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ピクシブ百科事典

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概要

1990年7月24日生まれ、大阪府出身。愛称は「三ちゃん」。

フジテレビバラエティ番組めちゃイケ』の元メンバーとして知られ、現在は“お笑い芸人”に転向している。
後述の通り、素人からプロ転向に至るまでの特異な経歴によりネット上でたびたび議論の的となっている。

経歴

少年時代

幼い頃からお笑いに対して興味を抱いており、小学校の卒業文集には岡村隆史のような芸人になる事を夢見ていた。その為、お笑い番組が大好きで特にめちゃイケにおいては毎週欠かさず録画して視聴するなどファンの域を超えた存在となっており、ナインティナイン主催のライブにも毎回見に行っていた程である。やがて、地元の工業高校進学時に後の相方となる臼杵寛と出会う。臼杵自身もお笑いに興味を持っており、三中と共に本格的に芸人への道を志すようになる。しかし、臼杵は卒業間近に受けた吉本興業主催のアイドルオーデションに合格し、アイドルグループ「L.A.F.U」のメンバー入りが決定し、芸人への活動が困難となり、結局三中一人だけで芸人を目指すようになった。
高校卒業後は進学も就職もせずフリーターとして活動し、NSCの養成所に入学する為の資金を貯金し続けていた。そして、20歳で上京し夏季の間はお台場冒険王のスタッフのアルバイトをしていた。

レギュラー抜擢と芸能界入り

そして2010年フジテレビ系列のバラエティー番組「めちゃ²イケてるッ!」で開催された「めちゃイケ新メンバーオーディション」で素人枠から唯一選出された。
当初は「大のめちゃイケファンである朴訥な青年」というキャッチコピーの下、イジられキャラ・マスコット的存在として扱われていた。2011年のフジテレビ新春キャンペーンではイメージキャラクターに選出されるなどし、さらに一時は番組内において岡村に次ぐ数のメインのコーナー・企画を持つなど、まさに破竹の勢いだった。

素行悪化と更生企画

ところが、メンバー入りして数年が経つと、“素人”に似つかわしくない言動(岡村曰く「根っこの悪い部分」)が目立ち始める。

具体的には……

  • 自分より後から入ってきたスタッフに威張り散らし、顎でこき使う
  • 気が乗らない企画は、適当な理由をついて辞退する
  • 物事を都合のいいようにばかり考え、さらに都合が悪くなると、嘘や屁理屈を言って誤魔化そうとする
  • ファンと接する際、誰に対してもタメ口
  • 素人という立場ゆえに加減というものを知らないのか空気を読まない失礼な発言が目立つ
  • 後述の重盛のセリフのようにお笑いのセンスはないくせに「ボケの塊」と自称するなど自信だけは過剰
  • 自分から非を認めようとせず、第三者に促されないと謝罪をしない
  • 若い独身女性にだけ愛想よく接し、男性やカップル連れ、年配者にぞんざいな応対をする
  • 自分にちょっかいを出してきた子供を泣かせる
  • 共演者に対して無礼な軽口を叩く

といった芸能界はおろか社会人としての常識にも悖る振る舞いばかりで、後に岡村も某ラジオ番組で「あのまま『めちゃイケ』に居続けても、ロクな人間にならなかった」と公言している。

最初のうちは編集で誤魔化していたものの、次第にそれすらも難しくなっていったため、番組側の意向によりTPO教育も兼ねて、お台場合衆国のめちゃイケブース『三中食堂』の店長、東名高速道路・足柄サービスエリアで行われた企画「めちゃイケサービスエリア」の総支配人として出向。しかし、それらの企画を通じても改善の余地がまるで見受けられず、最後の手段として、2014年10月から新崎人生が率いる「みちのくプロレス」に入門し、プロレスラーとしてリングデビューを目指す企画をやる羽目となった。

この企画が発案されたきっかけこそ、上記のような三中の悪化した素行を改善し、更生させるためでもあったが、一方では2011年に発生した東日本大地震の余波で、未だなお復旧の目処が立たず、岩手県を中心に仮設住宅に住む被災者が多くいたため、その被災者達を元気づける復興支援も兼ねていた。

三中はプロレス挑戦について事前に連絡されておらず、自宅を訪れた岡村に連れられる形で岩手県滝沢市のみちのくプロレス道場に赴き、そこで初めて企画のことを知らされることとなる(企画の発表時、三中は露骨に嫌そうな表情を浮かべていた)。

みちのくプロレスでは練習生になるための入団テストに合格する必要があり、そのために一か月の間看板レスラー・野橋太郎の指導のもと、トレーニングをすることになったのだが、三中は企画発表時の態度や後のインタビューでプロレスは見るのもやるのも苦手だったと述べたことでもわかる通り、この企画に対して乗り気ではなかった。

野橋の前では真面目にやっても、自主トレでは手を抜くなど真面目に取り組まなかった影響がたたり、万全でない状態でテスト当日を迎えることになるが、当然のことながら課せられたテスト種目は満足にこなせず、挙句の果てにはズルをするなどをしたためテストは不合格になってしまう。

それでもみちのくプロレス側と交渉しもう一度だけチャンスを与えられたが、トレーナーの野橋からは「これからはより練習態度や生活態度など、お前に対する見る目も厳しくなる。これまでのやり方でできなかったんだから、それ以上に厳しくするしかない」、「合格させられなかった俺だって悔しいよ。真剣に教えてるのに」などと説教した上で、以前よりも厳しい指導や練習不足による肥満解消のための食事制限を三中に課するようになった。

しかしその後も三中の企画に対する不真面目な態度は変わらなかった。

東京でのめちゃイケ収録がある日も自主練をするよう指示があったにもかかわらず、それをサボり、ジャルジャルの福徳と深夜にバーに行き、禁止されているはずの揚げ物を注文するなどしていた。

そんないつまでたっても真面目に取り組まない三中に対して野橋は厳しい指導に加え、会話の際にも「練習時は俺よりでかい声を出せ!」と喝を入れるようにもなっていく。

そんな状況の中、三中食堂やめちゃイケSAと違い全く注目されない孤独、企画の終わりが見えないという不安に心身共に耐えられなくなった三中は同年12月某日。遂に野橋と衝突。子供のような駄々をこねて、練習を投げ出す姿に呆れた野橋は「辞めるのなら辞めるとちゃんと言え!練習が嫌なら出て行け!」と一喝。それが決定打となって、三中は撮影スタッフ達の制止を振り切って、企画をリタイアして、その日の内に東京の自宅に帰ってしまった。

その後、しばらく自宅に篭っていた三中の元に、同じめちゃイケメンバーで一番仲が良かったジャルジャルが訪れた。

「人間関係が辛い」「自分は芸人になりたい。プロレスは芸人としての仕事じゃない」と言い訳する三中に2人は「人間関係がきついとか言うけど、ただ練習がしんどいだけなんやろ?そんな単純な理由で夢諦めるんか?」「プロレスも立派なお笑いの仕事やで!」「三ちゃんがプロレスラーになったら面白いと思うよ多分!」「毎年吉本だけで1200人くらいの若手が入ってくる中、売れてもいない芸人はどんな企画であろうとテレビに出たくて必死なんやで!」「プロレスが嫌なら、めちゃイケも辞めて、ネタのオーディション受けて、下から這い上がれよ!(今の三中では)無理やで!」などと、売れない芸人が如何に売れようと必死で頑張っているかという事、テレビに出ているにも関わらず与えられた企画を投げ出すのは彼らにとっても失礼な事であること、ネタもろくに作ったことがない三中が芸能界で活躍する上でプロレスの経験は必ず武器になるという事を諭した上で、「三中には止めに来る仲間がおんねん!普通夢諦めるん言うたら誰も止めに来えへんわ!止めに来とんねん俺らは!」「辛い時は泣いたらええ!」と励まし、それに背中を押された事でみちのくへと戻ることを決意。

人生、野橋達に謝罪し、「二度と逃げない」と約束した上で野橋より禊のビンタを浴びせられ、もう一度企画に挑戦する事を許された。その甲斐あって翌年の1月再挑戦した入団テストに合格して、練習生となった。

また、この一件を通して、岡村からは「まだまだ三中は甘いと思う。そろそろ素人扱い辞めさせてもろていいですか?みんなと横一線で頑張ってもらっていいですか?頑張ってるフリ、悔しいフリはせず、これからは本気でプロのタレントの一人として本気で仕事に取り組みなさい」と叱咤激励された。

それ以降も三中は基礎トレーニングや試合のセコンドとして活動するなど、みちのくプロレスの合宿所に入り浸る日々を送っていた。
しかし、この頃から内容がトレーニングとセコンドの繰り返しとマンネリ化してきた為か自身の企画がめちゃイケで取り上げられなくなった上、フジテレビの収録にも呼ばれない事が多くなる。

