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三中元克

さんなかもとかつ

大阪府出身のお笑い芸人(?)。元めちゃイケメンバー
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概要

1990年7月24日生まれ、大阪府出身。愛称は「三ちゃん」。

ナインティナイン岡村隆史に憧れ、フジテレビ系列のバラエティー番組「めちゃ²イケてるッ!」において、2010年に番組の中心人物であった岡村隆史が精神疾患により入院無期限休業となった事で、開催された「『めちゃイケ』新メンバーオーディション」で一般人枠から唯一選出された。

当初は「大の『めちゃイケ』ファンである朴訥な青年」というキャッチコピーの下、素人ならではの純粋なリアクションを取る『イジられキャラ』や、めちゃイケのマスコット的存在として視聴者やめちゃイケファンから人気を得ていた。

騒動や問題行動

しかし、メンバーに加入して2、3年過ぎた頃から番組内でチラホラと純朴なイメージに相応しくない横柄な態度が目につくようになった。岡村曰く、「根っこの悪い部分」(詳しくは下記で記述)がで始めたとのこと。見かねためちゃイケメンバーやスタッフの意向で、2013年9月から一年間、東名高速道路・足柄サービスエリアで行われた企画「『めちゃイケ』サービスエリア」の総支配人として1年間現地に出向させられるなどした。

また、2014年のFNS27時間テレビでは、番組内で行われた企画『水上相撲』にて、SMAP木村拓哉と対戦した際、素人故に加減を見誤った事で彼に手傷を負わせる事となり、SMAPファンを中心に批判が殺到する事となった。

そして、その年の10月から始まった新企画『みちのくプロレス修行企画』が三中の運命を大きく一変させる事となった…

みちのくプロレス企画放棄騒動


企画開始

10月某日、何も知らされないまま、岡村に連れられ、岩手県のみちのくプロレス練習所へとやってきた三中は、そこではじめて岡村とみちのくプロレス社長の新崎人生から、同団体への入団と今回のプロレス企画の趣旨を告げられ、そのまま有無を言わさず、リングデビューに向けて住み込みで修行する事となる。
三中は、最初の課題として1ヶ月後に行われる練習生テスト合格に向けて体力づくりと減量に挑戦することに。いきなりプロレス挑戦を強いられた事に戸惑いながらも、当初は先輩レスラーとの交流や日々のトレーニングを「楽しい」と笑顔で語っており、同団体所属の人気レスラー野橋太郎(のはしたろう)らも運動経験がない(※1)三中を「テレビの企画とはいえ新人が来たのは嬉しい」と可愛がっていた。

練習生テスト不合格と1度目の脱走騒動

しかし、トレーナーが付いていない自主トレーニングでは練習をサボり(※2)、結果目標体重には及ばなかった上に練習生テストでは腕立て伏せで膝を床につけるなどの不正行為を行い、腹筋に至っては1回も上げれず中止。新崎からは「プロレスラーは諦めてくれ」と通告される。ここに来てようやく危機感が芽生えた三中は新崎に再テストを申し出、野橋とマンツーマンでトレーニングをすることに。
新崎は「1ヶ月間頑張ったけど結果を出せなかった」と言い訳した三中に「自分で頑張ったって言うな。他人(ひと)が言うんだよ」と厳しい言葉を投げた。
特に三中を合格させるべく付きっきりで指導していた野橋は、三中が自主トレで手を抜いたことやテスト中の態度(腹筋の最中、上げることができずマットを叩いた)を叱責し、それまでとは打って変わって厳しく接するようになった。

この頃から三中は企画を嫌がるようになり、収録後スタッフからの連絡を無視して(さらに嘘までついて)勝手に飲み会に行ったり、自主トレをサボるようになった。
そしてある日、ついにカメラの前で泣きながら人間関係の悪化など企画に対する不満をぶちまけ、付き添いのADに八つ当たりした上、翌日の野橋との練習中に発狂し、同日夜に練習所を出ていってしまう。

