概要
米ボーイング社が設計・製造する中型旅客機。2011年現在の同社の最新鋭機である。
愛称「ドリームライナー」。
中型機であるがそれまでの大型機並の航続距離を実現しており、大型機を飛ばす程ではないが需要が期待される長距離路線への投入が想定されている。
2011年11月1日より、ローンチカスタマーでもある全日本空輸(全日空、ANA)によって、羽田空港~岡山空港・広島空港間にて世界で初めて定期便に投入され、以後その他の国内亜幹線(羽田~熊本等)や、上記の通り中需要長距離路線への投入が行われている。2012年には日本航空(JAL)へも納入され始めた。
ちなみに米国企業製といいながら機体の多くの部分は各国で製造される。特に日本企業(三菱重工業など)の分担比率は約35%に及んでいる。
開発の経緯
ボーイング社は777に続く「新商品」として、「遷音速(ほぼ音速に近い速度)で航行する中型旅客機が必要になるだろう」と予想し、「ソニッククルーザー」計画を立ち上げた。
このソニッククルーザーはカナード付のダブルデルタ翼と低バイパス比ターボファンエンジンを持ち、マッハ0.95程度で航行する中型機という計画である。
しかし、2001年のテロにより航空利用者が低迷したことで「速度よりも経済性」という流れになったため、ソニッククルーザー計画を中止。当時「7E7」という仮称が与えられていた、767クラスの高効率の中型機開発に着手する。これが後の787となった機体である。
(ただ、このソニッククルーザー計画自体も外観と「遷音速で飛ぶ旅客機」という発表がなされた程度であり、一部では本当はソニッククルーザーを商品化するつもりなど最初からなかったとか、A380に対する嫌がらせのためだけに発表したなどとすら言われることもある)
2004年に全日本空輸が50機の大量発注を行ったことにより本格的な開発がスタートしたが、多くの開発メーカーの足並みが揃わず開発は難航し、初飛行は計画より2年遅れ、約275億ドル(3兆円以上)という空前の開発費用を費やしたという。本機の膨大な開発費用は、2010年代のボーイングの経営を圧迫する要因になった。
んで、今までの飛行機とどこが変わったの?
機体に炭素繊維複合材(カーボンファイバー)を全面採用
787の一番の特徴と言えるのが、機体に炭素繊維複合材を全面的に採用したことである。
従来の航空機でも炭素繊維複合材は使われていたが、飽くまで部分的に採用されただけであった。
一方787は、エンジンカウルのような熱影響の大きい部分以外は殆ど炭素繊維複合材を採用している(機体に至ってはほとんどが炭素繊維製とも言われる)。
ここが最大の違いといえるだろう。
炭素繊維は以下の様な特性を持つ。
- 長所
(金属材料と比べて)軽い・強度が高い・しなやか・湿気に強い・金属疲労が起こらない
金属材料とくらべて軽いということは当然燃費向上に寄与する。
「強度が高い」というのは、機内の与圧の圧力を今までより上げることができる(従来の飛行機は機内の与圧が高度2400m相当だったのに対し、787では1800m相当の圧力にまで高められるとされている)ということでもあるし、さらに空気の薄い高々度を飛行できるということにもつながる。
高々度なら空気が薄い、つまり空気抵抗が少ないので結果として燃費向上につながる。
(「ファントム無頼」で旅客機の機長・伊達がハイジャッカーに対して「この機はハワイまでの燃料しか積んでない。お前たちの行きたいところに行くには高度を上げて省エネするしか無い」と発言したのは、要するにこういうことである。尤も本当は、高々度からの弾道飛行で一時的な無重力状態を作り出し、神田・栗原コンビにハイジャッカー制圧のチャンスを与えるためであったが)
また、「しなやか」という特性は、振動を素材自体が吸収出来るということであり、結果として乗り心地の向上につながる。
「湿気に強い」という特性は、機内の湿度を地上とほぼ同じ程度に引き上げることを可能としたことを意味する。(従来の航空機の機内がとんでもなく乾燥していたのは、ぶっちゃけると錆を防ぐためである)
金属疲労が起こらないというのは説明不要。強度計算とかでの悩みどころから解放される。
- 短所
熱に弱い(燃えやすい)・異方性がある・高い
そんな炭素繊維でも弱点はある。
まず、燃えやすい。
炭素繊維というくらいなので、主成分は炭素の塊である。よって、難燃化の処理は必須である。
