正教会
せいきょうかい
「東方教会」と呼ばれる教会の一つであり、主に中東、東ヨーロッパ、西アジア、ロシアに広がっている。
ただし「正教会」では非カルケドン派正教会も含まれるため、厳密に区別したい場合は「ギリシャ正教」「東方正教会」として呼び分けることもある。
この項目ではそのギリシャ正教について、但し書きがない限り「正教会」として記述する。
西方教会と異なり、三位一体のうち聖霊が子(イエス・キリスト、イイスス・ハリストス)からも発するとはせず、父なる神からのみ発するとみなす。
この違いはカトリック教会との分裂の一因にもなった。
機密(ミュステーリオン)
神秘を意味するミステリーと同源の言葉であり、イエス・キリストが信徒たちの霊魂に恵みを与えるという神秘という含意がある。
「キリストのからだ」とされる教会もまた「機密」である。機密はまた、正教会における儀式の名称である。
初期キリスト教会からある種別個に生じた兄弟同士なカトリックでの「秘蹟」とはそれぞれの儀礼の宗教上の機能は似通っており対応関係があるが(例:聖体礼儀とミサ)儀式としての形式には違いがあり、それぞれを同一視したり、正教会側の機密をカトリック含む他教派の儀礼の名称で呼ぶことは誤りである。
正教会では聖書は聖伝(伝承)の一部とみなしており、「聖書と聖伝」という形で対置するカトリックと異なっている。
聖書の範囲
正教会では、旧約聖書のリストについては「七十人訳(セプトゥアギンタ)」というユダヤ人によるギリシャ語訳を典拠としている。
七十人訳聖書には現在のユダヤ教においては切り捨てられた部分も含まれており、それらは一般的に「外典」と呼ばれている。
正教会においてはそれらを聖典とするが、あくまで「外典」として扱われ、カトリックのように「第二正典」というような呼び方をしない。
正典ではないため、宗教書として読まれはするが、そこから直接教義の根拠とされることはない。
正教会の聖書に含まれるのは、ユダヤ教とプロテスタントにおける旧約聖書39巻(ユダヤ教では数え方が違うが範囲と内容は同じである)と新約聖書27巻。カトリックで第二正典とされる7巻。さらに『ギリシャ語エズラ記』『マナセの祈り』『第三マカバイ記』である。
「新共同訳 旧約続編つき」なら『第三マカバイ記』以外は全て読むことができる。
セプトゥアギンタには元々存在する文書への追加部分も含まれるが、ダニエル書とエステル記については認められるが詩篇の151篇は認められていない。
この他、同じ文書でも他教派とは名称自体が異なっているものがあり、他教派では『サムエル記』の上下巻とされる書が正教会では『列王記』の一、二巻とされる。サムエル記の次に収録されている『列王記』上下は正教会では三、四巻という扱いである。
聖書解釈においては考古学等の学術的成果や、聖書への文献学的批判を必ずしも否定しないという顔も持つ。
聖書の読みも直解主義をとらず、比喩的にも読む。そのため「キリスト教根本主義(原理主義)」と呼ばれる人々とは解釈が異なる。
これはカトリックも同じである。
カトリックと異なり、妻帯したまま司祭になれるが、司祭になった後の結婚はできない。
カトリック同様女性司祭は認めない。
カトリックにおけるローマ教皇のような一人のトップは存在せず、最高位の聖職者である総主教たちの地位は同じである。「全地の総主教」と呼ばれるコンスタンディヌーポリ総主教もそうである。「全地の総主教」としての上位性はあくまで名誉的なものである。コンスタンディヌーポリ総主教庁が現在直接管轄する地域は、トルコ(本来トルコ領内の正教徒はギリシャに追放されているので数は少ない)、クレタ島、アトス山(に位置する多数の修道院にほぼ一致)など極めて狭い。総主教庁は東ローマ帝国存続時代を通じて、コンスタンティノープルの聖ソフィア大聖堂(現在でいうイスタンブールのアヤソフィア)に置かれてきたが、その滅亡後は1600年前後からイスタンブールの聖ゲオルギオス大聖堂に置かれている。
正教会の教会組織、共同体は国や地域ごとに展開され、それぞれに首座主教という指導者が置かれている。それぞれの教会と首座主教は他と地位的に変わるところがない。
こうした教会の在り方を、正教会は初代教会以来のものであると考えている。首座主教の一部が総主教と呼ばれ、ブルガリア総主教、ジョージア総主教、セルビア総主教、モスクワ総主教、ルーマニア総主教がその称号を帯びる(成立年順)。そこに古来のアレクサンドリア総主教、アンティオキア総主教、エルサレム総主教が並び、その筆頭となるのが全地総主教・コンスタンディヌーポリ総主教という構成である。