企画再挑戦、そして再テスト合格

三中が飛んだ(逃げた)事は即座に岡村をはじめとするめちゃイケレギュラーにも伝わった。呆れたり驚いたりするメンバーの中、個人的に仲が良かったジャルジャルが先頭に立って三中を説得、「三ちゃんがプロレスラーになったら絶対面白いで。辛いなんて理由でやめるんか⁉︎」「お前には止めに来る仲間がおんねん!」と激励され、企画をやり直す決意をする。翌日、お台場で行われたみちのくプロレスの試合に自ら出向いて野橋や先輩レスラーとリングを設置し、試合を見学。試合後に野橋から改めてプロレスラーになる覚悟があるか問い質され「あります」と返答、逃げたことを許すけじめの張り手を喰らって練習所に戻った。体力が落ちたため、トレーニングは一からやり直しとなったが、逃げ出すことなく地道なトレーニングを続け(その変わり様は付き添いのスタッフが「顔変わったね」と驚くほど)、見事減量に成功し、メンバーらが見守る中再テストにも合格。野橋や新崎らからも賞賛された。
ちなみにこの時、一回も上げれなかった腹筋や誤魔化そうとした腕立て伏せを難なくクリアし、多くの入門希望者が挫折したスクワット500回では1回でもできなかったら最初からやり直しという条件を自ら提案した上で成功させている。

二度目の脱走騒動

こうして練習生テストも無事に合格し、企画も軌道に乗り始めたかと思われたが、その後はひたすらリングデビューに向けて、トレーニングと先輩レスラーのアシストの繰り返しが続き、進展が滞ってしまう。2015年の初夏を過ぎた頃になると、その年の27時間テレビの準備によってメンバー、スタッフの間で企画に対する関心が薄くなった為に、再び不満を漏らすようになり、やがて一向に終りが見えない企画に「めちゃイケから忘れ去られているのではないか?」と不安になっていた矢先、自分の企画を担当する撮影班すら(27時間テレビの準備などで)やってこなくなった事から、フラストレーションが限界に達した三中は2015年7月某日。またしても練習所から逃げ出してしまった。

前回の脱走と違い、今回は撮影班不在の中での脱走だった為、スタッフは慌てて三中を捜索し、連れ戻そうとするが、三中は「もうこの企画は続けられない」と一点張り、スタッフからの呼び出しにすら応じようとしなかった
どうにか27時間テレビは無事に終わったものの、その後も三中は依然として企画を再開しようとせず、遂には(またも嘘をついて)大阪の実家に帰省(という名の逃亡)してしまい、番組の収録にすら顔を出さない程に、徹底的に練習所に戻る事を拒否する構えを見せる

無断で芸能活動開始、そして企画は打ち切りに…

更に、ここへきて突如「お笑い芸人になりたい」と言いだし、番組の許可を得ずに高校時代の同級生だった臼杵寛を誘ってお笑いコンビ『dボタン』(※3)を結成し、更に各地の芸能、タレント事務所に履歴書を送っているなど勝手な行動をとっている事が発覚し、それを知った新崎や野橋はそれまでの自分達の恩情を仇で返したも同然な三中の独断行為に、怒りを通り越してほとほと愛想を尽かし、特に企画当初から最初の脱走騒動を挟んで、ずっとマンツーマンで三中を指導してきた野橋に至っては「もう(三中の)指導役から降りさせてくれ! アイツが戻って来ても、もう何も教えるつもりはない!」とめちゃイケ側に三中の破門宣告をするなど、事は完全に泥沼状態となってしまう。

