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三中元克

さんなかもとかつ

よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑い芸人である。
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概要


1990年7月24日生まれ、大阪府出身。愛称は「三ちゃん」。 元めちゃイケメンバー。
現在はピンの“お笑い芸人”…なのだが、ここに至るまでの後述する特異な経緯からネット上を中心になにかと議論の的となっている芸人の一人である。

経歴


めちゃイケレギュラー時代


ナインティナイン岡村隆史に憧れ、フジテレビ系列のバラエティー番組「めちゃ²イケてるッ!」で2010年に開催された「めちゃイケ新メンバーオーディション」で素人枠から唯一選出された。
当初は「大のめちゃイケファンである朴訥な青年」というキャッチコピーの下、イジられキャラ・マスコット的存在として扱われていたが、だんだんと傲慢かつ分不相応な言動(岡村曰く『根っこの黒い部分』)が目立つようになった。具体的には「素人にも拘らず、若手スタッフに威張り散らす」、「ファンと接する際、カップル連れや年配者にぞんざいな応対をする」「共演者に対し、無礼な軽口を叩く」といったものだった。
最初のうちは編集で誤魔化していたものの、次第にそれすらも難しくなっていき、教育も兼ねてお台場合衆国のめちゃイケブース『三中食堂』の店長、東名高速道路・足柄サービスエリアで行われた企画「めちゃイケサービスエリア」の総支配人として出向する。 しかし、それらの企画を通じても改善の余地がまるで見受けられず、最後の手段として新崎人生が率いる「みちのくプロレス」でプロレス挑戦企画をやる羽目となった。

企画放棄騒動と再オーディションによる降板


2014年10月から看板レスラー・野橋太郎の指導下、見習いとして入門する。しかし、開始早々にトレーニングをサボったり、入団テスト中にズルをするなどを繰り返し、野橋はより厳しく指導するようになった。
さらには三中食堂やめちゃイケSAと違い誰も自分に見向きもしないという孤独な状況、企画の終わりが見えないという不安、そんな酷な状況に心身共に耐えられなくなった三中は同年12月に野橋と衝突し、企画をリタイアしてしまう。
すると、同じめちゃイケメンバーで一番仲が良かったジャルジャルから叱咤激励を受け、それに背中を押された事で人生、野橋達に謝罪し、もう一度企画に挑戦する事を許された。その甲斐あって翌年の1月再挑戦した入団テストに合格して、訓練生となった。

ところが、入団から半年程すると、当時めちゃイケ主催の27時間テレビの準備に番組スタッフやめちゃイケメンバーらが多忙となった中、自身の企画への関心が著しく下がってしまった事から三中は再び不満を募らせた末に、それが暴発する形で27時間テレビ本番目前となっていた7月某日に突如、練習所から失踪
さらには番組に無断で高校時代の同級生、臼杵寛と共にお笑いコンビ「ワンハンドレッド(のちにサンプライズへ改名)」を結成。芸人を目指そうと幾つもの芸能事務所や養成所へ売り込みをかけるなどの勝手な行動をとった事で、番組のみならずフジテレビ全体を騒がせる大問題へと発展。
最初の脱走から復帰する際に「二度と逃げない」事を約束していた上での脱走だった為に、人生、野橋をはじめとするみちのくプロレス関係者からは完全に愛想を尽かされ、かたや三中も、再三説得しようとしたスタッフに対して「(例え偉い人から「やれ」って言われても)プロレス企画は絶対に辞めるって言います!」と宣言するなど、最早双方共に企画再開の目処が立たなくなった事から、企画は同年9月をもって正式に中止、お蔵入りになってしまい、結局三中はリングデビューすらできないまま、『みちのくプロレス』を退団した。

これらの騒動を受け、 めちゃイケのレギュラーメンバーをはじめ、番組スタッフや番組視聴者からも総スカンを喰らう。プロレス企画から逃れるために芸人に転向しようとするその姿勢を徹底的に非難・叱責された三中であったが、それでも岡村や加藤浩次らの「三ちゃんの人生なんだから、彼の好きなようにさせてやってもいいんじゃない?」「この際だから芸能界の方が厳しいってことを理解してもらいましょう」という鶴の一声もあって、なんとか芸人転身は認められることとなった。
そして、翌年2016年2月19日に吉本興業と契約し、正式にお笑い芸人となったが、案の定、他の若手芸人達からは歓迎される事はなく、特に新メンバーオーディションの決勝で争ったダイノジ大地からは「お笑いに対する気持ちが軽すぎる」「俺達と横並びになる覚悟はできてるのか?」「お笑い番組の企画から逃げた癖にお笑い芸人なんておかしいだろ」と涙ながらに説教され、「素人の立場捨ててプロになるって言うなら、ちゃんと『プロ』として、もう一度オーディションを受け直せ!」と命じられる。
三中がオーディションを受け直すことに同意したため、翌週の2月27日放送回で『お笑い芸人』枠としてめちゃイケレギュラーに続投すべきか否かを決める為の再オーディションが開催され、臼杵と共にお笑いコンビとして漫才を披露したがネット投票の結果、不合格となり、その翌週の2016年3月12日放送の回をもって番組から降板となった。

