「あの時、子犬を助けようとした事・・・俺はどうかしてたのさ。
あれは俺にとって唯一の恥ずべき過去の汚点!それを見たお前は、絶対に殺さねばならぬ!」
”親友の大原君と、科学アカデミアにて”
演:坂井徹
概要
科学アカデミアの生徒の一人で、武装頭脳軍ボルトの幹部の一人・ドクター・オブラーの前身に当たる青年。
アカデミアの中でも、月形剣史や仙田ルイと同様に、星博士の教育方針に反発していた問題児の一人であり、彼等とともにアカデミアと袂を分かち、ボルトへと身を投じている。
元来、貧弱な体躯の虚弱体質であったがゆえに、ウイルス進化論の研究に没頭しそれによる身体変化・強化を実現させようと考えており、そうした志向性は幼少期からの「天才」であることへの強い拘りや自信と相俟って、人間という存在そのものへの蔑視へと結びついていった。
そうした持論への傾倒は、ボルトへの加入によってより一層強まる格好となり、結果として自らが生み出した頭脳獣・ウイルスヅノーの生成したウイルスの効果により、獣人オブラーと呼ばれる異形の姿へと変貌。人間としての姿を自ら捨て去るに至ったのである。
その一方で、アカデミア在籍時にはイエローライオンこと大原丈とも親交があり、入学から間もない頃には泳げないにもかかわらず、溺れた子犬を助けようと海に飛び込み、必死でこれを救い出したことを作中でも丈が述懐している。
このエピソードからも窺えるように、本来は心優しい性格の持ち主であったはずの豪であるが、豪は後にこの時のことを、記事冒頭に示した台詞をもって否定するかのような素振りに走っている。
「ガリ勉坊や」の成れの果て
このように、見た目だけでなく内面的にも完全に、かつての人間であった頃の自身を捨て去ろうと躍起になっていた豪であるが、そこまでの心境に彼を至らしめた要因は、他ならぬ豪の生育環境にあった。
そもそも、豪という人物は生まれついての「天才」ではなかった。
幼少期の豪は、人並みに遊びなどにも興味を示す子供であったが、なまじ他人よりも勉強ができ、年少の頃には中学生とも机を並べるほどの学才を発揮したことが、彼にとってある意味不幸な結果をもたらした。
豪のそうした部分に、特別な才能があると確信・・・というよりも妄信した母・俊子は、「あなたは天才、他の子とは違う」と常日頃より豪に言い聞かせ、同年代の子供と遊ぶことすらも許さない徹底した教育ママぶりを発揮。そのために豪は「他の子供達と遊びたい」という思いを押し殺し、長きに亘って勉強に明け暮れた結果、「母の期待に応えるために本心を押し殺して天才であり続ける」はずが、いつしか「天才であり続ける」ことのみに執着する人間に成り果ててしまったのである。
それでもその学才ゆえに、科学アカデミアという当代きっての学習機関への入学を果たすに至った豪であるが、このことが彼をさらに追い込む格好となった。「天才」と褒めそやされて育ってきたとは言え、所詮は井の中の蛙。剣史やルイのような、自分をはるかに上回る優秀な天才が周囲に数多存在するアカデミアという環境は、豪の焦燥を一層激しくさせるものでしかなかった。それでも豪は自らが「天才」であることを信じ誰よりも勉強に励んだが、肉体も精神もすり減らしてもその差を埋めるには至らなかった。
ボルトへの加入後もそうした状況に変わりはなく、大教授ビアス自ら選抜したドクター・アシュラという新参者の参入により、ここでもまた苛烈な競争に心身をすり減らすことを余儀なくされていった。そもそもボルトへの加入の折、ビアスは剣史達に謎の暗号文――即ち彼等への入門テストを密かに送信していたのだが・・・実は豪の元にはそれが送られておらず、お情けでボルトに入れてもらったという事実が、後にケンプによって暴露されている。
このように「天才」、そしてボルトの幹部であり続けるために押し殺してきた、鬱屈した思いはやがて思わぬ形で表出することとなり、これがきっかけでボルトの幹部としての豪=オブラーは転落へと突き進むこととなるのだが、一方でライブマンにとって豪の内面を伺い知れたことは、彼が真人間に戻れる余地がまだ残されていることを意味するものでもあった。
