「さあ、ブライスロードをやり直そう」
「この俺は欧州全土にカバラを広め、魔術の洋の東西を切り分け、たかだか身内の粛清に『蝿の王(ベルゼビュート)』まで持ち出したクソ野郎だぞ?」
人物
初出:第2巻もしくは新約12巻、登場は新約18巻
スコットランド風の軍服(キルト)に分厚い魔女風外套を羽織り、古ぼけたとんがり魔女帽子とマフラーを付けた、髭の生えた渋いおっさん。妻のミナに「配色がガチャガチャしていて見ているだけで目が疲れます」と言われるほど全体的にカラフル。
彼もまた魔術業界に絶大な影響を与え、後世に名を残した偉大な魔術師である。
『ヴェールを脱いだカバラ』『術士アブラメリンの聖なる魔術の書』『ソロモンの大いなる鍵』などの魔道書の原典を一般人でも読めるように翻訳し、欧州全域にカバラ神秘思想を広めている(他にもフランス軍用書も翻訳したとか)。
スコットランドに子供のような憧れを抱き、ハイランダーの末裔「グランストラエ伯爵」を自称。史実通りではあるのだが、何の根拠もないものとされている(厳密には根拠は一応ある。ただし確証に至らず、周囲からはスコットランド馬鹿、自称ハイランダー様などと誇大妄想扱い)。
この事実は100年くらい後の近代西洋魔術師達にも浸透しており、現在の黄金系最大結社首領の金髪ロリはスコットランド方面、メイザースという単語を聞いて「あの趣味が丸出しになっているのか。まさかのグランストラエ伯爵かあ…」と察していた。
『黄金』の例に漏れず、良くも悪くも伝説を持つ人物だった。
だが輝かしい経歴とは正反対に俗世では基本的に「無職」で、その日の生活費の工面にも苦労し、パンの一つを買うことすら困難だったらしい。同僚の魔術師アニー=エリザベス=フレデリカ=ホーニマンが親友のミナを気遣って資金援助していたのだが、その金は彼の魔術研究や酒(あと恐らく賭事)に消費されていた。
このように、彼は魔術師としては優秀でも一皮剥けば典型的な駄目男であった。ミナは「今にしてみれば奇妙なカリスマ性を持っていた」と振り返っている。
かのアレイスター=クロウリーの師でもある。後に世界最高の魔術師と成るクロウリーを『黄金』に勧誘したのは、何を隠そうこの人。
もっとも、クロウリー本人は紆余曲折あってメイザースと袂を分かち、アラン=ベネットを絶対にして唯一の師と崇めている。
クロウリーの入団は、当時壊れかけていた『黄金』にとどめを刺してしまった。ある意味でクロウリーの存在がメイザース最大の「功罪」だったのかもしれない。
ホロス事件
リンク先も参照。史実で起こった、崩壊真っ只中の〈黄金の夜明け団〉にある意味で止めを刺した事件。メイザースがアンナ=シュプレンゲルを騙るホロス夫人という詐欺師にGD公式文書を騙し取られ、巡り巡って結社のイメージをドン底まで落とされ、メンバーの離脱が相次いでしまった。
ホロス事件を受けて第一団(ファーストオーダー)は〈暁の星〉(ステラ・マテューティナ=S・M)と名を変えた。名称については元々メイザース脱退時に団の代替名に挙がっていた名でもある。
この事件は細部まで同じ内容かはともかく禁書世界でも起きたとされる。
主な使用魔術
象徴武器
四大元素を意味する四つの象徴武器を周囲に浮かせ、
「○にして○」(例:乾にして温,寒にして湿など)
という言葉と共に四大属性魔術が放たれる。
基本にして真髄。扱う者の力量次第で世界全てを制御し得る。
火は杖、水は杯、風は剣、土は盤。爆発、大洪水、暴風、砂嵐…。
地水火風の魔術が飛び交う様は「魔術戦かくあるべし」という表現に尽きる。
その破壊力の高さは勿論、防御に用いた際には液状被覆超電磁砲も効かなかった。
メイザースに対して超常で挑むのは、「太陽に懐中電灯を向ける行為」に等しい。
元ネタは〈黄金の夜明け〉(GD)の秘儀。プラトン、ヒポクラテス、アリストテレスを経た四大元素説が採用されている。
蝿の王(ベルゼビュート)
『蝿の王(ベルゼビュート)』の性質を有効に使った召喚魔術。
水の杯と土の盤を使用した豆を辺りに撒き、その豆が黒く変色すると糸を吐いて互いに連結して対象の名前を描く。