教会が位置する土地の世俗領主、国王や政治家たちへの祈りが捧げられることも一般的である。イギリス正教会では女王の為の祈りが捧げられ、アメリカ正教会では大統領と全軍の為の祈り、そして日本正教会では天皇と国を司る者への祈りが存在する。またオスマン帝国やソ連などの迫害を行った政治家への祈りも行われてきた。これらの祈りによって政治家の暴走を防ぎ、平和を守る意図があるとのこと。
国や地域ごとに展開した正教会の教会は「○○正教会」としてそれぞれは組織こそ分かれているものの、信仰はいずれも正教会である。そのためたとえばロシアを預かる「ロシア正教会」やその信仰を「ロシア正教」と呼んだりするのは誤りとなる。
ローマ帝国の東西分裂、そして西ローマ帝国滅亡により、東西の教会は分断された状態となり、交流が乏しいまま数百年が経った。
その間にローマ教皇の首上権、三位一体のうち聖霊が父なる神からだけでなく子なる神からも発するか、妻帯した者は司祭になれるか、等の見解についての相違点が積み重なっていった。
そして1054年、東ローマ帝国圏のコンスタンティノポリスとローマの総主教座(教皇)が、互いに破門を言い渡し、キリスト教徒の共同体は東西に分裂した。
これが「大分裂」であり、こと正教会で「大シスマ」と言えば専らこの分裂を指す。
とはいえ、正教会では1204年の第4回十字軍によるコンスタンティノポリス陥落やコンスタンティノポリス総大司教座設置などの正教会への迫害こそが分裂の決定打と見られているが……。
ともあれこの相互破門は1964年から翌年に掛けての会談を経て解消されたものの、カトリック教会で正教徒が聖体と聖血をいただく儀式に参加できる一方、正教会側はカトリック信徒(他教派キリスト教徒も)にそれを許可しておらず、また教会の合同にも至っておらず、対立の溝は未だ深い状態にある。
大分裂後、西方のローマ・カトリック教会に対して、正(オーソドックス)教会として発展。エルサレム・アンティオキア・アレキサンドリアの総主教座はイスラム教の攻勢によって失われたが、コンスタンティノポリス総主教は正教会の総本山として東欧を中心に布教を進めた。
15世紀、コンスタンティノポリス総主教はオスマン帝国の支配を受けるようになったが、ロシア正教会を始めとして布教の進んだ各国に正教会が成立することになる。モスクワ総主教をはじめ、ブルガリア総主教、グルジア(ジョージア)総主教、セルビア総主教、ルーマニア総主教が成立し、他にも各国に正教会が成立した。
日本には文久元年(1861)ロシアの司教ニコライによって伝えられ、その教えから成立した日本ハリストス正教会は自治正教会として今日も存続している。
非カルケドン派正教会との違い
同じ正教会と言っても東欧・地中海沿岸東部地域に掛けてのアルメニア使徒教会、エチオピア正教会、コプト正教会などはギリシャ正教とは別の教義を有しており、その違い方から非カルケドン派(正教会)と呼び分けられている。
その教義の最大の違いは、ギリシャ正教ではイエス・キリストの人格のうちに神性と人性が共に存在すると見なす(両性論)のに対し、非カルケドン派では神性と人性が合一して一つになっていると見なす(合性論)ことである。しかし451年のカルケドン公会議で両性論が採択されたため、この公会議を否認する教会が分立。これが非カルケドン派としてギリシャ正教と別で存在し続けている。
カトリックとの違い
ローマ総主教はペトロの後継者にしてローマ教皇と名乗り、イエスから天国の鍵を託されたと主張する。しかし、正教会はこの主張を認めていない。ペトロは初代ローマ教皇などではないし、教皇に天国の鍵が託されたとも認めない。主教は対等であり、席次においてコンスタンティノープル総大主教が一位にして全地総主教を名乗ることが許されるのみである。
また、いわゆるフィリオクェ問題もカトリックとの大きな教義の違いである。381年の第二回公会議で定められたニケア信条において「聖神は父より発する」と記されていた。ところが、先述の通りカトリックでは「また子より(ラテン語ではFilioqueフィリオクェ)」という一文がいつの間にか追加されて「聖霊は父と、また子より発する」という文面になっていたのである。この文字追加は7世紀頃から西方の教会で広まっていったらしい。ローマ教皇庁は787年の第7回公会議でこの修正が公認されたという立場を取るが、正教会側は保存していた当時の記録にそのような記載はないとしている。こうして現代でもニケア信条のこの部分は正教会とカトリックで異なる文面が用いられている。
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