ピクシブ百科事典

めちゃイケ

めちゃいけ

「めちゃ²イケてるッ!」の略称。フジテレビ系で土曜8時台に放送されていたバラエティ番組。
目次[非表示]

フジテレビ系列で毎週土曜に放送されているバラエティ番組。
正式名称はめちゃ²イケてるッ!である。

概説

平成初期からの土曜夜八時、通称土8の定番バラエティー番組として君臨していた、フジテレビ系の看板番組の一つ。
ナインティナインよゐこ極楽とんぼオアシズら、当時デビュー仕立ての新進気鋭の若手芸人を中核に、俳優やバラエティータレントを添え、彼らによる「お笑い新時代」が形成された。

初期は「とぶくすり」から定番だったコントを中心に据えるが、徐々に行き当たりばったりな大型の突撃ロケを中心とした「ロケ番組」としての体制を固めていった。これが大当たりとなり、以降は放送時間を通した大型ロケを名物に据え、脇をコントやゲームコーナーで固める「めちゃイケ式」の構成を確立。
スタジオはおろか、フジテレビ本社さえ飛び出して全国各地を爆走し、ときにゲスト芸能人さえ巻き込んだ(特に中居正広はスペシャルになると定番の犠牲者であり、最も多く出演したゲストである)移動ロケを敢行するなど、アグレッシブな番組として知られるようになった。
いわば平成のひょうきん族としての地位を確立し、それを平成という新時代に即するより若者受けを狙った番組に仕上げていったのだ。

そして実に21年半(『新しい波』・『とぶくすり』を含めれば25年半)という、長きに亘ってバラエティーの帝王として愛されるも、2000年代後半から裏番組が徐々に力をつけ始めたことや、コーナーやロケのマンネリ化やレギュラー陣の相次ぐ不祥事により、次第にかつてのエネルギッシュな輝きを失っていき、遂に2018年3月を以って、その歴史に幕を閉じた。

歴史

1990年代

年月出来事
1992年10月源流番組「新しい波」がスタート
1993年4月前身番組「とぶくすり」がスタート、この頃はコント中心の内容で、大久保佳代子の代わりに本田みずほが出演する
1993年10月土曜深夜枠で「殿様のフェロモン」がスタートし、「とぶくすり」出演陣がサブメンバーに加わるが、約半年の間に90分の特番を同枠を借りて放送、この頃から武田真治が出演するようになる
1994年10月半年のブランクを経て、「とぶくすりZ」で帯番組として再スタート
1995年10月再び半年のブランクの後、「めちゃ²モテたいッ!」のタイトルで土曜11時台に昇格、この頃からトーク・ロケ企画中心と現在に近いスタイルなり、メンバーチェンジが行われ、ナインティナイン・山本圭壱・武田真治以外全員降板し、代わりに雛形あきこや鈴木紗理奈が出演する
1996年1月光浦靖子と加藤浩次がレギュラー復帰する
1996年3月前身番組のめちゃモテの企画として「少年愚連隊」がスタート
1996年9月この番組のパイロット版として「中居&ナイナイの日本一周の旅」がスタート
1996年10月ゴールデンタイムへの昇格が決定、「めちゃ²イケてるッ!」として土曜8時枠で再スタートを切り、よゐこが番組にレギュラー復帰し、コントが「SHORT COOL」として事実上復活する
1996年11月「STAMP」・「爆烈お父さん」がスタート
1997年1月1日生放送特番「おせち食ってる場合やないでスペシャル!」放送
1997年10月「岡村オファーがきましたシリーズ」がスタート
1997年12月フジTV警察24時」がスタート
1999年1月1日生放送特番「第1998回元旦記念 ボクとアナタが正月王!!」放送
1998年6月「笑わず嫌い王決定戦」がスタート
1998年7月プロ野球中継・特番の為、ほぼ休止
1998年7月18日「FNSの日」に1コーナーとして初参加
1998年10月放送時間を7分拡大して19時53分開始に変更
1999年1月大久保佳代子が準レギュラーとして出演するようになる
1999年5月「めちゃ日本女子プロレス」がスタート


