「……うん美しい…… すばらしい花火だよ…」
「ショータイムの幕開けにふさわしい…」
CV:堀内賢雄(アニメ映画『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』)
概要
『シティーハンター』における実質的なラスボスである。
なぜ「実質的な」なのかと云うと、原作漫画では海原神が登場する一連のエピソードで『シティーハンター』は最終回にはならず、連載終了までの所謂「後日談」となるエピソードにまだ敵となるキャラクターが出て来るためである。
中南米を本拠地とする麻薬密売組織『ユニオン・テオーペ』の総帥にして長老(メイヨール)と呼ばれる人物。
冴羽獠の相棒だった槇村秀幸の殺害から始まる、劇中で起こった『エンジェルダスト』という麻薬が絡む重大事件全ての黒幕である。
『シティーハンター』の主役二人にとって、冴羽獠は海原とエンジェルダストに関しては後述の深い因縁があるうえに相棒の槇村秀幸まで殺されたこと、槇村香は兄の槇村秀幸の死が裏社会の人間として生きるきっかけになったことから、『海原神』は『シティーハンター』と云う物語全ての元凶とも言える存在なのである。
初登場 ~ 一時撤退
原作漫画の初期において、海原神は麻薬密売組織ユニオン・テオーペの本格的な日本進出を目論み、幹部達を使い暗躍する謎の存在として描かれている。
劇中初期の海原神は暗闇に浮かぶシルエット(横顔や顔の下半分くらいが蝋燭の薄明かりでぼんやり見える程度)のみでの登場であり、この頃は部下達から『長老(メイヨール)』と呼ばれるのみで、本名は全くの不明だった。
ある年の3月31日、槇村香の20歳の誕生日であったこの日に、ユニオン・テオーペ日本支部の幹部が新宿駅掲示板への『XYZ』を使い『シティーハンター』をシルキィクラブへと呼び出す。
冴羽獠は「シルキィクラブは素人の店じゃない」と警戒し、依頼者へ面会に行く相棒の槇村秀幸に護身用の拳銃を持たせる。
依頼内容を確認に来た槇村に対し、ユニオン・テオーペの幹部であるシルキィクラブのオーナーは「組織が日本へ進出する際に邪魔になる暴力組織の首領を抹殺する依頼」をする。
しかし、妹である香の存在まで仄めかして脅しをかけてきたシルキィクラブのオーナーに対し、槇村は怒りを顕にし、依頼を断固として拒否したうえで組織に敵対する意思を見せた。
「依頼を断り敵対心を見せた報復」として、シルキィクラブのオーナーはエンジェルダストを投与されて狂人と化したチンピラを刺客として差し向けて槇村に致命傷を負わせた。
どしゃ降りの雨の中を、背中に致命傷を負った槇村は獠のもとまで辿り着き、獠にユニオン・テオーペの始末と妹の香のことを託すとそのまま事切れた。
槇村殺しを命じたシルキィクラブのオーナーは獠によって店ごと始末され、ユニオン・テオーペはこの事件によって槇村の復讐の為に新たな『シティーハンター』としてコンビを組んだ冴羽獠と槇村香の2人から日本支部に様々な攻撃を仕掛けられる事態になる。
違法地下カジノを仕切っていた幹部のひとりである男爵(バロン)を殺されたのを始めとして、経営する宝石店を襲撃されて豚と汚物まみれにされる等の挑発行為をされた挙げ句に、日本支部からの上納金を全て奪われると云う大打撃を与えられるのだった。
ユニオン・テオーペの日本支部を仕切っていた大幹部であり、海原の側近で最強の戦士でもあったユニオン親衛隊の将軍(ジェネラル)までもが獠の策略に嵌まり、車の排気口に詰めた大量の釘を散弾のように浴びせられて手傷を負わせられただけでなく、組織への上納金を積んだ現金輸送車を目の前で呆気なく奪われてしまう程の有り様であった。
ユニオン・テオーペの本部で待ち構える『長老(メイヨール)』こと海原の御前に手負いの状態で出頭した将軍(ジェネラル)は、死への恐怖に打ち震える。
「上納金を奪われた罪は重いぞ…将軍(ジェネラル)…」
「し……しかし長老(メイヨール)!やつは……」
「いいわけはよい!!」
海原はおもむろに「U.T」の刻印が施された左手薬指の指輪を外すと、それを蝋燭の炎で炙り始めた。
