金田一耕助最後の事件。金田一耕助シリーズ中、解決までに最も時間を必要とした事件である。
あらすじ
第一部
明治36年、陸軍軍医である法眼鉄馬とその正妻である朝子との間には子がいなかった。そこで、鉄馬は愛人との間の子の琢磨を養子に迎えたいと言い出した。それに対して朝子の弟であり鉄馬の妹・千鶴の夫である五十嵐猛蔵は猛反対すると思われたが、一つの意外な条件と引き換えに養子縁組を認める。それは千鶴の前夫との間の娘の弥生を琢磨と結婚させるというものだった。
その後、鉄馬は軍医総監を目前にして退役、港区高輪のとある坂道に法眼病院を開業し、その隣に邸宅を構える。やがて法眼病院は名医として知られた琢磨と経営者の才に長けた弥生の二人三脚によって都内屈指の大病院へと成長し、その坂道は病院坂と呼ばれるようになった。
時は流れて昭和22年、空襲によって廃屋となった病院坂の法眼邸で首を吊った女性の腐乱死体が発見された。身元確認の結果、その女性は法眼琢磨の愛人である山内冬だと判明する。
さらに時は流れて昭和28年、本條写真館の息子本條直吉は若い女性から結婚写真の撮影を依頼されるが、彼女に案内された場所こそ病院坂の首縊りの家と呼ばれるようになった旧法眼邸であった。不思議に思った直吉は金田一耕助に撮影を依頼した夫婦の身元調査を依頼する。
金田一の調査によって新郎は山内冬の義理の息子である敏男である事、山内冬には他に法眼琢磨との間に小雪という娘がいる事、小雪は法眼弥生の孫娘である法眼由香利と瓜二つである事、そして由香利は現在行方不明である事が判明する。
一方、直吉は写真撮影を依頼した女性から「風鈴を撮影してほしいから、もう一度病院坂の法眼邸に来てくれ」と言われる。父徳兵衛、父の弟子兵頭房太郎と共に病院坂の首縊りの家に向かった直吉が見た物は風鈴に見立てて吊された山内敏男の生首であった。
第二部
後に生首風鈴事件と呼ばれたその事件は迷宮入りとなったまま20年が経過した。事件発生の直前に発見された法眼由香利は五十嵐猛蔵の曾孫の滋と結婚して法眼病院を継いでいた。
昭和48年、金田一耕助は本條直吉から再び依頼を受ける。それは直吉が何者かに命を狙われているという事、その原因が徳兵衛から「自分が死んだら法眼家に返却するように」と託された函にあるらしい事を告げた上で、あなたに依頼する事が何を意味しているのか分かっている、だから自分が殺されたら函を開けて真実を明らかにしてほしい、というものだった。
数日後、金田一の努力も空しく直吉は転落死を遂げる。そして、これを皮切りに事件は凄惨な連続殺人事件と変貌する。金田一は20年前の事件に関する重大な証拠を持って法眼気を訪れる一方、直吉殺しに始まった連続殺人事件の容疑者として由香利の一人息子法眼鉄也が浮上する。
やがて全てが終わった後、金田一は友人である小説家にいくつかの事件の資料を託すと青春時代を過ごしたロサンゼルスへと旅立ち、そこで消息を絶った。
登場人物
金田一耕助
等々力大志
法眼家
法眼鉄馬(法眼病院の創業者)
法眼琢磨(法眼鉄馬の養子、弥生の夫)
法眼弥生(法眼鉄馬の姪)
法眼由香利(法眼弥生の孫娘)
法眼鉄也(由香利の一人息子)
五十嵐家
五十嵐猛蔵(政商、法眼鉄馬の義弟)
五十嵐滋/法眼滋(五十嵐猛蔵の曾孫、第二部では由香利の夫)
本條写真館(高輪で3代続く老舗写真館)
本條徳兵衛(本條写真館の3代目)
本條直吉(徳兵衛の息子、第二部では4代目を継いでいる)
本條徳彦(直吉の息子、法眼鉄也とは親友)
兵頭房太郎(徳兵衛の弟子、第二部では独立して赤坂にスタジオを持っている)
アングリー・パイレーツ(山内兄妹を中心に結成されたジャズコンボ)
山内小雪(ボーカル、山内冬と法眼琢磨との間に産まれた娘)
山内敏男(トランペット、小雪の血の繋がらない兄)
佐川哲也(ドラム、敏男の死後にリーダーを引き継ぐ)
秋山風太郎(ピアノ、山内兄妹の本当の関係を知っている唯一のメンバー)
吉沢平吉(ギター)
原田雅美(テナーサックス)
加藤謙三(メンバー見習い)
映像化
文庫で2冊という大長編のため、原作をそのまま映像化する事は不可能と言われている。石坂浩二の映画版では第一部の事件の直後に第二部の事件が発生する形をとっている。また、古谷一行の2時間ドラマ版では、このシリーズ特有の大幅なアレンジが加えられている。
余談
文庫にして2冊もの大長編になった事に対して、横溝正史は「どうやら自分は年を取ると話がくどくなるタイプらしい」と語っている。
二部構成のうち、第一部は作者急病のため不本意に終わった短編作「病院横町の首縊りの家」を改変したものである。この作品は当初短編として執筆する予定であったが、プロットが膨大に膨れ上がってしまった事で長編に切り替えてもらった所で横溝は急病で執筆が不可能になってしまう。そこで、編集者は大坪砂男(虚淵玄の祖父)に代筆を依頼したのだが大坪は横溝と不仲なうえ、遅筆で有名であった事から実現しなかった。結局、「病院横町」は岡田鯱彦と岡村雄輔によって2通りの結末が書かれているが、どちらもツッコミどころ満載な仕上がりになっている。なお、大坪砂男は後に「病院横町」のプロットを基にした作品「ある夢見術師の話」を執筆して横溝及び代筆を依頼した編集者に対して筋を通している。