紆余曲折を経て、俊子にまでも自身の秘密が露見する中、ビアスや他の幹部達から切り捨てられオブラーとしての力を失いかけながらもなお、「天才」であることへの強い自負からライブマン打倒に執着する豪であったが、勇介の説得により自らの過ちを悟った俊子が、もう天才にならなくてもいい、誰とも競争なんかしなくていいと豪に謝罪に及ぶに至り、頑なに「天才」であることに拘り続けていた豪の心もようやく氷解、遂には元の人間の姿を取り戻したのであった。
しかし長きに亘る勉強と競争の日々で、心身をすり減らしてきた代償はあまりにも大きかった。オブラーとしての姿と力だけに留まらず、それまでの記憶の一切を失った豪は俊子と共に、物語の表舞台から姿を消していったのである・・・。
悔恨の日々
・・・が、このままひっそりと人間としての暮らしを送るかに思われた豪の存在が、再びクローズアップされる事態が訪れることとなる。
事は物語終盤、ケンプの作り出したトウメイヅノーの能力の実験に、豪が巻き込まれたことに端を発する。この一件で豪の生存を知ったビアスは、普段の余裕をかなぐり捨ててケンプ達を総動員し豪の抹殺を図ろうと目論むのだが、一方で時同じくして豪と再会を果たしていた丈達もまた豪を助けようと動いており、ケンプ達の執拗な追撃に遭いながらも豪は辛うじてライブマンに保護されることとなる。
実はこの時点で、失われていたはずの豪の記憶は少しずつであるが戻っており、その中にはボルトに加入して間もなく豪が垣間見た、ビアスにまつわるとある秘密も含まれていた。ビアスが躍起になって豪の抹殺に動いたのも、この秘密がライブマンに露見することを恐れてのことだったのである。
結果としてビアスの魔の手から逃れたものの、豪は密かにライブマンの元を去っているのだが・・・その際記事冒頭の2段目に示したメッセージを、アカデミア在籍時に丈とともに撮った写真とともに残しており、一度は恥ずべきものとして捨て去ろうとしていた友情が今なお豪の中に残されていることを、丈にも知らしめる格好となった。
後に、上記の一件がきっかけとなって失われていた記憶を完全に取り戻した豪は、かつて自身が犯した罪の数々を悔い改めんと教会に通う日々を送っていたが、その一方で前述したビアスの秘密の真に意味するところを突き止めるべく、独自に調査を続けてもいた。
その過程で丈、そしてボルトから放逐されたドクター・アシュラこと毒島嵐と再会を果たし、後者の壮絶な最期を見送る格好となった豪は、やがてかつて自身が垣間見たビアスの秘密が、「天才的な若者達から脳を集め、自らの野望達成のために利用している」という事実に直結するものであったと突き止め、かつての同志であったドクター・マゼンダを救うべくその事実を、千点頭脳に到達しようとしていた彼女へと示してみせたのである。
事実を知ったマゼンダが逃亡を図る中、豪もまたガッシュによる攻撃を受けながらも、自ら身を呈してこれを助けようと奮闘するが、結果としてその願いは叶わず、追い詰められたマゼンダはかつての自分と同様に完全に人間であることを捨て、そしてこれまでの過ちを認めつつ自らの手で非業の最期を遂げるに至る。そんな彼女の死に様を前にして豪は、
「神様・・・マゼンダをお許しにはならなかったのですね・・・」
と、十字架を握りしめつつ悲愴な面持ちを浮かべたのであった。
作中における豪の出番はこれが最後であり、これ以降の彼の動向については言及されていない。
ボルトの構成員の中では唯一の生存者にして、悪行の報いから重傷を負いながらも明確に「救われた」人物となったが、一方でマゼンダを救おうとした際の描写から、一人だけ死ねない身体となってしまったと、ひいては罪を背負ったまま生き続けるという、単に死ぬよりも重い罰を受けたと見る向きも根強く残されている。
後年、丈が他作品への客演の際、他の二人と一括りに「救うことができなかった」と述べたのも、あるいはそうした側面を踏まえてのことであったと言えるのかもしれない。