大威徳明王
だいいとくみょうおう
大威徳明王とは、仏教の神仏の一尊である。
概説
梵名をヤマーンタカ【यमान्तक:yamaantaka】といい、「夜摩(ヤマ)を終わらせる者(アンタカ)」の意味を持つ。
そのため「降閻魔尊」とも呼ばれ、閻魔(夜摩天)を超える存在とされる。
アンタカは「殺す者」「倒す者」とも訳せるが、説話上ではヤマと敵対はしていない。
「ヤマをも圧倒する存在」というニュアンスである。
別名は「ヴァジュラ・バイラヴァ(金剛の畏れるべき者、怖畏金剛尊)」「マヒシャ・サンヴァラ(水牛を押しとどめるもの)」。
チベット仏教では文殊菩薩の化身とされ、日本では文殊菩薩に加え阿弥陀如来を本地とし、この二尊が人々を教化するために変化した姿だとされる。
ヤマーンタカの尊格名にはもう一つの意味がある。死神ヤマが象徴する、生死を繰り返す輪廻を終わらせる、つまり衆生に悟りを開かせ解脱させ、永劫なる輪廻の輪から解放する。
その本体が仏智の象徴である文殊菩薩、衆生を極楽浄土に転生させ成仏に導く阿弥陀如来であることは示唆的である。
各伝統での位置付け
その姿は主に「六面六臂六足」「九面三十四臂十六足」の二パターンで伝わっている。
漢訳経典を用いる伝統での大威徳明王
六面六臂六足と、明王の中でも際立った異形の持ち主で、水牛に跨っている。
特に多面多腕は仏教の尊像に数あるが、多脚まで変化が及ぶのはこの明王ぐらいである。
手には宝棒(棍棒)、戟、弓と矢、剣、宝輪を携える。宝棒は大威徳明王の象徴として特筆されるものに挙げられている。
その六面で六道輪廻をくまなく見渡すとされ、手に持った数々の武器で物的や悪魔を威嚇して仏法を守り、六足の姿を以て六波羅蜜(仏教修行者が達成すべき「布施、自戒、忍辱、精進、禅定、智慧」の六つの修行)を怠ることなく続けていく決意を示している。
チベット仏教におけるシンジェシェ
チベット語ではヤマーンタカは「シンジェシェ」と訳される。「シンジェ」がヤマ、「シェ」がアンタカに対応する。
チベット仏教では特に重要視される尊格であり、ときに怒れる神仏たちの筆頭に挙げられるほど。
チベット仏教では文殊菩薩(ジャンベーヤン)の憤怒相とされる。
ヴァジュラ・バイラヴァの異名をチベット語訳した「ドルジェ・ジグジェ」の名でも呼ばれる。
ヤブ・ユム(歓喜仏、父母仏)では明妃ヴァジュラヴェーターリと抱擁しあった姿で描写・造像される。
九面三十四臂十六足の持ち主であり、足元には煩悩を象徴する悪鬼や鳥獣を踏みつける形になっている。
ヤマーンタカ像の中には、背中に横向きにした象の革をつけているものもある。
ある説話では、悟りを開く直前まで達した僧侶が、盗賊に飼っていた水牛諸共殺され、その怨念から牛頭の悪鬼として蘇り、盗賊はおろか、周辺の住民まで虐殺の限りを尽くした。困り果てた人々は文殊菩薩に救いを求めると、文殊菩薩は九面三十四臂十六足の牛頭の夜叉(魔神)に変化し、悪鬼を打ち倒して僧侶の魂を救ったという。
「水牛(の鬼神)を押しとどめる者(マヒシャ・サンヴァラ)」の異名を体現するエピソードであり、ここでの姿が「ヤマーンタカ」として語られている。
なお夜叉が明王となった場合、角が取れるのが通例であるが、このヤマーンタカは「夜叉が仏教に帰依したもの」ではなく、「仏菩薩が夜叉めいた姿に化身したもの」ものであるため、中核となる角のある水牛の頭がそのまま付いている。
チベット仏教の主流宗派ゲルク派開祖ツォンカパのイダム(守護尊、僧侶や寺の守り本尊)であり、ゲルク派の根本経典に説かれる主要本尊でもあることからチベットにおいて広く根強く信仰されている。
御真言
オン シュチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