そして、入団から半年程すると当時めちゃイケ主催の27時間テレビの準備に番組スタッフやめちゃイケメンバーらが多忙となったため、三中担当の撮影スタッフもみちのくプロレスの練習場から離れ、三中にカメラを渡し自ら撮影して状況を報告する様に命じられてしまう。その結果、自身の企画への関心が著しく下がってしまった事から三中は再び不満を募らせていく。その為、三中は製作陣に「プロレス企画を終了して東京に戻って収録に参加したい」と願い出たが、スタッフは27時間テレビの準備で忙しかったため三中の企画まで見れる余裕が無いことや、本企画の目的はあくまでも三中の人格改善であるため、三中が番組に対し真面目に取り組む姿勢が見えない限り企画を終了するつもりは無く、製作陣は三中の要望を却下し企画を続行する様命じた。その際三中は、「番組内で自身の企画をもっと取り上げて欲しい」と懇願したが、全く進展も無い企画を取り上げても何の面白味もあるはずが無く、何より再びテレビで取り上げてしまうと三中に甘えが出てしまうと判断したため、この案も却下され自分だけで頑張る様に命じられる。

また、企画の趣旨の一つである筈の『復興支援』に積極的に関わっていたのは三中だけであり、他メンバーは仕事の都合上参加出来ず、参加出来たとしてもほんの少し程度だった事も、三中の孤独感をより増長させる事となった。

独断行動と企画放棄

そして、27時間テレビ本番目前となっていた7月某日。遂に溜まっていた鬱憤、そして終わりの見えない事への不安が暴発する形で、みちのくプロレスの練習所から失踪してしまう。
みちのくプロレスから連絡を受けた製作陣は、直ちに三中の捜索班を立ち上げ、自宅の近辺を張り込ませた。しかし、それを察した三中は再度連れ戻される事を恐れてか、知人の家やカプセルホテル等を転々として逃げ回るようになる。
それでも、この年はめちゃイケが中心となっていた27時間テレビに、レギュラーメンバーである三中を欠席させるわけにはいかなかった制作陣は「27時間テレビが終わるまで、プロレス企画の件は保留にする」と約束する事でどうにか三中の身柄を抑え、27時間テレビの放送は無事に終える事ができた。
ところが、それからまもなく、三中はプロレス企画について制作陣と話し合う約束を破り、「心身不調による療養」という名目でそのまま大阪の実家に逃げ帰ってしまい、本来参加予定だった収録さえもボイコットしてしまう。

さらに「“素人”という立場故に無茶苦茶な企画を強いられる」と考えていた三中は、あろうことか脱走期間中に番組側に無断で(プロ)芸人になる事を画策し、芸能活動をしていた旧友の臼杵に声をかけてお笑いコンビ「ワンハンドレッド(のちにサンプライズへ改名)」を勝手に結成。しまいには番組の許可も得ずに幾つ(後に番組側が確認したものだけでも6社)もの芸能事務所やタレント養成所へ履歴書を送ったり、オーディションを受けていた事が発覚する。
この時、三中は売り込みをかけた事務所に対して、めちゃイケの総合演出の戸渡和孝やプロデューサーの明松功、ディレクターの遠藤達也ら番組スタッフの重鎮達や岡村などの名前を勝手に用いて、「許可は貰っている」「番組の企画の一環」等と嘘の説明をしていたが、話す内容が二転三転して辻褄が合わない事を不審に思った何社かの事務所が、フジテレビに事実確認を行った事から、一連の問題行為が局や番組に知れる事となった上、フジテレビ全体を騒がせる大問題へと発展する。

この事は当然、みちのくプロレス関係者の逆鱗にも触れる事となった。三中の指導役であった野橋は、懲りずに2度目の脱走を犯しただけにいざ知らず、『自分達の知らぬ間に他方で芸能活動を始めていた』という不義理極まる行動に愛想を尽かし、「悪いが俺はもう(指導役から)降りる」と三中を破門する事を宣言。
どうにか宥めようと試みる番組側の説得に対しても「アイツ(三中)はリングの上で交わした(「二度と逃げない」という)約束を破りやがった。そんな奴はもうレスラーとして信用できねぇし、何も教えたくもねぇよ」と取り付く島がなく、佐々木大地をはじめとする三中のレスラーデビューに向けて協力していた他のレスラー達も野橋に同調する形で三中を拒絶。最後の綱であった人生社長でさえも「無理に連れ戻したところで、どうせまた逃げ出すだけじゃないかな…」「正直もう…(企画を続けるのは)無理だね」と企画継続について絶望的な旨の発言をした。

一方めちゃイケ側は事実確認と今後について話し合うべく、三中を実家から呼び出して尋問した。すると三中は芸人転向を目指して芸能活動を始めていた事を認め、同時にプロレス企画再開については断固拒否する。
このまま“企画放棄”なんて事になったら、最悪番組から降ろされる可能性もある」と最後通牒を突きつけられても、「この企画に何の意味があるんですか!?」「お笑い番組なら、プロレスなんかじゃなくて、お笑いの企画をやらせてくださいよ!」と意固地に反発し、説得しようとしたスタッフ達と口論に縺れ込んでしまう。
終いには「(当時の番組スタッフで一番偉い)戸渡さんからの指示であっても、企画を続ける気はないの?」という質問に対し「はい」と宣言した事で、制作陣も「だったら、もう勝手にしろ。その代わり、ただですむとは思うな」「どうなったって知らないからな」と匙を投げてしまい、話し合いは決裂した。

こうして三中、みちのくプロレス双方共に企画を再開する意欲が無くなったプロレス企画は、同年9月をもって正式に中止・お蔵入りとなり、結局三中はリングデビューできなかったばかりか、団体側に正式な詫びや挨拶すらもしないまま(そればかりか、人生や野橋達とは後述の芸人転向後の初収録で再会するまで顔を合わせる事もなかったという)、『みちのくプロレス』を退団(実質的には除名)した

事の重態化と転落への予兆

(実情はさておき)名目上は『復興支援』の一環も含めていた以上、本来ならば中途半端は許されない筈だった企画を、事もあろうに“打ち切り”という最悪な形で終了させてしまった事で、めちゃイケやフジテレビの面目は丸潰れとなり、みちのくプロレスや企画を支援してくれた東北各方面の企業・団体に対し、相当額の違約金を支払う羽目になった。

また、この騒動を受けて、甚大な迷惑を被っためちゃイケスタッフ一同も、これ以上三中の人格改善は不可能と見切りをつけてしまう。さらに今回の企画の発案者であった放送作家の鈴木おさむが、企画を投げ出したにも関わらず、謝罪も反省の色も見せない三中を「このままめちゃイケに出演させるのは、納得出来ない」と唱えるなどプロレス企画に関わっていたスタッフ達を中心に、三中の処遇について不満の声が上がりはじめる。

また、当時三中は特定のタレント事務所に所属していなかったものの、事実上は『フジテレビの準社員兼専属タレント』であり、そんな立場にもかかわらず、関係者になんの相談も無しに他の芸能事務所に所属しようとした行為は、事実上の二重契約であり、悪質な“規約違反”と見做したフジテレビ上層部から番組制作陣に対し、三中に然るべきペナルティを与えるよう通告が下り、スポンサー各企業からも同様に「この不祥事に対して相応の処置をとらなければ、今後番組への提供を差し止める事も検討する」と言い渡されてしまった(ただし、三中とフジテレビとの間に明確な雇用関係があったわけでは無かった為、「厳密には『二重契約』には該当しなかったのでは?」という声もある)。

各方面から殺到する三中に対する抗議に、戸渡、明松、遠藤ら制作スタッフ首脳陣も「これ程の問題を起こした以上、彼を今後めちゃイケレギュラーとして雇用し続けるのは難しい」と判断を下し、予め警鐘していたとおり、彼を番組から降板させる方向で話を進め始めた…

めちゃイケメンバーからの糾弾

同じ頃、一連の騒動を知らされためちゃイケのレギュラーメンバー達もまた、「また逃げちゃったの!?」「どうしようもない奴」「ほんとすぐ逃げるよな…」「根性なさすぎやろ」と驚きや呆れの声を上げ、スタッフ同様に三中のあまりに身勝手な振る舞いに対し、強い反感を覚えていた。
特に最初の逃亡の際に三中を説得して立ち直らせていたジャルジャルは、再度逃げた上に企画を投げ出した事で自分達の説得も不意にされたと知ると「あの(最初の脱走の)時に僕らが何時間もかかって説き伏せたのも全部無駄になったって事ですよね…(福徳)」「こうも呆気なく(企画を)終わりにされたって聞かされると…(続けるように)説得した側としては、悔しいというかなんというか…『ふざけんな!』って気持ちになりますね(後藤)」と三中の根性の無さに憤慨。福徳は芸人転向についても「どうせお笑いもすぐに、『嫌だ』とか言って逃げ出すんじゃないですか?」と冷淡な意見を述べていた。

