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概要

所属国ロシア連邦
出生日(2024年2月時点)1952年10月7日(71歳)
出生地ソビエト連邦 ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国 レニングラード
所属政党統一ロシア
出身校レニングラード大学
宗教 キリスト教・ロシア正教会
配偶者(2024年2月時点)無し
子女2人

ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン(ロシア語:Владимир Владимирович Путин、ラテン文字表記:Vladimir Vladimirovich Putin、1952年10月7日 - )は、ロシア連邦の政治家。第4代ロシア連邦大統領。自身が所属した統一ロシアの政治的な実力者(大統領では無所属が慣例)で、部下にはドミートリー・メドヴェージェフがいる。あらゆる意味で強いロシアの体現者で、その異名には灰色の枢機卿(サンクトぺテルブルグ市長時代)・ロシア皇帝(大統領時代)などがある。


ロシアは強権的な指導者が称賛されるお国柄である事から、プーチンも例に漏れずロシア国内での人気は高く、悪名高いスターリンでさえも未だにファンが居るほどである。その上過激な言葉を臆面も無く放つ事もある為、それに魅せられるロシア人は多い。


2017年9月にスターリン以来最も長く在職したロシアの指導者になり、欧米諸国では主要な報道機関・政党からは激しく嫌悪されているが、草の根保守・リベラルには一定の人気を持つ。日本では強面で冷酷なイメージ・元諜報員という経歴・かつての日本を彷彿とさせる欧米諸国に対する対抗者といった地位・柔道経験者などの事情から党派を越えて人気があったが、2022年2月にロシア・ウクライナ戦争が開戦したのを契機に、人気は一部のコアな層に限定されるようになった。


経歴

初期

1952年10月7日にソビエト連邦のロシア・ソビエト連邦社会主義共和国のレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)にて、3人兄弟の末子として誕生する。家庭環境はあまり裕福では無く、少年時代はレニングラードの共同アパートで過ごしたと語っている。ここにはKGBの諜報員として勤務するまで居住し、1960年9月に共同アパートと同じ通りにある第193小学校に通い始める。


1975年にレニングラード州立大学の法学部を卒業し、KGBの諜報員になった後は1985年8月に東ドイツのドレスデンに派遣されてそこで勤務した。1990年1月にレニングラードに戻って同年2月にそこの州立大学の学長補佐になった後、同年5月にアナトリー・ソプチャーク市議会議長の顧問として勤務し、1991年8月にKGBを辞任した後はサンクトペテルブルク市長室で勤務し続けた。


KGB辞職後

1996年6月に州知事選挙でソプチャークが敗北した後はモスクワに移り、そこで大統領の事務次長に任命された。1998年7月に連邦保安庁長官・1999年3月に安全保障会議書記を経た後、同年8月にボリス・エリツィン政権で首相に就任した。同年12月にエリツィン大統領がテレビ演説で辞任を表明したのを受けて大統領代行に任命され、2000年ロシア連邦大統領選挙で初めて当選した。


大統領

2000年5月に大統領に就任し、最初の任期で経済改革と共に石油・ガスの価格が5倍に跳ね上がり、ロシアは年平均で7パーセントの経済成長を実現した。2004年ロシア連邦大統領選挙で再選され、2008年5月に大統領を2期8年の任期を満了して退任し、同月までにこの政権でミハイル・カシヤノフミハイル・フラトコフヴィクトル・ズプコフの3人が首相を務めてきた。


メドヴェージェフ政権での首相

2008年5月にメドベージェフ政権で首相に就任し、同年12月に憲法改正が実施されて大統領の任期が1期4年から1期6年に延長された。承認される前に国家院(下院)で演説した時は年金・最低賃金の引き上げ免税・インフレ率の抑制に努め、ロシアが世界有数の国際金融センターになる事を目標にすると発言し、近い将来にロシアがイギリスを凌ぐ経済力を有する国になると予測した。


大統領再就任

2012年ロシア連邦大統領選挙で当選し、同年5月に再び大統領に就任してメドヴェージェフを首相とした。2014年3月にウクライナに属していたクリミア半島を併合し、各国のほとんどがロシアに対して制裁措置を実施した一方で、ロシアをドンバス戦争にまで拡大した暴力的な紛争に介入させた。2015年9月にシリアで軍事作戦を開始し、同年10月までに1000回以上の空爆が実行された。


