概要(古代)
1. 西暦25年に前漢の皇族劉秀(光武帝)により再興された漢王朝の呼称。
220年に魏に禅譲する形で滅亡した。
現在の日本列島にある国家(「奴国/委奴国」)が直接交渉した最古の記録が残っている王朝でもある。
中国では五代十国時代の王朝と区別するため、首都の位置を基準にして、長安に都を置いた前漢が「西漢」、こちらが洛陽に都を置いたため「東漢」と呼ばれる。
歴代の皇帝がやたら若い。最年少は僅か生後100日である。
その分早死にする皇帝も多く、50歳以上まで生きた皇帝は初代・光武帝を除けば最後の献帝のみである。
そんな状態で皇帝にまともな政治が出来るはずも無く、宦官や外戚がのさばる世であった。
概要(中世/五代)
946年に建国された五代十国時代の王朝で、五代の一つ(4つ目)。950年に僅か2代4年で滅亡した。
関連イラスト
三国志関係のものがほとんどだが、建国時の「相思相愛の幼馴染を嫁にしたリア充」こと光武帝とその家臣達のイラストも見られる。
五代の後漢は、王朝と同様に存在感が乏しく、恐らくは今後永遠にイラストが投稿される事が無い。……と言い切っても、将来にこの部分を修正する必要もないだろう。