概要
プロテスタントとは、16世紀後半にマルティン・ルターが主導したいわゆる『宗教改革』によってカトリック教会(または西方教会)から分離し、特に(広義の)福音主義を理念とするキリスト教諸派の総称である。プロテスタントの呼び名はカトリックに対する抗議者 protestantと呼ばれたことに由来する。日本ではローマ・カトリック(旧教)に対し、「新教」(しんきょう)ともいう。
教義の特徴
ルターがカトリックに反対するに至った思想は、大雑把にいえば「何が善で何が悪かは神のみが審判できるのであって、人間が神と同じレベルで善悪を判断するのは不可能である」というものである。カトリック・正教会の教義では、キリストの弟子筋はキリストの権威を一部受け継いで代理できるとしており(秘跡)、信徒は教会で司祭に対して懺悔し罪を償えば教会が天国に行けるよう取り計らうとしていた。それがピークに達したのが16世紀の贖宥状(免罪符)の販売である。ルターは贖宥状のあまりの濫発ぶりに、キリストの代理としてもやりすぎではないかと疑問視し、最終的には「一介の人間に過ぎない聖職者は、神が定める罪と罰を勝手に変えて代行するような権威はない」と全面否定してカトリックと対立した。
上述の思想をベースとして、カトリック・正教会とは下記のような点が異なる。
- 聖職者の「キリストの代理人」としての権威を認めず、聖職者やそのヒエラルキーも原則持たず、信徒は誰でも祭司であるとする(万人祭司)。各教会の管理者である牧師は聖書に詳しい教師程度の扱いになっている。また牧師は一般信徒と同じように結婚できる。(主に「キリスト者の自由」による説明)
- 司祭の「キリストに代わって罪を償わせる権威」を認めていないので、懺悔に対する許しの秘跡が存在しない。このためプロテスタント系の教会には、カトリックのような懺悔室は通常ない。このほか、司祭が病気を癒すという病者の塗油や、司祭(教会)による堅信、婚姻の秘跡も認めない。(主に「教会のバビロニア捕囚」による説明)
- 人間は善悪を完全に判定することはできないので、善行を積むことが神への忠実さを示すと考えない。神に忠実かどうかは神や聖書を信じているかだけ根拠とする(信仰義認)。このため聖書原理主義(福音主義)の傾向が強い。たとえばバチカンは進化論について「神が人間を作った手段が進化である可能性がある」として神学上の仮説として認めているのに対して、プロテスタント(特に福音派)は聖書の記述は一字一句正しいとしてこれを認めない人が多い。逆にカトリックは福音派のID論を「宇宙人が人間を作ったと置き換えても成立する論理」として認めていない。
こういった教義の違いから、カトリックや正教会とは用語が細かく違っている。たとえば、カトリックの司祭への呼びかけは「神父」だが、牧師への呼びかけは「先生」である。讃美歌はプロテスタント特有の呼称であり、カトリックでは「聖歌集」と呼ぶ。
プロテスタントに分類される教派
カトリックではローマ教皇を中心として教義や宗教見解を統一する仕組みがあるが、プロテスタントはそのような存在がなく、現在においてはその教義も派閥も多様にわたっている。現在の教派は大まかにルター派、カルヴァン派に代表される旧プロテスタント(保守派)と、再洗礼派(アナバプテスト)に代表される新プロテスタント(革新派)に分かれ、さらにそこから派生した教派が複数ある。
ルーテル教会(ルター派)
- 信仰の証明は儀式的行動よりも神への一念のみ。
- 神の性格は慈愛である(優しさ)である
- 聖書の言葉は一言一句間違っておらず全て実際に起きたこととする(聖書原理主義)
- キリストの代理人である教皇や聖人崇拝のを否定
- 教皇のキリスト教君主(神聖ローマ皇帝など)への承認を否定
- カトリック教会の恣意的な教会運営を否定(免罪符など)
改革派教会(カルヴァン派など)
- (上記のプロテスタント両派・ルーテル教会に追加して)
- 予定説思想、(天国に行くもの地獄に行くものはすべて神が最初からお決めになっている)
- 神は愛もあるが、偉大で無慈悲であり、すべてのものに勝る。いかなる敵も滅ぼす。
- 教会は独立の拠点である。
再洗礼派・アナバプテスト
- 幼児洗礼を否定し、判断力を持ち自ら信仰告白を行った後に洗礼を施すべきとする派。
- カトリックなどの教派、上記2教派はこの考えを否定している。
他教派への影響
ルターがその思想を発表した当時、教会の強い世俗的権力や、金を払えば贖罪を免除されインスタントに天国に行けるとする贖宥状に対する反感が強まっていた。またドイツ周辺の有力諸侯間の対立、農民の金権政治に対する反感などを巻き込む形で、ルターの教会権威への攻撃に賛同者が相次ぎ、ルター派、プロテスタントという宗派が成立していくとともに、ドイツ農民戦争、三十年戦争、ユグノー戦争といったカトリック・プロテスタントの戦いに発展する。
イングランド教会(英国国教会、聖公会)は、成立時期がちょうどプロテスタントの成立と重なったため、基本的にカトリック教会の典礼等を引き継いでいるが、プロテスタントからも強く影響を受けることになった。イングランド教会は自身をカトリックとプロテスタントの中間として位置づけているが、イングランド教会をプロテスタントとして分類する見解も多く、イングランド教会から分離した教派はよりプロテスタント的である。
