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三中元克

さんなかもとかつ

大阪府出身のお笑い芸人(?)。元めちゃイケメンバー
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概要

1990年7月24日生まれ、大阪府出身。愛称は「三ちゃん」。

ナインティナイン岡村隆史に憧れ、フジテレビ系列のバラエティー番組「めちゃ²イケてるッ!」において、2010年に番組の中心人物であった岡村隆史が精神疾患により入院無期限休業となったことで、開催された「『めちゃイケ』新メンバーオーディション」で一般人枠から唯一選出された。
この事について加藤浩次矢部浩之は「凄い事だと思う」「オカムランドリームですよ」とコメントしていた。

「岡村オファーがきましたシリーズ」で岡村が着用しているオファージャージを模して自ら作った青いジャージを着用しており、めちゃイケサービスエリア出向前に没収されるまでは、本物とそっくりな出来のものを着用していたが、めちゃイケ降板後は『三中』と書かれたかなり粗末な出来のものを着用している。

当初は「大の『めちゃイケ』ファンである朴訥な青年」というキャッチコピーの下、『イジられキャラ』や、めちゃイケのマスコット的存在として視聴者やめちゃイケファンから人気を得ており、特にドッキリ企画で見せる「素人ならではの純粋なリアクション」は視聴者、出演者共に大好評であり、香取慎吾は「最高ですね。やっぱりテレビってこうじゃなきゃ」と、三中のリアクションを絶賛していた。

騒動や問題行動

しかし、メンバーに加入して2、3年過ぎた頃から、岡村が「根っこの悪い部分」と評するほどの、純朴なイメージに相応しくない横様な行動、言動が番組内で少しずつ目立つようになった(詳しくは下記で記述)。見かねためちゃイケメンバーやスタッフの意向で、2013年9月から一年間、東名高速道路・足柄サービスエリアで行われた企画「『めちゃイケ』サービスエリア」の総支配人として1年間現地に出向させられるなどした。

また、2014年のFNS27時間テレビでは、番組内で行われた企画『水上相撲』にて、木村拓哉と対戦した際、素人故に加減を見誤ったことで彼に手傷を負わせる事となり、ファンを中心に批判が殺到した(加藤は前年の27時間テレビでの経験から「殺害予告が来るよ」と不吉な発言をしていた)。
この事についてはすぐその場で謝罪しており、木村も後日再び謝罪に訪れた三中に対し「君は仕事をしただけなんだから、気にしなくていい」と激励した。



そして、その年の10月から始まった新企画『みちのくプロレス修行企画』が三中の運命を大きく一変させることとなった…



みちのくプロレス企画放棄騒動


企画開始

10月某日、何も知らされないまま、岡村に連れられ、岩手県のみちのくプロレス練習所へとやってきた三中は、そこではじめて岡村とみちのくプロレス社長の新崎人生から、同団体への入団と今回のプロレス企画の趣旨を告げられ、そのまま有無を言わさず、リングデビューに向けて住み込みで修行することとなる。
三中は、最初の課題として1ヶ月後に行われる練習生テスト合格に向けて体力づくりと減量に挑戦することに。いきなりプロレス挑戦を強いられた事に戸惑いながらも、当初は先輩レスラーとの交流や日々のトレーニングを「やっぱり、今までのどこにいた環境とも違います。もちろん一緒に住む人たちも優しいですし、すごく楽しいです」と笑顔で語っており、同団体所属の人気レスラー野橋太郎(のはしたろう)も「テレビ番組がどうとかは関係なく、新人が来るのは嬉しいですね。新人を育てる事によって、団体の未来も見えてくるわけですから」と語り、運動経験がない(※1)三中を親身になって指導し可愛がっていた。

練習生テスト不合格と1度目の脱走騒動

しかし、トレーナーが付いていない自主トレーニングでは練習をサボり(※2)、結果目標体重には及ばなかった上に練習生テストでは腕立て伏せで膝を床につけるなどの不正行為を行い、腹筋に至っては1回も上げれず中止。新崎からは「プロレスラーの世界って言うのはな、子供の頃からプロレスが好きで好きで、本当に『レスラーになりたい』って人が入ってきても、10人入っても1人残るか残らないか、そういう世界なんだよ。とにかく、プロレスラーって言うのは1度諦めてくれ」と通告される。ここに来てようやく危機感が芽生えた三中は新崎に再テストを申し出、野橋とマンツーマンでトレーニングをすることに。
新崎は「1ヶ月間頑張ったけど結果を出せなかった」と言い訳した三中に「「頑張った」って自分の口で言うな。それは他人(ひと)が言うことだ。『三中、頑張ってるな』ってが言ってくれるよ、そのうち」、「番組の企画ということはわかってるが、それならそれで本気で苦しんで頑張る姿を見せて、『三中頑張ってるんだから、自分も頑張ろう』とそう視聴者に思わせることが大事なんだ」と厳しくも深い言葉を投げた。

テストの翌日から先輩レスラーの指導は厳しいものとなり、特に三中を合格させるべく付きっきりで指導していた野橋は、三中が自主トレで手を抜いたことやテスト中の態度(腹筋の最中、上げることができずマットを叩いて、悔しがっているふりをした)について「悔しいのはお前じゃないよ。(三中をテストで合格させるために指導してきた)俺たちだよ」「ぶつける悔しさがあるなら(腹筋を)一回上げろ」と叱責し、それまでとは打って変わって厳しく接するようになった。

この頃から三中は企画を嫌がるようになり、収録後スタッフからの連絡を無視して(さらに嘘までついて)勝手に飲み会に行き、食事制限で食べることを禁止されているはずの揚げ物(ちなみに注文したのはオニオンリングで、「タマネギだから大丈夫だと思った」とのこと。この時の三中の焦りようはある意味面白い)を食べようとするなど勝手な行動を取り始め、ついには自主トレをサボるようになった。
野橋らの厳しい指導の他、イベントに参加した際もプロレスラーを目当てに来たお客さんに見向きもされず、声もかけられないという足柄サービスエリアとは違う境遇に立たされた事も追い打ちとなり、不満は日増しに大きくなっていった。
そしてある日の練習終わり、野橋が帰った途端に突然泣き出し、カメラの前で人間関係の悪化や食事制限に対する不満などをぶちまけ、付き添いのADに八つ当たりした上、翌日の野橋との練習中に突如狂乱状態に陥り、野橋に直接溜まりに溜まった不満をぶちまけたり、練習所から飛び出そうとして野橋に止められるなど自暴自棄になり、どうにか撮影スタッフが仲裁に入ろうとするも、三中、野橋共に取り付く島がなく、そのまま喧嘩別れする形で三中は同日夜に練習所を出て、東京にある自宅へと帰ってしまった

三中が飛んだ(逃げた)ことは、即座に岡村をはじめとするめちゃイケレギュラーにも伝わった。岡村はスタッフから「三中が『一生懸命頑張ってるのに何で分かってくれないんですか』と言うような感覚になった」事を聞かされると、自分が過去に行ってきたオファーシリーズの企画で挑戦したボクシングの練習を引き合いに出して語り、苦言を呈するが、その一方で「分からん時ってあるんですよね。これが、今やってる事が『何でこんな事せなあかんねん』って言う、その先(のゴール)が見えてないから…」とも語り、矢部も「(三中には)たぶん、味方がいないんですよね。凄く孤独やと思うんです。やっぱ、一人でいたら全然違うでしょうし。味方に誰がふさわしいかは、ちょっと分かんないんですけど…」と多少の理解は示していた。

企画再挑戦、そして再テスト合格

岡村以外のレギュラーメンバーも、それぞれ「頑張れなかったかぁ!(加藤)」「やっぱりって感じだな(光浦)」と呆れたり驚いたりする意見が多く、特に濱口優は「彼が芸人やったと考えて、企画を途中で逃げ出したってことは、これ芸人としても失格やと思うんですよ」「僕らもいつそういうもの(体を張る企画に)に自分も行かされるかも分からんし…そうなった時に考えて、芸人としてもタレントとしても失格ですよね」と意外にも一番厳しい意見を出していた。

その中、個人的に仲が良かったジャルジャルが先頭に立って三中を説得。
三中も最初は人間関係の悪化を前面に出しながら、「(プロレスは)芸人としての仕事じゃない」「ずっと(プロレスをしないといけない)じゃないですか」と泣き言を垂れるも、「『人間関係』とか言うてるけど、しんどいんやろ、ただ単に? そんな単純な事でやめるんか?」「もし三ちゃんがプロレスラーになったら、めちゃめちゃ面白いで、たぶん」、「止めに来る仲間がおんねん、三中には! 『夢諦める』言うたら、誰も止めに来ぇへん!止めに来てんねん、俺ら!」と叱咤激励され、紆余曲折の末に企画をやり直す決意をする。
翌日、お台場で行われたみちのくプロレスの試合に自ら出向いて野橋や先輩レスラーとリングを設置し、試合を見学。試合後に新崎から「三中、ちょっとリングに上がるか」と呼び出され、直後に野橋から「お前こないだ、みちのくプロレスの練習がキツくて、辛くて、逃げ出したろ?」、「(プロレスは)頑張るのが当たり前の世界。お前がプロになるには、今よりももっともっと辛い事が待ってるけど、それでもプロレスラーになる覚悟が本当にあるのか?」と問い質され「はい。あります!」と返答、逃げたことを許すけじめの張り手を喰らって練習所に戻った。
体力が落ちたため、トレーニングは一からやり直しとなったが、逃げ出すことなく地道なトレーニングを続け(その変わり様は付き添いのスタッフが「顔明るくなったね」と驚くほど)、その間には、『ヨモギダ少年愚連隊』で知られていた一般人のヨモギダくんこと蓬田修士から特別にマッサージを施された上で、同じ素人としての立場からアドバイスや励ましの言葉を受けたことを経て、見事減量に成功し、メンバーらが見守る中、再テストに挑戦。最初のテストでは一回も上げれなかった腹筋や誤魔化そうとした腕立て伏せ、そして背筋を難なくクリアし、多くの入門希望者が挫折したスクワット500回では1回でもできなかったら最初からやり直しという条件を自ら提案した上で成功させ、見事に再テストに合格。
野橋や新崎らは勿論、応援に駆けつけたメンバーからも賞賛され(特に、三中を厳しく批判していた濱口は「今日の姿を見たら、オーディションの頃に『めちゃイケが大好きで、僕らと一緒に何かしたい』って言ってた頃の三中を見てるようで、あの時の三中が戻ってきた感じがして胸が熱くなった」とコメントした)、ネット上でも「三ちゃんかっこいい!」「見直した」等のコメントが上がった。

