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ムッソリーニ

むっそりーに

イタリアの政治家、思想家、独裁者。
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イタリアの姓の一つ。
ほとんどの場合、同国の政治家独裁者ベニート・ムッソリーニのことである。

経歴

鍛冶屋の父と教員の母の間に生まれ、師範学校を卒業して暫くは教員をしていたがやがてスイスに移住して職を転々とし、その間に政治思想を深めて行き、労働運動に参加。やがて帰国して徴兵から復員後、教師に復職し並行して政治機関紙の活動から政治活動を始めていく。
若き日はレーニンとも親交を深め、イタリアを代表する共産主義者として知られた。第一次世界大戦を機に愛国主義に傾倒し、社会主義とナショナリズムを混ぜ合わせた独自の思想「ファシズム」を提唱。ファシズムを奉じるファシスト党を率い、1922年のローマ進軍で政権を奪取。1943年までイタリア王国首相・国家統領(ドゥーチェ)として同国を独裁的に支配した。ファシストの政権獲得の手法は、ドイツのアドルフ・ヒトラーが大いに参考にした。

ファシスト・イタリアはマフィアを徹底的に取り締まり、失業者の溢れる農業国だったイタリアは目覚ましい工業化を遂げた。このため、ムッソリーニの経済政策はイギリスのチャーチルなどの人々からも称賛された。

だが、世界恐慌の影響で失業者が再び急増し、財政的にも行き詰まったため、ムッソリーニは事態打開のため軍事力による対外進出を試みる。ナチス・ドイツおよび大日本帝国と日独伊三国同盟を結び、枢軸国として第二次世界大戦に参戦したが、敗色濃厚となった1943年に解任・逮捕される。のちドイツの後ろ盾の元に亡命政権をイタリア北部に設けたが1945年に敗北とともに処刑された。

人物

ムッソリーニは同時代においてかなりの教養人であり、語学にも堪能、スポーツ万能で多くの女性と浮き名を流した。教員資格を持っていて、小学校教師を務めてもいた。好きな本の乱読で偏った知識を得、スポーツをせず、女性に奥手だったヒトラーとは対照的である。


また、現在も同国内では一定の支持あるいは評価をする層がある点は、ヒトラー政権とは大きく異なっている。なお、孫娘で元女優のアレクサンドラ・ムッソリーニは現在イタリア下院議員・欧州議会議員であるが、祖父譲りの強硬な政治思想を持ち、「ホモやオカマよりもファシストになる方がよい」という同性愛へのヘイトスピーチなどで問題視されたことがある。

関連タグ

ファシズム 全体主義 イタリア王国
ムッチリーニ・ベニス:『大帝国』に登場するムッソリーニが元ネタの女性キャラ。
ムッツリーニ:『バカとテストと召喚獣』の登場人物、土屋康太のあだ名。

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