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島津豊久の編集履歴

2014-05-19 08:47:58 バージョン

島津豊久

しまづとよひさ

島津豊久とは薩摩の戦国武将、及びそれをモデルとする人物。

史実

薩摩島津氏一族の戦国武将。父は第十五代目当主島津貴久の四男でその軍法戦術で知られる島津家久

父が総大将を務めた沖田畷の戦い(対龍造寺隆信戦)で初陣を果たし、敵一人を討ち取っている。

その後豊臣秀吉による九州征伐が始まり、島津氏は豊臣氏に降伏することになる。しかし、父家久が急死。以後は家久の兄である島津義弘に養育され、実子同様に扱われたという。

やがて父の跡を継いで日向佐土原城城主に就任。秀吉に従って文禄・慶長の役や小田原征伐などに従軍する。秀吉の死後は、重臣伊集院氏との内乱である庄内の乱に出兵して武功を挙げる。

関ヶ原の戦いにおいては伯父義弘と共に西軍として参加。しかし、庄内の乱の影響で大軍が送れず、更に義弘が提案した作戦が一蹴されるなどが原因で西軍に対する不信感が募り、戦闘には積極的に参加しなかった。

関ヶ原本戦で西軍が敗れると、切腹を覚悟する義弘に撤兵を促し、有名な島津の退き口を展開する。豊久は先陣を務めるが、徳川家康による追撃は激しく、義弘の身代わりとなって戦死した。


『采配のゆくえ』

秋、島津。


西軍の武将であり、義弘の甥。実際に島津隊の指揮をとっている。

伯父・義弘に心酔し、その指示に従って「関ヶ原」に参加している。

石田三成を嫌ってる様子。



ドリフターズ

命捨てがまるは、今ぞ!!


PVアニメ版CV:中村悠一

妖怪首おいてけ

関ヶ原の合戦で捨てがまりを行い、今しも討ち死にというところで異世界に迷い込む。

人生はっぱ隊。

薩摩が生んだ殺人マッシーン。薩人マシーン。(作者談)現代の30代レベルの薩摩訛りで喋る。70歳以上の薩摩訛りになると通訳が必要になるから仕方ないね。

頭自体は悪くないが、戦と首を取ること以外に頭をあんまり使用しない。

非常に好戦的で、本人も「薩摩ん兵子で血迷うておらんもんは一人もおらん」と認めるほど。

しかし、その反面自分を助けたエルフを庇い加勢したり、女子供に対する非道に憤慨するなど、義理堅く人情に篤い一本気な性格で、実はかなり良い人。


うっかり戦国4コマ かいこ

とよひーさ


久山ちずうっかり戦国4コマ かいこ』の登場人物。


戦国無双4

無双豊久


【若き薩摩隼人】(CV:宮坂俊蔵

薩摩・島津家の血気盛んな若武者。どこまでも一途でまっすぐ、失敗してもそれを糧に成長することのできる人物で、時に無謀とも思えるほどの行動力を持つ。伯父・義弘には多大な恩義を感じ、義弘のためならば自らの命をもかえりみない。


その他

大河ドラマ

大河ドラマ徳川家康』、『葵徳川三代』、『功名が辻』の登場人物。


ゲーム

信長の野望』、『太閤立志伝』、『決戦』の登場人物。


関連タグ

戦国武将 武将 創作戦国 島津家

九州勢 鹿児島県

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