この結果にを受けて、岡村は上記の逃走騒ぎを踏まえて、「一番『めちゃイケ』のスタッフが君に重きを置いてくれてる事は分かってたのかな?新メンバーの中でも一番気にかけてもらってたって事は分かってるかな?」と問いかけた上で、「大変なんか当たり前ですよ?まだまだ甘いと思いますよ?」「そろそろもう、一般人扱いはやめさせてもらってもいいですか?素人さん扱い、させてもらわなくてもいいですか?皆と横一線で頑張ってもらってもいいですか?」「『頑張ってるフリ』・『悔しいフリ』・『泣くフリ』、そういうのやめましょう。本気でやっていきましょう、これからは」と三中を叱咤激励し、覚悟をただすためのビンタの応酬を繰り広げた末に三中を許した。

晴れて練習生になった三中は自主トレにも積極的に取り組み、練習中も力みすぎてオナラをしてしまうなど「素人らしさ」も忘れず発揮し、企画も軌道に乗り始めたかと思われた。


















しかし、事態はこれでは終わらなかった………






2度目の脱走騒動

その後はひたすらリングデビューに向けて、トレーニングと先輩レスラーのアシストの繰り返しが続く事となる。
2015年の初夏を過ぎた頃になると、その年の27時間テレビの準備のため、メンバー・スタッフの間で企画に対する関心が薄くなったことから再び不満を募らせ、やがて一向に終りが見えない企画に「めちゃイケから忘れ去られているのではないか?」と不安になっていた矢先に、自分の企画を担当する撮影班すら27時間テレビの準備などで一時的に席を外すことが多くなったため、三中は遂にフラストレーションが限界に達し、同年7月某日、再び練習所から逃げ出してしまう。

前回とは違って、今回は撮影班不在の中での脱走(本気逃げ)だったため、事を知らされたスタッフは慌てて三中を捜索し、連れ戻そうとするが、三中は「もうこの企画は続けられない」との一点張り、スタッフからの呼び出しにすら応じようとしなかった。さらにその間、東京の自宅はスタッフ達に張り込まれてる事を睨んだのか、各地のビジネスホテルや知人宅を転々とする事で、1、2週間程、完全に行方を眩ませてしまった

だが、めちゃイケメンバーも総出演(それもこの年はめちゃイケが主催者であった)する27時間テレビの放送を目前に控え、レギュラーの一人である三中だけ欠席させるわけにはいかなかった制作スタッフは、27時間テレビの準備と並行する形で、三中の捜索と説得を重ねて、そしてどうにか連絡を取り付けて、帰京させ、ひとまず27時間テレビ本番には何事もなかったかのように出演させた。

スタッフによる説得は27時間テレビ中も続いたというが、尚も三中は考え直す事はなく、ついには27時間テレビが終わって間もなく、三中は『疲れから来た急病』と嘘をつくと、大阪の実家に『療養の為の帰省』という形で逃げ込んでしまいその後の番組の収録にすら顔を出さなくなってしまう

無断でお笑いコンビ結成、そして企画中止…

大阪へ帰省中。このまま逃げていても、いずれまたみちのくプロレスへ連れ戻されてやりたくもない企画を嫌々やらされ続けると考えた三中は、それを阻止する為の打開策として、以前からの夢であったという「プロのお笑い芸人になる」事を決意。
番組の許可を得ずに高校時代の同級生で、タレント活動を行っていた臼杵寛を誘って、お笑いコンビ『ワンハンドレッド』(※3)を結成し、更に様々な芸能・タレント事務所(スタッフが把握できたものだけで計6社)に履歴書を送ったり、オーディションや企業説明会に参加したりするなどの勝手な行動をとりはじめる。

この事は、不審に思った各事務所からフジテレビに事実確認(※4)の連絡がきた事で、すぐに番組スタッフ、そして新崎らみちのくプロレス関係者の耳に入る事となった。
それまでの自分たちの恩情を仇で返したも同然な三中の独断行為に、流石の新崎らも呆れ果て、特に企画当初から最初の脱走騒動を挟んで、ずっとマンツーマンで三中を指導してきた野橋に至っては、「(一回目の脱走騒動の時に)「もう一度プロレスやる覚悟がある」と言ったから、俺は三中を信じてチャンスを与えたんだ。なのに…あの言葉も全部嘘だったのか…」ともう怒る気力さえも失ってしまう程に愛想を尽かし、めちゃイケ側に対して指導役から降りたいと申し出、さらに「仮に三中が練習所に戻ってきても、俺はもう金輪際、アイツには何も教えるつもりは無い」と強固な態度で破門を宣告するなど、事態は完全に泥沼状態となってしまう。

これに焦った(当時)番組プロデューサーのカガリPガリタさん)こと明松功は三中を呼び出し、件の独断行動について真偽を確認した上で、みちのくプロレス側がこの件で三中を完全に見放しかけている事を伝えると、「今から(練習所に)戻って謝れば、新崎さんも野橋さんも許してくれるかもしれない」、「僕らも一緒に謝ってあげるから」と説得を試みるが、三中は『ここで新崎や野橋に謝る=またプロレス企画をやらされる事になる』と、断固拒否してしまう。
そんな三中に対し、カガリP達は尚も声を荒げたりせず穏やかな口調を保ちながらも、「このまま『企画放棄』という形で終わったら、岡村さんや(めちゃイケメンバーの)皆からそっぽ向かれる事は確実」、「今後、番組や(フジテレビの)局の中で、三ちゃんの立場がなくなっちゃうかもしれない」と、その後の三中の行く末を示唆させる警告(※5)をするが、それでも三中は首を縦に振ろうとせず、ついには「もし僕らよりも偉い人から「(嫌)でもやれ」って言われたら、どうする?」という問いかけに「偉い人に言われても、(プロレス企画を辞めて芸人になるって)言うと思います…いや言います!」と答え、有ろうことかカガリPよりも『偉い人』(=フジの上層部や番組スポンサー)に喧嘩を売ることも辞さない覚悟でいると断言する始末で、これにはカガリP達も説得できる余地はないと諦め、話し合いは最終的に決裂してしまう。

結局、7月の再脱走以降プロレス企画は2度と再開されることはなく、2015年9月16日。正式に中止が発表され(ちなみにそれを報告する際、ものすごく嬉しそうだった)、それに伴い三中はみちのくプロレスを退団した。

もう一度言うが、見事リングデビューして企画が終了したのではなく、三中自身の身勝手極まりない行動を受け、みちのくプロレス(※6)・めちゃイケ制作陣の双方共に「このまま企画を続けても、三中がリングデビューできる見込みはない」と匙を投げてしまった事による打ち切りである。


その後、この一件はフジテレビ上層部にも知れ渡り、「番組の企画を勝手な理由で放棄した上、番組側に無断で外部の芸能事務所に所属しようとしていた」とあって、役員会議の議題に取り上げられる程の大問題(※7)となってしまう。
先述したようにカガリPよりも偉い人間と喧嘩になっても構わないと豪語していた三中だったが、皮肉にも本当にカガリPよりも上の人間=経営陣やスポンサーを怒らせることになってしまった


※1………高校時代は柔道部に所属していたとのことだが、柔軟のやり方などは素人と大差はなく、殆ど運動未経験者に近い。

※2………『腕立て伏せで腕を下まで下げられない』、『腹筋で脚を持って体を起こしてしまう』など。更にその場に居合わせた同年代のスタッフからそれを指摘され注意されても、しらばっくれたり、笑って誤魔化したり、果ては逆ギレするなどして聞き入ろうとはしなかった。

※3………「憧れのナインティナインを一つ越えられるように」との意味を込めたとのこと。その後『サンプライズ』に改名し、後述の再オーディション後に出川哲朗の助言で『dボタン』に改名した(後述)。ちなみに、審査員からコンビ名の由来を聞かれた際には「100って意味です」と答えた。

※4………オーディションに参加した各芸能事務所の関係者には、ディレクターの名前を出して「許可はもう頂いてます」、「めちゃイケ側の企画の一環です」等と嘘の説明をしていた

※5………後述の経緯にもある通り、カガリPのこの警告はすべて現実となった

※6………この騒動以降、みちのくプロレスでは入門志願者の審査、訓練生の指導中の動向監視共にさらに厳しくなったという。

※7………当時、三中は、特定のタレント事務所に所属していなかったものの、一応はフジテレビの傘下に置かれた『フジテレビの準社員兼専属タレント』であり、そんな立場にもかかわらず他の芸能事務所に所属しようとする行為は、事実上の二重契約であり、三中がそのことを知っていたかは不明だが完全な規約違反だった。