後日、三中は番組の打ち合わせにて芸人転向を目指しているという旨を他メンバーに初めて打ち明けた際、「人間関係がうまくいかなかった」「だんだん注目されなくなって存在意義が分からなくなった」「プロレスなんかやりたくなく、お笑いの仕事がやりたかった」と本音をぶつけたのだが、それに対するメンバーの反応は当然のことながら手厳しいものであった。

岡村からは「取材のカメラが回っていなくてもやってる人はちゃんと(どんな過酷な仕事も)やってるよ」、「どこかで『プロレス企画打ち切りにならないかな?』とか、甘い考えがあったんじゃないんか?」「最初の脱走騒動の時に『素人気分は捨てろ』って言ったのに、結局捨てきれなかったんやな」、「芸人になったからって企画が甘くなる訳では無いし、三中のプロレス企画は素人だから出来るもんであって、芸人になった三中に出来る企画は何も無い」と厳しく非難する。
続けて「プロ芸人という肩書きさえあったら、企画をちゃんと出来たんか?」と質問されるが、それに対し三中は「出来てなかったと思います」とお笑い芸人としてもプロレス企画はできないと回答。
そんな『お笑いはやりたいけど、体を張るのは嫌だ』という芸人としては矛盾極まりない事を宣う三中を岡村は「ワガママお笑いやな」と呆れ果てながら切り捨て、「(そんな好き勝手ばっか言ってると)仕事なくなるでホンマ!」と怒り混じりに警告。

濱口優も「ナイナイの(芸人として)カッコいい部分をやりたいだけやねん!ズルいよそれ!(そんな都合の良い事は)無理だよ!みんなカッコいい部分やりたいよ!」「三中だけじゃなくて他のメンバーも辛い事を我慢しながら番組に参加しているんやで!」とコメントし、「逃げた仕事はまたいつか(オファーが)くるよ」と警鐘を鳴らす。
さらに「プロレス企画から逃げるために芸人目指す気でいるというのなら『お笑いを舐めるな!』って思う」「そんないい加減な奴には、俺ら(芸人)全員牙剝くからな!」と三中のお笑いや番組に対する意識の軽さに対し、メンバーの中でも一番憤慨していた。

光浦靖子も「人間関係がうまくいかなかったからプロレス辞めたっていうけど、人間関係は芸能界のほうがもっと大変だよ。バラエティ番組っていうのは皆で作るんだから」とテレビの仕事はプロレスに比べてはるかに厳しく、失敗したときの後ろ盾が無い程過酷だと教え、テレビやお笑いの仕事はそんなに甘くは無いということを促すと同時に「プロになるからには、これからの事は全部自分で責任取りなよ」と、今後は番組も自分達レギュラーメンバーも、誰も三中の後ろ盾になるつもりはないし、プロになってから後悔する事になっても助けてあげるつもりはない意志を示し、武田真治も「プロになったら、この(糾弾の)場にいる誰も『頑張れ』とか言わないし、応援だってするつもりはない」と三中を突き放すようなコメントをした。 

鈴木紗理奈からも「芸能界の厳しさをわかっていないと思う。わかっていたら、この(素人として色々許される)環境を捨ててまで芸人になろうなんて思わない」とタレントとしての観点から、その思慮の足りない行動を非難された。

重盛さと美は「三ちゃんは周りからイジってもらえてこそ面白いのであって、今まで三ちゃんのギャグだけで本気で笑ったことはない」、「今までの三中はあくまでも素人だったから、ショートコントを見せてもらった際にも大目に見てきたけど、実際にはつまらなかった」「そんな状態にも関わらず、自信だけは過剰なのがすごく心配」と三中の身を案じつつも芸人転向を目指す三中からすればとても厳しいセリフを浴びせたのだった。

また、加藤浩次も三中と同年代の頃に自分が高所恐怖症にも関わらず強制的にスカイダイビングをさせられたというエピソードを語っており、芸人になったら嫌だと言ったことは真っ先にやらされるということ、若い頃に苦労した分それだけ報われ、今の自分があると三中に話した。


手厳しい意見に晒され、しどろもどろになる三中を見兼ねた雛形あきこは「意見があるなら言った方がいいよ、『はい、はい』ばっかりじゃなくて」と助け舟を出したが、それでも何も言わない為、加藤と濱口に「なんで自分の考えている事すら、自分の意志で言えないんだよ!?」「そんなんでお笑いなんて尚更無理やぞ!」と𠮟責されてしまう。

こうしてめちゃイケのレギュラーメンバーの殆どから総スカンを食らう事となった三中であったが、そんな中で矢部浩之は他のメンバーの様に一方的に非難したりはせず、「芸人になるのなら良くも悪くも三中に対する見方は変わると思う」と伝え、三中が芸人なるなら今までの様に“素人”として優しい扱いはせず、“プロのタレント”として厳しく接するようにしていく旨を促しながらも、プロレス企画放棄の一件や芸人転向については特に言及する事はしなかった。

その後、レギュラーメンバー達は三中抜きで改めてこの問題について話し合うが、一部のメンバーからは前々から積もりに積もっていた三中への不平不満が飛び出し、特に否定派の最先鋒である濱口や紗理奈からは「本能があいつを避けてるんよね…僕ホンマに『嫌いな人間』って視界に見えなくなってくる質なんですけど、だんだん三中が見えなくなってきてる」「礼儀知らずだし、芸人志望のくせに企画を放棄するとか意味がわからない」「はっきり言って“嫌い”。三中が芸人になれたとしても、私は絶対に(彼の芸では)笑わない」等と三中に対する嫌悪や不信の声さえ上がる。それに対して大久保佳代子は「私はまだ完全に嫌いになったわけではない。彼にも面白いところがあるのなら、それを見てみたい気もする」と珍しく三中を擁護する意見を述べ、それを聞いた岡村も自身もかつて武田真治が好きではなかったが一緒に仕事しているうちに打ち解けていったという経験を引き合いに出し、三中にもいいところはあるかもしれないとフォローしていた。

他にも三中の処分について「芸人になるどうこう言う前に、これだけ番組やみちのくさんにも迷惑かけたんだから、落とし前は付けてもらわないと」「禊として(プロレスよりも)もっと厳しい企画をやらせるべき」「しばらく謹慎させて、頭冷やさせた方がいいのではないか?」など厳正な処置を求める声が上がる中、最終的に加藤が「皆怒る気持ちはわかるけどさぁ…三ちゃんの人生なんでしょ? だったら彼の好きなようにさせてやってもいいんじゃない?」と皆を宥め、岡村が「この際だから芸能界の方が厳しいってことを(身をもって)理解してもらいましょう」と折衝した事で、三中の(プロ)芸人への転身は一応は不承不承ながら認められる事となったが、それでもメンバーからの反応は「芸能界はプロレス企画とは比べ物にならないくらい厳しい。果たして三ちゃんはやっていけるのか?」「与えられた企画さえも簡単に放り出す様な奴が、お笑いの仕事なんて貰えるのか?」とかなり懐疑的であった。

芸人転向については仕方なく認めた岡村も同じく、芸人となった三中をこのまま番組レギュラーとして出演させることに関しては良く思っておらず、「数多くの芸人の中でテレビに出演出来るのはほんのひと握り程度であり、その芸人も若手時代に苦労を重ねた末に叶えられた願いそのものである」と考える岡村は、何の苦労もせず、あまつさえ番組の企画すら頑張らなかったくせに、自分勝手で浅はかな理由だけで芸人に転向しようとする三中を、このまま番組レギュラーに置いておくのは、苦労を重ねている他の若手や無名の芸人やタレント達に対してあまりにも失礼な事であり、何より三中自身をますます増長させるだけではないかと考えるのだった。

プロ芸人転身と再オーディション

翌年2016年2月19日に吉本興業と契約し、念願の“プロのお笑い芸人”となったが、案の定、他の若手芸人達からは歓迎される様子はなく、「芸人としてのプロ意識が低過ぎる」「(テレビに出る機会すらない若手芸人達は)コイツの犯した暴挙(企画放棄)を未だに怒っている」などと辛辣な声が上がり、特に新メンバーオーディションの決勝で争ったダイノジ大地は「このままこいつの思い通りにさせたままなのは良くないと思う」と三中だけでなく番組に対して訴えかけだした。