2000年代前半

2000年3月11日元祖ゲームコーナーの「しりとり侍」がスタート
2000年4月8日通常時間帯では初の生放送
2000年4月22日オープニングがスペシャル限定になった
2000年7月15日「抜き打ちテスト」がスタート
2000年10月大久保佳代子がレギュラーに昇格
2001年3月「クイズ$マジオネア」・「ダジャレ人間ゴン」がスタート
2001年4月放送時間を4分縮小して19時57分開始に変更
2001年4月29日めちゃイケpM8プロジェクト開始
2001年5月3日めちゃイケ大百科事典のPRのため、フジテレビジャック
2001年7月21日「FNSの日」2回目の参加
2001年10月23日午後6時40分頃本社内で収録準備中に美術会社社員死亡事故が発生
2001年10月27日23日の事故の影響で急遽中止
2002年6月8日「ダジャレ人間ゴン」に続くゲームコーナーとして「数取団」がスタート
2002年7月20日突然の番組内容変更に苦情殺到
2002年8月24日「FM三軒茶屋W杯メインキャスターに挑戦!」完結編放送
2003年2月8日やべっち寿司」がスタート
2003年4月26日「恋のかま騒ぎ」がスタート
2003年12月27日冒頭で画面が映らなくなる放送事故が発生
2004年2月「笑わず嫌い王決定戦」が一部のHDDレコーダーで録画が出来なくなる
2004年7月24日・25日「FNSの日」にメインとして初参加
2004年10月9日番組史上最高視聴率記録
2004年10月23日新潟県中越地震による報道特別番組により休止
2004年10月30日放送300回突破
2004年11月6日「THE STAMP SHOW!!」が「STAMP8」として復活
2004年11月20日「シンクロナイズドテイスティング」がスタート
2004年12月25日中嶋優一がプロデューサーに昇格


2000年代後半

2005年7月23日「FNSの日」4回目の参加
2005年9月10日視聴者プレゼントが一夜限りの復活
2006年1月7日番組初の新春スペシャルを放送
2006年1月天素1組除いてほぼ復活
2006年7月15日「東京めちゃイケランド」出展
2006年7月17日山本圭壱が不祥事を起こして一時期降板、その影響で一部企画・コーナー(主に山本メイン)が打ち切りになる
2006年8月26日「24時間対抗テレビ」がスタート
2016年10月7日放送10周年
2006年11月25日「数取団」に続くゲームコーナーとして「色とり忍者」がスタート
2007年7月21日放送400回突破
2007年7月21日「めちゃ²バケてるッ!-What's a HORORR We are!-」出展
2007年10月6日「オカザイル」誕生
2007年11月10日初の15分拡大版
2008年7月19日「めちゃイケ海の家」出展
2008年7月27日「FNSの日」5回目の参加
2008年8月2日「崖っぷちのエガ」が話題になった
2008年10月4日この放送回で放送批評懇談会主催ギャラクシー賞10月度月間賞受賞
2008年11月1日初の番組DVDプレゼント
2008年12月6日紗理奈が結婚報告
2009年1月3日初めて三が日のゴールデンタイムに放送
2009年2月14日「お笑い芸人歌がへたな王座決定戦スペシャル」がスタート
2009年5月23日この日限定で前座番組とのコラボ
2009年6月27日「世界一受けたくない!?授業」がスタート
2009年7月18日『めちゃ畑牧場』建設発表
2009年7月26日「FNSの日」6回目の参加
2009年8月24日「幸子の寝室」がスタート
2009年9月5日「フジサンケイお笑いレディースクラシック」を放送
2009年10月10日「めちゃ2オボえてるッ!」で2度目のギャラクシー賞10月度月間賞受賞
2009年10月24日片岡飛鳥が総監督から企画統括に名義変更