これに焦った(当時)番組プロデューサーのカガリP(またはガリタさん)こと明松功は三中を呼び出すと上記の独断行動を窘め、すぐに新崎や野橋に謝って練習所に戻るよう、最後の説得(※4)を試みたが、三中は企画の再開も、芸人転向に向けた(独断)行動を辞める事も、断固拒否する。
ついには「たとえカガリさんより偉い人に言われても、(辞めるって)言ってやりますから!」と、有ろう事かカガリPよりも上の人間=フジの上層部や番組スポンサーに喧嘩を売る事も辞さない覚悟でいると断言する始末で、カガリP達も呆れて返す言葉が見つからず、この話し合いはそのまま決裂する事に…
結局、7月の再脱走以降プロレス企画は2度と再開される事はなく、2015年9月16日。正式に中止される事が発表された (ちなみにそれを報告する際、ものすごく嬉しそうだった)。

もう一度言うが、見事リングデビューして企画が終了したのではなく、三中自身の身勝手極まりない行動を受け、新崎以下みちのくプロレス側やカガリP以下めちゃイケ制作陣の双方から「リングデビューできる見込みはない」と完全に見放された事による打ち切りである。

その後、この事件はフジテレビ上層部にも知れ渡り、「番組の企画を放棄した上に、勝手に芸能事務所に所属しようとしていた」とあって、役員会議の議題に取り上げられる程の大問題(※5)となってしまう。
先述したようにカガリPよりも偉い人間と喧嘩になっても構わないと豪語していた三中だったが、皮肉にも本当にカガリPよりも上の人間=経営陣やスポンサーを怒らせる事になってしまった


※1………高校時代は柔道部に所属していたとのことだが、柔軟のやり方などは素人と大差はなく、殆ど運動未経験者に近い。

※2………『腕立て伏せで腕を下まで下げない』『腹筋で脚を持って体を起こすなど』。更にその場に居合わせた同年代のスタッフからそれを指摘され、注意されても、しらばっくれたり、果ては逆ギレするなどして、聞き入ろうとはしなかった。

※3………結成当初のコンビ名は『ワンハンドレッド』、その後『サンプライズ』に改名し、後述の再オーディション後に出川哲朗の助言で『dボタン』に改名した。

※4………この時、カガリPは三中に対し、「このまま企画放棄という形になった場合、今後の番組はおろか、フジテレビ局内において、君(三中)の立場がなくなる事になるよ?」と、その後の三中の行く末を暗示させる最終警告をしていた(そして後述どおり、カガリPの警告はすべて現実となった)。

※5………当時、特定のタレント事務所に所属していなかった三中は、一応はフジテレビの傘下に置かれた『フジテレビの準社員兼専属タレント』であり、そんな立場にある三中が他の芸能事務所に所属しようとする行為は、二重契約=完全な規約違反行為だった。

再オーディション、そしてめちゃイケ降板

プロレス企画が完全に中止になった事を知らされためちゃイケレギュラーは、一度ならず二度までも企画を投げ出したばかりか、企画そのものを潰すという前代未聞な結果を招いた三中の無責任さ、奔放ぶりに驚愕、幻滅する。
それでいて、いけしゃあしゃあと「お笑い芸人になる」と宣言するという、傍から見れば明らかに矛盾しており、身勝手極まりなく、何よりお笑い芸人そのものを舐めているとしか思えない言動に一部メンバーを除いた古参レギュラー達は激怒。

改めて三中が、メンバー会議においてプロ転向を発表した際には岡村をはじめ加藤浩次光浦靖子から「『お笑いやりたいけどプロレスは無理』なんて、ただのワガママだろ!」「身体を張る事のできない芸人なんて、すぐに仕事無くなるぞ!」「プロになりたいなら、自分のやる事くらい自分で責任取りな!」等と総スカンを食らい、よゐこ濱口優(※5)からは三中の行動に関して「ナイナイのカッコいい(様に見える)部分だけをやりたいだけ。それズルいよ」と評し、「プロレスから逃げる為にお笑い芸人になるつもりなら、俺達(芸人)は全員、容赦しないぞ」と一際、芸人転向に対して反対の意志を示される。
同じく鈴木紗理奈も「芸能界の常識をわかってない」とタレントとしての観点から三中のプロ意識のない言動や考え方を批判した。
そして、遂にはそれぞれに「本能が避けてる。視界に映らなくなってる」「嫌い」とはっきりと三中に対する忌避感を顕にした。