大地は5年前の新メンバーオーディションの時に三中に出演権を奪われた際の心情を打ち明け、あの時は悔しい反面、彼が『素人枠』であったが為に諦めもついていたが、そんな彼があまりに身勝手な動機だけで『素人』の立場を捨て、自分達と同じ芸人になるだけにいざしらず、それでいて尚も図々しく番組に出演し続けようとする事に怒りを抱いている旨を打ち明け、「お笑い番組の企画から逃げた癖にお笑い芸人になって、それで番組にはまだ残るつもりかよ!?そんなのおかしいだろ!」と、三中がやっている事はオーディション合格の為に必死でネタ作りや一芸を磨こうと頑張っていた一般参加者の皆さんや、不合格だったために解散したお笑いコンビを愚弄するも同然な失礼極まりない事だと、涙ながらに彼を非難する。
しまいには「それでも素人の立場捨ててプロになりたいなら、ちゃんと『プロ』として、もう一度メンバーオーディションを受け直せ!」と命じられる。

「それは理に適った提案や」と賛同した岡村や、「プロになるっちゅうのはこういう事やで」と諭す矢部からも促された事で、三中はオーディションを受け直すことに同意し、翌週の2月27日放送回で『お笑い芸人』枠としてめちゃイケレギュラーに続投すべきか否かを決める為の再オーディションが生放送で開催され、めちゃいけメンバーや、出川哲朗鈴木奈々、みちのくプロレスの人生社長などをゲストに招き、ホームページやテレビのdボタンを用いたネット投票形式で視聴者から合否を判定してもらう形式で、臼杵と共にお笑いコンビとして漫才を披露したが、その結果、合格ラインの票を得る事ができずに不合格となり、その翌週の2016年3月12日放送の回をもって番組から正式に降板となった。

コンビ解散と最終回

再オーディションを終えた直後、ゲスト出演していた出川からコンビ名を「dボタン」に改名するように助言される。
最初はサンプライズのままにする事に拘っていた三中だったが、出川に「わかってねぇなお前は! そんなクソみたいなプライドいらねえんだよ!絶対に今『bボタン』の方が良いんだから!みんな『bボタン』で覚えているんだから『bボタン』で良いんだよ!」と一喝されるやり取りがあった(ちなみにこの時、出川は岡村から「(正しくは)『dボタン』やから!」「『わかってへん』言うとるアンタが、一番わかってへんがな…」とツッコまれていた)。

この出来事を切っ掛けにコンビ名を「dボタン」に改名し、相方、臼杵と共にお笑い芸人として活動した。
しかし、上記の不祥事によって生じたマイナスイメージは根強く、フジテレビからは降板と同時に社員証を没収された上でお台場本社ビルへの出入り禁止を言い渡され、それまでアルバイトとして勤めていたフジテレビ内の社員食堂を運営するフジランドからも解雇され、唯一の収入源も失ってしまう。
そのため、新たに別のアルバイトを探す羽目となったが一連の放送で上記のマイナスイメージが露呈したからかどの店舗からも『サボり、逃亡の常習犯』のレッテルを張られたり、三中を雇用する事で店や会社自体のイメージが悪くなる事を危惧されるなどして、門前払いを食らい、再就職の目処も立たず生活は困窮していった。

また、他局の番組や劇場のオーディションを受けようにも、アルバイト面接と同様の理由や、大手テレビ局から出禁になるレベルの規約違反を犯したという汚名、再オーディションで全国に晒した粗雑な漫才で明らかになったお笑いのレベルの低さ故に、全く相手にしてもらえず、吉本興業との相談の末に、僅かばかしの前説や地方営業の仕事を用意してもらったり、その窮状を知った鈴木おさむから慈悲を与えられる形で、彼の経営するちゃんこ屋に客引きとして雇われるなどしたものの、収入はめちゃイケの頃とは遥かに低く生活は貧困の一途を辿った。進退窮まった三中は実家の母親に金銭の援助を求めるものの、当の母親からは一連に渡る息子の愚行が放送されたせいで自分達家族までも恥をかく羽目になったと責め立てられるなど、家族にさえも半ば見放されてしまう。

それでも三中は不貞腐れる事なく、芸人としての活動を続け、また、一時期は自身が立ち上げた吉本興業公認の劇団「三ランポリン4アター」をはじめ、舞台役者としても活動していた時期もあった(ちなみにこの「三ランポリン4アター」の団員にはお笑いコンビ『EXIT』の兼近大樹も在籍していた)。

相方の臼杵はコンビ結成前からタレント活動を行っていた上、『めちゃイケ出演』というコンビを組んだ大きな目標を失った事でコンビ活動の意義を見失った為か、次第に二人揃っての活動の機会は減っていき、最終的に2018年1月に「方向性の違い」を理由に同年3月のめちゃイケ放送終了を前にしてコンビ解散となった。

番組終了が発表された直後の某イベントにて、番組関係者からの事前告知が一切なく、連絡すら取り合ってもらえなかった経緯を明かす。三中はそれを「メンバーでもないたむけんさんにすら連絡がきたっていうのに…6年(※実際は5年4ヶ月)も居たんですよ!」と文句を垂れていたものの、先輩芸人のとにかく明るい安村からは「自分が悪いんじゃない?」と切り捨てられ、さらに「それが答えだよ」と、この時点で『めちゃイケ』に再出演できる可能性は皆無に等しいことを突きつけられた。

2018年3月の『めちゃイケ』最終回スペシャルでは、歴代最長となる5時間半も放送されたものの、過去のVTRや一部のメンバー(矢部・敦士)が触れた程度にとどまり、三中本人はとうとう再出演することはなかった。
番組終了まで残り2分を切ったラストムービーでは、サザンオールスターズみんなのうた』をBGMに、砂浜で岡村を盛装に身を包んだ初期メンバー達が迎え、さらに画面が引きに移るとともに追加メンバー達も登場、そして最後の一番端とはいえ触法行為で無期限追放となっていたメンバーも共に並ぶことを許されたが、その列に三中の姿はなかった。
それだけでなく、一列に並んで歩き去っていくメンバーの姿を背景に流れるエンドロールには、「おだいばZ会」メンバー(功労者として江頭2:50エスパー伊東佐野瑞樹アナも「Z会」の最後に加えられていた)に続いて歴代の出演者たち、製作スタッフの名前が列挙されていたものの、三中の名前だけはなかった
極めつけには「日本中の業界人のみなさま!この17人、めちゃめちゃいい仕事をしますので、春からの就活、つまりリクルートの方を、どうかよろしくお願い致しまーーす!!」というナレーションが流れる。言うまでもなく17人とは三中を除いた人数である。
ここに三中は、映像でも、文字でも、音声でも、完膚なきまでにいなかった存在として扱われた上、「17人のリクルートをよろしくお願いします」(=三中は含みません)というナレーションによって、言外にフジテレビから他局や芸能界全体に対していわば「奉公構」(ほうこうかまい、武士が勤め先を追放された上に、他の大名家にもその者を再雇用しないように通達されてしまう処罰)のダメ押しを受けてしまったのである。

ちなみに同日、三中は芸人仲間の家のテレビで、最終回スペシャルを視聴しながら、悔しそうに咽び泣いていた事が、その芸人のTwitterで明かされている。

めちゃイケ終了後…

表舞台から完全に消え去り、ほとんど音沙汰がなくなっていた。
倉田てつをがオーナーを務めるステーキハウス『ビリー・ザ・キッド』東陽町店でアルバイトをしながら、Youtubeのマイナー芸人の動画にゲスト出演したり、ローカルアイドルのイベントにゲスト出演するなどして細々と活動している他、三中が降板した後も彼と連絡を取り合っている数少ないめちゃイケメンバーの一人である福徳によれば、吉本の劇場の売店で売り子をしており、良くも悪くも知名度はある模様。
他にも前述のようなウルトラマン仮面ライダーの知識を生かして本格的に特撮芸人として再起を狙っているとのことで、福徳も「いつかテレビで見られるかもしれない」と語っていた。

そんな中、2019年4月11日にテレビ東京系の番組「勇者ああああ 〜ゲーム知識ゼロでもなんとなく見られるゲーム番組〜」にて、約3年ぶりに地上波へ登場する。

その後は特撮作品に関する知識を生かした特撮芸人へと転向し、同じ特撮芸人であるアマチュア芸人の京佑と2019年9月、正式にコンビ『スーパーヒーロー』を結成して活動する。
だが、新コンビ結成を発表する際に三中は「『dボタン』は捨てます!」「そもそも自分はコンビ名を『dボタン』にする気なんてなかったのに、出川さんに無理矢理変えさせられたんです」とコンビ名の名付け親であった出川からの金言を邪険に思っていた事や、責任転嫁するかのような失礼極まりない一言を述べ、批判が殺到してしまい、その影響か定かではないが、当初は2018年5月の予定であったコンビ結成は1年以上延期される事となった。