再オーディション、そしてめちゃイケ降板


めちゃイケレギュラーからの猛反発

プロレス企画が完全に中止になった事を知らされためちゃイケレギュラーは、一度ならず二度までも企画を投げ出したばかりか、企画そのものを潰してしまったという前代未聞な結果を招いた三中の無責任さ、奔放ぶりに驚愕、幻滅する。

古参レギュラーらは「ほんと、根性無さ過ぎだろ。アイツ」、「一回逃げてるから、また逃げると思ってた」、「何回、周りに迷惑かけたら気が済むんだよ…」などと以前の脱走騒動の時以上に呆れたり、怒りを露わにする一方、「でも、三ちゃんの人生だから三ちゃんのやりたいようにやらせていいと思う」、「そんなに芸人になりたいなら、芸能界の厳しさを味わってもらおう」とコメントをしながらも、「芸能界はプロレス企画とは比べ物にならないくらい厳しい。果たして三中はやっていけるのか?」、「そもそも、与えられた企画さえも簡単に放り出す様な奴に、(お笑いの)仕事(のオファー)なんかくるのか?」と言う疑問も飛び出し、岡村は「ネタを作りながらバイトして、それでも何年も日の目を見ない芸人さんはたくさんおるわけです」と、プロの芸人の中でもテレビに出て活躍しているのは一握りの芸人だけであり、さらに売れてる芸人すらデビューしてから有名になるまで下積みを積み、文字通り笑いの為に身を粉にしてきた経験があることを前置きし、「我々もこうして(レギュラー番組を持たせてもらって)やらせてもらってますけど、アイツ(三中)は運良くめちゃイケメンバーに選ばれて…そこで頑張れなかった人がお笑いをやると言っています!」と皮肉を投げた。

そこで岡村達はこの話について、何も知らされていない様に装い、2015年12月某日に行われたメンバー会議において三中自身の口からプロ転向の意思を聞く事で、その覚悟がどれだけ本物なのか試そうとしたが、実際にメンバー会議において三中の口から出たのは「本格的に“お笑い”がやりたいと思いまして、この度、プロ芸人に転向する事に決めました」という綺麗言で取り繕った事が見え見えな、中身のない軽々しい説明だけで、勝手な行動で番組に迷惑をかけた事への詫びはおろか、進行していた筈のプロレス企画の顛末についても、自分からは何の説明もしなかった
そんな三中の誠意のない態度は、一部メンバーを除いた古参レギュラー達の怒りや反感を買う事となる。

プロレス企画を再度放棄した理由についてレギュラー陣から追求されると、1回目の脱走の時にジャルジャルが説得に来た時と同じく、「プロレスはお笑いの仕事じゃない」と主張した上で、「27時間テレビの準備が始まったら自分の企画に対するカメラの撮影を全くしてくれなくなった」、「企画の終わりが全然見えなくて、自分がやっていることが分からなくなった」と弁解する(※8)が、それに対して岡村から「カメラが回ってる・回ってない(の話)じゃなくて、(自分に与えられた企画をちゃんと)やってる人は皆やってる」と一蹴され、「結局どっかで『これで(企画中止になっても)ええわ』みたいな感じになってたんじゃないか?」と、かつて再テスト合格時に自分が説いた「素人さん気分はやめて、プロ意識を持ってやれ」という忠言も、三中の心に届いていなかった事を大いに失望された。

ちなみに三中はメンバーオーディションの際に「オファーシリーズをやってみたい」と言っていたが、岡村から「番組の企画(オファーシリーズ)としてならできてたのかな?」と聞かれると「できてなかったと思います」と答えている。

『お笑いはやりたいけどプロレスみたいに身体を張る仕事はできない』という身勝手極まりない三中の言い分に対し、岡村は「なかなかのワガママお笑いやな。(そんな自分勝手な事ばかり言ってると)仕事なくなるぞ」と皮肉を交えた苦言を呈し、それを口切りに、他のレギュラー達からも次々と三中に向けて苦言や大喝が飛び交う事になる。

高所恐怖症の加藤は岡村の「『スカイダイビング絶対嫌や』、言うから、(本当に)やらされたんやで」と言う発言から「一番嫌いなヤツをやらされたんだもん。泣いたんだから」と自分の経験を引き合いに出す形で、嫌いなことや嫌なことを笑いに変えるためにやらされるのは当たり前であると、芸人やバラエティの世界の過酷さを諭した。
また、番組スタッフが「ついこの間テレビ朝日でやってた、よゐこ2人で行ってる『無人島(生活)』とか観た?」と三中に問いかけた際に一度は「はい」と答えたにも関わらず、スタッフから「本当に観たの?」と詰問されると「…いや、観てなかったです」と訂正した事についても「何だよ! 何でそんなウソつくの?(都合悪くなると)ウソつくクセ、ほんとにやめろ!」と叱責した。


さらに光浦(※9)からは「(プロになりたいなら、自分のやることくらいは)自分で責任取りなよ? 私らはもう知らないから」(※10)と、『芸人になってから後悔しても、ここにいる全員誰も助けるつもりはない』という趣旨の半ば突き放す様な辛辣な発言を食らう。


そんな中、一番憤っていたのは岡村でも加藤でも光浦でもなく、1回目の脱走騒動の時と同様、濱口(※11)だった。
濱口は三中の今までの行動や考え方について「ナイナイの(芸人として)カッコいい部分だけをやりたいだけ」と評し、仕事を選り好みしたり、勝手な真似を繰り返す三中を「ズルい」と痛烈に批判し、「(そんな事で、お笑い芸人になろうとしたって)ムリだよ」と断言すると、「逃げた仕事は、また(オファーが)来るよ」と半ば脅しの様に言い放った。
さらには、「(プロレスから)逃げてお笑い(芸人になるつもり)なんか? それやったら 『(芸人を)舐めんなよ!』って話になるで。全員牙向くよ」と今までテレビでは見せた事がなかった程の怒りを顕にしながら、一際芸人転向に対して反対の意志を示し、他のレギュラー達から冗談交じりながらも心配される程であった。

そんな濱口に便乗する様に、鈴木紗理奈も「今めちゃイケでやってる事はお笑いじゃないの?(※8)」と三中の言い分に疑問をぶつけた上で、「(プロとして芸能界で生きていくことの厳しさや辛さを三中は)分かってない気がする。ホンマに分かってたら『今のこの(『素人』の肩書で番組に出演させてもらえる)環境を捨ててまで芸人さんになろう』って、私やったら思わない」とタレントとしての観点から三中のプロ意識のない言動や考え方を批判した。

次々に否定的なコメントを投げかけられる三中に、ジャルジャル福徳は「プロレスがしんどいから芸人になるのか、お笑いやりたいからプロレス辞めたのか、ちゃんと説明しないと」と助け舟を出し、雛形あきこも、「自分の言葉で(お笑い芸人になる事への熱意を)言った方がいいよ。『はい』とかじゃなくて」と三中にアドバイスを送るが、加藤、濱口の両名は「今の説明もなんで三ちゃんが(自分で考えないで他人から促されないと)言えないんだよ!」、「お前それでお笑い(やるなんて尚更)無理やぞ」とさらに厳しい言葉を浴びせた

また、同じく新メンバーである重盛さと美は、「三ちゃんは周りの人にイジられてこそ面白い」と前置きし、「私は三ちゃんのトークだけで笑った事は一度もない」、と芸人としての素質を疑問視し、また、以前プライベートで食事に行った時に三中が披露したというコントについても「面白くないけど(素人さんのネタだから)「すごい」って言ってきた(※12)。でもプロの芸人さんになるなら「つまらない」って言っていいよね?」、「面白くないのに自信だけはあるから心配」とある意味メンバー達の中でも一番残酷な事を言い放った

矢部浩之は「今の三ちゃんはやっぱりな、オーディションで一般の人で入ってきてるから。コンビでやってもしも事務所入ってさ、めちゃイケを続けてやってたら、良くも悪くも接し方は変わるかもね。『プロの芸人さん』って、俺ら思うから」と以後素人扱いしないとしながらも、企画放棄の一件には敢えて触れないという中立的な見解を示し、有野晋哉や重盛、福徳以外の新メンバー(敦士(※13)、たんぽぽ、ジャルジャル後藤)は深入りを避けて、事の成り行きを見守る静観の立場を通した。

その後、一度三中を帰した上で、残っためちゃイケレギュラーはこの件について改めてミーティングを行うが、会議での三中の態度を受けて、皆一様に眉を顰めており、特に濱口、紗理奈の両名は「本能が三中を避けてるんですよ」「三中がだんだん見えなくなってきてる」、「(前々から三中の事が)嫌いなんです(※14)」とはっきりと三中に対する忌避感を顕にした。ただし、これについて岡村は「そういうのが今は嫌いかも分からんけど、仲良くなっていくかも知れんで? 俺も武田真治大嫌いやったからな。三中がまた変わっていくかも分からへんし」と(しれっと武田をスケープゴートにしながらも)フォローしている。

そんな中、大久保佳代子は「まだ嫌いにはなってないです。『面白い所もあるんじゃないの?』って言う部分を見たいな」と肯定的な意見を示し、それに併せて福徳も「アイツは本当に天然な奴で、そういう一面は確かに面白いと思います」とフォローを加えた。

この一連の様子がテレビで放送されると、ネット上でも「ただ、プロレス企画から逃げる為の言い訳にしか思えないんだけど…」「(再テスト合格時に)三中を見直してた自分がバカだった…」「お笑い番組の企画を逃げた奴が、お笑い芸人になりたい? なにそれ意味わかんない「社会人や業界人としての筋も通せない奴が、プロの芸人になんてなれるわけねぇだろ!」等と三中に対する呆れや軽蔑のコメントが殺到したが、その反面、めちゃイケレギュラー(特に濱口)の三中に対する批判コメントに対しても、「見てて三中が相当追い込まれてたのが分かった。あれは逃げ出して当然」という視聴者からの反論も少なくなかった