続いて対象と大いなる負の力を持つ魔王の名前を繋ぎ合わせ、かの不浄(日本的に言うなら穢れの概念)を以て相手を内側から汚染していく。
相手を即死たらしめるのではなく、徐々に力を奪っていくえげつない魔術。
単純に攻撃魔術としての使用も可能で、アレイスター=クロウリーが使用した「マスターセリオンとベイバロンの符号を冠した魔術」を相殺、もしくは打ち勝っていた。
メイザースはこの魔術を「ブライスロードの戦い」で身内の裏切りに対する粛清のために持ち出した。ブライスロードの戦いの反乱を起こした人物に向けてベルゼブブやテュホン=セトを召喚したのである。「あれだけは喰らいたくない」と思った『黄金』の魔術師達が、誰が戦いを始めたのかと責任を追求し始め、自然に空中分解した伝説を持つ。
なお、史実でも同様の行動を取った事をクロウリーが直に確認している(というかクロウリーの手記によるので風評被害の可能性もある)。更に言うと事実としてベルゼビュートを使用したと言えるのはクロウリーだけだったり…。
四大天使
忌み嫌う聖書を手に取ったクロウリーに対応する為、敢えての同系魔術を使った。その内の一つが剣を持つ者、百合の花を携える者、冒険者を守護する者、地獄の門を守る者といった四種大天使の召喚である。
単体で世界を終わらせる力を持つ高次生命体。かつてその内の一体が不完全な状態で召喚されただけでも絶望的な状況だったが、それを四体も即興かつ超高純度で召喚する点で彼の技術・実力の高さが伺える。
【元ネタ解説】魔術師メイザース
元ネタである〈黄金の夜明け団〉(以下GD)の3人の創始者の1人。
近代西洋でも屈指の神秘主義者サミュエル・リデル・マグレガー・メイザース。現実の魔術本だとリドルともマクレガーともマザ(サ)ースとも表記され、もしかするとメイザースと表記した本は意外にも少ないかもしれない。
彼はフリーメイソン、イギリス薔薇十字会に名を連ね、俗世だと翻訳家でもあった。
そんな彼はウィリアム・ウィン・ウェストコットと共に神秘主義者アンナ・キングスフォードの講義を受講し、キングスフォードに影響を受ける。
その後、ウェストコットやウィリアム・ロバート・ウッドマンと共にドイツ薔薇十字系から派生したという名目でGD団を創設している。
神秘主義者としての彼は東洋系の要素を嫌い、アブラメリンやエノクといった西洋の体系を好んだという(そもそもアブラメリンの書を翻訳して現代に広めたのがメイザース)。
フリーメイソンのような女性に制限がある男性優位社会とも違い、彼自身は男女平等主義者だったとか。そのためかGD団には妻モイナ・メイザース(ミナ・ベルグソン)、アニー・エリザベス・フレデリカ・ホーニマン、フローレンス・ファー(本作では仮面舞踏会の君)、オスカー・ロイド夫人(コンスタンス)に代表されるように女性も居る。
ミナ
妻のモイナ・メイザース(ミナ・ベルグソン)とその親友アニー・ホーニマンとはGD団創設の直前からの知り合いであった。
ミナがGD団の初めての参入者であり、1891年には彼女と共に〈秘密の首領〉と接触。5=6儀式の畏敬を経て〈黄金の夜明け団〉の第2団RRetACこと〈ルビーの薔薇と金の十字架〉の改革に着手している。この位階の改革が結果的に団を狂わせる事になっている。
1892年、それに関連してパリに移住している。ミナは秘密の首領に命じられたと言ってるが真相は不明だ。
エドワード・ベリッジとホーニマンがハリスキャンペーンで対立した際、ベリッジに肩入れしてホーニマンを追放してしまった(メイザースがベリッジの師トマス・L・ハリスの思想に影響を受けたとも言われている)。
元々アニー・ホーニマンとは相性が悪く、彼女のコネで職や金を工面してやったのに全て棒に振っている。全てである。ホーニマンはミナとメイザースのために金の援助をしていたのだ。当然、ホーニマンの援助も打ち切りとなって金銭難に陥っている。
可哀想なのは無二の親友と夫の間に挟まれた妻ミナもだ。
ホーニマンの親友だったミナをダシに使って金の無心をしたり、それを恥じる事無くホーニマンに上から目線で命令するなど、人としてどうなのかと思うエピソードもある…。