2010年代前半

2010年2月20日「色とり忍者」に続くゲームコーナーとして「集中寺」がスタート
2010年2月27日岡村涙の苦情ゼロSPを放送
2010年4月10日テレビ東京系「イツザイS」とのコラボ
2010年7月岡村隆史が体調不良で約半年間欠席
2010年7月17日『めちゃイケ アウトレットパーク』出展
2010年7月24日「FNSの日」7回目の参加
2010年9月4日放送500回突破
2010年9月4日新レギュラーオーディション発表
2010年9月新レギュラーオーディション1次選考開催
2010年10月岡村隆史不在のままオーディションで新メンバー5組が決定する
2010年11月岡村隆史が復帰する
2011年3月12日東日本大震災及び福島第一原発事故による特別報道体制により休止
2011年4月7日CSにて再放送再開
2011年4月9日初めて『オールスター感謝祭』と競合
2011年7月16日「めちゃリゾートハワイアンズ」を元ネタ全面協力で出展
2011年7月23日・24日「FNSの日」に2回目のメインとして参加
2011年10月8日放送15周年記念スペシャルを当時史上最長の4時間40分にわたって放送
2012年1月7日オカザイル第2弾
2012年3月「東北応援企画」がスタート
2012年4月21日ガリタ食堂」がスタート
2012年7月22日「FNSの日」9回目の参加
2012年10月6日他局を含む土8枠で最長放送期間更新
2012年12月「矢部オファーシリーズ」・「フジTV警察24時」が3年ぶりに復活
2013年3月27日この番組のスピンオフとして「めちゃ²ユルんでるッ!」がスタート
2013年4月6日「めちゃ2祝ってるッ!」として、結婚披露宴を生放送
2013年4月20日本来4月6日に放送予定のAKB48中心の期末テストスペシャルを放送
2013年6月1日「集中寺」に続くゲームコーナーとして「めちゃギントン」がスタート
2013年8月3日「FNSの日」10回目の参加
2013年9月21日「岡村オファーシリーズ」が5年ぶりに復活
2013年10月12日オカザイル第3弾
2014年1月4日放送600回突破
2014年3月1日「めちゃ2感謝してるッ! 」として放送
2014年5月31日「めちゃ日本女子プロレス」が9年ぶりに復活
2014年7月26日「FNSの日」11回目の参加
2014年10月4日オカザイル第4弾
2014年10月25日この放送回で3度目のギャラクシー賞10月度月間賞受賞


2010年代後半

2015年1月10日「中居&ナイナイ日本一周の旅」が2年ぶりに復活
2015年7月19日『逃走中』とのコラボ
2015年7月25日・26日「FNSの日」に3回目のメインとして参加
2016年2月三中元克が"卒業"(事実上の降板)する
2016年7月30日山本圭壱が2006年7月に番組を降板して以来10年ぶりのテレビ出演
2016年10月8日放送20周年
2017年3月11日放送700回突破
2017年10月14日この放送回で4度目のギャラクシー賞10月度月間賞受賞
2017年11月4日番組が2018年3月に終了することが発表され、終了までの約半年間をメンバーがやりたいことをしてゴールを迎える期間として『めちゃイケシュウ活プロジェクト』がスタートした
2018年1月2日番組初となる火曜日での新春スペシャルを放送
2018年2月3日画面右上隅に残り総放送時間を示すタイムコードが表示開始
2018年2月17日最終回放送日発表
2018年3月17日レギュラー放送では最終回
2018年3月31日放送が終了する最終回は史上最長の5時間10分にわたって放送


番組終了後

本番組のレギュラーは他番組での共演がNGとされていたため、終了後に解禁された。
総監督はその後出演者・スタッフ全員に卒業アルバム・金メダルの授与式を行った。

レギュラー出演者

通称「おだいばZ会」

ナインティナイン岡村隆史矢部浩之
加藤浩次極楽とんぼ
よゐこ濱口優有野晋哉
オアシズ光浦靖子大久保佳代子
武田真治
雛形あきこ
鈴木紗理奈
※大久保は2000年11月からレギュラー参加。

以下は2010年11月13日からレギュラー参加。
ジャルジャル後藤淳平福徳秀介
敦士
重盛さと美
たんぽぽ川村エミコ白鳥久美子

過去のレギュラー

三中元克
めちゃイケメンバーで唯一の「素人」枠から、一般人としてデビュー。愛称は「三ちゃん」。
2010年11月13日から2016年2月27日までレギュラー参加。
※レギュラーから外された経緯については当人の項目を参照。

