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ロシア革命

ろしあかくめい

1917年から1922年に断続して起こったロシア帝国の滅亡と世界史に例の見ない労働者による世界政府的政権(ソビエト連邦)の結成を起こした暴力革命。具体的にはロシア帝国を『総同盟罷業(ゼネラルストライキ)』によって『停止』させ、ソビエト連邦によって『再稼動』させた。
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  • ショタスコビッチ『交響曲第五番(革命)』

概要

 1917年から1922年に断続して起こったロシア帝国の滅亡と世界史に例の見ない労働者による世界政府的政権(ソビエト連邦)※2の結成を起こした暴力革命。ロシア帝国を『総同盟罷業(ゼネラルストライキ)』によって『停止』させ、ソビエト連邦によって『再稼動』させた。

そもそもロシア帝国は、1861年のアレクサンドル2世による農奴解放令以来、フランスなどの外国資本を導入しながら急速な近代化を進め、日露戦争直前頃には年6~8%の高い成長率を誇っていた。地方においても、『ゼムストヴォ』と呼ばれる地方自治機関が設置され、農村部の教育や公衆衛生の向上を行っていた。
しかしその著しい発展の反動もあり、政治は混迷の様相を呈していた。従来ロシア帝国ではツァーリが絶対的な権力を有するも、その広大な領土のために全国を網羅することはできなかった(逆に言えば地方の反乱程度でツァーリの権力は揺るがなかった)。第一次ロシア革命でドゥーマ(国会)が設置されると、知的エリートから構成される政党は政治の急進的改革を求めた。一方ストルイピンなど保守の高級官僚は急激な改革を嫌い、ツァーリ専制を志向する宮廷も改革に反対した。こうした左派・右派の対立が更なる両者の対立を生み、左右の両極化によって政治が停滞した。

それでもツァーリの威光に基づいた政府は1905年の革命後も権威を保ち続けていたが、ついにその体制を撃ち壊す大事件が起こった。1914年、オーストリアとセルビアの間で勃発した戦争は、オーストリア側に同じドイツ国家であるドイツ帝国が参戦したことを受けて、スラブ主義の擁護者たるロシア帝国がセルビア側に参戦するに至り、人類初の世界戦争へ発展した。
意外なことに思われるかもしれないが、ロシア帝国では日露戦争後もインフラの拡充が行われており、総動員は比較的成功していた(そもそも当時最先進のイギリスや遅れて参戦したアメリカでさえ総動員は泥縄的対処だった)。しかし終わることの無い大量の動員を前に、地方の物資徴発を担当していたゼムストヴォは財政危機に陥り自衛策として食料を溜め込んだ結果、都市部で食糧危機が起こった。また人員の動員も効率よく進んだため都市部からも農村部からも青年が消え、各地で労力不足を招いた(この事情は英仏も同様である)。これにより特に都市部の市民の不満が高まった。

そして1917年2月、首都ペトログラードで食糧問題の解決を求める主婦達が起こしたデモに労働者達が合流して全市を巻き込む大騒動に発展した。元々労働者に同情的であり厭戦気分が蔓延していた軍や警察もデモの鎮圧を次第に拒否するようになり、抗命や逃亡が続出した。この結果騒乱はモスクワなど他の都市にも飛び火し、革命の火は全国へ広がっていった。皮肉な話ではあるが、総動員が上手くいったが故に社会の不満が噴出し、総力戦の「試練」に耐え切れなくなった帝国は革命を受け容れる他なかったのである。

1917年にロシア帝国およびロシア皇帝を打倒して臨時政府(ロシア共和国)が成立するとロシア国内には臨時政府と労働者・農民・兵士からなる評議会(ソビエト)の二重権力状態に陥った。内部対立を経てソビエトの主流である社会革命党のケレンスキーを新たに首班とし、二重権力を解消した臨時政府は戦争継続を表明したものの、攻勢に失敗し、その後のクーデター未遂事件も相俟って急速に支持を失っていった。一方ボリシェヴィキは革命当初、臨時政府・ソビエトのどちらでも少数派であったが、暴力革命を目指してソビエト内での勢力を徐々に伸ばしていった。
ついに10月にはボリシェビキ率いる中央ソビエトが武装蜂起を起こし、ペトログラードの臨時政府を倒した。それでも翌月の憲法制定議会の選挙では社会革命党が第一党となり、ボリシェビキは議会主流派となることができなかった。

ボリシェビキとソビエトの暴力は収まらず、議会制を否定しボリシェビキ独裁の『完全に別の国を建てる』※1ことを決め、ロシア共和国とロシア全土に戦争を引き起こし、最終的には労働者政権に反対する大英帝国・ドイツ帝国・アメリカ合衆国・大日本帝国が軍事的遠征を行ったが、1922年までにソビエト革命政府とボリシェビキがすべての敵対勢力を完全に駆逐した。この戦いは歴史上に残るおぞましい戦いとされる。※3これを気に、当時の国際社会もソビエト革命政府・ロシア共産党勢力の暴力的脅威を思い知り受け入れざるを得なくなった。その後ソビエト革命政府は1922年に史上初の共産主義国家であるソビエト連邦ソ連)を誕生させた。

【補足1】

  • ※1 この時から1990年あたりまで、『ロシア人・ロシア国家』というものは存在していない。『ロシア』を関したソビエト共和国は存在するが、根本的な意識は『共産主義のソ連人』のようだ、端的にソビエト=ロシアという関係ではない感じだ。
  • ※2 ソビエト連邦は設定では版図は世界を覆うまで拡張する機構であり、ロシア帝国の版図内で終わる国ではないとされていたが、結局。拡張はスターリンの時代で停止していた。
  • ※3 結局ソビエト連邦という国は、戦争や死ぬことがない世界をもくろんでいた割りに、体制に逆らう人々を八つ裂にし。崩壊するまでに国内の半分の人々に死ぬような目にあわせた感じがする。


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