※ホーニマンは純粋にミナを心配していたらしい。ミナとホーニマンは退団後にも旧交を温めたエピソードが存在する。禁書作中でホーニマンがメイザースだけを貶めてミナを第一に考えてたのも、恐らくはこれが根底にあるのだろう。百合的な人ではなかったはずだ…多分。
ブライスロードの戦い~一つの時代の終焉
ウェストコットが検死職との兼ね合いで退団に追い込まれた際(メイザースが仕組んだと言う説がある)、晴れて団を支配下に置くことになる。
団運営も長くは続かず、愛弟子アレイスター・クロウリーの勝手な位階昇進を巡って対立が勃発。
メイザースの全面的な支持を受けたクロウリーが、ロンドンのセカンドオーダー専用室を占拠するという暴挙に出た。これが世に言う〈ブライス・ロードの戦い〉である。
結局この戦いはメイザースとクロウリーの退団処分という形で決着が付き、メイザースはミナやベリッジと共に〈アルファオメガ〉=AOを設立する。
※メイザースの置き土産と言うべきか、GD団にはさらなる苦難が待ち構えていた。一部ではメイザースの呪いと茶化されることも。
AO設立後は悲惨なエピソードばかりが強調されている。第一にクロウリーとの仲違いから始まった、〈銀の星〉の機関誌「春秋分点」の内容がGD系(AO)の密儀にあたると裁判所に訴えた件だが、これは却下されてしまう。
次がジョージ・セシル・ジョーンズの名誉を巡るルッキング・グラスの裁判。ここで自称グランストラエ伯爵として法廷での道化、笑いものに…。
※ちなみにこの裁判、ジョーンズをはじめとする黄金の夜明け団、銀の星団などの魔術結社が絡んでいるだけに、一般人は魔術的用語が飛び交って理解できなかったんだとか。
1918年、妻のミナを残してインフルエンザで死亡した。
メイザースの死の前後から1920年代後半にかけて、GD団の中核的役割を果たした他の人物も次々と死亡している。フローレンス・ファー、ブロディ・イネス、エドワード・ベリッジ、アラン・ベネット、ウェストコット、そしてミナも。
一方で彼が共同創設したミナのAOではダイアン・フォーチュンという新たな傑物が現れ、魔術の復古で重要な役割を果たした。メイザースの死は一時代の終焉と新時代の始まりの象徴を告げるサインだったのかもしれない。
作中の活躍 ※以下ネタバレ注意
第2巻の「黄金夜明の創始者」は彼の事だと思われる。
新約12巻では名前だけ登場。魔術業界でも屈指の人物だったらしい。
新約18巻、ミナ=メイザースと上条当麻の過去幻視シーンで本人が登場。『黄金夜明』の創始者であるメイザースの人となりが描かれた。「ブライスロードの戦い」の終局、反旗を翻したアレイスター=クロウリーに敗北する。後に「死亡」扱いされているが、この時点の情報では生死不明。
新約20巻終章、あとがき後のストーリーで『黄金夜明』の他のメンバーと再登場。クロウリーにブライスロードの戦いを宣言する。
新約21巻で復活したメイザースの正体が、かつて自身が召喚した大悪魔コロンゾンによって、防衛装置としてタロットカードで再現された存在と判明。
再現されたメイザース達は、作中ではクロウリー達と戦闘しつつ「コロンゾンの支配から脱する」為に動いていた。
最終的に自身の深層を見つめ直し魔術嫌いを乗り越えたクロウリーと対峙。互いに「世界」を滅亡に追い込める程の力を繰り広げる。
近代西洋魔術を作った者と近代西洋魔術のスタンダードになれなかった者。誰よりも欲した家族を失った者と家族を手にしながら先立った者。両者の戦いの末にクロウリーに地脈・龍脈からの供給を断ち切られ、メイザースという設定を付与された存在は消滅した。
結局、この時代の彼はメイザースという人物のロールプレイに過ぎない。
しかしクロウリーに「愛する者の名前」を聞かれた彼は「ミナ=メイザース。それが何か?」と即座に答えている。
そしてメイザースの消滅の間際(直後?)、同じように再現された妻は何かを感じ取り、
一言、「あな、た…?」と呟いた。
例えそれが設定上の関係だとしても親愛の情は確かに存在したのだろう。