概要
1983年~1985年にかけて『週刊文春』にて連載された、手塚治虫の長編漫画作品。
連載当時に唱えられていた「ヒトラーユダヤ人説(現在は否定されている)」から着想を得た作品で、当時の国際事情を交えヒトラーを含めるアドルフの名前を持つ三人の男達の奇妙な人生を描く。
舞台は章ごとに移り変わるが、2人のアドルフの出身地である神戸が出て来ることが多い。
登場人物
主人公たち
全員架空の人物。
峠草平 - W大学陸上部出身の新聞記者。スポーツマンらしい裏表がない爽やかな性格で、ベルリンオリンピック取材中に唯一の肉親である弟の電話がきたことからヒトラーの正体を巡る様々な策謀に巻き込まれていく。何気にやたら女性にもて、本作は草平を主人公とする恋物語の側面も持つ。
アドルフ・カウフマン - ドイツ人と日本人のハーフ。日本で生まれ神戸の上流階級で育つが、ある事から運命に弄ばれる事となる。
アドルフ・カミル - ドイツ系ユダヤ人で神戸のパン屋のせがれ。ガキ大将的な所が有りカウフマンをハーフが原因の虐めから庇った事から大の親友となる。
架空の人物
ヴォルフガング・カウフマン - アドルフ・カウフマンの父。親ナチス。祖国から密命を受けて行動していたが、そのことが原因で妻との間にわだかまりを作る。それを解くことができないまま、肺炎にかかり死亡した。
由季江・カウフマン - アドルフ・カウフマンの母。アドルフの前では夫婦仲がいいように見せているが、隠し事が多く強権的な夫に対してあまりいい感情を持っていない。アドルフ留学後は1人寂しく暮らしていたが……。
イザーク・カミル - アドルフ・カミルの父。同胞であるユダヤ人を助けるために渡欧するが、現地で様々なトラブルに翻弄され、ついに……。旧友2人が決別する原因の1人。
エリザ・ゲルトハイマー - ドイツ在住のユダヤ人。ナチスの迫害対象だが、父親が親ナチスのユダヤ人であるせいで亡命できないでいる。彼女に片想いしたアドルフ・カウフマンの手引きで亡命し、一命を取りとめ、彼に恩義は感じているが恋心は持っていない。このことが後に旧友2人の決別に繋がっていく。
ローザ・ランプ - 峠の弟・勲の恋人。勲の死の原因を作ってしまっており、償いの気持ちからか草平に協力する。
仁川三重子 - 峠の協力者・仁川の娘。内気な性格だが、本多の息子との出会いをきっかけに変わっていく。
お桂(おけい) - 田舎町で酒場を経営する任侠肌の女将。真実を求める過程で傷ついていく草平と三重子に手を貸す。
本多 - 憲兵隊に属する軍人。由季江の知人で彼女に惚れている。あることが原因で草平と対立するが、次第に彼を認め協力するようになる。
手塚スターシステム
アセチレン・ランプ - 「氷の心臓を持つ男」との異名を持つゲシュタポの極東諜報部長。ひたすら冷酷で怪物的なタフさを持つゲシュタポ将校を的確に演じている。前述の通り、ボルマンの命令により、「ひとりのユダヤ人の粛清」の元、ヒトラーを自殺に見せかけて射殺した。
ハム・エッグ - 本作では赤羽という名前がつけられている特別高等警察の鬼刑事。ランプと比べればコメディ色があるが、執拗で頑迷な特高刑事を演じている。
実在の人物
アドルフ・ヒトラー - 言わずと知れた総統。ユダヤ人を嫌悪しながらも、自らの出生の秘密を知り徐々に精神に異常をきたしていく。最期は史実と同じく拳銃自殺、と思われたが実際はゲシュタポ将校ランプ(後述)に『ひとりのユダヤ人の粛清』という名目で拳銃を叩き落され、自殺に見せかけて射殺された。
マルティン・ボルマン - 史実にも登場するヒトラーの部下で、党官房大臣となっていたが、ベルリン陥落直前、現実に目を背け続けるヒトラーと、その遺言で冷遇されることに怒りと失望を抱き、後述のランプに「ユダヤ人をひとり、粛清するのだ」と命じてヒトラーを自殺に見せかけて殺害する命令を下した。
アドルフ・アイヒマン - ゲシュタポのユダヤ人課課長。上層部の不興を買い左遷されたカウフマンの上司。
リヒャルト・ゾルゲ - ソ連の工作員であり、ゾルゲ事件の首謀者。