概要
ボーイング787 ドリームライナー(Boeing 787 Dreamliner)は、アメリカ合衆国のボーイング社が開発した中型の最新鋭ワイドボディ機。
2011年11月に日本の全日本空輸(ANA)が東京国際空港〜岡山空港・広島空港間で世界初となるB787商業定期便の運航を開始した。ANAに対抗する日本航空は国際線で2012年からB787の運航を開始し、国内線には2019年から導入した。
米国製という建前だが機体製造は各国によって分担されており、三菱重工業をはじめとする日本企業の貢献が非常に大きい機種となっている(機体全体の35%ほどは日本企業が担当)。またローンチカスタマーが日本企業(全日本空輸)だったこともあり、日本とは切っても切り離せない関係にある。
機体サイズは中型だが大型機と比べても遜色ない航続距離を持っており、大型機を入れるほどの需要はなくとも、それなりに人が集まるような長距離路線を埋めてくれる機材として活躍している。
開発経緯
ボーイング社はベストセラーとなったボーイング777に続く新商品として、当初はソニッククルーザー計画を立ち上げていた。これはマッハ0.95、ほぼ音速で飛行する中型旅客機の構想であった。しかしアメリカ同時多発テロ事件の影響で航空需要が壊滅的に低迷したために経済性のないこの計画は凍結され、ボーイング767クラスの中型機「7E7」の開発に切り替えることになった(ただしソニッククルーザー計画も外観と音速近くで飛ぶ中型機構想であるという発表がなされた程度であり、一部ではボーイング社がソニッククルーザーを商品化するつもりなどハナからなかったとも言われている)。
2004年に全日本空輸が50機を発注してローンチカスタマーとなり、本格的な開発が始まった。しかし開発メーカーの足並みが乱れて開発は難航。初飛行は計画より2年遅延し、約275億ドル(3兆円以上)の開発費用がかかってしまった。なんとか開発には成功したものの、B787の膨大な開発費用は2010年代のボーイング社の経営をかなり圧迫してしまい、負の面も浮き彫りにした。
んで、今までの飛行機とどこが変わったの?
機体に炭素繊維複合材(カーボンファイバー)を全面採用
787の一番の特徴と言えるのが、機体に炭素繊維複合材を全面的に採用したことである。
従来の航空機でも炭素繊維複合材は使われていたが、飽くまで部分的に採用されただけであった。
一方787は、エンジンカウルのような熱影響の大きい部分以外は殆ど炭素繊維複合材を採用している(機体に至ってはほとんどが炭素繊維製とも言われる)。
ここが最大の違いといえるだろう。
炭素繊維は以下の様な特性を持つ。
- 長所
(金属材料と比べて)軽い・強度が高い・しなやか・湿気に強い・金属疲労が起こらない
金属材料とくらべて軽いということは当然燃費向上に寄与する。
「強度が高い」というのは、機内の与圧の圧力を今までより上げることができる(従来の飛行機は機内の与圧が高度2400m相当だったのに対し、787では1800m相当の圧力にまで高められるとされている)ということでもあるし、さらに空気の薄い高々度を飛行できるということにもつながる。
高々度なら空気が薄い、つまり空気抵抗が少ないので結果として燃費向上につながる。
(「ファントム無頼」で旅客機の機長・伊達がハイジャッカーに対して「この機はハワイまでの燃料しか積んでない。お前たちの行きたいところに行くには高度を上げて省エネするしか無い」と発言したのは、要するにこういうことである。尤も本当は、高々度からの弾道飛行で一時的な無重力状態を作り出し、神田・栗原コンビにハイジャッカー制圧のチャンスを与えるためであったが)
また、「しなやか」という特性は、振動を素材自体が吸収出来るということであり、結果として乗り心地の向上につながる。
「湿気に強い」という特性は、機内の湿度を地上とほぼ同じ程度に引き上げることを可能としたことを意味する。(従来の航空機の機内がとんでもなく乾燥していたのは、ぶっちゃけると錆を防ぐためである)
金属疲労が起こらないというのは説明不要。強度計算とかでの悩みどころから解放される。
- 短所
熱に弱い(燃えやすい)・異方性がある・高い
そんな炭素繊維でも弱点はある。
まず、燃えやすい。
炭素繊維というくらいなので、主成分は炭素の塊である。よって、難燃化の処理は必須である。
異方性というのは、ものすごく乱暴に言うと「特定の方向の力にだけ弱い」ということである。
異方性の例としてわかりやすいと思われるのは「さけるチーズ」であろう。
さけるチーズはチーズの繊維の集合体なので、横からだと結構歯ごたえがある(切れにくい)けど、縦に裂くとあっさりと小さく出来る。
実はこれと似た性質が炭素繊維複合材にもある。
炭素繊維複合材により部材を構成するには、まず炭素繊維を目的の形に整形した上で、その整形した繊維を焼き固め、さらにプラスチックをしみこませるという手法をとっている。
このうち「炭素繊維を整形する」というのがクセモノである。
炭素繊維の正体は呼んで字のごとく炭素の繊維、糸である。この糸を編んだり巻いたりして「原型」を作るのである。
飛行機の胴体のような「筒形」の部材を作るには、炭素繊維をまず芯に巻きつけて形を作り、それを焼き固めてプラスチックを浸透させる。
この「芯に巻きつける」という工程で、丁度糸巻きのような状態になり、「軸と直角方向にせん断する力に弱い」という性質が生まれてしまう(土産物店で売られている、いわゆるマジックスプリングを思い浮かべればなんとなくでも想像出来るだろう)。
要するに、例えば胴体の場合は「押したり引っ張ったりする力には弱くても、ずらす力には弱い」という性質となってしまうのである。
金属材料であればさほど気にする必要は無い(一枚の板なので。誤解しないように言っておけば、金属にも結晶の成長方向などにより異方性は発生する)が、炭素繊維の場合はそうは行かないのだ。(金属材料と比べれば、無視出来ないほどの異方性が発生する)
「高い」というのは、まだ炭素繊維複合材自体が特殊な素材に入る故の宿命と言える。ここは量産化に期待するしか無い。
「オール電化飛行機」?