また、同じく新メンバーである重盛さと美も「三ちゃん(三中)は周りの人にイジられてこそ、面白いのであって、自分は三ちゃんのトークだけで笑った事は一度もない」とある意味メンバー達の中でも一番残酷な一言を言い放った

そんな中で唯一、大久保佳代子は「天然で面白いところもあるはず」と三中を掩護し、同じく雛形あきこも、擁護とまではいかなくとも「自分の言葉で(芸人転向の熱意を)伝えたほうがいいよ」と三中に助け舟を出した他、 矢部浩之は「もしも芸人になった場合、良くも悪くも接し方を変える」と以後素人扱いしないとしながらも、企画放棄の一件には敢えて触れる事はしないという中立的な見解を示していた。

そして、上記のとおり三中のプロレス企画放棄やその前後で起こした独断行為を受け、めちゃイケメンバー同様激怒していたフジテレビ経営陣やスポンサーは、めちゃイケ制作チームに対し、三中に相応のペナルティを科す様に厳命。
そのため、三中は2016年2月27日 よしもとクリエイティブ・エージェンシーに契約した上で、“芸人”としてめちゃイケメンバーに続投するか否か、再度オーディションをさせられる事となったが、ネット投票の結果は「不合格」の判定が56%と過半数を越えた為、番組から降板することになった

『再オーディション』の真実

だが、前述の経緯を見て分かる通り、この『再オーディション』の実態は事実上の “追放処分” の一環であり、本来は降板させる様に命じられていたものを、三中が『番組側の判断で選んだ新メンバー』であった為、直接降板を命じると視聴者からの批判が殺到すると懸念され、表向きは『再オーディション』でラストチャンスを与えたかの様に体裁を取り繕った(それと番組の面目を潰した三中に対するスタッフ一同からの意図返しも兼ねていた)だけで、その結果は最初から『不合格』と決まっていたと言われている。

それを確信づけるかのように、オーディション前後には視聴者の持つ三中のイメージを下げるべく、敢えて三中の黒い部分を晒す放送が行われ、再オーディション当日には、オーディションが開始される前に「不合格の残念会」の告知が表示され(その後、すぐに修正され「誤表示」として謝罪していた)、めちゃイケ降板が決まった際には、フジテレビから「お台場をはじめ、全てのフジテレビ関連施設への出入り禁止」が言い渡され、2018年3月31日に放映されためちゃイケの最終回スペシャルにも一部のメンバーによる言及を除いて、再出演する事はなかった(ちなみに、三中同様不祥事によって降板となった加藤の相方の元メンバーは最終回直前に復帰を許され(※7)、最終回スペシャルにもレギュラーとして出演していた)。


※6………濱口は最初の脱走騒動の時から「企画を途中で逃げるなんて芸人としてもタレントとしても失格」と厳しい意見を示していた他、三中がめちゃイケを降板した後も、めちゃイケとは別の自身の番組において、この騒動を引き合いに出し「芸能人が三中みたいな無責任で自分勝手な事をすると、後々信用問題に関わってくるから危険」と新人タレント達への警鐘としていた。

※7………2006年7月の不祥事まではずっとめちゃイケメンバーで、そもそも新めちゃイケメンバーではない。10年以上音信不通だったため、番組内で不祥事、感謝の念や不満や憤りを告白。めちゃイケメンバー、スタッフ、フジテレビ、ゲストに正式な形で謝罪しなかったことを岡村隆史と相方の加藤浩次が叱責し、視聴者や関係者に加藤浩次共々謝罪。それ以降めちゃイケ(フジテレビ)は「十分な社会的制裁を受けた」とコメント。放送シーンもスタジオ外ではあるが解禁され、最終回の3ヶ月前からはスタジオ収録への参加も許されるに至った。