「おお……!!」
「これしきの炎、熱くはない!きみの失態への怒りはこんなものではない!!」
赤く灼けた指輪を平然と持ちながら、海原は将軍(ジェネラル)を冷たい視線で睨み付ける。
「たて!」
「そ…それだけは…それだけは、お許しを!!あう!!」
海原は、絶望感と恐怖心の余りに容赦を懇願してくる将軍(ジェネラル)を無慈悲に脚払いで転ばせると、彼の髪の毛を掴んで自らの眼前に引き寄せた。
「お…お許しを…お許しを~!!あおおお!!」
真っ赤に灼けた指輪を額に押し当てられた将軍(ジェネラル)の、悲痛な叫び声が闇に轟く。
こうして、将軍(ジェネラル)は海原によって額に「死の烙印」を施されてしまい、「24時間以内に冴羽獠を抹殺せよ」と命令されるのであった。
「この烙印の意味は、君も知っていよう…“死の烙印”だ………」
「おお……長老(メイヨール)!!」
「24時間あげよう。24時間以内に冴羽と女を殺れ!さもなくば…ユニオン・テオーペがきみを……死の烙印をおされた、きみを消す!!」
「長老(メイヨール)…必ずや、やつを…この手で葬ってみせましょう!!わたしの、この…この、みずからの体を凶器と化しても!!」
最早、後がなくなった将軍(ジェネラル)は獠への憎悪と抹殺への執念から自らにエンジェルダストを投与し、文字通りの「不死身の殺人マシーン」と化して獠と真夜中の新宿中央公園で激闘を繰り広げるのだが、右腕に仕込まれていたライフルはコルトパイソンの銃撃により.357マグナム弾で上腕の筋肉を全て絶ち切られて使い物にならなくされ、更に心臓を撃ち抜かれる。
それでもエンジェルダストの効果で将軍(ジェネラル)は死なず、ナイフを獠に向けて投げつけたが避けられたうえに、獠から投げ返されたナイフは自分の額と首に突き刺さる。
これでもまだ死にきれない将軍(ジェネラル)は、最後に執念で右足の義足に仕込んでいたグレネードランチャーを使おうとするが、「全弾使い果たして反撃不能」だと思っていた獠が足首に隠し持っていた予備の拳銃でランチャーの砲身に銃弾を撃ち込んだことにより爆発四散し、跡形もなくなり死亡した。
こうして、将軍(ジェネラル)は最後まで獠に一矢報いる事すらも出来ずに完全敗北したのだった。
この結果から、海原はこれ以上の「冴羽獠への深入りは危険」と判断し、日本からの一時撤退を余儀無くされるのであった。
「あの将軍(ジェネラル)が消せなかった男を、誰が殺れるというのだ?いたずらにユニオンの傷口を広げるだけだ!!」
(フ…この私に手をひかせるとはな──!!)
「冴羽 獠……」
満を持しての再登場
原作漫画ではそれから5年以上と、かなりの長期間物語からは退場していたが、連載最終盤に当たって最大にして最凶最悪の強敵として再登場を果たすことになる。
日本からの撤退後、ユニオン・テオーペは麻薬シンジケートの枠を遥かに超えた軍需的な事業にまで手を広げたことで、既に全米を勢力下に置く程にまで組織を発展させていた。
更に強力な新型エンジェルダストの開発にも成功し、現在では各国の軍から注文が殺到するなど、国家とも手を組もうという段階に来ていた。
そして再び日本進出を目論見、海原神はユニオン・テオーペの総帥である長老(メイヨール)として獠たちの前に姿を表すことになる。
日本への再進出にあたり、手始めに海原はユニオン・テオーペ最大の障害となるであろう『シティーハンター』の排除、つまり冴羽獠を抹殺すべく彼のアメリカ時代の相棒だったミック・エンジェルを刺客として差し向けるのだが、紆余曲折ありミックは仕事を放棄してしまう。
これに対して海原は「冴羽獠を抹殺する仕事の依頼」を反故にしたミックが乗ったジャンボ機を、エンジェルダストを投与した工作員を使って無関係の乗客と乗務員もろとも爆破する。
それでもミックは瀕死の状態でかろうじて生存しており、虫の息で海上を漂っていた彼を海原は回収し、更に最新型のエンジェルダストを投与して瀕死の状態から無理矢理に回復させたうえで強力な洗脳効果によって狂人化させて操り、獠や海坊主達と戦わせたのだった。
