呼称
日本では「ロシア正教」と呼ばれたりしてそれ自体が独立した宗教(あるいは教派)のように思われる事もあるが誤りである。
また、「○○正教会(オーソドックス)」という名前の教派自体はエチオピア正教会やアルメニア使徒教会、コプト正教会(エジプト)などがあるが、ロシア正教会はそれら非カルケドン派正教会とは違う教派である。
ではロシア正教会がどのような教会かというと、「ギリシャ正教」(東方正教会)とも呼ばれる教派に属するコミュニティの1つである。
彼ら自身、単に「正教会」、その信徒を「正教徒」と呼び、また「正教会」と付く教派では最大規模であることから、単に「正教会」と呼んだ時、ギリシャ正教のことを指すことが多い。
そしてこのギリシャ正教はロシアの他、ギリシャやジョージア、セルビア、ブルガリアなど、東欧を中心とした各国に「(原則として国名)正教会」として教会組織を置いているが、いずれも信仰は同一のもの。
ゆえに、ロシア正教と称するとロシア独自の宗教(まで行かずとも単独の教派)のようなニュアンスを帯びてしまうため、「ロシア正教会」もしくは「ギリシャ正教のロシア正教会」と呼ぶのが正確である。この記事でも以降は正教会=ギリシャ正教として記述する。
概要
988年にウラジーミル1世らによる集団改宗が行われ、まとまった数のキリスト教徒が誕生した。彼らの洗礼以前にも伝道は行われていた。
独立正教会として他の正教会の総主教(独立正教会の最高位聖職者 ギリシャ正教全体も共同で管掌している)らに承認され、府主教でなく総主教が預かるようになったのは1589年のことである。
ロシアの広大な大地とその人口もあって、所属する信徒数は第二位のルーマニア正教会を大きく引き離すトップである。
ただしあくまで人数の話であり、正教会同士は対等である。
日本にも日本ハリストス正教会という教会組織があるが、ロシア正教会からの伝道で誕生した組織であり、教会コミュニティとしてはロシア正教会の「娘教会」に相当する。
ロシア人正教司祭ニコライは「日本正教会訳聖書」の翻訳も手がけ、死後列聖されてからは「日本の亜使徒大主教聖ニコライ」として崇敬されている。
ロシアが共産主義のソビエト連邦体制になってからは他宗教同様迫害の対象となった。
政権は財産や施設(教会堂や修道院)の没収や破壊、宗教儀礼の禁止。一般信徒や修道士(女)や聖職者を逮捕したり、処刑を行った。
モスクワの救世主ハリストス大聖堂はヨシフ・スターリンの指示で破壊された。
大聖堂を破壊し、そこに無神論・共産主義の殿堂「ソビエト宮殿」を建てる事で「宗教に対する勝利」の象徴にしようという計画だった。
しかし地下水の浸出やドイツ軍の侵攻によって計画は頓挫し、建設作業が完了することはなかった。
スターリンの死後、計画自体が取り消しになり、そこは温水プールになった。
ソ連が崩壊すると大聖堂を復元しようという動きが起こり、無事に建て直された。
再建にあたり現代の技術を用いてはいるが、その外装と内装は破壊前の形を再現したものになっている。
ソビエト宮殿を建てようとした反宗教者にとっては皮肉なことに、ロシア正教会再生の象徴的出来事となった。
プーチン大統領の重要な支持基盤の1つでここの影響で同性愛宣伝禁止法が制定された。
ロシア正教会に限らず、各国・各地域のギリシャ正教は全体的に同性愛に厳しい傾向を維持している。
ウクライナ侵攻に対しては上記の「同性愛に肯定的な西側への対抗」も挙げて賛同しておりロシア軍の兵器などを聖別しており、これらとウクライナでの正教会組織の是非を巡って、ロシア正教会及びウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系)は他のギリシャ正教(特にコンスタンティノープル総主教庁及びウクライナ正教会(OCU))と断交を伴う深刻な対立状態にある。
背景として「ルースキー・ミール」というロシア中心主義、プーチンが2000年代より称揚したファシスト哲学者イワン・イリインの思想も存在する。
国粋主義、それによりロシアの精神的基盤とされつつも偏狭に歪められた正教信仰、そこに加えられた「西側」文化の思想潮流への危惧と憎悪、それがロシア正教会を汚染しているという現状である。
ルースキー・ミールに対しては同じギリシャ正教のギリシャ・ヴォロス神学アカデミーから反対声明が出されている(『ロシア世界』(ルースキー・ミール)教説に関する宣言)。