一方、三中のプロレス企画放棄やその前後で起こした独断行為を受け、激怒していたフジテレビ経営陣やスポンサーは、めちゃイケ制作チームに対し、三中に懲罰を科すように厳命。
そこで、めちゃイケ側はこの事態を終息させると同時に、散々、出演者やスタッフを振り回し、番組の面目を潰してくれた三中に相応の“けじめ”をつけさせるべく、ある計画を立ち上げる事とした……

ダイノジ大地の涙の抗議


三中は2016年2月19日 よしもとクリエイティブ・エージェンシーに契約した上で、晴れて念願の『プロのお笑い芸人』になる事ができた。
しかし、その翌日20日に放送しためちゃイケのとあるコーナー内において、めちゃイケメンバーやゲストとして出演していたお笑い芸人達にその事が発表されると、かつて新メンバーオーディションで最終選考まで争ったダイノジ大地洋輔から「(このまま三中の好きにさせるのは)ダメだと思うよ! 本当に! (彼のお笑いに対する)気持ち、軽いでしょ!? 」と異議の声が上がった。

大地は新メンバーオーディションの時の三中について「5年前(最初のオーディションの時)は『芸人さん枠』とか『タレントさん枠』とかあって、それで『素人枠』で入ってる。あの素人に『輝き』はあった、そこはもう負けを認めるって感じで…」と語った上で、「それが芸人になるんでしょ? …と言う事は普通の横並びでしょ? その覚悟はあるの?」と今の三中に疑問を投げかける。

さらに、次第に激情を顕にしていった大地は、「素人さんで入ってさ。(与えられた企画を)やってみてさ、『やっぱしんどいからやめる』って言って(逃げて)さ…じゃあ次は『プロの芸人になる』って(言い出して)、それでまだ(めちゃイケには)残る(つもりでいる)のかよ!? それ、おかしいでしょうよ!?」と三中の姿勢を非難。
「じゃあ、三中はこれからどうすればいいと思う?」と矢部から聞かれると、三中に対して「オーディション受けろよ。もう一回! プロとして、もう一回スタート立ってオーディション受ければいいじゃないですか!」と涙ながらに檄を飛ばし、岡村達もそれは理に適ってると納得し、了承した事から、三中は“芸人”としてめちゃイケメンバーに続投するか否か、再度オーディションをさせられる事が決定した。

”プロ芸人”として再びオーディションに…

翌週の2月27日。生放送の下、めちゃイケレギュラーやゲストとして呼ばれた出川、鈴木奈々、そしてみちのくプロレスの新崎らの面前で、臼杵と共に漫才を披露したが、ここに至るまでに散々やらかしてきた問題行為、問題発言の数々に加え、オーディション直前にはプロレス企画で見せた醜態や「プロじゃないからキツイことはしたくない、嘘をつく」などの本性や、臼杵と揉めてその場を離れたもののコンビ解散を仄めかされたらあっさり戻る、ネタ合わせをせず、女性と夜通し飲み歩く(※15)などのいい加減さや意識の低さを強調するなど敢えて三中のイメージダウンに繋がりかねない部分を晒す放送が行われた事で、オーディション前から視聴者からの心象が最悪だった事に加え、漫才の最中には、何を思ったのか突然、新崎に向かってプロレス企画を潰したことについて謝罪するなど、お世辞にも“漫才”とは言い難い茶番劇を繰り広げ、その結果、ネット投票では「不合格」の判定が56%と過半数を越えたため、番組から降板することになった

『再オーディション』の真実

だが、前述の経緯を見て分かる通り、この『再オーディション』の実態は事実上の “追放処分” の一環であり、本来はすぐにでも降板させる様に命じられていたものを、三中が『番組側の判断で選んだ新メンバー』であった事から、直接降板を命じると視聴者からの批判が殺到すると懸念され、表向きは『再オーディション』でラストチャンスを与えるかの様に体裁を取り繕っただけで、その結果は最初から『不合格』と決まっていたと言われている。当然、前述のダイノジ大地の激憤の一幕も、全て番組側が予め用意していた演出であった。

それを確信づけるかのように、再オーディション当日には、上記した様に視聴者の持つ三中のイメージを下げる様な場面がダイジェストに放送された他、オーディションが開始される前に「不合格の残念会」の告知が表示され(その後、すぐに修正され「誤表示」であったと謝罪していた)、めちゃイケ降板が決まった直後に、フジテレビから「お台場をはじめ、全てのフジテレビ関連施設への出入り禁止」が言い渡され、2018年3月31日に放映されためちゃイケの最終回スペシャルにも一部のメンバーによる言及を除いて、再出演することはなかった(ちなみに、三中同様不祥事(ちなみにこちらはマジな方の不祥事)によって降板となった加藤の相方の元メンバー山本圭壱は最終回直前に復帰を許され(※16)、最終回スペシャルにもレギュラーとして出演していた)。


※8………実際、前述したように「オファーシリーズ」で明確な期間を定められていないボクシング企画にチャレンジした岡村や、『めちゃ女子プロレス』で本物の女子レスラーとも対戦した事がある光浦、加藤を始め、スタッフが例に挙げたよゐこや彼らとタッグを組んで無人島のサバイバルに挑んだ芸人など、番組の企画で格闘技やそれに近いスポーツの他、体を張った企画に挑戦したタレントは男女問わず大勢いる(めちゃイケに不定期出演している江頭2:50に関しては、「手抜きだと視聴者に申し訳ない」と、常に(色んな意味で)体を張った芸を披露している他、ネット配信番組の企画では「高速バイクにハリセンで殴られる」など下手をすると本当に死ぬかもしれない過激なロケを敢行し、笑いに変えている)。
そもそも上記にもあるとおり、お笑い芸人を志したるもの、『笑いの為に身体を張る』必要があるのは当然であり、身体を張る事を拒否する様な(岡村が言うような)『ワガママお笑い芸人』が大成した例は、一度として存在しない

※9………光浦はこの会議が行われてからしばらく後に、めちゃイケメンバーを代表して単身みちのくプロレスを訪問して、新崎、野橋ら関係者の面々に三中の企画放棄や独断行為などの恩知らずな言動について謝罪したという(光浦曰く「同じめちゃイケレギュラーとして申し訳なくて、いてもたってもいられなくなった」らしい)。

※10………光浦に続くように、加藤と武田も「今は鬱陶しいって思ってるかもしれないけど、(プロになったら)誰も言わないから」、「これからは誰も頑張れって言わないよ」と同じ意見を示していた。

※11………濱口は三中がめちゃイケを降板した後も、めちゃイケとは別の番組において、この騒動を引き合いに出し、名指しで批判。「案の定めちゃイケから降されてすぐに、彼(三中)は表舞台から消えた。今は(めちゃイケメンバーは)誰も三中について触れる事はない」、「芸能人が三中みたいな無責任で自分勝手な事ばかりやっていると、後々信用問題に関わってくるから危険なんですよ」と新人タレント達への警鐘としていた。しかし、そのしばらく後に相方の有野からTwitterにおいて「自分だって一回電波少年の企画を逃げてたくせに」と冷やかされてしまった(有野が静観の立場をとったのはこれが理由と考えられる)。

※12………事実、(「スベり芸」というジャンルもあるとはいえ)三中のオーディションにおいてネタは審査員の笑いを取らなかったものの、別の事務所のオーディションで審査員が(岡村からの無線で)一発ギャグをダメ出しした際には審査員、相方、そして同じオーディションを受けていたもう一組のコンビが泣き笑いするという一幕があり、重盛の言う通り「イジってもらえて初めて笑いが起こる」状態であった。

※13………静観の立場ではあったが、この一連の騒動を通して「自分もめちゃイケをクビになってしまうのでは?」という危機感を内心ずっと抱いていたことを、めちゃイケ最終回で片岡飛鳥チーフプロデューサーからの直々のインタビューで明かした(実際、三中降板以降一部のめちゃイケ視聴者からは「次は敦士を辞めさせろ」というコメントが上がったりしていた)。

※14………何故三中が嫌いになったのか、紗理奈本人は具体的な理由は明かさなかったが、めちゃイケサービスエリア終了時のイベントにおいて、フリートーク中に調子に乗った三中が紗理奈の息子の事を話題に触れるも名前(※正解は『利音(りおと)』)を思い出せずに「ヒロポンでしたっけ?」と(ウケ狙いのつもりだったのか定かではないが)不謹慎な呼び間違えをしたり、挙げ句に「腕白なガキ」呼ばわりして茶化した事で、堪忍袋の緒が切れた紗理奈と一触即発になりかける一幕があり、恐らくはその事件が原因と思われる。
ちなみに紗里奈は岡村から三中の芸人転向を聞かされた際に「絶対おもんないね‼」、「私は絶対笑わんね」と強く三中を否定したり、三中の前では笑顔を見せなくなったり、めちゃイケ終了直前に受けた女子メンバー同士でのインタビューでは「山さん(山本)の騒動を除いて、めちゃイケメンバーは誰一人欠ける事なく、上手くやってこれた」と言って、重盛から三中の存在を指摘されると「あっ、ごめん。完全に忘れてたわ」と開き直ったり、唯一人、三中の降板を「クビ」とストレートに表現(対して、重盛や雛形は「卒業」とオブラートに包んだ言い方をしていた)する等、相当三中に対して怨みや嫌悪感を抱いていた事が伺える。