なお、このミックが乗ったジャンボ機が爆破された事件の直後に、獠の身を案じて日本へ再来日したブラッディ・マリィーの口から初めて『海原神』という名前と、獠とエンジェルダストの因縁にまで深く関わる素性が海坊主と美樹に明かされる事になる。
海原の左脚は後述の「過去の負傷」により義足になっており、義足内部には高性能爆薬が仕込まれていて彼の身体に生命活動が困難になる程のダメージが発生した場合は自動的に起爆するように設定されている。
『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』でも左右の足で足音が違い、歩く度に金属音が鳴っていた。
原作漫画では獠への宣戦布告として冴羽アパートを訪ねた際に、獠たちの部屋がある6階まで階段で上がって来ており、海原の片足を引きずる様な歩き方を見て左脚の義足に気づいた香は「不自由な足の人を階段で6階まで上らせてしまった」罪悪感からか彼の話を聞き入れてしまい獠の部屋に入れてしまっていたが、恐らくこれは香を油断させるための演技である。
その後は足が不自由な素振りを見せる様なことは無く、特に獠との最終決戦では海原は足が不自由とは思えないほど支障なく、むしろ常人離れした動きで素早く行動していた。
仕方のないことだが、北条司氏の画風の変化によって海原の顔つきが連載初期の頃と連載末期の再登場時で大分変ってしまっている。
性格
犯罪組織のボスらしく冷酷で、殺人に対する躊躇いは皆無。
たった一人の裏切り者であるミックを殺すため、エンジェルダストを投与した工作員を使いジャンボ機を爆破し、起爆スイッチを握っていた工作員はもちろんのこと無関係な乗客と乗務員もろとも皆殺しにする程である。
海原の船に侵入したブラッディ・マリィーに対しても、恐ろしく狂気に満ちた目と冷酷かつ残忍な顔つきを見せ、海中へ逃げたマリィーに「狂気の笑顔」を浮かべながら手榴弾で追い撃ちをかけるなど容赦がない。
失態を犯した部下にも情け容赦がなく、熱した指輪で額に最後通告である「死の烙印」を施した上で、与えた制限時間内に任務を全う出来ない場合は如何なる理由があろうと抹殺している。
また、戦闘を「ショー」と呼び、「標的に様々な精神的苦痛を与えては残酷な状況を楽しむ」悪趣味な面も持つ。
一方で冴羽アパートを訪ねた時など、時折その行動に似つかない穏やかな表情を見せることもある。また話し方自体は丁寧で、学識が感じられる。
狂人ではあるが、ただの新興の麻薬密売組織だったユニオン・テオーペを大国への軍事介入が出来る程の国際的犯罪組織の規模にまで急激に成長させる、上記のような恐怖政治を敷きながらも多数の忠実な部下を従えているなど、トップとしての手腕やカリスマはある模様。
その容姿は香のよく知る人物とも似ているのだが…。
人物(ここからはネタバレになります)
過去
かつて海原神は中米の小国の反政府ゲリラに所属し、ブラッディ・マリィーの父と並び、部隊でも一二を争う勇猛な戦士だった。
ゲリラの村に拾われた、飛行機事故で両親を失った日本人の少年の名付け親にして育ての親でもあり、マリィーの父と共に彼に戦い方の全てを教え、鍛え上げる。
少年はマリィーの父よりも、自分と同じ日本の血をひく海原によくなつき、慕っていたという。
そして海原も、少年のことを実の息子同然に愛しており、「おやじ」と呼ばせていた。
その少年へ海原が向ける愛情には嘘偽りがなく、ヘマをして敵の捕虜となった少年を助けるため、部隊の制止を聞かず無謀にもたった一人で敵陣へ乗り込んで助け出した程であった。
この時の逃走中に左足を失うも、その少年を責めるようなことはせず、まるで「自分の足一本でお前の命が助かるのなら安いものだ」と言うように、ただ黙って優しく微笑んでいた。
しかし、長すぎた戦いにより、海原の精神は次第に狂気に侵されていってしまう。
敗戦の色が濃くなった際に、巻き返しのためと海原は非人道的な作戦を提唱する。
それはエンジェルダストにより不死身の狂人兵団を作るというものだった。
