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ローマ教皇

ろーまきょうこう

ローマ教皇はカトリック教会の最高指導者。
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概要

キリスト教の教派カトリック教会の最高指導者を指す。単に教皇とも。(但し、コプト正教会およびギリシア系正教会アレクサンドリア総主教も「教皇」(英語:Pope)の称号を持つ。)
日本と欧州の中世~近世の封建社会の身分制度を比較する場合、ローマ教皇は天皇に、神聖ローマ帝国皇帝征夷大将軍に例えられることもある。
現教皇は2013年3月から在位しているアルゼンチン出身のフランシスコである。

正式名称は、「ラテン語:Romanus Pontifex(ロマヌス・ポンティフェクス)」など。「ラテン語:Pāpa(パーパ)/英語:Pope(ポープ)」という呼び方は教皇に対する非公式な呼び方である。また、元来古代ローマ時代の最高神祇官の名称であり、ローマ帝国時代のローマ皇帝が兼ね持つ称号の1つでもあった「ラテン語:Pontifex Maximus(ポンティフェクス・マクシムス)」という称号も持つ。
元来は初期キリスト教の五大拠点ローマコンスタンティノープルアレクサンドリアエルサレムアンティオキアの1つ、ローマの司教であり、5人の総主教/総大司教(ラテン語:Patriarcha(パトリアルカ))の1人だった。
しかし西ローマ帝国の滅亡後、五総主教座は3つまでイスラム教徒に奪われる。残るコンスタンティノープルの総主教やその庇護者である東ローマ皇帝に対しても、ローマ総大司教は次第に独立の立場を確立して、管轄範囲である西ヨーロッパへの介入を排除していく。こうして次第に権威を得て、カトリック教会の唯一の指導者となる。そして十二使徒の一人にして伝説上の初代ローマ司教であるペトロの後継者を自認し、ローマ教皇と名乗って全キリスト教徒の第一人者を自認するようになった。カトリック教会が伝統として認めてきたその権威の根拠は、『マタイによる福音書』(16:18-19)にある、イエスがペトロにかけた言葉「あなたはペトロ(岩)。私はこの岩の上に私の教会を建てよう。」である。

ただし、これはあくまでもカトリックの最高指導者というだけであり、全てのキリスト教徒がローマ教皇を認めているわけではない。まず正教会においては、教皇を5人の総主教の一人に過ぎないと見なし、しかも東西教会の大シスマに伴い、ニケア信条等を巡って異端の信仰を広める主教である(逆にカトリックからすると正教会が異端)と見なす。正教会では各国の総主教は対等であり、席次上でのみコンスタンティノープル総主教が第一位の格式を得て「全地総主教」の称号を有するのみである。またプロテスタントは信者の平等を説き、聖職者の権威を否定するところから始まっているため、ローマ教皇という存在を認めずただの一信者と見なす。

中世から近代まで、ローマを中心とするイタリア中央部を支配する教皇庁国家の長を兼ねる君主でもあった。
しかしイタリア統一戦争により、教皇領はイタリア王国に吸収され、ムッソリーニの時代に現在のバチカン市国として知られている地域だけが独立した。
現在は、半島内に存在する都市国家バチカン市国」の国家元首であり、これによって世俗の権力から独立している。
死亡および退位(辞任)により、その座が空位となった場合の選出に当たっては、コンクラーヴェという選挙により枢機卿たちの中から選ばれる。

教皇不可謬説

誤解されやすい要素として「教皇不可謬説」というものが存在する。
wikipedia:同項目によると
「信仰および道徳に関する事柄について教皇座(エクス・カテドラ)から厳かに宣言する場合、その決定は聖霊の導きに基づくものとなるため、正しく決して誤りえない」
という教義である。
このことは信仰および道徳に関する事柄に限定されており、さらには宣言までには正式な手順を踏む必要があり(つまり「旅先などでとんでもない発言をしても、それは誤りえないものとはならない」わけである)、またそもそも教会の過去からの教えに矛盾してはならない。
よって正式に行使された(と解釈されている)のは、歴史上で数回しかない。またそれらも全て長期間にわたって浸透し、誰もが信仰している教えを正式な教義として宣言したものでしかない。
恐らく今後もめったに行使されることはないだろう。

表記

職名

この職に関して、日本語では2019年11月20日より、「ローマ教皇」が正式なものとなった

これ以前、日本語では表記が大きく揺れ動いていたのである。ここではその経緯について述べよう。

件の統一以前、ローマ法王法皇ではないことに注意)という表記が存在していた。そしてカトリック側は、教皇」表記を推奨していた。
これは、「教」という漢字が、その在り方に合致していることと「王」という漢字が世俗の君主のイメージであることが理由である。

カトリック側が表記を統一したのが1981年のヨハネ・パウロ2世の来日がきっかけである。それまではカトリック側でもPāpaの訳語が揺れていたらしい。バチカンの日本大使館は「ローマ法王庁大使館」表記で届け出られていて、同時期に日本政府に表記変更を求めたが、クーデター等のはっきりした政変がなければ変更は認められないと突っぱねられてしまった。

ところが2018年になって、バチカン側から要請があれば変更を受け入れる見解が示された。これは2015年にグルジアがジョージアに表記を改められた先例ができたことも大きい。