※15………さらに、飲み会では女性を周りに侍らせながら「イェーイ!やばいぜ!チャラいぜー!」と有頂天になって騒いでいる姿が撮影され、この時の言動がそれまでの視聴者にあった三中の『純朴』なイメージを一気に崩壊させ、既に悪化しつつあった心象を最悪なものにする決定打となった。(めちゃイケの番組制作陣の一人であった鈴木おさむも後述の三中のバイトの件に関して記したブログでこのVTRについて「あそこで流れたVTRによって、(三中の事が)嫌いになった人もいたと思います」と言及している)なおネット上ではこの飲み会ですら、三中を貶める口実作りの為に、めちゃイケスタッフが仕組んだという噂が上がった他、さらにはこのシーンの放送後、飲み会に同席した女性の特定作業も行われていたらしい(実際に特定された参加者がいたかどうかは不明)。

※16………そもそも新めちゃイケメンバーではなく、2006年7月の不祥事まではずっとめちゃイケメンバーだった古参レギュラーの一人である。10年以上音信不通だったため、番組内で不祥事、感謝の念や不満や憤りを告白。めちゃイケメンバー、スタッフ、フジテレビ、ゲストに正式な形で謝罪しなかったことを岡村隆史と相方の加藤浩次が叱責し、視聴者や関係者に加藤浩次共々謝罪。それ以降めちゃイケ(フジテレビ)は「十分な社会的制裁を受けた」とコメント。放送シーンもスタジオ外ではあるが解禁され、最終回の3ヶ月前からはスタジオ収録への参加も許されるに至った(しかしそれでも一部のスポンサーが降板するという代償を払っている)。

めちゃイケ降板後の動向


みちのくプロレスとの和解、そして最後のめちゃイケ出演


2016年2月27日の再オーディションで不合格となり、めちゃイケから降板が決定した当日。
翌日から「dボタン」のコンビ名で再出発することになり落ち込む三中に対し、ゲストとして出席していた新崎から『お笑い芸人としての初仕事』として、翌日の28日都内で開かれるみちのくプロレスの大会でのMCの仕事のオファーがくる(ちなみにそれを受けた三中はものすごく嫌がっていた)。
翌日、都内で開かれたみちのくプロレスの大会に相方 臼杵と共に出席した三中だったが、やはりめちゃイケの放送を観ていた熱心なみちのくプロレスファンの観客からは、新崎達への裏切り行為やプロレス企画を台無しにしたことでめちゃイケばかりでなく、みちのくプロレスの面子までも潰したことに対する凄まじい怒りを向けられ、「どの面下げて来たんだ!?」、「人生さんの顔に泥塗りやがって!」等と酷いブーイング野次を浴びせられたり、空き缶やペットボトルなどの物を投げつけられるなど、終始身の置き所がない状態でMCの仕事をこなしていたが、試合後に元コーチの野橋から「2人共、上がってこい!」と一回目の脱走騒動の時よりも語気強めにリング上に呼び出され、そこで野橋から「俺を含めて、ここにいる全員がなんでお前に対してこんなにも怒ってるのか、言われなくても、もうわかってるよな?」と改めて、みちのくプロレス全員からの期待や恩情を二度も踏みにじって逃げ出した事を窘められる事となる。

三中は、体型を見られるなり野橋から「1年近くトレーニングやってきたはずなのに、なんだよ。その身体は…」(※17)と呆れられ、「2回目の脱走に関しては本当に失望したし、はっきり言ってお前はプロレスラーとしては『失格』にも値しない問題外な奴だ」、「もうお前には二度とプロレスは教えない」とプロレス企画が中途半端に終わった事への無念ともとれる非常に厳しい言葉を浴びせられた。
だが、その後には「『芸人になる』という道を選んだのは、お前自身だ。芸人はプロレスとは違う意味で厳しい世界かもしれないが、自分で決めたのだったら、それはもう二度と中途半端に投げ出したりせずに、しっかり頑張っていけ」と叱咤激励を受け、最後は野橋からの2度目となる『これまでの禊ぎとこれからを応援する張り手』を食らい、(この時、「相方の連帯責任」という理由から、臼杵も一緒に張り手を食らう羽目になった)感涙した三中が謝罪と感謝の言葉を返しながら、野橋と抱き合う形で手打ちとなり、此れを以て野橋をはじめとするみちのくプロレス関係者とは和解に至り、それを観た観客の怒りもある程度は沈静化した。

その後、三中は翌月3月12日放送の「三ちゃんのお礼参りSP」において、相方の臼杵や上述の下りで和解した野橋らと共に“ゲスト”として、めちゃイケ最後の出演を果たし、岡村をはじめ、めちゃイケレギュラーやスタッフの中でも特に根に持っていた者達(加藤、光浦、ジャルジャル、カガリP)に対する報復を行った(ちなみに前述にあるとおり、フジテレビ一帯は完全出禁状態にあったため、収録は都内某所の学校のプールで行われた)。

この出演を最後に、2018年8月現在。三中はフジテレビを含む地上波放送のテレビ番組には一切出演していない

『dボタン』解散と新コンビ結成

業界人、一般人の双方からの心象や信頼がどん底まで落ちてしまった中で、芸人として再出発をする事となった三中だったが、もともと臼杵がdボタン結成前からの活動で多忙だった事や、やはりめちゃイケでのマイナスイメージを引きずり続けたことが重なり、その後は目立った活動もなく、最終的に臼杵との「方向性の違い」を理由に、『dボタン』はめちゃイケ終了に先立って、2018年の1月に解散することとなった。周囲からは芸能界引退を勧められるが、本人は臼杵の許可をもらって『dボタン三中』の芸名でピン芸人として活動すると意思表明をした。

だが、その一ヶ月後には新たな相方を見つけ、新コンビを結成する事を発表している。その際、「めちゃイケ降板後運に恵まれないのは芸名が悪いと占い師のシウマに言われた(※18)」ことを理由に更なる改名を宣言。だが、その際に「dボタンは捨てます!」などと、めちゃイケや助言した出川へ責任転嫁するような大失言をしてしまい、臼杵もこの発言にショックを受けたこともあり、更なる非難を受けた。
余談だがこの直後にめちゃイケに責任を押し付けているのではないかと指摘された際、それまでの饒舌ぶりを引っ込めて「そんなこと言うとまた三中がめちゃイケのこと言ってるみたいに書かれるから…皆さん書かないで…」と記者に泣きつくが、当然記者達にしてみれば、こんなゴシップとして『おいしい』ネタを見過ごすわけがなく、この泣き言を含めて、しっかり記事にされてしまった
また、取材に来ていた芸能記者・ジャーナリストの中には、この時の三中のあまりに礼儀知らず、恩知らずな態度に嫌悪感や不快感を露わにしていた者もいたという。

これを受けて、流石の三中もマズいと思ったのか、更に一ヶ月後、先述の発言について「言葉の表現を間違えてしまった」と弁明し、新コンビ結成の延期と改名を考え直すことを発表している。
しかし、これがかえって「節操がないにも程があるだろ」と火に油を注ぐこととなり、「さらに嫌いになった」、「このまま本当に引退しろ」等と批判が余計に集中砲火されるという本末転倒な結果になった。
挙句の果てに、様々なネットニュースから、「そのねじ曲がった性格と特異な性癖をネタにして、AV男優にでもなればウケるのではないか」、「何を言っても生意気な印象しか持たれないので、いっそのこと人間性の悪さをウリにしてみてはいかがだろうか」といった様に、三中にとっては屈辱的な内容の記事を書きたい放題に書かれる羽目になる(※19)。

このような悪評の一方で、2017年には自身が主宰する吉本興業公認の劇団「三ランポリン4アター」を立ち上げるなど、舞台役者としての活動も始めるようになった(実際、参加者の大多数が吉本に所属する無名の若手芸人である)。舞台役者としての評判は後述するようにそこそこ良いらしい。ちなみに舞台を中心に活動する俳優はあまり知名度は高くない方なのだが、三中の場合はめちゃイケに出ていただけあって舞台役者の中ではそこそこ高い知名度を持っている(今のところ三中のめちゃイケメンバーだった経験がプラスに出ている点はこれだけである)。

2018年7月中旬現在、件の新コンビ結成の話はおろか、芸人としての目立った活動も殆ど確認されておらず、今後の動向は殆ど不明な状態にあるが、一応、Twitterなどで舞台役者としての活動はしばしば取り上げられている(しかもそれは専ら舞台で共演した人や観劇した人のツイートが大半である。まあ、あまり話題にされない方が三中にとってプラスな気がしなくもないが…)。


果たして三中の明日はどっちだ……?