準レギュラー

山本圭一(極楽とんぼ) ※元レギュラー
放送終了直前の3ヵ月間のみ「ゲストキャラクター」の扱いで出演するが、最終回では実質的にレギュラーメンバーと同等の待遇だった。
江頭2:50
明松功(プロデューサー)
佐野瑞樹(フジテレビアナウンサー)
他多数出演

不定期出演

エスパー伊東
中居正広
モーニング娘。
AKB48
EXILE
阿部四郎(元全日本女子プロレス・レフェリー、通称「元祖悪徳レフェリー」)
他多数出演

主なコーナー

数取団
しりとり侍
めちゃギントン
色とり忍者
爆烈お父さん
シンクロナイズドテイスティング
ガリタ食堂
岡村オファーが来ました
矢部オファーしちゃいました
めちゃ日本女子プロレス
抜き打ちテスト
フジTV警察

スペシャル

春・秋の改編期や年末年始の時期を中心にを放送する特別版であった。
オープニングには炎が吹き荒れ、そこから金色のサブタイトルが出てくる演出が慣例であった。
放送時間の以下の通りである。

←始終→放送時間放送日
18:3020:54144分基本パターン1
21:24174分2002年12月28日/2012年3月31日
22:00210分2018年1月2日
23:10280分2011年10月8日
23:40310分2018年3月31日
19:0020:54114分基本パターン2
23:10250分2014年3月1日/2016年2月27日
19:5721:0972分2007年11月10日/2007年12月1日/2009年8月24日
21:2487分2005年9月10日/2010年10月30日
22:24147分2010年6月12日
23:10193分2015年4月4日

批判

人気の一方で、ゴールデンタイムのバラエティーとしては、クイズ番組・トーク番組が台頭する中で過激なロケやゲームコーナーも連発したことから、PTAなどの教育団体や保守的な団体から批判を受けることも少なくなかった。特にしりとり侍の一件は有名。

また、海外で当番組のパロディ番組を潰しに行くという企画を行ったが山本降板以降はひたすら他局のパロディを行う(めちゃギントンも実際には『笑う犬』で行われていた「森っ子カブタン」とほぼ同じルールであり、実質参加者と放送日時の変更としか言えない)等の迷走があった。

その為、山本降板以降は実質的な延命であり、無理矢理にでも放送していた様にしか見えないという意見もある。
めちゃイケの様な旧来のバカバカしい演芸番組や、一人の出演者を徹底的に弄り倒して笑いをとっていく芸風は、2010年代以降の世代の新しい視聴者には受け入れられず、逆に極端な悪ふざけや出演者イジりがない、教養やグルメ、縛りのない旅番組が人気を博し、もはやめちゃイケは時代遅れという意見も多くあった。
尚、一応フォローするが、シュウ活プロジェクトの企画の一つとして中居ナイナイ日本一周が放送された際、(内容を知った上で)「こういう企画だけでも特番として継続して欲しい」、「他の複数の番組と併せて)フジテレビは終わらせるべき番組を間違えている」という要望や意見も寄せられたり、めちゃイケ終了後も『全力!脱力タイムズ』などの深夜帯で同様の趣旨の番組が人気を博す等、決して需要が完全になくなったわけではない。

また、2010年の岡村が休養に入った事に伴い実施された新メンバー加入や、以後の番組内容には批判が多く、特に2015~2016年に新メンバーの一人だった三中が当時挑戦していたみちのくプロレス企画を放棄してプロ芸人へ転向した事をきっかけに番組を“卒業”するに至った一連の騒動は、当人は勿論の事、他の出演者達やスタッフの身勝手、杜撰、陰湿な言動・対応・措置といった“負”の一面が露呈した事で、番組そのものに幻滅する声が相次いだ。
さらにその前後期にはガリタ食堂をはじめ、明らかに視聴者を置いてけぼりにしているような内輪ネタな企画やコーナーばかり組んだ番組内容に、古参の視聴者達にさえ辟易され、愛想をつかされる事となり、それらが「番組にトドメを刺した」とも指摘する声も少なくない。

