ピクシブ百科事典

バラク・オバマ

ばらくおばま

 バラク・オバマとは、アメリカ合衆国の政治家である。
目次[非表示]

生年 1961年8月4日~
大統領任期(第44代) 2009年1月20日~2017年1月20日

概要

フルネームはバラク・フセイン・オバマ

第44代アメリカ合衆国大統領。同国大統領として初めて白人以外の人種から選出された大統領として注目を集めた。所属政党は民主党。歴代で最も不法移民を国外退去処分にした大統領である。→(Newsweek2017年05月11日 不法移民に厳しいのはオバマだった)

弁護士出身で、妻は弁護士時代の先輩弁護士ミシェルで、その間に2人の娘がいる。

経歴

ハワイ州生まれ。ハーバード大学ロー・スクールを卒業し、イリノイ州議会議員、上院議員(イリノイ州選出)を経て、2009年から大統領を務める。アメリカ合衆国では、黒人の大統領はオバマが初めてであり、就任時には共和党の支持者を含め、多くの黒人が感激で涙したという。ただし、オバマの父親はアフリカ出身であるため奴隷の子孫という訳では無い。

黒人の出自のほかにも、大統領としては初のハワイ州出身であること、初の1960年代生まれの大統領であること、父がイスラム教徒であること、少年時代に海外(インドネシア)で長く生活していたこと、現在のアメリカでは少数派の喫煙者であったこと(現在は禁煙)、麻薬の使用経験を告白したことなど特異な経歴が注目された。

保守派の反発で何度も頓挫していた国民皆保険制度の導入を政策として掲げ、2010年3月に法案を成立させて2014年1月より制度をスタートさせた。この制度はオバマの名を取ってオバマケアと呼ばれている。なお、この制度スタート時の予算を巡っては、制度開始の延期を求める野党共和党と折り合いがつかなかったため予算が成立せず、制度どころか政府施設が一時閉鎖されたり、アメリカ国債が債務不履行の危機に陥ったりするなど、国家全体が一時緊迫状態となった。

現職としては3人目のノーベル平和賞(受賞理由は「核兵器廃絶への取り組み」)を2009年10月に受賞した。これは、就任時の政策として世界中からの核兵器廃絶を掲げたからだと思われる。ただ、就任9ヶ月という具体的な成果がまだない状況での受賞には賛否両論が発生した。

2008年のサブプライムローン問題を起因とする経済危機に対しては、アメリカの信用回復を宣言するも中々積極的な政策をとれず、かなり苦慮を強いられた。金融規制改革に取り組み一定の成果は上げたものの、ますます悪化が進むアメリカ社会の所得格差の拡大と格差社会(貧困問題)については目立った改善をみるに至らなかった。

2014年12月27日、1961年から断交状態だったキューバラウル・カストロ国家評議会議長と国交正常化に向けた交渉を開始すると発表した。実は2013年よりカナダローマ教皇フランシスコを仲介役とした交渉を極秘裏に行っており、その目処がたったことを受けての発表だった。そして2015年7月20日、両国に約半世紀ぶりに大使館が設置され両国は正式に国交正常化を果たした。更に2016年3月20日には、アメリカ大統領としては約90年ぶりのキューバ訪問を行った。

2016年5月27日、三重県志摩市でのサミットに参加するため来日した際、アメリカ大統領として初めて広島平和記念公園を訪問した。そこでは原爆慰霊碑への献花や原爆被害者との面会、広島平和記念資料館への訪問を行い、犠牲者を悼み核廃絶を目指すスピーチも行った。立場上、原爆投下への謝罪はできず、日米両国及び諸外国で賛否両論はあったものの、歴史的な行動であった。

この広島訪問を印象づけるものの中に折り鶴がある。広島平和記念資料館を訪れた際、自ら折った四羽の折り鶴をオバマは持参していた。この内、二羽を同行していた広島の小中学生に渡し、もう二羽は直筆メッセージを書き資料館の記帳台へ置いた。この四羽の折鶴は後に資料館に寄贈され期間限定で一般展示された。また、2017年1月6日にはもう一つの被爆地である長崎市にも折り鶴二羽を送っている。

語録

  • Yes we can.

訳は「私達はできる。」。大統領に初当選する2008年の大統領選でスローガンのように使われ、スピーチでも多用されたオバマの代名詞的なフレーズである。2017年1月に行われた現役最後のスピーチでは、これをもじって「Yes we did.(私達はやった。)」と発言し大喝采を浴びた。

  • Change
訳は「変革」。「Yes we can.」と共に2008年の大統領選で多用された言葉で、こちらもオバマを象徴するフレーズの一つとなっている。

  • death fell from the sky and the world was changed.
訳は「空から死が降ってきて、世界は変わった。」。現職アメリカ大統領初の広島訪問時に行われたスピーチの一文である。原爆投下はアメリカで戦争終結のきっかけという肯定的な事象であるため、現職大統領のオバマは直接的な謝罪ができなかった。この文学的な表現は、そんな状況下で原爆投下の惨劇をいかに言い表すかを思案した結果のオバマ流の表現である。




関連タグ

アメリカ アメリカ合衆国 アメリカ合衆国大統領 オバマ オバマ大統領 obama オバマさん 黒人 政治家 大統領 シカゴ

小浜市(福井県) ノッチ(デンジャラス) チャベス・オバマ(レスリングシリーズ)

関連記事

親記事

アメリカ合衆国大統領 あめりかがっしゅうこくだいとうりょう

子記事

兄弟記事

pixivに投稿された作品 pixivで「バラク・オバマ」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 87593

コメント