仲間を使い棄ての手駒のように扱うその非人道的な作戦は当然否決されたが、海原は自分を父親のように慕う前述の少年を騙してエンジェルダストを投与し、独断で戦場に送り込む。
そして、その少年はたった一人で政府軍の小隊を壊滅させた。
戦果自体は凄まじいものであったが、その余りにも凄惨で残酷な殺し方と、戦闘後に残された無惨な死体の山には思わず目を背けたくなるものがあり、投与された少年も禁断症状で死線を彷徨い正常に回復するまでにはかなりの月日を要した。
この海原の狂った凶行に恐れをなしたゲリラ部隊は彼を追放したのだが、その後も海原の狂気は止まる所を知らず、戦場から姿を消した海原はいつしか中南米を拠点とする麻薬密売組織のユニオン・テオーペの総帥にまで登り詰め、世界中に悪意をばら撒き続ける事になる。
ここまで説明すれば分かると思うが、海原を父親のように慕っていたその少年こそが冴羽獠であり、彼は海原に対し愛情と悲哀、憎しみが入り混じった複雑な感情を抱いている。
また全滅したと思われていた政府軍の小隊、唯一の生き残りが海坊主である。
彼の失明の原因は、エンジェルダストで狂戦士と化した獠のナイフ攻撃で負った傷によるものだった。
戦闘能力
使用する拳銃はコルト・アナコンダの6インチバレルに「First edition」の刻印があるもの。
獠の戦いの師匠であるため、彼の射撃の癖や速さを全て知り尽くしており、その実力は獠と同等かそれ以上だとされている。
かつて海原に裏切られ、怒りに任せて復讐に来た獠をいとも簡単に返り討ちにしている。
作中で銃の腕が獠以上と描写されているのは海原だけであり、そのうえ親子として過ごしていた相手でもあるため、技量的にも心情的にも、獠にとってはまさに最強最悪の敵である。
反面、本人の「標的に精神的苦痛を与えて楽しむ」という悪趣味に加えて、予想外のアクシデントによって船の時限爆破装置が狂ってしまい、いつ爆発するか判らない異常事態もあって作中での戦闘シーンが非常に少なく、獠との勝負自体はすぐについてしまった。
「義足に仕込んだ爆弾の自動スイッチは切ってあるよ。私の体にお前の弾が当たっても爆発することはない!!安心して撃ってくるがいい。だが決してかすりもしないだろうね。」
「おまえに銃を教えたのはこの私だ!!お前の速さも癖も全て知りつくしている…勝ち目はないよ!!」
決闘に際して獠にはこの様に言っていたが、義足に爆弾を仕込んでいるという点は凶悪なアドバンテージであり、海原が手段を選ばずに最初から本気で獠を殺す意思があれば、海原の完勝か最悪でも引き分けに持ち込めていた可能性が高い。
エンジェルダスト
ユニオンが主に売りさばく『違法薬物・PCP』の俗称。
非常に強力な麻薬であり、投与するだけで、マインドコントロールや筋力の増強、痛覚の麻痺といった様々な効果をもたらし、額を銃弾で撃ち抜かれたり、顔面をマグナム弾で吹き飛ばされたりしてもすぐには死なない身体になる。
しかも、投与された者はその洗脳効果と興奮作用によって、死すらも恐れない人間兵器(もしくは爆弾)に変えられてしまう。
獠が知る限りでは、かつて投与された犯罪者が警官隊に20発以上の銃弾を撃ち込まれても死なない「死すら忘れた狂人」と化したこともあったらしい。
ミックが投与された新型エンジェルダストは洗脳効果が強化され、命令者である海原の声以外は全く届かなかった程である。
実際にエンジェルダストを投与された獠やミックは凄まじいまでの戦闘力と生命力を発揮しており、槇村を殺害したチンピラにいたっては車を運転中の槇村を急襲し、槇村から車で壁に叩きつけられたりマグナム弾を数発身体に撃ち込まれても全く怯むこともなく、更には驚異的な怪力でズタズタに破壊した車のドアの窓枠を槇村の背中に突き刺して致命傷を負わせている。
更に筋力を人間の限界以上にまで高めるため、その反動で死に至る者もいる。
生き残ったとしても禁断症状により生死を彷徨い、地獄の苦しみを味わうことになるため、まさに悪魔の薬である。