冒頭のヨーロッパでの宗教改革が進んだことから、カトリックが新たな勢力拡大を企図して、進出したのがアジア方面であり、当時戦国時代のまっただ中にフランシスコ・ザビエルが来日したのもこの影響である。
しかし豊臣秀吉や徳川幕府に禁教で弾圧され、逆にプロテスタント勢力のオランダやイギリスが「交易するけど布教しない」として幕府に協力した為、日本とカトリック諸国の関係が完全に途絶した(また、イギリスとも自然に切り離された)。
といっても布教はNGなので、本格的にプロテスタントが日本布教を開始するのは明治維新以降の事になる(明治政府も当初は禁教を実施したが外圧で頓挫)。
欧州で君主制が一般的だった頃、中世が終わる頃はプロテスタントを信仰する王室(プロイセン・オランダ・北欧各国など)とカトリックを信仰したままの王室(フランス・オーストリア・イタリアなど)に分岐した。
これらのグループは互いに婚姻関係を結ばないことが一般的で、しかも近世以降は王族と貴族の身分が明確になりつつあったために、貴族との結婚すら貴賤結婚と見做され避けられていた。そのためしばしば非常に近い血縁関係で婚姻し、障害児の誕生の原因になったりもしている。
正教会王室(ロシア・近代以降のブルガリアやルーマニア)はその存在が希少であるが、概ねプロテスタント各国との婚姻関係作りを重視した。イギリス王室も、ジェームズ2世排除後はプロテスタント王室との通婚が基本である。
プロテスタント王室とカトリック王室の通婚が無かったわけではないが、その結婚には殆どにおいて困難な障害が付きまとっている。しかし北欧諸国は君主制を採用する三国(ノルウェー・スウェーデン・デンマーク)は王室がルター派のプロテスタントであるが、しばしばカトリック王室との婚姻を行い、これを通じてカトリック系とプロテスタント系・正教系の王室に縁戚関係が生まれている。
福音派
福音派(Evangelical)とは、プロテスタントの信仰のうちの特定の傾向を指す用語。聖書を「神の言葉」そのものとし、その上で「聖書のみ」を実践する立場。その信仰・神学を「福音主義(Evangelicalism)」という。
日本語では「福音派」と表記されるが、これ自体は教派名ではない。既存の教派に属さない単立の教会、教団もこのスタンスをとる所があるが、ルーテル派かつ福音派、改革派かつ福音派、という事もある。
このことは各国の「福音同盟」の加盟教会のリストを見るとわかりやすい。
プロテスタント諸派のうち、「福音派」でなく、かつ信徒数や勢力的には主流派にあたる諸教団を「メインライン」と総称する。
メインライン・プロテスタントの特徴として
①聖書学、本文批評の知見を受け入れ、聖書を「誤りの無い書」とは必ずしも見なさない。
②よって聖書の価値観を一部否定しても良い。進化論、同性結婚、同性結婚式、婚外性交渉、避妊、中絶なども認めて良い。マルクス主義、イスラム教ともある程度交流関係を持つ。
といった特徴がある。
こうした立場を明確に否定するのが福音派の特徴である。
また、元々はキリスト教原理主義を自称する宗派が多かったが、「原理主義」という呼び名にネガティブなイメージが付いて以降は「福音派」を自称するのが一般的になった。
なお、「anti-intellectualism」(反知性主義)という単語も、元々はキリスト教原理主義≒福音派への批判的な他称であり、キリスト教原理主義≒福音派の中で、intelligence(アカデミックな知性)よりもwisdom(経験により得た実践的な知恵)を重視する考えが強かった為である。
アメリカ合衆国においては、ジョージ・W・ブッシュ元大統領を筆頭に著名人が多数所属しており、アメリカは福音派の宗教大国として有名である。(ただし、ブッシュ一族全体については、ジョージ・H・W・ブッシュがプロテスタントの中でも福音派ではない穏健派、ジョージ・H・W・ブッシュの息子でジョージ・W・ブッシュの弟のジェブ・ブッシュは配偶者と同じ宗派で、かつ、州知事だったフロリダに信者が多いカトリックと、同じ一族でも信仰している宗派は異なる)
アメリカにおけるキリスト教は現在、全体的には退潮傾向であるが、対照的に福音派は「宗教右派」を糾合する政治勢力として、大統領選にも影響を及ぼす勢力であり続けている。
布教に極めて積極的なのも福音派の特徴である。カトリックの牙城である南米では「エバンヘリコ」と呼ばれ信徒数を急速に増加させている。
福音派系の宣教団体はイスラム教諸国や北朝鮮にも入国している。
キリスト教の布教が制限・禁止される国では、一般的な家をそのまま教会とする(=教会の建設が禁じられていても宗教活動の拠点が持てる)「家の教会」というスタイルがしばしば用いられる。
関連タグ
ゴルゴ13 カトリックとの(依頼を通じての)繋がりが描かれる事が多いが、ゴルゴへの依頼方法の一つに「讃美歌13番をラジオ番組にリクエストする」とあり、プロテスタントとも関係はある(当然ゴルゴ自身は信仰しておらず手段の一つで利用してるだけであるが)