そして2019年11月、フランシスコの来日に伴い、日本政府は「ローマ教皇」の表記統一を表明した。ただしバチカン側からのリクエストがあったわけではなく、日本政府側の判断である。これを受けてメディア側でも順次、「教皇」表記に統一していった。残るは「ローマ法王庁大使館」の表記変更であるが、2019年11月29日現在、外務省のサイトではまだ改められていない。ただこちらも日本政府に拒む理由はなくなってしまったので、そう遠くないうちに変更が行われるものとみられる。

敬称

教皇の敬称は「聖下」が用いられているが、日本政府は「台下」の表記を用いている。「猊下」の表記も見られるが、カトリック教会においては基本的に枢機卿の敬称として使われている。「聖下」は英語の「His Holyness」への訳語として作られた新しい敬称である。なお、信徒は日本語としては「パパ様」と呼称する事もある。

教皇個人名の表記

日本においては、第二バチカン公会議を主宰したヨハネ23世以降の教皇は、ラテン語の奪格表記(のカタカナ転写)で名を表記するが、それ以前の教皇はラテン語の主格表記を使うため、例えば前教皇の名がベネディクト16世と表記されるのに対し、第258代教皇は「ベネディクトゥス」15世と表記することが多い。ただし現代でも主格表記する例はしばしば見られるし、逆にそれ以前の教皇を奪格表記する例もある。

序数

ここ1100年ほどのローマ教皇は、かつて別の教皇が使用した名前を再使用していた。例えばベネディクト16世の本名はヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガーであるが、前15代のベネディクト(ベネディクトゥス)に続く形でこの名を使用した。歴代で16人目のベネディクトの名を使う教皇であるため、ベネディクト16世である。ヨーロッパの大半の国の君主でもそうだが、原則的に初めて使われる名前に「1世」がつくのは、後世2世以降の同名を使用する教皇が誕生した時である。

しかし現ローマ教皇フランシスコ着座の際、この習慣がお膝元である欧州圏ですら半ば忘れられていたために「フランシスコ1世」「Pope Francis I」などと当初表記していたのに対し、バチカンからわざわざ1世をつけないよう要請があったほどである。よくよく正式発表を見直すと教皇名の部分は「Franciscum」のみで序数がつけられていない。教皇名が1099年ぶりの完全オリジナルだったがゆえに生じた混乱であった。

日本では長らく新聞各紙などは「ローマ法王○○x世は~」と、教皇であることを前に表記した上で敬称を省略出来る形にすることが慣例化していたが、これ以降フランシスコ教皇に対しては「ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は~」という表記に改めている。更に2019年に表記統一が行われ、これに教会側の習わしに従う形で、「ローマ教皇フランシスコは~」という表記が用いられるようになった。日本語だと呼び捨てのようになってしまうが、これが教会側の正式な表記である。

なお、歴代の大半の教皇の序数は順に数えられているが、歴代最多の使用回数を誇る「ヨハネ」(ヨハネス)のみ番号にズレが発生している。最後にこの名を使った教皇は1958年から1963年にかけて在位したヨハネ23世であるが、歴代で正式に認められたヨハネは21人しかいない。

このうち16世は対立教皇(カトリック教会内での対立により正規の教皇とは別に立てられた教皇で、中世以前にしばしば例が見られる)のみが名乗り、ヨハネス20世という教皇は歴代で一人も存在しない。
これは、14世と15世の間にもう一人ヨハネスという教皇がいたという説に基づき、当初「15世~19世」に当たる教皇を「16~20世」と勘定したためである。また、対立教皇は時代の背景によりしばしば正規の教皇と見做されたり、そうでなかったりするので、16世(21世即位の時点では17世)は対立教皇ヨハネス・フィラガトスの正規の番号として処理され、次のジョバンニ・シッコはヨハネス17世として即位した(21世即位の時点では18世と見做されていた)。
序数が修正される前にこの基準に基づきヨハネス21世が即位したが、今日ではヨハネス19世以前の教皇は正しい序数を名乗ったと見做し、したがって20世の名は飛ばされている。また17・18・19世の序数修正が更なる混乱の要因になるため、ヨハネス16世も歴代の序数に組み込まれたままである。
ただし、対立教皇としてヨハネス23世はもう一人存在する。そのため、対立教皇を含めた教皇ヨハネス(ヨハネ)の人数は、序数通りの23人となる。

その他

女性のローマ教皇は誕生していない。これはカトリック教会において女性司祭が禁じられているからで、聖職者になれない以上は教皇にもなれないという論理である。
ところが、9世紀には女教皇が存在していたという一種の伝説がある。ヨハンナといわれるその教皇は、男装して性別を隠すことで教皇になったが、後に身籠って出産してしまった…といわれるが、真偽は不明であり、カトリック教会はそのような教皇の存在を認めていない。
また、ヨハンナがヨハネスの女性名であることから、前述の教皇ヨハネスがもう一人存在したという説のもう一人とはヨハンナを指し、存在を抹消するために数え直したという説も存在する。

関連タグ

神父 司祭 司教
ローマ教皇庁 教皇領
老魔法王

ピクシブ百科事典に記事のあるローマ教皇

アレクサンデル6世(在位1492年~1503年)
ヨハネ・パウロ2世(在位1978年~2005年)
ベネディクト16世(在位2005年~2013年)
フランシスコ(在位2013年~)

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