めちゃイケ降板後の動向


再オーディション直後

2016年2月27日の再オーディションで不合格となり、めちゃイケから降板が決定となった当日。
落ち込む三中に対し、ゲストとして出席していた新崎から『お笑い芸人としての初仕事』として、翌日の28日都内で開かれるみちのくプロレスの大会でのMCの仕事のオファーがくる(ちなみにそれを受けた三中はものすごく嫌がっていた)。
翌日、都内で開かれたみちのくプロレスの大会に相方 臼杵と共に出席した三中は、元コーチの野橋からリング上に呼び出される。
その場で野橋から、自分や新崎を含めみちのくプロレス全員からの期待や恩情を2度も踏みにじって逃げ出した事や、プロレス企画を台無しにした事でめちゃイケ、みちのくプロレスの両方の面子を潰した事を叱りつけられた三中は(「相方の連帯責任」という理由から)臼杵と共に禊ぎの張り手を食らい、「2回目の脱走に関しては本当に失望したし、はっきり言ってお前はプロレスラーとして最低な事をした。それでも『芸人になる』と決めたのは、お前自身なのだから、もうそれは二度と投げ出したりせずに頑張っていけ」と叱咤激励を受け、一先ず野橋とは和解に至った。

その後、三中は翌月3月12日放送の「三ちゃんのお礼参りSP」において、相方の臼杵や上述の下りで和解した野橋らと共に、めちゃイケ最後の出演を果たし、岡村をはじめめちゃイケレギュラーやスタッフの中でも特に根に持っていた者達に対する報復を行った(ちなみに前述にあるとおり、フジテレビ一帯は完全出禁状態にあった為、収録は都内某所の学校のプールで行われた)。

ちなみにプロレス企画で減量に成功した三中だが、現在はメンバー加入当時よりも太っている。

『dボタン』解散と新コンビ結成

業界人、一般人の双方からの心象や信頼がどん底まで落ちてしまった中で、芸人として再出発をする事となった三中だったが、やはりめちゃイケでのマイナスイメージが引きずり続けたのか、その後は目立った活動もなく、最終的に相方 臼杵との「方向性の違い」を理由に、『dボタン』はめちゃイケ終了に先立って、2018年の1月に解散する事となった。周囲からは芸能界引退を勧められるが、本人は臼杵の許可をもらって『dボタン三中』の芸名でピン芸人として活動すると意思表明をした。

だが、その一ヶ月後には新たな相方を見つけ、新コンビを結成する事を発表している。その際、「めちゃイケ降板後運に恵まれないのは芸名が悪いと占い師に言われた」ことを理由に更なる改名を宣言。だが、その際に「dボタンは捨てます!」などと、めちゃイケや助言した出川へ責任転嫁するような恩知らずも甚だしい失言をしてしまい、更に非難されることとなった。余談だがこの際、めちゃイケに責任を押し付けているのではないかと指摘された際、それまでの饒舌ぶりを引っ込めて「そんなこと言うとまた三中がめちゃイケのこと言ってるみたいに書かれるから…皆さん書かないで…」と記者に泣きつくが当然聞き入れられるわけがなく、この泣き言を含めてしっかり記事にされた

これを受けて、流石の三中もマズいと思ったのか、更に一ヶ月後、先述の発言について「言葉の表現を間違えてしまった」と弁明し、新コンビ結成の延期と改名を考え直す事を発表している。
しかし、これがかえって「節操がないにも程があるだろ」と火に油を注ぐ事となり、「さらに嫌いになった」「このまま本当に引退しろ」等と批判が余計に集中砲火されるという本末転倒な結果になった。

挙句の果てに、あるネットニュースでは、「何を言っても生意気な印象しか持たれないので、いっそのこと人間性の悪さをウリにしてみてはいかがだろうか」とまで書かれる羽目に…

果たして三中の明日はどっちだ……?