2020年5月からはYouTubeで『吉本HEROS』というチャンネルを設立し、京佑と共に新たな方向で活動していく…かと思われた矢先、数回の動画更新の後に突如として全動画+アカウント削除を行いその後、何の報告もないまま、相方・京佑のTwitterアカウントから『スーパーヒーロー』と三中に関する記述・画像が全て削除されるなど、不穏な様子を見せ、ネットユーザーの間で憶測が交わされていたが、2020年7月24日。京佑のTwitterで正式にコンビ『スーパーヒーロー』の解散が報告され、結局コンビとしての活動は『dボタン』よりも短く、一年も保たなかった。さらに奇しくもその日は三中の30歳の誕生日であった。


現在

2021年9月20日 ピン芸人・てつ丸とコンビを組んだことが彼のTwitterで明らかとなり、三中にとっては三度目となるコンビ『ラフリベンジャーズ』として活動を開始。2022年現在でも活動中。

尚、今回のコンビ名は三中が提案したもので、曰く「(堕ちるとこまで堕ちぶれ果てた)今の状況から一発逆転でリベンジしたい」という想いを込めたとの事だが、それを聞いた相方のてつ丸は「パクリじゃん」と失笑していた。

さらにはある動画で井上正大と共演した際には井上が主催するオリジナル特撮作品「PINKの特撮」への出演交渉をしに彼の元を訪れ、PINKの特撮に出演させてほしいと井上に頼み込むが、前述のマイナスイメージを指摘され、「(三中を出演させる事で)「PINKの特撮」のイメージを悪くしたくない」と渋られてしまい、さらには後述した自身のドキュメント動画を見せられながら色々と追及されてしまう。彼自身は動画に取り上げられていた事が全て事実であると認めながらも、現在は反省し、一からやり直すという意味も込めて芸能活動の傍ら、自身がかつて顎で使っていたADのアルバイトをやっている事を明かした。

そして最後に出演を賭けて靴紐結び対決をすることとなったのだが、そこで自分で靴ひもを結べるようになっており、彼の成長が垣間見えるものの、対決には負けてしまう。それでも交渉した末にADとして雇ってもらえることとなったが、その途端に「ちょっと映っちゃったくらいはいいですよね?」「いずれは自身のチャンネルにも出演して頂きたい」等と軽口を連発して井上から「やっぱ欲豚やなぁ…」と呆れられ、「ちょっと調子乗り過ぎました」と慌てて謝っていた。

本人なりに過去の過ちを悔やみ、更生しようと努力はしているようであるが、やはり「根っ子の黒い部分」はまだ少なからず残っているようで、井上からも「(未だに炎上するのは)そういうトコ(が原因)じゃないですか?」と苦笑混じりに指摘されていた。

2021年11月にはYouTubeで投稿された三中が相方のてつ丸と自身のドキュメント動画を見る動画で、靴紐事件について『自分からADに靴紐を結ばせていたのではなく、本当は連続で縄跳びをさせられて疲れ果てて動けなくなった自分を見かねたADが靴紐を結んでくれた』という真相を語っていたが、それに対する動画視聴者からは話を盛った岡村への批判よりも「今更それを弁明したところでどうなの?」「遠回しに岡村さんの事を『嘘つき』呼ばわりしてるよね?」「それが真相なら、どうして井上さんの動画出演時には明かさなかったの?」と懐疑的だったり否定的な意見が多かった。

批判と擁護

一度は『1万人近くの応募を掻い潜って、人気番組のレギュラーメンバーに選出される』という絶頂に立ちながらも、力量や立ち位置を正しく見据える事が出来ず、やがて己の人気に慢心し、『芸能界』という普通の社会とも異なる特異な常識の蔓延る世界で立ち回る術を学ぼうとせず、手前勝手に振る舞い続け、幾多の忠告や小言も聞き入れる事なく、テレビ業界のルールに尽く反目する行動を繰り返した為に、最終的に手に入れた栄光や、更なる高みに登れる可能性もあったチャンスさえも潰してしまったばかりか、数多くの汚名を背負わされながら転落したという、まさに『事実は小説よりも奇なり』といえる栄枯盛衰を見せた三中であったが、こうなった経緯について視聴者の間では「本人の驕りや素行の悪さ、根性の無さが招いた自業自得」と見る派、「番組側の節操ない方針に振り回された被害者」と見る派に二分されている。

三中に対する批判

めちゃイケ時代(特にプロレス企画)を通して見せた素行不良の影響が尾を引き、現在に至るまで週刊誌、SNSなどで罵詈雑言が並べられている。

一般人からの批判

ネット上では「まるで成長していない」と冷やかされたり、それを受け取った一部のユーザーからここぞとばかしに非難されたり、こき下ろされる憂き目に遭っている。中には『めちゃイケを終わらせた原因は三中』という当てつけ同然な意見がたびたび見受けられる。また、下記の芸能界からの批判を叩き棒としてあたかも正当な批判であるかのような振る舞いも見られる。

三中本人も、めちゃイケ降板直後から「先輩芸人だけでなく道行く人にまで“クズ”呼ばわりされる」などの風評被害に悩まされている事を告白し、その後も「本人なのに誰にも気づいてもらえない」、「一回企画を逃げただけで、未だに世間からは犯罪者の様に扱われる」などの自虐エピソードや鬱屈した想いを雑誌取材やゲスト出演した番組などで度々打ち明けている。

芸能界からの批判

人間性のみならず、芸人としての素質についても芸人仲間やその他芸能人の間でも評判や印象が芳しくない。

三中がプロ芸人に転向した際、江頭2:50はdボタンに対して「お前らには(お笑いなんて)無理だ」「絶対売れねえよ」と厳しいコメントをしており、二人が長持ちしないということは彼も予想していたようである。

また、上述の2019年に久々に地上波番組に出演した際には、収録中に何かしらの粗相をしでかしたのか、共演したハリウッドザコシショウハチミツ二郎から『アイツ(と共演した事)を記憶から消したい(ハチミツ)』『二度と共演したくない(ザコシショウ)』と辟易され、2021年には霜降り明星が、めちゃイケメンバーについて語ったYouTubeの動画において、三中について『メンバーとして認めていない(粗品)』『好きな人なんて一人もいない(せいや)』と辛辣な意見を投げかけ(動画内のテロップにも名前が載せていなかったがそれは三中だけでなく武田真治や敦士の名前も載せておらず、三中同様に毛嫌いか認めていない節も見られる)、先程の井上も三中を自身の手掛ける番組に関わらせる事でイメージダウンが生じる事への懸念を抱いていた。

このように上述の面々の他、前の項目で取り扱った安村を含む名だたる先輩芸人はおろか、三中にとっては一応後輩にあたる芸人達からもその芸人としての素質、人間性を批判する発言が度々上がっている(ただし安村も不倫をやらかした身分であることや霜降り明星、特に粗品も炎上する発言が目立つため、客観的に見るとダブルスタンダードとも言えなくもないが…。また井上の『欲豚』という表現も、いじりやツッコミにしては過激であり、いくら相手が三中とはいえ失礼である。)。

批判も極めれば人気…?

これまで述べた事情から、未だ世間から『悪い意味』で好奇の対象となっている三中であるが、その反面、当記事にも参考資料として取り上げている彼の栄華と転落までの一部始終、そして彼のしでかした不祥事を紹介したドキュメント動画の再生数は2021年5月にアップロードされてから僅か半年も断たぬ間に200万回再生を突破するなど、軽蔑や嫌悪といえども未だに人々の興味・関心を惹いている事は事実で、三中にとっては痛し痒しな現状といえる。

また、一連の三中の顛末を見届けた若者達の中からは「三ちゃんのおかげで“芸能界”とは何たるかを知る事が出来た」「『安易に有名人になろうとしても碌な事にならない』という良い教訓になった」と(皮肉を含めながらも)三中に感謝する意見も少なからず上がっていた。
ただステージに立って漫才やコントを披露したい、バラエティ番組の楽しい企画で笑いを取りたい等の目的で芸人を目指していた若者達が、三中の大失敗を見てその夢を諦めてくれたのならば、決して無駄ではなかったと言える。

レギュラー陣に対する批判

プロ芸人転向を発表した際、総攻撃のように三中を非難した姿勢は、ネット上でやや辛辣すぎるという声が浮上。とりわけ古参メンバーである岡村や濱口、紗理奈にその矛先が向いた。

岡村は曲がりなりにも尊敬されていたが、当初から三中に対して微塵たりとも関心を持たず、復帰後も厳しい態度で接していた。休日に連絡があった際も「忙しいから邪魔せんといて」と邪険に扱ったという。番組降板が決定した日でさえ、岡村の方から食事に誘っておきながら約束をすっぽかした挙句、出川と飲みに行ってしまった経緯を暴露されている。