ユニオン・テオーペはこのエンジェルダストを用いて、裏社会の人間や市民を洗脳し刺客に仕立て上げて戦力を増強し、組織力を温存しながら、組織にとって邪魔な存在を次々と抹殺しては勢力を拡大させていた。
アニメ映画『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』でも登場するが、時代背景の変化に合わせてか「体内のヘモグロビンと結合し体組織を変化させ人体を強化するナノマシン」となっている。
ただし、エンジェルダスト投与後の効果に関しては原作漫画とほぼ同じ。
現在では、副反応を抑えて狂人化しない代わりに戦闘力の向上作用は低い(使用したエスパーダがステゴロでも獠に全く敵わない程度)第二世代が使われていたが、「絶対に再現不可能」とまで言われていたオリジナルに改良を施した『Angel Dust Mod.』通称『ADM(アダム)』がユニオン・テオーペの下部組織『赤いペガサス』の依頼を受けた『バイオ企業・ゾルティック社』によって開発されてしまう。
映画の劇中で海原の手によって『ADM』を投与されてしまったアンジーは、直前まで獠との決闘に敗北して鎖骨や両腕など複数箇所に銃弾が打ち込まれて銃を構えることすらままならなくなっていたのにもかかわらず、筋肉の収縮作用によって自力で弾丸を体外へと排出し、更に凄まじい再生能力で傷を全て塞いでしまい、そして驚異的な身体能力や動体視力を発揮して獠を終始圧倒する程の常軌を逸した筋力と瞬発力を見せた。
さらに、ナノマシンによって凄まじい闘争心と驚異的な力を手に入れたことによる優越感から快楽すらも得られるのだが、アンジーの鍛えぬかれた精神力は『ADM』の洗脳効果に対して抵抗を示し、本来戦いたくないのにも拘わらず強制的に戦わされることへの葛藤と自尊心を傷つけられたことによる精神疲労が見られた(本来、エンジェルダストを使わずに正々堂々と獠に勝つことが目的だったアンジーは、『ADM』によって獠より優位に立っている事実にプライドが傷つけられ、更には育ての親である海原に裏切られたショックも重なり、僅かに残った自我でエンジェルダストに抗い、たびたび声を荒げては頭を押さえて苦しんでいた)。
余りの苦しさから、アンジーは拳銃を自らの頭に突き付けて自決まで試みるが、『ADM』の洗脳効果はそれすらも許さなかった。
このままでは、最終的にアンジーの自我は完全に消滅し、戦闘マシンとして死ぬまで戦わされることになる。
獠は『ADM』の効果切れに僅かな望みを託し、防戦一方でボロボロになりながらも持久戦に持ち込み最後まで耐え抜く覚悟でいたが、自らが助からない運命を悟ったアンジーは、獠に討たれる事を望むのだった…。
「よくやった、アノーニモ…君は、私の“最高傑作”だ…」
現在~最終決戦
海原神は麻薬密売組織という枠を遥かに超え、最早「世界の戦争を裏で操る死の巨大犯罪組織」と言っても過言ではない程のスケールにまで急成長したユニオン・テオーペの総帥として麻薬の流通や軍需事業の開拓を行う一方で、自らの「最高傑作」とも言うべき「息子」である冴羽獠と、その彼と密接に関わった槇村秀幸やミックをはじめとした多くの人間を殺害、もしくは生き地獄を味あわせ、精神的に苦しめることに至上の喜びを見いだしている。
ユニオン・テオーペが再び日本へと進行を開始し、獠たちと全面抗争となる前には、わざわざ冴羽アパートを訪れて獠と香に宣戦布告をした。
「やあ…ようやく天の岩戸を開けてくれましたか、美しい天照様!!」
一人で対応した香には世界的犯罪組織のトップとは思えないほど礼儀正しく、優しく穏やかな雰囲気で接していた。
しかし、ドア越しに彼の存在を感知し、怒りに満ちた獠が現れると、海原はその残酷な本性を現した。
「香っ、そいつから離れろっ!!」
「獠っ!?」
「よすんだ!!私を撃てばここにいる3人全員死ぬことになる!!」
コルトパイソンを構えた獠に対して、自分の義足に爆弾が詰まっていること、体に異常があった場合は自動で爆破スイッチが入ることを警告し攻撃を制止すると、その狂気じみた素顔を露わにし、彼の前でユニオンの実績を嬉々として語り始める。