人間性や評判

前述の通り、当初は「不器用だけど天然で、純朴な好青年」というイメージで通っていたが、実際は…

(嫌な事に対し)すぐ嘘や言い訳をして、逃げる、サボる。
『めちゃイケレギュラー』という立場を鼻にかけ、自分より立場が下と見た人間(若手スタッフやファン等の一般人)に対して驕り高ぶる。
根本的に周囲の配慮や恩情を顧みる事をしない軽薄で自己中心的。
言うこと成すこと全てにおいて一貫性が無く、日和見で無定見。
・自らを「ボケの塊」と豪語したり、実際は5年と少しであるめちゃイケ出演期間を「6年」と偽って話すなど、虚栄心や自尊心が無駄に高い。
・『プロのお笑い芸人』という肩書にやたら固執している一方で、他人(それも尊敬していたナインティナイン)のネタを平気で丸パクリする(「ボケの塊」はどこへいったのやら…)など、プライドを持つべき部分と捨てるべき部分を完全に間違えている(出川曰く「クソみたいなプライド」)。


といった具合に、憧れの芸人であった岡村からも「このままめちゃイケにいさせてもロクな人間にならない」と問題視される程に、純粋さや朴訥さの欠片もないような度し難い俗物であった事が、めちゃイケ降板時の一騒動を通して、芸能界のみならず、世間一般から周知される事となってしまった。
その結果、めちゃイケ視聴者を中心に、全国から凄まじい顰蹙・反感を買う事となってしまい、2018年現在にかけても三中に関する話題の記事が上がる度にネットでは罵詈雑言の嵐が起きる始末である。
さらには、Wikipediaにおける三中に関するページも、定期的に三中アンチのユーザーによる誹謗中傷的な説明文(一時期は『いつ殺害されてもおかしくない』なんて物騒な説明文が記載されていた事もあった)が書き加えられる有様である。

無論、ネットの中だけでなく、実生活においてもそのイメージダウンの影響は著しく尾を引く事となり、アルバイトの面接を受けようとするも、応募先から「(めちゃイケの時みたいに)すぐにサボったり、逃げたりされると困る」、 「(三中を雇っていると知られたら)ウチまでイメージが悪くなる」と門前払いされ、さらに街で出会った見知らぬ一般人から「お前クズなんだろ?」、「この根性無しが!」、「殺すぞデブ!」といった罵声や暴言を浴びせられるなどの偏見風評被害に悩まされる事となってしまった。


反面、めちゃイケ降板以降もその腐りきった性根はちっとも改善されていない様で、降板以降も、事あるごとに(というよりも公の場に出る度に一言二言は必ず)『めちゃイケ』について言及し、特にめちゃイケを降板させられるきっかけとなったプロレス企画放棄については「汚点を残した」「めちゃイケにも、みちのくプロレスにも沢山迷惑をかけてしまった」などと口では反省や、自分がなぜめちゃイケを降ろされたのか理解しているかのような弁を述べながらも、その一方ではめちゃイケが終了する際、番組の最終回には当然自分も呼ばれるものだと思い込んでおり、「dボタンとして頑張ってる姿を見たスタッフから、この企画、三中に当てはまるから最終回に呼んであげようみたいになって、声がかかるのを待ってる」と、『自分に与えられた企画を勝手に投げ出した』者とは思えない図々しい言い回しで、あたかも最終回に出演する前提で(身勝手でお気楽な)理想を語っていたが、先述通り、現実は呼ばれるどころか、過去のVTRや話の話題として触れる事すら極力憚られ、エンディングのクレジットに名前さえ表記させてもらえないという、完全に黒歴史扱いとされていた。