※17………プロレス企画で減量に成功した三中だが、2度目の脱走騒動の時点で、筋トレや減量をパッタリ辞めて暴飲暴食に走った為に、瞬く間にリバウンドしてしまい、この頃には既に体重は企画開始時点のものに戻ってしまっていた。ちなみに、現在はメンバー加入当時よりも太っている

※18………ただし、三中の姓名判断を行った占い師シウマは、あくまで『dボタン三中』という芸名の画数が良くないことを指摘しただけであり、『dボタン』というコンビ名の画数の良し悪しに言及しているわけではない(参考動画)。

※19………実際、再オーデションなどでメンバーから「面白くない」と言われ続けた三中は、降板後のお礼参りにて「すっかりやさぐれた悪い三中」を演じた際、初めて岡村から「面白かった」と褒められたとのこと。

人間性や評判

前述の通り、当初は「不器用だけど天然で、純朴な好青年」というイメージで通っていた。また、中学時代の同級生によると「三中はクラスの中でもイジられキャラとして人気者だった」とのこと。
しかし実際は…

・嫌な事や都合の悪い事に対し、すぐ嘘や言い訳をして、逃避したり、怠惰行為に走る。
・『めちゃイケレギュラー』という立場を鼻にかけ、一般人・素人代表なのに後から入ってきた若手スタッフに悪態をついたり、扱き使ったり、一般人に対して傲慢な態度を取る。
・根本的に周囲の配慮や恩情を顧みず、軽薄で自己中心的。
・調子に乗りやすく、場の空気を読まずに、失言や失敬な行為を取る
・言うこと成すこと全てにおいて一貫性が無く、日和見で無定見。
・基本的に自分の非を素直に認める事はなく、何事もすぐに他人に擦り付けたり、自分に都合がいいように解釈して誤魔化す。
虚栄心や自尊心が無駄に高い。
・『プロのお笑い芸人』という肩書にやたら固執している一方で、他人(それも尊敬していたナインティナイン)のネタを平気で丸パクリするなど、プライドを持つべき部分と捨てるべき部分を完全に間違えている(出川曰く「クソみたいなプライド」)。


といった具合に、憧れの芸人であった岡村からも「このままめちゃイケにいさせてもロクな人間にならない」と問題視される程に、純粋さや朴訥さ、真面目さの欠片もないような度し難い俗物であったことが、一連の降板劇を通して、芸能界のみならず、世間一般から周知されることとなった。
その結果、めちゃイケ視聴者を中心に、全国から凄まじい顰蹙・反感を買い、2018年現在にかけても三中に関する話題の記事が上がる度にネットでは罵詈雑言の嵐が起きる始末である。
さらには、Wikipediaにおける三中に関するページも、定期的に三中アンチのユーザーによる誹謗中傷的な説明文(一時期は『いつ殺害されてもおかしくない』なんて物騒な一文が記載されていた事もあった)が書き加えられる有様である(2018年8月現在はある程度、沈静化している)。

無論、ネットの中だけでなく、実生活においてもそのイメージダウンの影響は著しく尾を引く事となり、新たにアルバイトの面接を受けようとするも、応募先から「(めちゃイケの時みたいに)すぐにサボったり、逃げたりされると困る」、「(三中を雇っていると知られたら)ウチまでイメージが悪くなる」と素気なく門前払いにされ、さらに先輩芸人や街で出会った見知らぬ一般人から「お前、(性格)悪いんだろ?」、「本当はクズなんだって?」といった嘲笑や叱責を浴びせられるなどの偏見風評被害に悩まされる事となり、さらには苦言の範囲を逸脱した聞くに堪えない罵声、暴言や、暴力を受けたり金品を巻き上げられる等の実害を伴う事さえもあったという(※20)。また、本人だけでなく、無関係の臼杵や、まだ名前すら公表されていない新たな相方はおろか、ファンなどの三中を擁護しようとする人間まで同じような批判や誹謗中傷が寄せられている

反面、めちゃイケ降板以降もその腐りきった性根はちっとも改善されていない様で、これだけ共演者・スタッフをはじめ、多くの人々に迷惑をかけておきながら、本人はそれに対する罪悪感どころか、自覚すらさほど感じていない有様で、降板以降も、番組内でのトレードマークだった岡村をリスペクトした青ジャージを身に着けたり、事あるごとに(というよりも公の場に出る度に一言二言は必ず)『めちゃイケ』について言及するという、過去の栄光に必死に縋り付くような未練がましさを見せている。

そればかりか、「よしもと47シュフラン」等のイベントに呼ばれた際は「めちゃめちゃイケてる〜!」を登場時のフレーズに使用したり、三中がまだめちゃイケメンバーだと勘違いしている一部のファンがいるのをいい事に岡村の名前を利用している事を臆面もなく、ひけらかしていた。
さらに番組終了直前には「もうすぐ"元めちゃイケメンバー"じゃなくなるから、今のうちにいっぱい(めちゃイケや岡村の名前を)使っておかないと」と自分の立場をまるで弁えていない戯言をドヤ顔で述べ、さらにはこれだけめちゃイケをダシに使っておきながら、「三中といえば未だに『めちゃイケに出たがってる』みたいに言われてるけど、そんなつもりは一切ない」と傍から見れば、「何を今更…」としか思われない様な見え透いた弁解を述べ、挙句の果てに「ネットニュースでは謂れなき誹謗中傷を受けて迷惑している」と辟易したコメントを言う等、いくら実際に犯罪レベルの風評被害に遭っているとはいえ、その種を撒くような事をしたのは紛れもなく自分自身であるにも関わらず、自分が犯した問題行為を棚に上げて、完全に潔白であるかの様に嘯く始末で、これには同席していた芸人仲間達だけでなく取材に来ていた芸能記者達からも呆れられ、失笑を買っていた

めちゃイケを降板させられるきっかけとなったプロレス企画放棄については「汚点を残した」、「めちゃイケにも、みちのくプロレスにも沢山迷惑をかけてしまった」などと口では反省や、自分がなぜめちゃイケを降ろされたのか理解しているかのような言葉を述べながらも、その一方ではめちゃイケが終了する際、番組の最終回には当然自分も呼ばれるものだと思い込んでおり、「dボタンとして“頑張ってる姿”を見たスタッフから、この企画、三中に当てはまるから最終回に呼んであげようみたいになって、声がかかるのを待ってる」と、あたかも最終回に出演する前提で実に都合の良い理想を語るという、めちゃイケやみちのくプロレスでの失敗や、岡村や新崎からの叱言も何一つ心得ていない能天気ぶりを見せた

そんな三中の予想と裏腹に、番組からは再出演の打診はおろか、番組終了の連絡さえもくる事がなかったのは言うまでもなく、それを受けて、自分の再出演の見込みがないことが判ると忽ち不貞腐れ、「「終わるんですか」って聞いたのに返事が無い…メンバーでもないたむけんさんにさえ連絡が来たっていうのに…6年(※21)もいたんですよ?」、「僕嫌われてたんですか? プロレス企画を逃げただけで、それ以外には何もしてないはずなんです」と悪びれる様子も無く愚痴をこぼすが、その場に居合わせたとにかく明るい安村から「自分が悪いんじゃない? 6年(※20)もいた奴に何の連絡もしないのは、そいつに原因があるからだと思う」、「それ(返事が返ってこないってこと)が答え(『めちゃイケ』も『フジテレビ』も三中を再出演させる気など毛頭無いこと)だよ」と辛辣ながらも至極当然な指摘を返された(※22)。

そして、安村の言葉どおり、最終回に呼ばれるどころか、過去のVTRや話の話題として触れる事すら極力憚られ(※23)、極めつけはエンディングのクレジットにあった「これまでめちゃイケに貢献してくれた人達」のところに名前さえ表記させてもらえないという、皮肉にも三中が自嘲していた通り、最後の最後までめちゃイケの汚点黒歴史扱いされたまま、番組は終了した。

本人は最終回に呼ばれなかったことについて最初は「尺の問題」と都合のいい解釈をしていたが、他の芸人達から「そうじゃないだろ!」とツッコまれると、「(めちゃイケレギュラーやスタッフの皆さんに)自分が嫌われてたからだと思います…」と渋々ながら認めている。

そのせいなのか、めちゃイケが終了してからは、とある特撮芸人がMCを務めるニコ生の番組に出演して数少ない持ちネタであるウルトラマンに関する小ネタを披露した際、「めちゃイケでは出させてもらえなかった自分の個性を特撮系の仕事で生かしたい」と述べる等、遠回しながらもめちゃイケに対する不平や陰口も平気で述べる様になった



※20………一応注記しておくが、どんなに相手がクズであろうとも、いじめや暴行、カツアゲは勿論の事、度の過ぎた誹謗中傷行為もれっきとした犯罪である

※21………上記にもあるように三中はこの時、自分のめちゃイケ出演期間をサバ読んでおり、厳密には5年2ヶ月が正しい。

※22………上記のやり取りがネットニュースに上がると、ニュースサイトの感想コメント枠やSNSの掲示板などでは安村を称賛・賛同する声や「自分がやらかした事の大きさが全然わかってないな」等と相変わらずな三中に対する顰蹙や軽蔑のコメントで埋め尽くされていた。一方では「安村如きに偉そうに説教されるのは悔しいだろうな」、「自分だって一発屋のくせに…」と安村に対する辛辣なコメントも目立った。

※23………めちゃイケ終了直前に行われた『シュウ活プロジェクト』のひとつ『中居ナイナイ日本一周FINAL』において、矢部や中居正広が三中の名前を出した際、岡村は「そんな奴『めちゃイケ』にいたっけ?」とすっとぼけていた。一応、最終回でのフリートーク内では、矢部と新メンバーの敦士の2人が、三中について少しばかり(本当に少しだけ)ながら言及する場面もあった。

『根っこの悪い部分』とは

三中が降板して間もない頃、岡村は、自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組『オールナイトニッポン』にて、三中の再オーディション企画を巡ってファンの間で賛否が分かれ、番組や局側を非難する意見や、三中を擁護する声があったこと(下記参照)を受けて、上記の問題が起こる前より三中自身に問題があったことを明らかにする。
中でも、態度、礼節の悪さを示すエピソードとして、「自分より後から入ってきたスタッフさんを露骨に下っ端扱いする」という点を挙げている。
ある企画で縄跳びをした際、三中の靴紐がほどけた途端、若手のAP(アシスタントプロデューサー)が走って行き、結び直してもらった(※24)にも関わらず、三中はAPに礼を言わず息を切らして立ち去ろうとしたため、これを見兼ねた岡村が「どんなにしんどくても、せめてお礼はちゃんと言わなきゃアカンで!」と注意したという話を披露した。