この時、獠は狂気に取り憑かれ変わり果てた「おやじ」である海原を見て深く悲しみ一筋の涙を流した。
これを見た海原は一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに気を取り直し「東京湾沖に自分の船が停泊している」ことを告げる。
「白く美しい船だよ。すぐにわかるよ。いつでもいい…待ってるから」
香を殺さずに待っていたことを「特別サービス」だと嘯き、 「身のほどを知れ!!」 と捨て台詞を吐いて去ろうとする海原に獠はカンチョーを喰らわせた。
「……フ…フッ、あいかわらず…楽しい男だよ」
その日の夜、ブラッディ・マリィーは獠にかつての借りを返すべく単独で東京湾に停泊中の海原の客船に乗り込んだ。
しかし、獠たちの来襲を予測して厳重な警戒が敷かれていた船内でマリィーは海原の部屋を探す事もままならず船倉に逃げ込む。
だが、そこで彼女が見たものは…。
状況不利と判断し、撤退を決意したマリィーの前に海原が現れる。
咄嗟に海へと飛び込み、海原からの手榴弾攻撃を喰らいながらも命からがら脱出に成功したマリィーはボロボロになりながらも翌日早朝に『喫茶キャッツアイ』に辿り着く。
これを美樹から聞いた獠と香は、海原との決着をつけるため、マリィーが潜入した影響で一晩中混乱させられて兵隊が疲弊している「絶好のチャンス」に乗じて海原の客船を急襲し乗り込んだ。
すると、既に海坊主が先攻して船に乗り込んでおり、雑魚を一掃した後であった。
海坊主は獠と香に「エンジェルダストを投与された獠に全滅させられたのは自分の部隊であること」を語り、「マリィーの話を聞くまで、あの時の獠が正気ではなかったことに気付けなかった」「部隊の仲間を殺した獠を恨んだことすらあった」と後悔の念を滲ませた。
「海原への借りはきっちり返す!!死んだ仲間のために!!…おまえのためじゃあない!!」
「てれ屋さん♡」
「アホッ」
しかし、獠が兵隊の数の少なさに疑問を抱いたその時、海原は船内放送で獠達を操舵室に誘導し、客船に仕掛けた時限爆弾を始動させた上で、3人を船内に閉じ込めて自分の元へ来るよう仕向ける。
その時、天井から落下してきた隔壁で3人は通路を塞がれてしまい、獠は強制的に香と海坊主の二人と分断され、やむなく二手に分かれる事になる。
その頃、喫茶キャッツアイで介抱されていたマリィーが目覚め、美樹に獠の危機を告げる。
「だめよ…リョウは勝てない…あ…あの船には…“かれ”がいる…!!」
その頃、分断されて獠とは別ルートで進み、水攻めで船倉に誘導された香と海坊主の前に現れたのは、そこに“居る筈がない人物”であった。
そこに居た、鎖で繋がれた人物は───
───乗っていたジャンボ機を爆破されて死んだ筈のミック・エンジェルだった。
最新型のエンジェルダストを投与されていたミックは魂の脱け殻のように変わり果てた姿となって海坊主に襲いかかった。
驚異的な力を発揮し、海坊主を一方的に叩きのめすミックという惨状をただ見ているしかない香の前に海原が現れる。
「やあ、お嬢さん。髪を切ったんだね。よく似合うよ!」
「か…い…あ…あなたって人はっ!!」
「ああっ!!」
「そろそろショーが始まるよ。君をその特等席にご招待さしあげようと思ってね!!」
香は連れ去られ、海坊主は狂人兵士と化したミックに対しなす術がなく怪力で徹底的に痛め付けられるのだった。
船の最下層にあるVIPルームに香を連れ込んだ海原だったが、既に室内には獠が待ち構えていた。
「思ったより早いお着きで驚いたよ!!さすがだよ獠……」
「ゲームオーバーだ…海原」
「とんでもない、これからが本番さ!!主役は君ともうひとりのゲストだよ」
そこに現れたのは、散々痛め付けられてズタボロになった海坊主を担いだミックだった。
こうしてエンジェルダストにより洗脳されたミックと獠が戦うことになった。
「感謝したまえ獠っ!!私のおかげで生きた親友と再会できたんだよ!!」
「きさま…まさか!!」
「そう、エンジェル・ダストだ!!それも新型で強力♡」