異方性というのは、ものすごく乱暴に言うと「特定の方向の力にだけ弱い」ということである。
異方性の例としてわかりやすいと思われるのは「さけるチーズ」であろう。
さけるチーズはチーズの繊維の集合体なので、横からだと結構歯ごたえがある(切れにくい)けど、縦に裂くとあっさりと小さく出来る。
実はこれと似た性質が炭素繊維複合材にもある。
炭素繊維複合材により部材を構成するには、まず炭素繊維を目的の形に整形した上で、その整形した繊維を焼き固め、さらにプラスチックをしみこませるという手法をとっている。
このうち「炭素繊維を整形する」というのがクセモノである。
炭素繊維の正体は呼んで字のごとく炭素の繊維、糸である。この糸を編んだり巻いたりして「原型」を作るのである。
飛行機の胴体のような「筒形」の部材を作るには、炭素繊維をまず芯に巻きつけて形を作り、それを焼き固めてプラスチックを浸透させる。
この「芯に巻きつける」という工程で、丁度糸巻きのような状態になり、「軸と直角方向にせん断する力に弱い」という性質が生まれてしまう(土産物店で売られている、いわゆるマジックスプリングを思い浮かべればなんとなくでも想像出来るだろう)。
要するに、例えば胴体の場合は「押したり引っ張ったりする力には弱くても、ずらす力には弱い」という性質となってしまうのである。
金属材料であればさほど気にする必要は無い(一枚の板なので。誤解しないように言っておけば、金属にも結晶の成長方向などにより異方性は発生する)が、炭素繊維の場合はそうは行かないのだ。(金属材料と比べれば、無視出来ないほどの異方性が発生する)
「高い」というのは、まだ炭素繊維複合材自体が特殊な素材に入る故の宿命と言える。ここは量産化に期待するしか無い。
「オール電化飛行機」
787はエンジンの始動に、自動車と同じようにセルモーターを使っての起動を可能としている。
これにより、高圧コンプレッサーの設備がない空港にも理屈の上では就航できる。
また、主翼の除氷装置も除氷ブーツ(乱暴に言えばゴム風船みたいなもの。空気を入れて膨らませて氷を割る)から電気ヒーターに変更したり、ブレーキも電気式に変更したりと言わば「オール電化飛行機」となっている。
これによりブリードエア(エンジン内の圧縮空気を一部取り出して圧力源や空調などに回す)の使用を極限まで抑えることにより、エンジンの出力を可能な限り推力に回す事ができた(≒余計なエネルギーを使わなくて済む、つまり燃費が向上した)。
中型機ながら大型機並みの航続距離
空気抵抗の少ない高々度の飛行を可能とする・「オール電化」によりエンジンのパワーを余計なことに割かなくて済むようになった・新素材の採用により軽量化が図られたなどにより、B787はB767と同クラスの中型機ながら大型機並みの航続距離を手にすることができた。
これにより、需要がちょっと微妙な遠距離路線にも中型機である787で直行便を設けることにより、採算を採りやすくなった。
787に関しての疑問
- 787による置き換え対象は767の他に一部の777となっているけど、なんで中型機で大型機の777を置き換えるの?
これは、要するに「需要はそれほどのものでしか無いが、距離の関係で仕方なく大型機を使っていたところに、『航続距離の長い中型機』である787を投入して採算を採りやすくするため」であると思われる。
現代の旅客機は機体=燃料タンク、特に主翼の内部を燃料タンクとする設計が主流である(インテグラルタンク)。
言い方を変えれば、機体が大きいほど燃料タンクの容積も大きくなるので航続距離も伸びるということである。
このため、そこそこ距離のある路線では例え需要そのものは微妙でも距離の関係で仕方なく大型機である777などを投入しなければならなかったが、「航続距離の長い中型機」である787に置き換えれば、航続距離は777並なのに採算の取りやすい中型機という787を使用することにより、適正なコストで運航できる・・・ということが見込まれているため、と思われる。
不具合
2013年、ANAとJALが運航するB787に相次いで出火事故があり、全世界のB787が全て運航停止されるという事態に発展した。
火元はバッテリーであり、これは日本企業のGSユアサが担当した部分であったことから、日本企業の技術に疑いの目が向けられることになった。
ボーイングは対処マニュアルを整備し運航を再開。GSユアサのバッテリーも引き続き使用することを発表したが、いまだ原因の完全な解明には至っていない。