であったがために、ヴィクトリア女王の子孫の中では唯一生誕時に保因者であることが判明していた人物である。結局息子の一人は血友病に罹患してしまった。
- ヴァルデマール・フォン・プロイセン王子はドイツ帝国・プロイセン王国の王族の一人で、ヴィクトリア女王系の血友病患者の中ではもっとも長命でもっとも後年まで生きたとされる人物である。しかし第二次世界大戦のドイツの敗戦による医療施設の接収により、彼は輸血を受けられず56歳で亡くなった。欧州大戦が終わった直後の話で、ここさえ乗り切れればもう少し長生き出来たかもしれない。
- スペイン王妃ヴィクトリア・エウヘニアは女王の末子ベアトリスの娘である。英国王室の嫁ぎ先は伝統的に正教かプロテスタントの王室に限られており、実家のバッテンベルク家もプロテスタントであった。ところが彼女はカトリックの王室であったスペインの国王アルフォンソ13世から熱烈な求愛を受け、改宗してスペインに嫁いだ。しかし無理矢理な改宗は双方の国民の反発を招いただけでなく、早々に家庭には不和の雰囲気が流れた。挙句、産んだ子が直ちに次期王位継承者となるプレッシャーの中で、長男アルフォンソは血友病が判明し、自身も保因者であることが発覚すると、ますます夫との仲は悪化した。後にスペインも革命で一時共和制となり、亡命を余儀なくされる。亡くなる1969年、孫の一人フアン・カルロスを次期国王とする新法が成立し、6年後のフランコ総統死去をもってスペインは王制復古を果たした。
近現代の悲劇
血友病の治療方針は当初は対処療法や輸血などに頼っていたが、後に濃縮血液製剤を患者に投与することで、不足する血液凝固因子を補う治療法が確立された。
また、血液凝固因子は肝臓で作られていることが後に判明し、肝臓移植手術により血友病が完治した例も報告されている。
ところが、この血液製剤は当初非加熱製剤しか認められていなかった。そして、その中にHIV患者のものが混じっていたために、この血液製剤を投与された患者がHIVに感染してしまうという問題が発生している。
日本でも、こうした血液製剤が輸入されることで血友病患者のHIV感染者が増加。俗に言う「薬害エイズ事件」として社会問題となった。
現在では、加熱した製剤の投与が認められるようになり、これによってHIVの不活性化が行われるようになった。また、加熱製剤も海外からの輸入からではなく、献血による国内生産で賄う方針転換により、成分献血と400ml献血が合法化された結果、濃縮血液製剤の約6割が国内献血により製造販売されるようになった。