海原は獠に「友と引き合わせるためにエンジェルダストを投与した自分に感謝して欲しい」と嘯き、尚且つ戦いを仕向けた張本人でありながら、それを「ショー」と呼び、観客として大いに楽しむつもりでいたのだ。
「うれしいだろう?獠───」
ミックを正気に戻そうと攻撃を避けながら必死に呼び掛ける獠だったが、新型で洗脳効果が強力なエンジェルダストを射たれたミックには全く届かない。
余りにも惨たらしい現実に堪りかねた香は海原に対して怒りをぶつける。
「な…なぜ、こんなひどいことができるの!?」
「なぜこんな残酷な仕打ちを獠にするのっ!?あなたも獠の父親として彼を愛してたんじゃなかったの!?それなのにこんな…!!」
「そんなに獠が憎いの?どうして憎むの!?」
「フッ…なぜ…憎いか…か?」
「じゃあ、なぜ…君はそこまで獠を愛せるのかね?…わからないだろう?人を愛するのに理由なんてないからさ」
「え…」
「それと同じだよ…愛も憎しみも同じ感情さ」
「……な…なにを……?」
理解の範疇を遥かに超えた海原の返答に対して香は、ただ戸惑うしかなかった。
その時、ミックの攻撃をひたすら避け続けて一方的に消耗するばかりの獠は、悲痛な決断をする。
(その体にはもはや心は宿っていない…つらいだろうミック──今…楽にしてやるよ、おれの手で……)
(さらばだ、ミック──)
獠の決意を感じ取った香は咄嗟にミックを救うべく彼に抱き付いた。
「撃っちゃだめえ!!獠ぉ」
「!!」
「あたしよ!!ミック!!香よっ、思い出してぇ!!」
ミックの動きは止まり、殺気は薄れて行く…。
「見て…ミック…あなたがあたしにくれたペンダントよ!!どんな危険からも守ってくれる、あなたのお守りよ!!ほ…ほら…よく…見て!!あなたの…お守りよ……」
「ミック…香よ…思い出して…お願い!!」
「カ…カ…オ…… リ……」
しかし、海原の非情な声はそれを遮った。
「ミック── その女も侵入者だ!!」
海原の命令によりミックは香を掴み上げて投げ飛ばすが、間一髪で獠が彼女を受け止めた。
そのままミックは獠と香に襲いかかるかに見えたが、香の命懸けの説得によってミックは僅かに正気を取り戻しており、獠と香の頭上を跳び越えて、後ろで観戦していた海原を攻撃する。
だが、ミックの攻撃は海原に避けられたうえに、誤って船の制御装置をエンジェルダストの驚異的な力によって素手で刺し貫いた。
この時、制御装置を破壊したミックは高圧電流で感電して倒れてしまう。
「一応拍手しておこう、私好みのショーの終わり方ではなかったがね。だが面白かったよ…エンジェル・ダストでもミックの女好きは押さえられなかったらしい…フフフ」
海原は皮肉混じりに挑発をするが、それでも獠は全く動じなかった。
ミックが船の制御装置を破壊したことにより、船に仕掛けられた爆弾の時限装置がいつ異常をきたしてもおかしくない状況になっていた。
海原は特殊防弾ガラスの隔壁を下ろし、再び獠と香を分断する。
「さあ舞台は整った。ショーのアンコールを始めようか!!」
自分には絶対に勝てないと、獠を挑発する海原に対して、獠は穏やかな目を向け語りかける。
昔…戦場で海原が左足を犠牲にしてまで自分を救ってくれたこと…自分のせいで足を失ったのに何も言わず、まぶしい笑顔を向けてくれたことを…。
「その時おれは、あんたのおれへの愛情の深さを知った。そしておれは、あんたをホントの父親と感じた」
「あの戦争の中で、あんたの存在だけが、おれの人間としての唯一の───やすらぎだった…すべてだった……」
「何を…」
「何を言ってるんだ獠っ、こんなときに!?そいつは憎むべき敵だ!!おまえが倒すべき男だ、そんな感傷はすてろぉ!!」
「フフ…ファルコン君の言うとおりだよ。よくよくショーをつまらなくするのが好きなようだな。おまえはすでに勝負に負けている!!」
「………いや…その逆さ…」
「あんたに勝てるのは、このおれだけだと言いたかったんだ」
「なぜならおれは今も、あの時の気持ちに変わりがないからさ!!おれはこの世でただひとり、最もあんたを敬愛する男だ…だから勝てる!!」
「獠… ざれごとをほざくなぁ!!」