岡村の長期欠席と新メンバーオーディションの裏話

2010年に岡村が休養に入った理由について、当人から公式に声明が発表されたわけではないが、世間一般では一種のストレス性の精神障害が原因だったという事が知られている。

元々、めちゃイケ放送当初はメンバー全員で企画やコーナーを行うのが決まりであり、一般人との触れ合いもあり、幅広い世代から人気を得ていた。
しかし、人気を得るにつれて加藤は日本テレビの『スッキリ』。濱口はテレビ朝日の『黄金伝説』。有野はCATVの『ゲームセンターcx』等、メンバーが他局の番組に出演する機会が増え始め、次第にスケジュール的にメンバー全員で出演するのが難しくなっていった。その上、めちゃイケ内でおいて岡村が扮するオカレモンプレッシャー星人。山本が扮するスモウライダー油谷さん等、個性豊かなキャラクターが好評を博し、次第にめちゃイケ製作陣は彼ら二人を重要視するようになり始める。そのため、製作陣は他メンバーに対して雑に扱う様になり始め、有野に至っては岡村と同じように肺膿瘍で休養していたにも関わらず、休養中は彼に関しては取り沙汰そうとはせず、寧ろ初めから居なかったような扱いを受けていた。その結果、次第に番組のコーナーや企画内容は岡村と山本に主立って身体を張らせるものに特化していく事になっていった。

逆に濱口の「どぜうもん相談室」や大久保の「容疑者Oの変身」などのコーナーは短期間で終了する程の不人気で雛形や武田等のメインの企画は単発で終了するなど視聴者からの他メンバーの人気は著しく低下していた。

更に2006年に共に身体を張っていた山本が降板した事により、その分の穴埋めをする為に更に岡村への負担が増え、先述のプレッシャー星人や涙の苦情ゼロSPなど、2010年時には番組における身体を張る企画やコーナーは、岡村がほぼ一人手に引き受けている状態にあった。

その上、岡村自身もめちゃイケの他に『ぐるナイ』、『オールナイトニッポン』や『東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい…』など数多くの番組レギュラーを抱えていた為、休む時間は殆ど無かった。
更に2010年に入ると初主演映画『てぃだかんかん』の過密プロモーション、初一人舞台『二人前』の準備などで多忙が続き、岡村の疲労とストレスはいよいよピークに達していた。
しかし、それでも岡村は依頼された仕事に関しては断りはせずに全て引き受けていた。これは、当時岡村曰く芸人の仕事はなんでも引き受けるのがモットーと定めており、厳しい芸能界で生き残るための考えであった。また、上記の通り自身が全国的に売れたのはめちゃイケの前身でもあるとぶくすりであり、それ以来岡村はフジテレビに恩を感じていたため、めちゃイケの制作側からのどんなに過酷で無茶振りともいえる内容の企画やコーナーであろうとも、受けざるを得なくなっていた。

その為、岡村は十分な睡眠すら取ることもできず、多くても1、2時間程度であり食事も仕事移動中での車内で済ますばかりで食事内容も栄養補助食品ばかりだった。その他の時間の殆どは仕事や台本等の打ち合わせに費やし、丸2日寝ない日も少なく無かったという。さらに岡村はメンバー斬ってのヘビースモーカーかつ酒豪であり、ストレス故にタバコも一日3箱吸い、酒も毎晩飲む程で私生活においても健康問題を指摘されていた。

このあまりにも異常とも言えるスケジュール内容に危惧した岡村のマネージャーは各テレビ局や吉本興業に少し休息を取らせるように要求したが、吉本興行からは岡村は世間から必要とされている存在であり、ましてや休んだり仕事を減らせば世間が黙っていないと返し、仕事が忙しいのは当たり前でその合間を縫って休むのが芸人の仕事だと促され、岡村自身も首を縦には振らず仕事は続ける方針を表明した。