それだけでなく、「よしもと47シュフラン」等のイベントなどに呼ばれた際は「めちゃめちゃイケてる〜!」を登場時のフレーズに使用したり、三中がまだめちゃイケメンバーだと勘違いしている一部のファンがいるのをいい事に岡村の名前を利用している事を臆面もなく、ひけらかしていた。
さらに番組終了直前にも「もうすぐ"元めちゃイケメンバー"じゃなくなるから、今のうちにいっぱい(めちゃイケや岡村の名前を)使っておかないと」と身の程も弁えない様な戯言をドヤ顔で述べ、さらにはこれだけめちゃイケをダシに使っておきながら、「三中といえば未だに『めちゃイケに出たがってる』みたいに言われてるけど、そんなつもりじゃない」と白々しい嘘を堂々と吐き、挙句の果てに「ネットニュースでは謂れなき誹謗中傷を受けて迷惑している」と、完全に自分の犯した愚行は棚に上げて被害者面までする始末で、これには同席していた芸人仲間達だけでなく取材に来ていた芸能記者達からも呆れられ、失笑されていた

更に、めちゃイケが終了してからは、とある特撮芸人がMCを務めるニコ生の番組に出演して(数少ない)持ちネタであるウルトラマンに関する小ネタを披露した際、「めちゃイケでは出させてもらえなかった自分の個性を特撮系の仕事で生かしたい」と述べる等、遠回しながらもめちゃイケに対する不満や陰口も平気でする様になった。

『根っこの悪い部分』とは

三中が降板して間もない頃、岡村は、自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組『オールナイトニッポン』にて三中の本性を暴露した。
それは上述にもある「一般人、素人代表なのに、後から入ってきた若手スタッフに悪態をついたり、傲慢な態度をとる」と言った礼節の問題である。そのエピソードとして、靴紐を挙げている。ある企画で縄跳びをした際、三中の靴紐がほどけた途端、若手のAP(アシスタントプロデューサー)が走って行って結び直しているのを目撃した岡村は、三中が靴紐が結べないことを知る。そして結んでもらったにも関わらず、三中はAPに礼を言わず立ち去ろうとしたため、岡村は「どんなにしんどくても礼は言わないと」と注意した。
他にも、企画の中で一般の人と接する際にいきなりタメ口だったり、ファンに冷たく当たるなど日頃から行動に問題があり、それをめちゃイケの編集ではごまかしてきたが、やがてそれでは隠しきれないまでに増長してしまったとのこと。
また、ネットのTwitter2ちゃんねるなどでは、めちゃイケサービスエリアに出向していた頃から、「裏で現地スタッフに対して尊大に接していた」「若い女性のファンやビデオカメラで撮影するファンに対してはサービス精神旺盛に振る舞う一方、カップルや年配のファンに対してはぞんざいな態度をとる」などの二面性がある事が囁かれていた。

めちゃイケサービスエリアへの出向やそのきっかけとなった恋愛ドッキリ、そして放棄したプロレス企画も、それぞれ番組の企画という意図だけでなく、三中の人格矯正を本当の目的としていたという。

めちゃイケ共演者や番組スタッフとの関係

番組上の“仲間”だっためちゃイケレギュラー陣とも降板前から、「初収録の際に話しただけでそれ以降絡みが無かった」「メールアドレスを交換するもすぐ受信拒否にされる」など、お世辞にも親密とはいえなかった様で、一連の騒動も追い打ちとなり、めちゃイケ降板以降は岡村をはじめ、ほとんどのメンバーから縁を切られた

一方、ジャルジャルの福徳秀介は、上記のプロレス企画の1度目の脱走の際に三中を説得したり、プロ転向宣言の場で糾弾される三中に助け舟を出すなど、めちゃイケメンバーの中でも数少ない三中の理解者であり、三中曰く『めちゃイケ』降板以降も変わらずに交流が続いているという。
ただし、プロレス脱走時の説得はスタッフから「みちのくプロレスに戻るって言うまで説得するように」と言われていたとの事。また、三中が再オーディションに不合格となった時は残念会の最中、三中の性癖について暴露するなどしている。

また、めちゃイケメンバーの中でも一際三中の芸能人らしからぬ身勝手さに憤っていた濱口はというと、元より後輩芸人達への面倒見が非常に良い性分の為、2017年に舞台役者として活動を始めた三中の元を訪ねて激励するなど、ここ数年は態度を軟化させつつあるという。