獠との一騎討ちとなった最後の戦いは長引かず、互いに一発撃ちあった末に海原は心臓を撃ち抜かれて鼓動を止める。
「はずし…た…!?」
「私…が?」
「こ…の私がぁ!?」
この時、偶然にも床に落ちていたミックの『幸運のお守(弾丸のペンダント)』が海原の足に絡まって僅かにバランスを崩させていたのだった。
船の時限爆破装置の解除を試みた獠だったが、海原の策略で解除装置は設定されていなかった。
そこに美樹が駆けつけ、獠から香を託された海坊主は気絶しているミックも連れて脱出を急ぐ。
制御装置が故障し特殊防弾ガラスの隔壁に遮られたままの獠を、このまま置いていけないと拒否する香だったが、それを獠が諭す。
「俺が約束を破ったことがあるか!?死んでおまえを悲しませるようなことはしない!!おまえこそ逃げ遅れて、おれを悲しませないと約束してくれ!!いいな!!」
「や…約束…する…」
再会を約束した2人は「ガラス越しのキス」を交わし、別れる。
海原が使う筈だった脱出ルートが必ずある筈だと、それを探す獠に声が聞こえた。
『脱出ルートは…ない!!』
それは、心臓の鼓動が完全に止まって絶命している筈の海原の声だった。
彼は、獠に「おやじ」として語りかける。
『獠……私の…義足を撃て……』
海原は「自分の義足に詰まった爆弾を撃ち抜いて船底に穴を空けて脱出しろ」と伝えるとともに、自らの今までの行為を詫びる。
『…ありがとう獠…私の…狂気の暴走を止められるのは…おまえだけだと思っていた…』
「わかってたよ…あんたがおれにぶつけてくる憎しみの裏には…あんたの狂気の奥底に眠る良心の──叫びがあるということに…おれに助けをもとめている声だということに…!!それに応じるのは当然のことだ…」
『私は…あの地獄のような戦争の中で…人間の狂気じみた醜さしか見えなくなっていた…あの戦いの中で生き延びるには…私は狂気に走るしかなかった…人間を憎みきるしかなかった…』
『かすかに残った正気の心は必死に人間の良心を信じようとした…だが…戦争はそれさえものみこみ私を殺人鬼へと…狂気のかたまりへと変えていった…』
『戦争が終わっても私の狂気には歯止めはかからなかった…そしてこんな…』
「あんたは純粋すぎただけさ…一歩まちがえばそれは、おれだったのかもしれない…おれも、あの時、あんたを狂気から救うことはできなかった…今になってようやく…こんな形でしか、あんたを救えなかった…」
「息子として恥ずかしいと思っている…すまない…おやじ」
海原は獠に自分の狂気の暴走を止めてくれたことを感謝し、彼にかつての戦場で見せた様な優しい「おやじ」の微笑みを浮かべると一筋の涙を流し、静かにそのまま息を引き取った。
「ありが…とう… 息子……よ…」
余談
- ミックは海原が自分にエンジェルダストを投与した理由は、獠と戦わせるためではなく瀕死の自分を助ける方法がエンジェルダストだけだったからではないかと考えている。
- 獠はそのことに対しては明確な返答をしなかったが、狂気と正気が葛藤するあまり、海原自身も自分の行動が狂気なのか正気なのかわからなくなっていたのではないかと答えている。
- 作中の博識さが感じられる言動や獠の名前を見るに、獠の教養深さは海原の影響によるものと考えられる。なぜ「海原」の姓を名乗らせずに「冴羽」という苗字をつけたのかは不明。
- 設定的にラスボスに相応しいキャラクターだが、この後でエンディングへと続くエピソードが1巻分待っているため最期の敵ではない。
- なぜ心臓の鼓動が止まっている筈の海原が獠と会話が出来たのか?海原もエンジェルダストを投与していたのか?と読者からの疑問に対して作者の北条司氏は「あの時の海原は完全に死んでいました。では獠は大量の出血のせいで幻覚を見ていたのか?それとも海原の幽霊か?それは私にも分からない。御想像にお任せします」と答えている。
関連タグ
息子を抹殺する仕事を依頼した人物:ミック・エンジェル
義理の娘:アンジー
過去の同志:ブラッディ・マリィーの父、教授
過去にエンジェルダストを投与した息子を使って大損害を与えた敵:伊集院隼人