2018年ロシア連邦大統領選挙で再選され、2020年1月に首相がメドヴェージェフからミハイル・ミシュスティンに交代し、同年7月に憲法改正を実施した。2022年2月にロシア・ウクライナ戦争を開戦し、各国から非難されて制裁措置を受けた。2023年3月に国際刑事裁判所から、占領したウクライナの地域から子供たちをロシアへ不法に移送した戦争犯罪の容疑で逮捕状を出され、核保有国国際連合安全保障理事会常任理事国の国家元首としては初の事例となった。


2024年ロシア連邦大統領選挙

2024年ロシア連邦大統領選挙では、2023年12月に通算5期目を目指して立候補を表明し、無所属の立場から立候補を目指して正式な候補者の登録に向けた署名活動を実施していた。2024年1月に立候補に必要な30万人以上の有権者の署名を提出し、これを受けて中央選挙管理委員会から候補者として正式に登録された。自身の陣営は実際に必要となる署名の数ではその10倍以上を集めたとして国民からの広い支持をアピールし、公式に選挙活動を開始するとしている。


外交

旧ソ連諸国

2003年11月に旧ソ連諸国だったジョージアでバラ革命、2004年11月に同じく構成国だったウクライナでオレンジ革命が発生した。ここから両国がロシアよりもアメリカとの関係を重視するようになると、両国に対して強硬姿勢で臨む事があった。


ウクライナ

2006年1月に天然ガスの価格を引き上げると表明し、これを拒否したウクライナに対する流量を支払いが滞納している事などを口実に、減らすなどの強硬的な対応でガス紛争を引き起こした。2014年3月に併合したクリミア自治共和国(クリミア半島)では、礼儀正しい人々と呼ばれた正体不明の武装集団がウクライナの軍・警察など治安部隊を追放して領域を制圧し、後にこの集団が所属章を剥がしたロシア連邦軍だったと認める。


クリミア自治共和国は地域住民の選挙手続きに基づいてウクライナを離脱し、ロシアに編入される事を決議した。プーチンは欧米諸国の反対を押し切り、クリミア半島をロシアの構成共和国であるクリミア共和国として編入した。セヴァストポリは君主制時代から軍港都市であった経緯から、クリミア共和国には属さずにロシアに直属する連邦市となっているが、同じ待遇を受けているのはモスクワとサンクトペテルブルクのみである。これで欧米諸国とロシアの対立は仁義無き戦いの様相を見せ始め、ロシアはかつてのソ連並みの相容れなさを見せ始めたようだ。


更にウクライナのロシアに隣接する地域で、クリミア半島と同様にロシア系住民が多い東部のドネツィク州とルハンスク州でも、親ロシア派武装勢力がウクライナからの分離独立を求めて武装蜂起を起こした。鎮圧と再統合を図るウクライナ政府軍と戦闘状態に入っているが、こちらでもロシア連邦軍・ロシアの諜報機関が親ロシア派武装勢力を支援していると言われている。


2022年2月24日にロシア・ウクライナ戦争を開戦し、国内外のロシア国民から反対の声が挙がった為、結局プーチンは欧米諸国などから非難と経済制裁の集中砲火を受ける事となった。日本では両岸問題との関連性から国民的な関心が高く、ウクライナ大使館に20億円もの募金が数日で集まったり、反戦デモが日本・ウクライナ・ロシアなどの国を越えた参加者の手で開催されている。


ジョージア(グルジア)

2008年8月7日にプーチンが北京オリンピックの開会式に出席している最中にジョージア(グルジア)がその自治州の南オセチアに侵攻した事に対し、南オセチアの独立を支持する立場から「報復」を宣言し、翌日の8月8日に軍部隊を派遣して南オセチアに介入した。


同年8月28日にアメリカのテレビ局であるCNNとのインタビューで、グルジアが侵攻した原因について、「2008年アメリカ合衆国大統領選挙で、共和党候補者のジョン・マケインを優位にする為にブッシュ政権がわざと起こしたものだ。」として、ジョージ・W・ブッシュ政権を厳しく非難して新冷戦と呼ばれる様相を呈した。2011年10月にベラルーシ・カザフスタンとロシアがヨーロッパ連合型の地域統合を実施するユーラシア連合の構想を寄稿している。


日本

大統領に就任した当初から戦略的に投資の誘致・天然資源の輸出先として日本を重視し、2005年11月に訪日した時は100人以上の財界人を引き連れて投資の促進を訴えた。自衛隊とロシア連邦軍の救難訓練が毎年実施されるようになり、日本と平和条約を締結する事に意欲的な姿勢を示している。しかし基本的に日ソ共同宣言を根拠にした2島返還論を推奨しており、未だ解決していない。