他にも、企画の中で一般の人と接する際に、いきなりタメ口を使って馴れ馴れしく話しかけたり、老若男女で態度を変える等の無作法な振る舞いが目立ったり、共演者やゲストに失礼な軽口を叩いて怒りを買う、スタッフに挨拶をしない(※25)、番組収録中に勝手に帰ってしまう等の日頃から言動に問題があり(岡村曰く「プロレス企画を逃げ出した以外にも、いろいろあった」)、岡村はじめレギュラーメンバーもスタッフも日頃より三中を注意してきたものの、一向に改善される様子は見られなかったため、編集などでごまかして三中のイメージが傷付かないように尽力したものの、やがてそれでも隠しきれないまでに増長してしまい、その結果として上記の再オーディションに至った、とのこと。

実際、ネットのTwitter2ちゃんねる、YouTubeのコメント欄などでは、めちゃイケサービスエリアに出向していた頃から、「裏で現地スタッフに対して尊大に接する為、かなり迷惑がられていた」、「男と女で態度が違い、特に若い女性のファンやビデオカメラで撮影するファンに対してはサービス精神旺盛に振る舞う一方で、男性、または女性であってもカップル連れや年配のファンに対してはぞんざいな態度をとる」、「話してみたら、普通に性格悪かった」、「からかってきた子供に本気で怒り、怒鳴りつけて泣かせていた」などの二面性があるという噂も囁かれていた。
めちゃイケサービスエリアへの出向やその直後に始まったプロレス企画も、それぞれ番組の企画という意図だけでなく、人格矯正を本当の目的としていたという(※26)。

また、降板後は「プロの芸人」になったことをいいことに、一般人を「素人」と呼び捨て、先輩芸人に「素人さんや!」と注意される一幕もあった。

めちゃイケ共演者や番組スタッフとの関係

そんな性格や素行が祟り、番組上の“仲間”だっためちゃイケレギュラー陣とも降板前から、「初収録の際に話しただけで、それ以降プライベートでは絡みが無かった(加藤)」、「メールアドレスを交換するもすぐ受信拒否にされる(光浦)」など、お世辞にも親密とはいえなかった様で、一連の騒動も追い打ちとなり、めちゃイケ降板以降は岡村をはじめ、ほとんどのメンバーから縁を切られたという

一方、福徳は、前述にもあるとおり、プロレス企画の1度目の脱走の際に三中を説得したり、プロ転向宣言の場で糾弾される三中に助け舟を出すなど、めちゃイケメンバーの中でも数少ない三中の理解者として度々フォローを入れており、三中曰く『めちゃイケ』降板以降も変わらずに交流が続いているという。
ただし、プロレス脱走時の説得は、あくまでスタッフから「みちのくプロレスに戻るって言うまで説得するように」と言われていたためであるとの事。また、あれだけ熱く説得して再起させたにも関わらず、その後、結局同じ様な理由で再度脱走した挙げ句に、最終的に企画を完遂できなかった事については「あの苦労(して三中を説得)した夜の事も全部無駄になったんだなと思うと、正直ちょっと悔しいというか…腹が立つというか…」、「説得した身としては、やっぱり情けないと思う気持ちや、恥ずかしい気持ちもあります」、「芸人になってもまた『辞める』って言うんじゃないですか?」と本音ともとれる感情を呟いていた。
さらに、プロレス企画の最中に嘘をついて飲み会について来た事をスタッフに言ったり、三中が再オーディションに不合格と決まった際、矢部と共に大笑いしたり、その後に開かれた残念会では三中の性癖について暴露するなど、時には酷薄な態度をとったりもしていた
また静観の立場だった有野も、オーディション終了後に「面白かったねぇ!」とコメントを残している(※27)。

そして、めちゃイケメンバーの中でも一際三中の芸能人らしからぬ身勝手ぶりに憤っていた濱口はというと、元より後輩芸人達への面倒見が非常に良い性分の為、2017年に舞台役者として活動を始めた三中の元を訪ねて激励するなど、ここ数年は態度を軟化させつつある(※28)。

2018年現在でめちゃイケメンバーで交流が続いているのは、福徳と矢部のみであるという。

一方、カガリPをはじめとする番組制作陣や撮影スタッフからは、一連の騒動により、不興を買ったことは言うまでもなく、めちゃイケ終了が決定された際、「個人的に親しかった」と三中が自称しているスタッフにメールをして真偽の確認をしようとしたところ返信がなく、さらに電話番号も変わっており、完全に無視されてしまったという。
そんな中、鈴木おさむは、番組降板後に自身が経営するちゃんこ屋にアルバイト店員の面接にやってきた三中に対し、めちゃイケでの愚行や、芸人としても社会人としても甘ったれた考え方を厳しく説教したものの、最終的には2018年5月の同店の閉店まで働くことになった(※29)。ちなみに、面接の様子は生中継されたのだが、その中でも終始採用が決まっているかのような態度を取ったり、鈴木らから「芸人として気をつけていることは?」と聞かれた際に「挨拶です!」と即答し、「挨拶は芸人でなくても当たり前の事だろ!」とツッコまれたり、芸人としての甘さを説教されているのに「こんなに(自分の事を心配して)言ってくれたの、鈴木さんが初めてなんで!」と突然お礼を言ったりするなど、質問と答えが噛み合わず、鈴木らが困惑したり、失笑する場面が多くあった。

また、鈴木の店に面接予約が取れたのは散々三中に迷惑をかけられ、杜撰な扱いをされてきたスタッフが、バイトの再就職もままならない三中を見かねて、鈴木に頭を下げて頼み込んだおかげであり、それを知った濱口は「バイト先くらい自分で見つけろよ」、「なんだかんだ言って、スタッフやおさむさんも甘いねん」と憤慨したとのこと。

本当に悪いのは三中だけなのか?

以上のように各方面から顰蹙を買っている三中であるが、『めちゃイケサービスエリア出向』から『プロレス企画』→『再オーディション』の一連の三中の退場劇のくだりについては、一部の視聴者からは「流石に三中が可哀想。面白くないイジメだし、限度を超えてる」「いくら三中が使えないクズだったとしても、あんな公開処刑みたいなやり方でクビにするのはどうかと思う」と、僅かながらも三中に同情した意見や、「イジメで視聴率を上げようとしている低欲番組」、「素人を玩具扱いしているだけ」、「何の取り柄もなく、ましてやプロ意識のプの字も弁えていない様なズブの素人を、興味本位だけでレギュラーメンバーに加えようとした事が大きな間違いだった」、「そもそも新メンバー自体めちゃイケには必要なかった」とめちゃイケやフジテレビに対する批判が多く寄せられ(※30)、中には「ナイナイをクビにしろ」(※31)、「三中を降ろすか否かじゃなくて『めちゃイケを存続するか打ち切るか』で投票させろよ」との過激なコメントも相次いでいた。

また、一連の降板劇の裏側で起きていた事情を知らずに、番組側の仕込んだ“演出”を真に受けた一部の視聴者からは、「大地が余計な文句つけるから、三中がクビになった」「元はと言えば大地のせいだ」と大地に対する批判の声も少なからず寄せられていた。これについて大地は再オーディション後、三中と共演した際に「俺の事、恨んだりしてないか?」と冗談半分で尋ねたが、その際、三中は「少しだけ」と答えていた。

なお、岡村が自身のラジオで上記のエピソードを明かしたのは、こうした意見を踏まえてのことである。

また、三中出演初期にYouTubeでアップロードされた『三ちゃんのコンテンツごはん』では、三中が中堅クラスのスタッフ達から、『ネタ』、『イジり』としてはやりすぎともいえる程に酷い仕打ちを受ける場面が見受けられ、それを観ていた一部の視聴者からは、三中が若手スタッフをこき使ったり、悪態をつくようになったのは、そうした中堅スタッフからの仕打ちに対する復讐の意味もあったのではないかと推測する者もいた(※20)(※32)。

2018年3月31日の5時間にも及ぶ最終回終了後も、番組側の三中に対する徹底的な冷遇ぶりは賛否両論を呼ぶ事となり、「いくら不祥事を起こしたとはいえ、三中もレギュラーだったんだから、呼んであげても良かったのでは?」、「最終回も呼んですらもらえないって、どんだけめちゃイケ(やフジテレビ)は闇が深いんだよ」、「流石にエンドロールに名前載せてあげるくらいは許してやってもいいのに…」と、この時ばかりは三中へ同情、擁護するコメントも少なからず寄せられていた。
また、同じく一度めちゃイケを追放された山本圭壱が、ほぼ完全にレギュラー扱いで出演していた事に関しては「山本は呼ばれて、三中が呼ばれないのは何故?」、「山本の顔は見たくなかった」、「フジテレビでは性犯罪の方が、企画放棄よりも(罪が)軽いのか?」と批判の声が相次いでいた(※33)。

何にしても、一連の騒動は、三中だけでなく、岡村をはじめとするめちゃイケメンバーやカガリPをはじめとするスタッフ、みちのくプロレスをはじめとする三中が関わった番組のゲスト、そしてめちゃイケ以外の番組を含めたフジテレビ(※34)にも深刻なイメージダウンを及ぼす事となり、特にフジテレビに至っては2011年の反韓デモ騒動より続いていた全体的な視聴率低迷にさらなる拍車がかかり、めちゃイケ以外の一部レギュラー番組、ドラマ、特番も含め「つまんない」や「他局の方が面白い」とさらに叩かれる事となり、めちゃイケ終了後も後継番組としてレギュラー放送が始まった「世界!極タウンに住んでみる」が他局でも幾度か放送されているような放送内容(※35)の為、めちゃイケ同様に視聴率はよろしくない等、皮肉にも三中と同じ様にフジテレビもまた、依然として迷走した状態が続いている(※36)。