787は駆動系以外の動力を極力電力で賄っているため「オール電化飛行機」と呼ばれることがある。
ブリードエア(エンジン内の圧縮空気を一部取り出して与圧や空調などに回す)を廃止し、主翼の除氷装置をブリードエアを使う除氷ブーツ(空気を入れて膨らませて氷を割る)から電気ヒーターに変更し、与圧も電動ポンプで行なっている。また、油圧ポンプをエンジン直結からモーター駆動に置き換え、油圧で動いていたブレーキも電気式に変更した。これにより、エンジンの負荷を軽減し、燃費を向上させている。
もちろんその分電気系統を大幅に強化しており、従来機ではエンジン1基に対して1つであった発電機を2つずつ装備している。従来はエンジンの回転数に関係なく発電周波数を交流400Hzに保つ定速装置付きダイナモであったが、787は逆に電気を流せばスターターモーターとしても機能するジェネレーターに変更された。これにより自動車と同じように駐機状態からの単独でのエンジン起動を可能とし、理屈の上では高圧コンプレッサーの設備がない空港にも就航できる。787のジェネレーターは定速装置を廃しているので発電する交流の周波数(360~800Hz)がエンジン回転数に応じて変化してしまうが、半導体スイッチングによって常に一定の周波数を出力するようになっている。
しかし、飛行のための推力は従来通りジェットエンジンのみから得ており電気飛行機やハイブリッド電動飛行機ではないし、油圧系統も廃止していない(動翼の駆動を油圧ではなく電動にしたとの解説もあるが誤りである。油圧ポンプが電気式になったことを直接電気駆動と混同したものと思われる)。このため787を導入した航空会社は「住宅にたとえるならば、全エネルギーを電気でまかなうオール電化住宅になったわけではなく...『ガス暖房がエアコンでの暖房になった』といった話のイメージの方が適切です」としている。
中型機ながら大型機並みの航続距離
空気抵抗の少ない高々度の飛行を可能とした・エンジンのパワーを駆動(と発電)以外に割かなくて済むようになった・新設計の翼により最適化が図られたなどにより、B787はB767と同クラスの中型機ながら大型機並みの航続距離を手にすることができた。
これにより、需要がちょっと微妙な遠距離路線にも中型機である787で直行便を設けることにより、採算を採りやすくなった。
B787に関しての疑問
- B787の置き換え対象はB767・B777とされているが、何故大型機であるB777を置き換え出来るの?
- 先述した通りB787は機体サイズは中型だが大型機並の航続力があるため、各航空会社ではB777を入れるレベルの需要がない路線に以前は航続力の観点から仕方なくB777を入れていたところを、新型のB787が埋め合わせする形になった。これにより採算が取りやすくなったのである。
- 日本航空での例を挙げるなら羽田〜シンガポール線、羽田〜ヘルシンキ線などはこれに該当する。国内線でも羽田〜伊丹線はB777シリーズからB787に取って代わられた。
バッテリートラブル
2013年の年始に、日本航空・全日本空輸のB787がそれぞれボストン(米国)・高松で機内に搭載されたリチウムイオンバッテリーから出火する事故を起こしたためにアメリカ連邦航空局(FAA)が耐空性改善命令を発令、一時的に全世界のB787の運航が停止された。どちらも日系航空会社で起きたトラブルであったことに加え、ANAのトラブルでは高松空港に緊急着陸した際に5人の負傷者を出したことから日本国内では大騒動となった。
なお火元のバッテリーを製造したのは日本企業の「GSユアサ」だったため、日本企業の品質管理体制にも疑いの目が向けられた。ボーイングは対処マニュアルを整備し運航を再開、GSユアサのバッテリーも引き続き使用することを発表したが、結局事故の原因は解明することが出来なかった。