訪日した時には日ソ共同宣言に基づき、2島を譲渡する事で日本側を説得しようとした。その後も北方領土問題の解決と平和条約の締結に意欲を見せるものの、「問題が解決に至らないのは日ソ共同宣言を履行しない日本側の責任である。」としている。2001年7月に首脳会談でイルクーツク声明を発表し、同宣言が平和条約締結の交渉の出発点である事を確認したが、この宣言にある2島返還論は主権の返還では無いとしている。


2005年11月に訪日する前にロシアのテレビ番組に出演した際、「北方領土の主権が現在ロシアにある事は国際法で確立され、第2次世界大戦の結果であるので、この点については交渉するつもりは無い。」・2016年5月に会見で「北方領土は1つとして売らない。」と発言している。他にも北方領土で軍事演習・対日戦勝記念パレードを実施し、北方領土の基地化も進めて日本政府の抗議を受けている。挙句の果てに北方領土を経済特区に指定し、新型ミサイルの配備と土地の無償分与を開始するなど、日本からの返還要求を牽制する態度を示している。


ノルマンディー式典の対応

2014年6月のノルマンディー上陸作戦の式典で「プーチン氏が原爆のシーンで黙祷しながらロシア正教の十字を切った。」という内容の報道が行われた。これが特に日本において評価され、同時に拍手していたと報道されているアメリカのバラク・オバマ大統領が非難されている。


ちなみにノルマンディー式典の他の指導者の場合、フランスのフランソワ・オランド大統領は拍手せず、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はじっと黙っていたと言われている。しかしながら各人の政治的立場・パフォーマンスの流れ・そもそもこれがノルマンディー上陸作戦に因んだ式典である・根拠とされる映像が編集されているという事も考える必要がある。


人物

  • 動物好きであり、特に好きでラブラドール・レトリーバーの「コニー」という愛犬を以前から飼っており、犬嫌いであるドイツアンゲラ・メルケル首相との会談にも同席させる程である。2012年7月に秋田県の佐竹敬久県知事に秋田犬の「ゆめ」を贈られ、お返しに好きの佐竹にサイベリアンの子猫を贈呈した。2010年11月にブルガリアのボイコ・ボリソフ首相からカラカハン・ドッグ(ブルガリアンシェパード)の「パフィー」を貰っている。
  • 首脳会談に犬を同席させる理由はプーチン本人が犬好きである他、相手の注意を散漫にさせて自分達(ロシア側)にとって有利な展開に持ち込むための作戦だとも言われている。さらに2017年10月にトルクメニスタンのグルバングル・ベルディムハメドフ大統領からアラバイ(中央アジアの大型牧羊犬でセントラル・アジア・シェパードの一種)の子犬の「ヴェールニー」をもらったが、その際ベルディムハメドフ大統領が子犬の首根っこをつかみ上げるのを睨みつけていた。先述のメルケルとの会談での犬については偶発的だと後に公式に謝罪したが、メルケルは「あれはKGBのやり方だ。」と意図的だった述べた。
  • 趣味は釣り柔道などだが、特に柔道はレニングラード市大会で優勝するほどの実力者である。また本人が実力主義者かつ真面目な為か、黑帯を特別に贈呈される事が決定した際には「私は自分の力で取りたい。」と発言して断っている。大統領になって以降もフォーミュラカーやハーレーを乗り回す姿が見られ、国立公園を訪れた際、襲いかかってきた虎を麻酔銃で撃つなど逸話には事欠かない。これは大国であるロシアの指導者に相応しい「マッチョ」なイメージを演出するパフォーマンスの一環であり、168センチメートルの身長はヨーロッパ人の基準ではやや小柄だが、スポーツ愛好家で今も身体を鍛えている為に筋肉質の体型を維持している。
  • 2020年11月以降は人相の変化・明らかに姿勢が悪くなっている事から、健康状態について様々な憶測がなされているが、人前で長丁場の演説を行える分には体力がある為、差し迫った健康的危機は無いと推測されている。

評価

2015年2月にミンスク合意の件でドイツのメルケル首相・ウクライナのポロシェンコ大統領・フランスのオランド大統領の4人で会談し、外交で見事に勝利して「最高の夜明けだ。」と述べた。経済制裁の影響からか脱欧入亜の動きも活発化しており、欧米諸国から距離を置き始めている故にアメリカドルユーロを同時に決済から除外しようとする動きも見られる。