その後、『プロレス企画』から『再オーディション』、降板に至るまでの流れについて「自分たちが三中を新メンバーに選んだにも拘わらず、使い捨て同然に降板させた挙句、その処遇を視聴者に責任転嫁させた」と、番組サイドの対応も問題視された。
さらに「企画倒れになることは目に見えていたはず」というプロレス企画自体が無茶だったという批判や「いくらなんでも内容が過酷すぎる」という三中に同情的な意見も出ており、さらには「素人を新メンバーに選ぶこと自体間違いだったのではないか」という点もスタッフやフジテレビに指摘されており、この点については後に番組のメインプロデューサーの片岡飛鳥も「素人をレギュラーとして使う事の難しさを痛感した」と暗に三中をレギュラーに加えた事が失敗だったと認める発言をしている。
また、この騒動は三中に再オーディションを命じた大地にも飛び火したらしく、「そもそもお前が三中に再オーディション受けろなんて言ったからこんなことになった」と彼に対しても批判的な意見が殺到したという。

めちゃイケ降板から現在にかけて


降板後は出川哲朗からにコンビ名を「dボタン」に改名するように助言されるも最初はサンプライズのままにする事に拘っていた三中だったが、出川に「わかってねぇなお前は! そんなクソみたいなプライドいらねえんだよ!絶対に今『bボタン』の方が良いんだから!みんな『bボタン』で覚えているんだから『bボタン』で良いんだよ!」と一喝されるやり取りがあった。(ちなみにこの時、出川は岡村から「(正しくは)『dボタン』やから!」「『わかってへん』言うとるアンタが、一番わかってへんがな…」とツッコまれていた)
この出来事を切っ掛けにコンビ名を「dボタン」に改名し、相方、臼杵と共にお笑い芸人として活動し、一時期は自身が立ち上げた吉本興業公認の劇団「三ランポリン4アター」をはじめ、舞台役者としても活動していた時期もあった。
しかし、めちゃイケ降板直前に起こした一連の規約違反を理由にフジテレビからお台場本社ビルへの出入り禁止を言い渡されるなど、上記の不祥事によって生じたマイナスイメージは根強く、さらに臼杵もコンビ結成前からタレント活動を行っていた事もあり、次第に二人揃っての活動の機会は減っていき最終的に2018年1月に「方向性の違い」を理由に同年3月のめちゃイケ放送終了を前にしてコンビ解散となった。

その後は特撮作品に関する知識を生かした特撮芸人へと転向し、同じ特撮芸人であるアマチュア芸人の京佑と2019年9月、正式にコンビ『スーパーヒーロー』を結成して活動する。
だが、新コンビ結成を発表する際に三中は「『dボタン』は捨てます!」「そもそも自分はコンビ名を『dボタン』にする気なんてなかったのに、出川さんに無理矢理変えさせられたんです」と出川からの助言を無下にし、あまつさえ責任転嫁しているかのような暴言を吐いた為に批判が殺到してしまい、その影響か定かではないが、当初は2018年5月の予定であったコンビ結成が1年以上延期される事となった。

そして地上波の番組へは再オーディションの翌週のめちゃイケ以降出演しておらず、2018年3月のめちゃイケ最終回スペシャルにも出演させてもらえなかったが、2019年4月11日にテレビ東京系の番組「勇者ああああ 〜ゲーム知識ゼロでもなんとなく見られるゲーム番組〜」にて約3年ぶりに地上波の番組に登場し、視聴者を驚かせた。

私生活の方では、めちゃイケ降板から現在にかけても企画放棄の一件と、それを通して暴露された横様な言動がネット上で徹底的に非難されている。同様の理由でアルバイトが長続きしなかったり、面接の時点で「サボり、逃亡の常習犯」のレッテルを張られるなど、 風評被害に悩まされ続けている。三中本人も雑誌取材やゲスト出演した番組で「本人なのに誰にも気づいてもらえない」、「一回企画を逃げただけで、未だに世間からは犯罪者の様に扱われる」などの自虐エピソードや鬱屈した想いを打ち明けている。
また、福徳によれば最近は吉本の劇場の売店で売り子をしており、それなりに知名度はある模様。
他にも前述のようなウルトラマン仮面ライダーの知識を生かして本格的に特撮芸人として再起を狙っているとのことでいつかテレビで見られるかもしれないと語っていた。

2020年5月からはyoutubeで『吉本HEROS』というチャンネルを設立し、京佑と共に新たな方向で活動していく…かと思われた矢先、数回の動画更新の後に突如として全動画+アカウント削除を行いその後、何の報告もないまま、相方・京佑のTwitterアカウントから『スーパーヒーロー』と三中に関する記述・画像が全て削除されるなど、不穏な様子を見せ、ネットユーザーの間で憶測が交わされていたが、2020年7月24日。京佑のTwitterで正式にコンビ『スーパーヒーロー』の解散が報告された。
奇しくもその日は三中の30歳の誕生日であった。

現在、三中のめちゃイケ降板に対しては『本人の驕りや素行の悪さ、根性の無さが招いた自業自得』と見る派と、『めちゃイケの節操のない方針に振り回された被害者』と見る派とに二分されている。
しかし、三中の行動によってスタッフやフジテレビの裏側が暴露されたことにより、世間から冷たい目で見られるようになった。番組終了以降のフジテレビは不祥事や打ち切りが相次いで起こり、改めて三中の行いに同情する声やテレビの被害者と意見が少なからず増えてはいる。後にナインティナインとジャルジャルもラジオで「(三中にとっては)過酷だった」「難しかったのかもしれない」と三中を擁護していた発言もあった。

関連タグ


めちゃイケ 岡村隆史 吉本興業 みちのくプロレス
風評被害 出禁

臼杵寛(2016年2月~2018年1月)…『dボタン』時代の相方
京佑(2019年9月~2020年7月)…『スーパーヒーロー』時代の相方

明松功…通称「ガリタ」。三中同様にめちゃイケの打ち切りに追い込んだ張本人と言われている。
クロちゃん…ネット上を中心に似たような扱いを受けている芸人。

経緯や風評被害についてのまとめ記事
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