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東ローマ帝国

ひがしろーまていこく

東西に分裂したローマ帝国の東側。AD395-AD1453。

395年、ローマ帝国の東西分割から1453年まで存続した、古代ローマ帝国の後身。帝国東部は、統一ローマ帝国時代からギリシャ文化(ヘレニズム)の色彩が色濃い地域であり、7世紀以降の公用語はギリシャ語となった。こうして東ローマ帝国は、ローマ人の帝国からギリシャ人の帝国へと変化していき、現代に続くギリシャ文化圏の母体となった。

最後の皇帝家パレオロゴス朝は、これまでのローマ各王朝が古代共和制の時代を引きずり必ずしも世襲で地位を継承しなかったのに対し、200年近くその地位を世襲で継承した。翻せばそれは、有力な諸侯が何人も存在した全盛期とは程遠いほど帝国が衰退し、オスマン帝国の権勢に常に潰されそうになりながらやっと存続してきた歴史を現しているとも言えた。
パレオロゴス家の末裔は、現在でもヨーロッパ各地に何人か存在する。その家系図は信憑性の高いものから胡散臭いものまで多数あるが、東ローマ皇帝(ビザンツ皇帝)の請求者を名乗る者も何人かいる。
そのうちの一人、エンリコ・コンスタンティノ・パレオロゴ(アンリ・コンスタンティン・パレオロゴ)は皇帝テオドロス2世の傍系末裔とされ、デヴィ夫人らとの交流で来日したことがある。

その後のヨーロッパ地域において皇帝を称した者のうち、中華圏に起源をもつモンゴル皇帝(全盛期の支配地はロシア付近に達した)と、インド皇帝位を継承していた時代のイギリス国王を除く全員がローマ皇帝の後継者の意を以て皇帝を称していた。

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