2018年現在でめちゃイケメンバーで交流が続いているのは、上記2名と矢部のみである。

一方、カガリPをはじめとする番組制作陣や撮影スタッフからは、一連の騒動により、不興を買った事は言うまでもなく、めちゃイケ終了が決定された際、「個人的に親しかった」と三中が自称しているスタッフにメールをして真偽の確認をしようとしたところ返信がなく、さらに電話番号も変わっており、完全に無視されてしまったという。

そんな中、めちゃイケの番組制作陣の一人であった鈴木おさむは、番組降板後に自身が経営するちゃんこ屋にアルバイト店員の面接にやってきた三中に対し、めちゃイケでの愚行や、芸人としても社会人としても甘ったれた考え方を厳しく説教したものの、最終的に彼を自身の店で雇っている……だが、そんな鈴木のちゃんこ屋も2018年4月に閉店してしまった

ちなみに、ここまでも散々述べたように、これだけ共演者・スタッフに迷惑をかけておきながら、本人はそれに対する罪悪感どころか、自覚すらさほど感じていない有様で、番組終了の告知がされなかった事で再出演の見込みがないことを知った際には「メンバーじゃないたむけんさんにさえ連絡が来たのに…6年(※8)もいたんですよ?」「僕嫌われてたんですか? プロレス企画を逃げただけで、それ以外には何もしてないはずなんです」と悪びれる様子も無く愚痴をこぼしていた。

それに対し、その場に居合わせたとにかく明るい安村は「番組に散々迷惑をかけた自分が悪いんじゃない? 6年(※8)もいた奴に何の連絡もしないのは、そいつに(それだけの)原因があるからだと思う」「それ(三中を完全に無視している事)が(『めちゃイケ』および『フジテレビ』側の)答え(三中を再出演させる気など毛頭無いこと)だよ」と辛辣ながらも至極当然な指摘を示していた。

上記のやり取りがネットニュースに上がると、ニュースサイトの感想コメント枠やSNSの掲示板などでは「安村の言う通り」「自分がやらかした事(の大きさ)が全然わかってないな」等と顰蹙や軽蔑のコメントで埋め尽くされていた。


※8………上記にもあるように三中はこの時、自分のめちゃイケ出演期間をサバ読んでおり、厳密には5年2ヶ月が正しい。

本当に悪いのは三中だけなのか?

以上のように各方面から顰蹙を買っている三中であるが、一方で『めちゃイケサービスエリア出向』から『プロレス企画』→『再オーディション』の一連の三中の退場劇のくだりについては、一部の視聴者からは「流石に三中が可哀想。面白くないイジメだし、限度を超えてる」「いくら三中が使えないクズだったとしても、あんな公開処刑みたいなやり方でクビにするのはどうかと思う」と、僅かながらも三中に同情した意見や、「イジメで視聴率を上げようとしている低欲番組」「素人を玩具扱いしているだけ」「何の取り柄もない素人を、面白半分でレギュラーメンバーに加えようとした事が大きな間違いだった」「そもそも新メンバー自体めちゃイケには必要なかった」とめちゃイケやフジテレビに対する批判が多く寄せられていた。

持ちネタなど

ピン芸人としての持ちネタとしてケチャップ一気食いウルトラマンのあらすじや登場怪獣の名前を言えるの二つを挙げているが、ネットや芸能ジャーナリストからは「お世辞にも芸とはいえないお寒いだけの“ただの特技”」「芸人のネタとしては箸にも棒にもかからないレベル」と評され、遂には「(めちゃイケ)最終回に出たがってる暇があるなら自分の芸を磨け」「新しいコンビ名を考える前に新ネタのひとつでも考えろ」と揶揄される始末。

関連項目

めちゃイケ お笑い芸人 吉本興業 風評被害 炎上 トラブルメーカー 因果応報

クロちゃん村本大輔三又又三…三中と同じく自分自身の言動や素行が原因で「クズ」のレッテルを貼られたお笑い芸人達。

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