その結果、岡村の心身は遂に限界を迎え、重度の精神障害を引き起こす事となった。
元々、素の性格はシャイで口下手な事で知られていた岡村だったが、その頃からそれが番組収録中でも見せるようになり、ある日めちゃイケのコーナー収録中、いつもであれば陽気なキャラクターで皆を引っ張っていく筈が本番にも関わらず終始無気力な状態のまま一言も言葉を発しなかった事があったという。
また、些細なきっかけですごい剣幕で怒鳴り散らしたかと思ったら、極端に悲観的になって泣き崩れるなど、言動も明らかに情緒不安定気味になっていき、めちゃイケメンバーやスタッフ達も違和感を覚えていたが、あるめちゃイケ収録日に矢部が楽屋に行くと、そこで岡村が全裸でテーブルの上に体育座りし、意味不明な内容の言葉を呟き続けるという異常行動をとっていた。
これを見て、岡村の精神状態が危機的状況にあると察した矢部をはじめとする関係者は、これ以上の仕事の継続は困難と判断し、岡村を療養させるべく説得する。
それでも岡村は上述した事情と、元来の責任感の強さから仕事を休む事に躊躇い、なかなか首を縦に振ろうとしなかったが、最後は矢部が「岡村さん! 休みましょう!」と毅然とした態度で諭したおかげで、ようやく休養する事に同意。
こうして岡村は都内の病院に入院して療養する事となり、一人舞台をはじめ、予定されていたスケジュールはすべてキャンセルとなる。

これを知った視聴者からは、岡村一人に心身共に負担の大きい役割や仕事を押し付けた結果、病んでしまう程に追い込んだとして、吉本興業やめちゃイケ制作陣・メンバーをはじめとするフジテレビには批判の声が及ぶ事となった。
因みに矢部は岡村を芸能界へ誘い込んだ事もあってか、「俺がもう少し相方の気持ちを考えていればこんな事にはならなかったかもしれない…」と、いつの間にか相方にばかり重責を押し付け、その異変に気付けなかった自分を責め続けるなど、相当悔やんでいたという。

そんな矢部をはじめとするめちゃイケメンバーは、先述したとおり前途数年は専ら岡村一人に負担を負わせていた事を反省し、彼が復帰するまでは自分達だけで番組を続ける意思を表明。
岡村が休養期間中はキングコング梶原雄太等の芸人を代役に補い、矢部や濱口等の他メンバーをメインにしたコーナーや企画を増やす等して対処した。
だが、やはり看板キャラクターでもある岡村が抜けたダメージは大きく、殆どの既存の人気コーナーは収録不可能となってしまい、当時番組内で始まったばかりだったゲームコーナーの集中寺をはじめ、幾つかは打ち切りとなった。
さらに裏番組でもある日本テレビの『世界一受けたい授業』やテレビ東京の『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』に視聴者が関心を持ち始めた事も伴い、視聴率も徐々に低下。

結局、残されたメンバーだけでは番組を盛り立てられない事実が露呈し、会議の結果、若者の力を取り入れて新鮮味を取り戻そうと新メンバーオーディション発足に至った。
しかし、それを知らされためちゃイケメンバーは、自分たちだけでないと意味がなく、無関係なタレントを追加するとその分めちゃイケの面白さや方向性が変わってしまうと意見しており、新メンバーの加入は反対していた。だが、プロデューサーを含む製作陣はこのままの状態が続くと年内にめちゃイケが終了する可能性も十分あると危惧した。それに対してめちゃイケメンバーは年齢的にも体力的にも限界が近く、昔のような体を張った企画を行うことが難しい為、ここらで区切りを付けた方が良いと反論するが、製作陣はめちゃイケはフジテレビを代表する冠番組でもあり、もし終了となればフジテレビの威信にも関わるため、会社的地位を守るためにもなんとか続けてほしいと懇願されたため、やむなくめちゃイケメンバーはこの発案を受けざる負えなかった。