上記のように素行不良が目立ち始めた際、岡村自身もまた素行改善するように促していたが、すべてスタッフ任せだったという。さらに三中の降板処置に関しては自ら率先して動き、降板後も絶えず三中の存在を黒歴史扱いしていた。これら一連の経緯に関しては、視聴者は勿論、普段は三中を叩くアンチユーザーからでさえ「いくらなんでも冷たすぎる」という声が続出した。

さらに三中がめちゃイケSAの総支配人として出向が決まった際に彼はアパートの契約更新を終えたばかりというタイミングだったが、岡村は「それやめましょう」矢部も「向こうで家探してもらいましょ」と困惑する彼を無視して強引に足柄に転居させていたことも非難の原因になっている。

岡村は以前から「意外と器が狭い」ことが指摘されており、「三中が自分と似た者同士だと分かって『芸能界の厳しさを身をもって体験させる』という建前で企画放棄騒動以前から排除しようとしていたのでは?」という意見もある。

濱口は一貫して辛辣なスタンスを取り、他番組において『芸能人のダメな例』に名指しで挙げ、「あそこまで無責任な人間は、芸能界の中でも危険人物」と徹底的にこき下ろす形で非難した。しかし直後に相方の有野から「自分だって電波少年の企画を逃げてるくせに。」(電波少年は現在のテレビでは到底できないようなかなり無茶苦茶な企画が多く、逃げ出したくなる事自体は許容できるが)とTwitter上で冷やかされ、「他人のこと言えないじゃん」などの非難や呆れコメントが殺到した。この風評被害を間に受けたのか濱口は自身のコメントについて少々反省し、彼の降板後は彼の出演する舞台を見に行ったりそこでツーショット写真を撮るなど彼に対し多少のエールを送り、一応は修復関係に至った。また、ラジオやYoutubeにて自身のやっていたことをなめくぢ時代も含め振り返る際には自分達は時代と松竹芸能に助けてもらえただけで今の時代なら絶対切られてるし、自分が先輩の立場で自身の過去に出会ったら上に直談判で切らせると語るほどになっている。

一方、紗理奈に至っては、生放送中に息子のことを「ヒロポン(って名前)でしたっけ?」「あの淡白なガキ」呼ばわりされるなど散々辱められて以来、病的なほど嫌悪しており、濱口以上に辛辣なスタンスを貫いていた。『めちゃイケ』終了直前に受けたインタビューでは「アイツ(三中)の存在、完全に忘れてた」と堂々と嘯いたばかりか、他の女性メンバーが三中の降板について触れた際に「卒業」とオブラートに包んでいた中、紗理奈だけはあからさまにわざとらしく「クビ」と表現していた。無論、この発言は濱口同様、一部のメディアからは非難の声を浴びせられるがそれでも自分の子供を侮辱した行為は心底腹立たせており、濱口とは対照的に周りから非難されても徹底的に彼を否定し続け、めちゃイケ終了まで彼との修復関係には至らなかった。

同じく加藤、光浦もまた「収録や打ち合わせ以外でまともな会話をしたことが1、2回しかなかった」「連絡先交換した日のうちにメールを受信拒否された」という経緯が明かされている。
また、芸人転向の場では最も理に適った説教をしているかのように見えた加藤に対しても、視聴者の一部から「一回やったら終わりのスカイダイビングを終わりが見えないプロレス企画と比べるな」と批判する声も上がっていた。しかし、これに対し加藤は一連の闇営業の騒動の際に芸人というのはこういう仕事で食っていくのが当たり前とコメントしておりスカイダイビングが終わってもまた別の過酷な仕事が待っており、結果的にプロレスもスカイダイビングも一緒だとコメントし、自分の考えを否定しなかった。

このように古参メンバーは三中をあまり快く思っておらず、無関心かつドライな対応をしていた経緯が発覚。それらの事実に関しては古参メンバーも大筋で認めている

各メディアからは三中の素行不良の原因は、古参メンバーの監督不行きや冷遇が一因であると指摘された他、三中降板以降(番組の終了前後問わず)めちゃイケメンバーの誰かが失言や失態を犯して批判される立場になると、各自三中降板直前に彼に向かって投げかけた言葉や態度を引き合いに出して、ブーメラン式に批判が殺到するのも定番となった。

例に上げると、前述の重盛の三中に対する「三ちゃんで本気で笑ったことは一度もない」と言う発言は「お前が言うな」等のカウンター的な批判とジャルジャルに対しても「生理的に受け付けられなかった」と前々からアンチが多かった他、めちゃイケ最終回でゲスト出演していた松岡修造からは「矢部が一番面白くなかった」と堂々と告げた時には「ポテンシャルは三中以下だろ」と矢部に対する痛烈な評価の声が投げられた。

そして番組終了後には岡村がラジオの持ち番組での不適切発言をきっかけに、後日矢部から説教を受けた際に「女性スタッフがコーヒーを入れてもお礼を言わない」と以前三中に注意していた内容と同じ愚行を犯していた事が明かされ、忽ち「お前も三中と同じ事してたのかい!?」と呆れの声や「三中は岡村の態度を見て、真似してたんじゃないか?」などと皮肉めいた批判が殺到した。

めちゃイケを終わらせた悪因は三中と挙げられるがその前まで最初の不祥事で一時期降板したメンバーコーナーの私物化と計画性と勤務態度に非難があったディレクターが原因でめちゃイケの評価が傾きだしたとの意見や新メンバー加入以前からゲスト出演に対しても、他のバラエティー番組と比較して無茶振りやいじりが過多だったばかりか、明らかにお笑いやバラエティにしても度が過ぎるレベルに粗雑な扱いが目立っていた。特にアイドルのSMAP(主に中居正広)、AKB48に関して各被害者のファンからメンバーとスタッフへ批判が来たのも事実で少なくとも三中だけが原因とは言い難い。
最近だと2022年7月には主な被害者の一人だった中居正広が、撮影時は台本ありやスタッフの指示出しがあった裏話を暴露して「だから僕は『めちゃイケ』、やっていてまったく面白くないですね」と当時のスタッフとフジテレビのやり方に不満を告げていた。

番組スタッフに対する批判

以前から杜撰な放映スタンスが糾弾されており、一部のスタッフは責任を問われている。

三中にまつわる一連の騒動を通し、「自分たちが三中を新メンバーに選んだにも拘わらず、使い捨て同然に降板させた挙句、その処遇を視聴者に責任転嫁させた」という対応も問題視され、失望・反感を覚えたなどの意見も見受けられた。また、三中が飲み屋で女性を侍らせながら浮かれ騒ぐという明らかにイメージダウンになるようなVTRを流したりと、「意図的に三中を貶めているのでは」と言う疑惑も浮上している。

プロレス企画に関しては、「オファーシリーズ」の延長線で立ち上げられたとの事だが、「オファーシリーズ」はあらかじめ当人から同意を得ており、スタミナや精神力などを見越したうえでの参加であった。運動経験や知識、体力に乏しい三中が、怪我や下手すれば死亡事故にもつながるプロレスラーを目指すという内容は、あまりにも無謀な話であった。
事実、みちのくプロレスでの練習ではかなりハードな運動や、コーチ陣からの厳しい指導により、明らかに三中の顔に疲労が窺えた。

三中が耐えきれずに脱走した際、本人の意見をまったく聞こうとはせず、他のメンバーを巻き込んで強行的に企画再開を試み、それでも聞きられずに企画が破綻すると、その全責任を押しつける姿勢を取るなど、強引かつ陰湿な面がしばしば見受けられた。

後年、ナインティナインやジャルジャルも、三中をプロレスに挑戦させる事については、企画を知った際はかなり疑問や不安を抱いていたが、岡村曰く上記のように「当時のバラエティ番組は局やスポンサーの命令は絶対」と定められる程にその権限が大きく、出演者である芸人やタレントが番組内容に文句を言ったり、ましてや反発・放棄するのはもっての外で、そんな事をすれば忽ち、爪弾きにされる恐れがあったため、ディレクターやプロデューサーからのどんな無茶振りも目を瞑らなければならなかったという。

プロレス企画に対する批判

上述の通り、さまざまな面で粗雑さが目立った本企画。

正式に打ち切りが発表された際、多くの視聴者から「企画倒れになることは目に見えていたはず」「素人相手にあんな内容で逃げるのは当然」と内容自体が無茶だったなど、冷ややかな声が寄せられる結果となり、再オーディション当日までは、スタッフやフジテレビに向けての批判と三中を擁護、同情する声の方が多く寄せられていた。