こうした行動から「実は現実主義の政治家であり、国内問題だけでなく外交でもそれを遺憾無く発揮している。」という評価がなされる事もある。他にも諜報機関の出身・後述の強火な発言から一部で「おそロシア」的文脈も帯びたコアな人気を有する。


思想

イリイン

誇大妄想的愛国主義を唱えるファシスト哲学者のイワン・アレクサンドロヴィチ・イリインに傾倒しており、2005年4月の演説からプーチンはイリインに言及するようになった。そこでも頻繁に引用するだけで無く、同年10月に亡命先のスイスにあった墓をロシアに移築する際にも関与した。更に木製の墓標だけが立つ簡素な墓の改装に私財を投じ、2009年5月に豪華なものにした。


1917年11月に発生した10月革命を否定するイワン・イリインは、その反革命思想であるが故に共産主義を聖なるロシアを穢す思想として批難した。1922年9月に他の知識人たちと共に哲学者の船に乗せられて国外追放され、ソ連で禁忌とされた思想家の1人であり、ロシア主義と極めて攻撃的に再解釈された正教会のキリスト教信仰と陰謀論的思考回路を特徴とする。


イリインの思想は例えば「ロシアのような巨大な国では民主主義では無く、(権威主義的な)国家独裁だけが唯一可能な権力の在り方だ。地理的・民族的・文化的多様性を抱えるロシアは、強力な中央集権体制でなければ1つにまとめられない。」というようにまとめられる。亡命中に発表した論文の中で「ロシアにはファシズムが必要であり、選挙は国家指導者への支持を示す儀式としてのみ行われる。」と主張している。


2020年3月に出版された自由なき世界 フェイクデモクラシーと新たなファシズムによると、イリインはウクライナ人に対してロシアという有機体の外に在る別個の存在と認めてはいなかった。スナイダーはウクライナ人について書く時「ウクライナ人」と括弧付きで表記し、独立性を前提としてウクライナについて語る者をロシアにとっての大敵と見做しさえした。


ペスコフ大統領報道官によると、プーチン個人も近年ではロシアの歴史に興味を深めて本を読み、一家言を持つようになったという。政権内ではイワン・イリインの著書である「ロシアの国家主義について」を読む事が推奨され、思想的バックボーンとして重視されている事を示している。


LGBT、リベラル

2019年6月にイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙でのインタビューで、「自由主義(リベラル)的な価値観について、西側諸国の多くの人々が拒絶している為、時代遅れのものとなった。」という旨を語っており、これは欧米などに居る宗教右派や反リベラル派を指すと見られる。


同年7月にエルトン・ジョンに対し、「彼を天才音楽家として尊敬している。」とのらりくらりと返した。更に「私たちが同性愛者を嫌悪していると非難する人たちをそれが理由で侮辱する事はしない。私たちはLGBTQの人たちに対して問題を持っていない。神は禁じている。一部の主張は我々には度を越しているように見える。彼らは子供たちが5つや6つのジェンダーを演じる事ができると主張している。」・「みんなが幸せになる事に我々は何の問題も持っていない。でもそれが我々の人口の重要な部分を占める多くの人が持つ文化や伝統、古くからの家族観に影を投げかけるのは許されるべきでは無い。」と語った。


2021年7月に開催された東京オリンピックでは、トランスジェンダーのアスリートが性自認に基づいて競技に参加する事を否定した。


1999年12月に首相として発表したミレニアムメッセージにおいて、「ロシアがアメリカやイギリスのように自由主義的価値観が深い歴史的伝統を持つ国のようになることはない。 我々の国では国家とその体制、構造が国や国民の生活において極めて重要な役割を果たしてきた。ロシア人にとって堅牢な国家とは異常なものでも、抵抗すべき相手でもなく、秩序の保証人であり、あらゆる変化の原動力なのだ。」と発言しロシアにおける自由主義の需要の少なさについて言及している。(アレクセイ・ナワリヌイを筆頭とする反体制指導者達も掲げるのはあくまでもプーチンの退陣や反汚職であって多くの日本人が想像するようなリベラル系の主張はしていないため、核心をついた発言と言える。)