※24………そのAP曰く、三中は靴紐を結ぶ事ができず、普段靴を購入する際には、お店の店員さんにちょうど履きやすい具合に紐を予め結んでもらうなどし、万一に解けた際にはスタッフや身近な人に結ばせていたという。また、岡村によると、再オーディション当日にも臼杵に自分の衣装のネクタイを結んでもらっていたらしく、語っていた岡村は軽くドン引きしていた。

※25………プロレス企画放棄後、新崎、野橋、佐々木大地(三中を指導した先輩レスラー)らがめちゃイケに出演した際にも、三中は2度目の脱走以来久しぶりの再会となった新崎らに対して、席に座ったまま気まずそうに視線をそらし、詫びを入れるどころか、立って頭を下げるという最低限の挨拶すらしようとせず、見兼ねた新崎が「ちょっとこっちに来ようか」と穏やかに促した事でようやく3人と顔を合わせる始末で、岡村や加藤から「みちのくのお三方が入ってきた時、すぐに立って挨拶するべきやった」と指摘された。さらにはこの状況の中で岡村に出されていた飲み物を勝手に飲み干すなどの空気を読まない行動をとってしまった事で、岡村達をさらに刺激してしまい、「腹立ってしゃあないわ!」、「お前ホント礼儀知らずなのも、いい加減にしろよな!」と収録中にも関わらず、大目玉を食らう羽目になった。

※26………これはあくまで視聴者の推測なので真偽は不明だが、実際最初のプロレス脱走騒動の際に「1人で寂しい」と漏らしていた。

※27………この時は三中をからかったりしたら真っ先に叩かれるのが普通な状況であったが、この態度についてめちゃイケファンからは「有野の性格上、『不合格』となって気が沈んでいた三中や周りの場の空気を考慮して、あえて天の邪鬼な事を言う事で、三中らを元気づけようとしたのではないか?」と推察する声が多く、他のメンバー程は叩かれてはいない。

※28………もっとも、今回濱口が三中にする態度を急に軟化させたのは、先述したネット番組における三中への非難が原因で、世間一般から反感を買ってしまった為、それを沈静化する為にやむをえなく三中のフォローをせざるを得なかったからという説もある。

※29………なお、鈴木本人によると、「閉店はまた別の理由であり、三中を雇ったことで店のイメージが悪化したというわけではない」とのこと。だが、鈴木が自身のInstagramに三中が店で勤務している様子を載せた際には三中や彼を雇ったことに対する批判が寄せられた他、「ちゃんこ屋鈴木ちゃん」と検索すると候補に三中の名前や顔写真が出るという一種のサジェスト汚染にも見舞われたため、店に対する風評被害が全く無かった訳ではなかった。またこの件との関連は不明だが、2017年2月には店の壁に落書きをされる事件が起きている。何にせよ、三中を雇ったことで店の知名度が良い意味でも悪い意味でも上がったことは事実である(まあ「食中毒を出した」などという、店の経営にも響くようなデマが流れなかった分、良かったと思うが)。

※30………この一連の騒動を通して、めちゃイケ制作陣、出演者の陰湿ともいえる体制や言動に対し視聴者から反発を買い、それが視聴率に大きく影響して、番組打ち切りになったのではという視聴者の意見もある。元より低視聴率(この時点で平均して5%ほどだった)で高コストだった事や、BPOからクレームが多い事に加え、レギュラーメンバー芸人達の性格(態度)の変化(一部のメンバーに至っては仕事の都合上視聴出来ない(見ていない)状態だったという)、一部スタッフの独断専行による一定のコーナーの過剰な乱発、局全体の予算大幅削減の影響による人気コーナーの相次ぐ終焉などと、色々説はあるが、実際に三中の降板騒動から僅か2年で、めちゃイケが打ち切りに至ったところを見ると、少なくともこちらも原因に入る可能性は高い。

※31………めちゃイケ終了直前に行われた『シュウ活プロジェクト』のひとつ『~めちゃ、ケネタNo.1決定戦~』において、他の芸人メンバーが『過去にやったネタをアレンジする』や『真面目に新ネタ』を考えて披露していた中、ナイナイが披露したネタが『テツandトモの鉄板ネタ『なんでだろう』のもろパク』だった事で視聴者から非難の声が殺到した際にこの意見も再燃される事となり、「お前らも三中の事言えないだろ」、「三ちゃんでさえ再オーディションの時はちゃんとネタ考えてやってたってのに…」、「ナイナイには心底失望したわ…」、「三中に土下座して謝れ!」とナイナイ(特に再オーディションの際に、三中のネタを「おもんなかった」と扱き下ろしていた矢部)に対して、軽蔑の声が相次いだ。
ネタ終了後、これにはメンバーも呆れた表情を露わにし、特に加藤は「やったなお前ら」、「岡村の伝説のジャージに、自分でミソつけた」と激怒。それに関して岡村は「新しい笑いなんてない」と開き直る発言したが、その発言から余計に油を注ぐ事となり、「真剣さが感じられない」、「芸人のクズ」、「反省の色がない」とさらに炎上する事態となってしまった。さらにアドバイスをしていたNONSTYLEの石田明もラジオ番組で「話ちゃうやないですか!」と岡村に向かって真剣に激怒。「次に漫才する時は出来る範囲でちゃんと指導しますから!」と発言し、Twitterからは「石田に怒られる岡村って…w」、「少しは三中の気持ちがわかったんじゃないか? 色んな意味で」と岡村に対する呆れや皮肉のコメントや、「よほどショックだったのだなぁ」、「やっぱテレビ的なセレクトだったんだね」と石田に同情するコメントが寄せられていた。ちなみに記事された事に石田は「俺と岡村さんのノリ。ツッコミの一種」と発言していた。
因みにフォローする形になるが、後に矢部は自身へのリレーインタビューにて当初はオリジナルの芸で挑む事も考えていたが、コンビの節目など紆余屈折あった末に今回のネタになったとの事。

※32………勿論、自分が嫌な事をされたからといって、それを他人にしてもいいという理由にはならない。まして自分をイジメたスタッフに直接仕返しするなら百歩譲って理解できない事もないが、相手は無関係の若手スタッフであるからして、完全に八つ当たり以外の何物でもない

※33………出演者の人選だけにあらず、「5時間も放送はある意味拷問」、「5時間もたれ流してどうする」、「あの空気感で5時間も演出できるとは思えない」と最終回の内容に対する苦情も多かった。一方、『七人のしりとり侍』のように2018年の放送倫理ではできないようなコーナーが最終回限定で復活したことに対する称賛の意見も多かった。

※34………三中が降ろされた後も番組に対するSNSでの批判や世間のイメージダウンは沈静化する事なく、そればかりか飛び火するかのように『シュウ活プロジェクト』をはじめとした放送内容や、
レギュラーメンバーだけでなく、ゲストとして出演した一部のタレント、アイドル、芸人達の行動によってはフジテレビや当事者に対するクレーム(苦情)が相次ぐなど、結果として三中を降ろしても意味が無く、収まることはあまりなかった。

※35………「極タウン」に至っては発表後からファンからは特に「やっぱりめちゃイケを終わらせない方がよかったのでは?」とまで言われてしまっており、更に言うと同時期に終了した「ポンキッキーズ」「とんねるずのみなさんのおかげでした」等と共に「終わらせる番組を間違えてる」とも批判された。

※38………めちゃイケ放送終了後はイメージ回復のためか夜番組だけでなく、ほとんどスペシャル番組の放送が多く、一部のレギュラー番組はあまり通常通りの時間で放送しなくなっていることも響いている。更に、その直後の改編以降から21時前のスポットニュース枠を廃止したがために系列局等で午後8時(を挟む)枠で番組が最後まで放送されず、終了6分前強制終了する事態が(特番、レギュラー番組共に)起き始め、(一応終了6分前で区切られてはいるため、番組途中で唐突にローカルニュースに切り替わるわけではない。)その余計な判断のせいか(特に強制終了の事態が起きている地域の視聴者から)SNSでさらに叩かれている。また27時間テレビにも影響が出ており、とんねるずのみなさんのおかげでしたも含め、レギュラー番組が減った事により、企画番組が多いことからネタ切れとまで叩かれている

持ちネタなど

ピン芸人としての持ちネタとしてケチャップ一気食いウルトラマンのあらすじや登場怪獣の名前を言えるの二つを挙げているが、ネットや芸能ジャーナリストからは「お世辞にも芸とはいえないお寒いだけの“ただの特技”」「芸人のネタとしては箸にも棒にもかからないレベル」と評され、遂には「(めちゃイケ)最終回に出たがってる暇があるなら自分の芸を磨け」(※37)、「新しいコンビ名を考える前に新ネタのひとつでも考えろ」と揶揄される始末。

上記の様に芸人としての評判は有り体に言えば『散々』なものである一方、舞台俳優としては演技力に一定の評価を得ており、(根拠となったツイート)三中について取り上げた某ニュースサイトの記事のコメント欄に「芸人は諦めて、素直に舞台俳優に転向した方がいいんじゃないか?」、「演技が出来るなら、新喜劇の役者を目指したら?」というコメントがなされた事も。

※37………そもそもめちゃイケを製作するフジテレビを出入り禁止になっている時点で、仮にどんなに芸を磨いたとしても最終回出演は不可能に近かったのである

関連項目

めちゃイケ お笑い芸人 吉本興業 風評被害 炎上

ガチアンチ…おそらく日本の若手お笑い芸人の中では一番多いと考えられる。

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