一方、めちゃイケ側から今回の企画を打診され、1年近くも協力しながらも、先方の都合によって全て水泡に帰されたみちのくプロレス(特に人生や野橋)に対する同情的な意見も少なからず寄せられた。
めちゃイケメンバーの光浦も、三中の再オーディション直前、みちのくプロレスへの申し訳なさにいたたまれずに自ら代理人になって企画に携わったスタッフと共に合宿所まで謝罪に赴いたが、応対したみちのくプロレス関係者からは「何で三中は来てないんだ!?」「本人が直接来なければ意味ないだろ!」と叱責される事となり、光浦は「同じ番組の出演者として情けなくて、思わず涙が出た」と回顧していた。

後に三中自身も「プロレスの現場で血だらけのレスラーを見て、これをしないといけないのだと思うと怖くなった」と再度脱走に至った理由を回顧しており、みちのくプロレスの新崎人生社長もこれには思う部分があったのか、この騒動以後、みちのくプロレスではタレントの卵を含めた一般人を本人の了承も得ずにプロレスラーとして育成するといったプロレスの危険性を軽視した趣旨のバラエティ番組の企画などは「二度と引き受けない」事を明言し、また、レスラーを志望する者へのプロレスの世界の厳しさを重々説いたり、選定もより厳しくするようにしたという。

因みに、人生社長は再オーディションの後、三中にプロ芸人としての初仕事としてみちのくプロレスでの営業の仕事を与え、そこで元指導役の野橋は「2度目の脱走の際は本気で失望した」「もう今後一切プロレスには関わってほしくない」と彼への複雑な想いをぶつけながらも、「本当はお前のことは許すつもりはなかったが、再オーディションを見て気が変わった」「お笑いをやると決めたのはお前自身だ。どんな困難がお前を待ち受けているかは分からないが、今度は逃げるんじゃないぞ」と激励し、三中(相方の不祥事の連帯責任として臼杵も一緒に)にケジメのビンタを浴びせる事で、一応は和解している。

こうした事情から、プロレス以外の企画内容だったら成功出来ていたかもしれないと一部のメディアからの意見があったが、岡村はそれに対し「ここ数年の間に、めちゃイケにおいて彼が前向きに取り組んでいた姿勢はあまり見られなかった」とコメントし、三中はプロレス企画打診前から自身が納得のいかない企画の場合は、都合の良い言い訳をついて参加を辞退したり、やむなく参加しても明らかにふざけているかの様な、いい加減な態度で挑むなどしており(それに伴い『帰れまSTEP』などのいくつかのコーナーにおいて共演者が「三中が真面目にやらないから、自分達もやりたくない」と反発した事で打ち切りになったという)、仮にプロレス以外の内容の企画に参加しても同じ結果を辿っていた事を示唆していた。

一方では、めちゃイケサービスエリアやそれ以前より、番組内での三中とスタッフのやり取りの中でスタッフが三中に対して必要以上に高圧的に接する姿を見ていた視聴者の一部からは、「スタッフがいじめているのでは?」と疑惑がかけられていた。

『新人スタッフなどを顎で使っていた』と言われているが、反面、遠藤ディレクターを始めとする中堅以上のスタッフからは、他のめちゃイケ出演者と比較しても明らかにぞんざいな扱いを受けていた事がYouTubeでアップされた『フジテレビアラカルト』チャンネル内の「コンテンツごはん」等の一部動画から窺え、中には「新人スタッフをこき使ったのは、中堅スタッフ達から受けた仕打ちに対する仕返しのつもりだったのでは?」という意見もあった。

これについて、日本放送作家協会・常務理事の高橋秀樹氏も「これらは『いじめ』と思われて仕方がない。テレビで放送しているのだから『公開いじめ』だろう。見ていい気分になるはずがない」とめちゃイケの番組スタイルを批判、視聴者からいじめと疑われても仕方ないと苦言している。

また、当記事の上述の『企画放棄と再オーディション』の項目に関してはwikipediaやネットニュースの記事などで一般的に定説となっている経緯を記載しているが、ネット上では

2015年7月頃に起こったという『2回目の脱走騒動』は全てデタラメで、本当は6月頃には何らかの理由で企画が頓挫しており、三中は番組やみちのくプロレス側から自宅待機(自主練習)を命じられて帰京していたが、番組側の失態にはしたくない制作陣の方針で、彼に全ての非を被せる為に、あたかもまた脱走事件を起こしたかのように演出・流言した

という説も囁かれている。

新メンバーオーディションに対する批判

当初から「"素人"を新メンバーに加えるのは無謀だった」という見方も根強い。中には「新メンバーを入れること自体失敗だった」と断じる意見も多い(※これについての仔細は『めちゃイケ』の記事内にある別箇項目を参照)。

そもそも、新メンバーオーディションに一般人枠の追加を決めたは番組初期から度々参加していた同じ一般人の蓬田修士がきっかけであり、彼の様にテレビ的概念に囚われず一個人として素直な意見を挙げることで番組的にも和やかになるためだった。その為、蓬田を一般人枠として新メンバーに加入しようと考えていだがオーディション当時、蓬田は30代を迎えており年齢的に厳しいと断念し、代わりに同じめちゃイケの大ファンで純粋さを持つ三中を起用した。

だが、実際出演させてみると、三中は蓬田以上に一般人としての意識が高過ぎた上に蓬田程のバラエティ出演者としてのハングリー精神や挑戦心も無く、ただ番組や共演者が面白可笑しく自分をイジってくれるのを待つだけの完全に受け身一色な姿勢で挑むという悪い意味で“根っからの素人”である事が判明し、スタッフの選択は見事に仇となってしまった。

更に、番組や共演者達の必死の苦慮によって、なんとか放送時には『いじられキャラ』として面白く演出されていたものを、自分自身の才能・力量であると勘違いしてしまった上、人気番組の『素人出演者』という立場故に、めちゃイケに出演した大御所の芸能人達やフジテレビの重役方からも物珍しさから構ってもらったり、多少の無作法は大目に見てもらえた事や、番組側も新メンバー加入から間もなく療養していた岡村が復帰するなどしてバタバタしていた事もあってか、三中に芸能界における礼儀作法をきちんと教え込む機会を作らなかったせいもあって、次第に三中は一般人なら何をしても許される甘い考えを抱く様になり、上述の本性も合わさった事で、結果的に上記の様な放送倫理さえも反する不敬行為を繰り返す様になってしまった。

また、それ以前にオーディション開始時期は既にめちゃイケはほぼ末期に入っていた時期で視聴率の低下や岡村不在の体制の中でオーディションを番組内で何度も流す諄いやり方からも「こんな状況でオーディションをする時間は無いだろ」と新メンバー以前に批判も多かった。
採用された新メンバーの『たんぽぽ』『重盛さと美』『ジャルジャル』『敦士』にも外見や人格が露わになった際や初期メンバーとの個性被りから視聴者やSNSには「三中よりも絶対いらない」と批判(ただし、たんぽぽだけは好意的な意見はそれなりにあった)。実際、中でも特に批判的な意見が多かった敦士は、三中降板以降、「自分がこの番組にいる意味はあるのか?」「自分も三ちゃんのようにめちゃイケをクビにされるのでは?」という焦燥感を内心ずっと抱いていたことを、めちゃイケ最終回で明かしている。

後に番組のメインプロデューサーの片岡飛鳥も「新しいメンバーを入れるという話を聞いた時、自分は正直“反対”だった」、「(実際に入れてみて)素人をレギュラーとして使うことの難しさを痛感した」と暗に三中ひいては新メンバーを加入させたことそのものが失敗であった事を認めている節を窺わせる発言をしている。

ダイノジ大地に対する批判

再オーディションの発端者であり、ひいては番組降板の契機を作ったともいえ、三中の降板後、ダイノジ大地に「そもそもお前が三中に再オーディション受けろなんて言ったからこんなことになった」という批判的な意見が殺到した。

それについては大地自身も多少責任や罪悪感を感じていたのか、後に自身も勤務していた鈴木おさむのちゃんこ屋にアルバイトの面接にやってきた三中と再会した際に「俺のこと恨んでる?」と尋ねるが、三中から「少しだけ」と返されて苦笑していた(それを見た鈴木や他の芸人仲間は「そこは嘘でも『いいえ』って答えなきゃダメだよ」と三中を叱責していた)。

一方では、一部の間では『三中に再オーディションを受けさせる事は予め決まっており、大地はその煽り役として番組から言うように命じられただけ』と擁護する声もあるが弁護士である高橋秀樹氏の息子、高橋維新氏は「(再オーディションは)もう使い道のなくなった三中を追い出すためにやったのが今回の企画であるとすら思っている。三中企画を餌に視聴者を引っ張る構成になっていた」と一連のやり取りがやらせだった事を明確に指摘し、批判している。