ところが、スタッフにとって予想外だったのは無事に新メンバーが加入してから僅か一ヶ月後に岡村の復帰が決定してしまった事である。
休養当初、岡村はこれを機に芸能界から引退しようとも考えていだが、休養中に送られて来た高倉健和田アキ子からの励ましの手紙や降板した山本からのフォローのメールからなんとか引退は思い止まる。そして、ビートたけしから自らの不祥事で長期謹慎していた時のエピソードを聞き、自分には帰る場所がありそれを待ち続けている人達がいると確信し、芸能界への復帰を決意。
その結果、めちゃイケは昔の様な活気のある姿を取り戻すことが出来、視聴率も本来の数値に安定し、めちゃイケ存続の危機は回避できたが、その反面めちゃイケが元のスタイルに戻ってしまったことで加入したばかり新メンバーのキャラを生かすことが出来なくなってしまった。
その時点で既に新メンバーの需要性は皆無に等しく、制作陣は新メンバーを降板させ、元の古参メンバーのみで行おうとも考えていた。

しかし、新メンバーの中にはたんぽぽのようにオーディション合格を機に一気にブレイクし長期にわたる貧困生活を脱け出すことのできた者もいた上、ここで彼らを降板させると露頭に迷わせてしまう(一般人枠の三中に至っては他の新メンバーと違い、降板させた後の後ろ盾になる事務所や職場も無い状態であった)のは必然であった。

しかも、オーディション不合格をきっかけに解散したお笑いコンビもおり、あれだけ大々的なイベントだったにも関わらず、ろくに活躍させないまま新メンバーを放逐すると、彼らは勿論の事、他のオーディション参加者達や協力してくれたスポンサーや関連企業にも面目が立たなかった為、結局新メンバー達を引き続き残留させざるを得なくなった。

その後も新メンバーを導入させた新企画や新コーナーを行なってきたが、めちゃギントンなどの一部を除いて、殆どは定着せずに短命または一発限りに終わり、新プロジェクトとしてめちゃイケサービスエリアやめちゃイケ温泉などのアミューズメント施設を立ち上げて来たが、成功したのは商業的な面だけで番組の人気には結び付かなかった。

こうしためちゃイケ制作陣の後先考えない『行き当たりばったり』な方針が尽く裏目に出た事に加え、この頃から制作方針や番組に対する意識の違いなどから、メンバー同士の間でも溝が生じるようになる。
濱口は初期のような、人懐っこく愛されやすいおバカキャラクターは鳴りを潜め、他メンバーや後輩に対して厳しい態度で接する気難しい一面を見せる様になり、矢部や鈴木は仕事の都合上めちゃイケのオンエアを直接見る事が出来なくなった事もあって、めちゃイケそのものに対する関心度が薄れていき、加藤はめちゃイケ以外の出演する番組の殆どが情報番組ばかりとなり、めちゃイケにおいては派手な活動が少なくなりお笑いに対する意識が消えつつあった。
さらに武田、雛形に至っては本業でもある俳優業に再び力を入れ始めていき、収録自体に参加する機会が減り始めるようになり、既にこの時点では昔の様な全員一丸で行っていた姿はもはや無かった。

こうした悪条件が重なった結果、先述した末期の迷走に繋がったと指摘する意見も多数上がっている。

そして大手バラエティー番組を無くした事でフジテレビはスキャンダルや会社内の暴露が世間から知らされ、大いに迷走を繰り返していくようになる。

関連動画

これがめちゃイケ最初期と最末期のエンディングテーマである。


めちゃイケ終了について詳しくまとめた動画




関連タグ

フジテレビ お台場合衆国
ナインティナイン 極楽とんぼ よゐこ オアシズ
ブタの幸子 オカレモン スモウライダー
キム肉マン 43番ロビンマスク ラーメンかむくらマン
はねるのトびら ピカルの定理(姉妹番組)
めちゃユル(ネット配信されている姉妹番組)

関連記事

親記事

フジテレビ ふじてれび

子記事

兄弟記事

pixivに投稿されたイラスト pixivで「めちゃイケ」のイラストを見る

pixivに投稿された小説 pixivで「めちゃイケ」の小説を見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 384645

コメント