ピクシブ百科事典は2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

閑院宮典仁親王の編集履歴

2019-11-29 15:53:38 バージョン

閑院宮典仁親王

かんいんのみやすけひとしんのう

閑院宮典仁親王とは江戸時代中期の皇族、閑院宮2代当主。光格天皇の父。

概要

父は閑院宮を創始した閑院宮直仁親王、母は閑院宮の女房、讃岐、異母弟には鷹司家の養子になった鷹司輔平がいる。第113代・東山天皇は祖父。典仁親王の名は江戸時代のもので明治になってから慶光天皇(きょうこうてんのう)または慶光院という。

プロフィール

続柄閑院宮直仁親王の第二皇子
身位親王
敬称殿下
出生享保18年2月17日(1733年4月1日
死去寛政6年7月6日(1794年8月1日
配偶者(妃)成子内親王、(女房)大中臣祐智女、(女房)りて、(女房)紫雲院、(女房)おさ、 (女房)大江磐代、(女房)加久、(女房)交野
子女致宮、俊宮、方宮、良宮、弥数宮、時宮、孝宮、祐宮、寛宮、精宮、鏗宮、建宮
父親閑院宮直仁親王
母親讃岐

経歴

1779年に後桃園天皇が崩御、天皇には皇女しかいなかったため、典仁親王の第六王子の師仁親王(兼仁親王)に天皇の第一皇女欣子内親王を娶わせ、養嗣子として即位した(第119代・光格天皇)。光格天皇は、父の典仁親王に太上天皇の尊号を贈ろうとしたが、江戸幕府老中・松平定信に反対され、贈る事はできなかった。(尊号一件)


明治時代に明治天皇の高祖父にあたるという事で「慶光天皇」の諡号と「太上天皇」の尊号が贈られた。ただし歴代天皇の代には入らない。


系譜

王子

第一王子:美仁親王(第三代閑院宮)

第二王子:守典親王、仁和寺宮 深仁入道親王

第三王子:保和親王、輪王寺宮 公璋入道親王

第四王子:保業親王、輪王寺宮 公延入道親王

第五王子:周翰親王、妙法院宮 真仁法親王

第六王子:師仁親王後に兼仁親王(光格天皇

第七王子:嘉種親王、聖護院宮 盈仁法親王

第八王子:精宮

第九王子:鏗宮

第十王子:建宮

王女

第一王女:弥数宮

第二王女:宗恭女王


関連項目

朝廷 皇族 閑院宮 光格天皇 尊号一件 慶光天皇

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました

見出し単位で編集できるようになりました