総括

一連による騒動を通じ、誰一人として褒められた行動を取っておらず、芸能界の悪しき体制が浮き彫りになってしまった。新メンバーオーディションや三中の不祥事はフジテレビの後先を考えない杜撰な番組編成、さらに責任逃れと取れる陰湿な対応措置、それらの問題が今でもSNSや世論で厳しく叩かれている。

めちゃイケ終了以降、フジテレビは払拭するためにイメージ回復へと改革を進めるが長寿番組の減少や打ち切り。スタッフや出演者の不祥事が毎年のようにマスコミやネットニュースによって頻繁で記事に晒され、さらに迷走。フジテレビやめちゃイケ出演者達が不祥事を起こしたり、不幸な目に遭う度「クビとなった三中が怨みでフジテレビへ呪いをかけている」と冗談半分で「三中の呪い」と揶揄する声も。

その呪いも実質嘘とは言い切れず、2016年以降はライオンのごきげんようにSMAP×SMAPの打ち切りや27時間テレビでは番組減少の反動で視聴率一桁+無期限放送休止。2022年4月には明松功と片岡飛鳥がフジテレビを希望退社した事も三中の騒動とめちゃイケの打ち切りが仕事の減少を及ぼしていた件や同じ時間帯の後継番組である『新しいカギ』も古臭い番組内容と面白みがないめちゃイケの劣化版との評価で視聴率一桁台、抜き打ちテストを完全にパクった番組『呼び出し先生タナカ』もめちゃイケメンバーの苦言やアンガールズ田中の心情(めちゃイケスタッフも関わってると語っている)から制作陣や他番組でも著しくない評価が多数(明松功はコーナーで失敗した前科がある)。
それらの事情もあってか三中の批判が減り、2018年以降から現在までフジテレビに向けての批判が主流に変わり、三中に同情する意見も増え始め、更に未だに方々から叩かれながらも心折れる事なく、力量や才覚は別として地道に芸人を続けている姿勢を再評価する者も少数ながら存在する。

その後のめちゃイケ関係者との関わり


先述の事情や、番組終了に伴ってか、岡村、濱口などの三中に対して頑なな態度をとっていためちゃイケメンバーも、近年では三中に対する態度を以前よりは多少なりとも軟化させているようで、岡村は2020年に一般人女性と結婚した際に、矢部を介して三中から祝福のメッセージを受けた際には、素直に感謝の念を伝えたという。
また、先述したように濱口も三中を芸能人としての失敗例に挙げた際、直後に相方の有野からのコメントがきっかけで大炎上したため、その火消しの為とはいえ、後日三中の出演する舞台の観劇に訪れ、彼の頑張りを認める発言をブログで記していた。
更に、ナインティナインとジャルジャルは、後年ラジオでめちゃイケの事を語り合った際に、「三中にとって(めちゃイケは)過酷(な環境)だった」「(レギュラーメンバーとしてやっていく事は)難しかったのかもしれない」と三中をフォローする発言をしている。

なお、三中が他局やインターネットの番組に出演する際にも、フジテレビは基本的にめちゃイケ出演時代の映像資料を使用する事を一切許可していない。

芸風

『めちゃイケ』の出演時代、主にいじられキャラという扱いだった。際立ったトーク術やギャグも皆無であり、それらの点は降板前から指摘されていた。

臼杵とのコンビ時代は漫才メインだったが、その大半はナインティナインが若手時代のネタを丸パクリした内容。吉本のネタ見せ披露した際、他のメンバーや講師からは批判を受ける始末。挙げ句の果てに加藤からは「基本的にパクリですよ」と酷評されてしまう。また、ASH&Dのオーディションを受けた際はコントを披露したが、ボケが分かり難い上、演技も下手だと講師陣から指摘され、コントよりも漫才の方が合っていると勧められる。他にも松竹芸能のオーディションでは時事ネタを取り入れた漫才を披露したが、講師陣からは時事ネタのセンスがないと指摘され、結局ごく普通のネタのみを行うことにした。その後、実力を生かす為にM-1グランプリに出場したが、結果は予選一回戦で敗退という惨敗を喫した。因みにオーディションでは上記以外にも吉本興業、人力舎、ホリプロ、グレープカンパニーの4社にも参加したが、合格出来たのは吉本興業とグレープカンパニーのみで吉本興業は基本的に来るものを拒まない体制であり、グレープカンパニーは所属タレントでかつてめちゃイケ新メンバーオーディションにおける最終選考候補者の一人であったトミドコロからの推薦があった為だった。その結果、三中は憧れのナインティナインやジャルジャルと同じ事務所に入れると確信し、吉本興業に所属した。

そしてdボタン解散後のピン芸人時代はケチャップ一気飲みや顔モノマネ、特撮知識を活用した特撮あるあるネタを持ち前に披露していたが、芸人仲間からは失笑を喰らい、ケチャップ一気飲みは芸人関連に精通した芸能ライターから「芸人のネタとしては箸にも棒にもかからないお粗末極まりない一発芸」と記事で散々こき下ろされ、特撮ネタに関しても「知識が豊富の割に、肝心のネタの内容はどうでもいい特撮のうんちくを並べているだけで、面白くない」と酷評される。顔モノマネに至っては、「全く似てない上にブサイクさが増す」など最早暴言同然に非難される始末だった。
結局、ケチャップ一気飲みと顔モノマネはそれ以降披露する事は無くなった。

それから約1年後に結成したスーパーヒーローでは特撮芸人の京佑と共に仮面ライダーや戦隊特撮をネタにした漫才を披露した。しかし、メディアからはスーパーヒーローの名が汚れると非難を受けるばかりで、三中がお笑いヒーローの企画書を作れば周囲から「三ちゃんが主役とか誰も見ないよ」「三ちゃんにヒーローは無理でしょ」等と辛辣な意見を浴びせられるなど、人気は悪くなるばかりだった。
それでもそのネタを披露し続けた結果、少しばかしの人気を得て再度M-1グランプリに挑戦するものの、結果は前回と同じく一回戦で敗退(しかもこの時、同じブロックからは素人の即席コンビを含む他のコンビが全員二回戦進出できた中、唯一の敗退だった)を喫した。そればかりか地方のイベントで行われたプロ・アマ含んで僅か6組しか出演していない漫才コンテストですら、優勝どころか上位3組に入る事すらできないなど成果を上げる事ができず、その後は大きな反響も得られぬまま、日の目を見ることなく先述したとおり、1年も保たずに解散してしまったのだった。

現在はマイナーYouTuberと共に自身の自虐トークを中心に披露し、相変わらず批判はあるものの若干の人気も得ている模様。
それ以外にも「サボり、逃亡の常習犯」というイメージを払拭するためにジムで減量に挑戦したりもしていた。

参考資料

【実話】三中元克(三ちゃん)がめちゃイケをクビになった真相...岡村隆史を本気で怒らせた非常識な素人。

三中の栄光と転落までの経緯が詳しく説明されている。

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不祥事 風評被害 出禁

臼杵寛…『dボタン』(2016年2月~2018年1月)時代の相方
京佑…『スーパーヒーロー』(2019年9月~2020年7月)時代の相方
てつ丸…『ラフリベンジャーズ』(2021年9月~)現在の相方

山本圭一…同じく不祥事(こちらは触法行為)によって途中降板しためちゃイケレギュラーでめちゃイケの評価が下へ傾きだした最初の原因とも挙げられ、嫌悪する者も多い。三中と違い、最終回において(事実上)復帰を果たした。
明松功…通称「ガリタ」。彼のプロデューサー就任とその後の番組の私物化同然といえる専横極まる内容構成も、番組の寿命を著しく縮めた理由の一つとして挙げられており、三中同様にめちゃイケを打ち切りに追い込んだ張本人に数えられる事が多い。
現在はフジテレビを退社している。

クロちゃん…ネット上を中心に似たような扱いを受けている芸人。尤も彼は自らのクズぶりを見事にお笑いとして昇華させており、『人間としては最低だが、芸人としては最高』と評価する声も多い。また、プライベート時のファン対応の良さなど、人間的に良い部分も多数あり、ファンも少なくない。

河西智美…三中同様に『人気番組の企画を途中で放棄し、逃げ出す』という問題行為を起こした国民的アイドルの一人だったタレント。濱口が別番組で三中同等に非難していた。

宮迫博之…こちらは三中よりも盛大にやらかしてしまったことで吉本興業を解雇されたばかりでなく、会長からも見限られ、民放やNHKはおろかローカル局含む全てのテレビ番組にすら出演できなくなるという事実上彼よりも重い処分を受けた。なお、事の発端の騒動はめちゃイケ終了翌年の出来事だったため、処分にめちゃイケが巻き込まれることはなかった。

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