家族

1983年7月にリュドミラ・シュクレブネワと結婚し、リュドミラは元客室乗務員でレニングラード大学の文献学専攻の学生で、1985年4月に長女のマリーヤ・1986年8月にドイツのドレスデンで次女のカテリーナが誕生した。2人は両親の母校であるサンクトペテルブルク大学(旧名はレニングラード大学)に合格し、マリーヤは生物土壌学・カテリーナは日本史を専攻すると報じた。2005年3月にマリーヤはギリシャで結婚式を挙げており、結婚相手は不明である。


2013年6月に国営テレビのインタビューにて、リュドミラとの離婚を公表した。この日2人は国立クレムリン宮殿でバレエを鑑賞しており、大統領は「私の仕事は公的なもの。ある人にとってはそれは好まれない。リュドミラはもう9年もそれに付き合った。」と述べた。対するリュドミラは「実質ほとんど顔を合わせていない。(夫は)仕事に没頭しているし、子供たちも成人して独立した。」と語り、大統領としての激務が結婚生活に影響を与えた事をほのめかした。離婚は2人で決めた事だとしており、夫人は公の場に出るのを嫌う事で知られていた。


発言


(2011年8月)

  • 「テロリストは便所に追い詰めて肥溜めにぶち込んでやる

(1999年9月にチェチェン武装勢力に関して)

  • ソ連が恋しくない者には心(心臓)が無い。ソ連に戻りたい者には脳が無い」

(2010年12月)

(2000年7月に沖縄サミットで、日本の森喜朗首相が2000円紙幣を各国首脳に配布した時に)

  • あれは沈んだ

(2000年9月にロシアの原子力潜水艦であるクルスクが沈没し、118人の乗員が死亡した事件について)

(2001年5月)

(2002年11月に「チェチェン住民を抹殺しようというのか。」というフランスの記者の質問に対して)

  • 地球温暖化のおかげで)毛皮のコートを買う金も節約できる

(2003年9月に気候変動会議の開幕式で)

  • 国歌演奏中は行儀良くするように。歌詞を知らないなら、せめてガムを噛むなと選手に伝えて欲しい」

(2004年6月にサッカー欧州選手権・ロシア対スペイン戦が始まる前の国歌斉唱で)

  • 謝罪は1回すれば十分だ

(2005年5月に第2次世界大戦の際にソ連とドイツが密約を交わし、ソ連がバルト3国を併合する事を取り決めた事に対して)

(2005年5月にかつてソ連がバルト3国を支配した批判に対して)

  • 「可愛くてついやってしまった」

(2006年7月にクレムリン宮殿の中庭で少年のシャツをめくって腹にキスするというスキャンダルを起こし、後にこう釈明した。)

  • 「ロシアは常に民主主義について教わる側だが、教える側は何故か自ら学ぼうとしない」
  • 「(アメリカの一極集中世界では)凶悪犯罪者に対してすら死刑を行使しない国が合法的とは言い難い武力行使に参加し、何百何千という人が犠牲となっている」
  • 「ロシアは千年以上の歴史を持つ国だ。そのうちの殆どの間、我々は独立した外交政策を追求する権利を有してきたし、これからもその伝統を変えるつもりは無い。」

(2007年2月にミュンヘン安全保障会議にて。西側諸国の国際安全保障についての姿勢に不満を顕にした。)

  • 中世のように汚職する公務員手を切り落としてしまえばいい

(2008年3月にロシア国内で汚職が横行している事に関して)

  • 医者を送り込んで始末しなければならない

(2008年7月にロシアの石炭大手企業であるメチェル社によるダンピングと脱税疑惑に関して)

  • 睾丸を縛ってつるし上げてやる

(2008年8月に南オセチア紛争が開戦した際、グルジアのミヘイル・サアカシュヴィリ大統領へ向けて)

  • 我が国は核保有国だ

(2022年2月にロシア・ウクライナ戦争を開戦した際、各国がロシアに対する経済制裁を実施した事について)

  • ロシアの人々はクズ共と裏切り者を愛国者と常に見分ける事ができ、誤って口の中に飛び込んだ小虫のように吐き出す事が出来る

(前述の戦争に対する反戦運動に関して。)


備考・出典


関連動画

  • “Putin, Putout:Vladimir Putin performed by Klemen Slakonja”


関連タグ

統一ロシア

ショタコン

政治家 独裁者 暴君 ソ連

作者は命知らず リアルチート ベネディクト16世

プーチン☞∩(・ω・)∩ウサビッチ

ドSホイホイ:彼の政策にはドSな人たちと相性が良いとされる。

プーさん:一文字違いのためネタにされる事があるが、プーさんと言ったらこの人である。


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