概要
古代ローマの詩人オウィディウス【Ovidius】(BC43-AD17)による作品。「変身」を共通テーマとして、多くのギリシア・ローマ神話を集大成して一本の叙事詩へと繋ぎ合わせた大作である。原題はMetamorphosesといい、『転身物語』『変形譚』などと訳されることもある。おおむねギリシャに由来する神話を扱いながらも、登場する神々はすべて同一視されたローマの神々の名で言及している。ゼウス→ユピテル、ヘラ→ユノという具合である。
その名の通り登場人物たちが動物や植物、果ては無生物など、さまざまなものに姿を変える物語に満ちている。神々が自らの目的を遂げるために変身することもあれば、人間やニンフたちが、時には神々による救済として、時には神罰として、時には神々の気まぐれや身勝手な都合のために、何物かに変身させられることもある。
作品としての特徴は、何と言っても神々の愛憎劇にある。超自然的な能力を持ちながらも、情操的には人間とほぼ変わらない神々たちが欲望、嫉妬、虚栄心といった感情をむき出しにした昼メロさながらのドラマを繰り広げ、そこに巻き込まれた人間が何かに変身させられるというパターンの物語が非常に多い。
娯楽性の高い人間ドラマとしてのギリシャ神話というイメージは本書によって定着したといっても過言ではない。ギリシャ神話として一般に流通している物語の多くは、日本に普及しているものも含めて、本書を典拠としたものである。
神話をモチーフとした絵画や彫刻の題材の多くを提供するなど、西洋文化に与えた影響は非常に大きい。
アポロンの執拗な求愛から逃れるために月桂樹に姿を変えたダフネの物語に代表されるように、オウィディウスによる変身のプロセスの描写はきわめて技巧的で生き生きとしており、一読すれば創作欲を駆りたてられるpixivの絵師たちも少なくないに違いない。
余談
ギリシア古典語およびラテン語学、ギリシア・ローマ古典文学研究者で、印欧比較言語学者の高津春繁は、本作をギリシア神話研究の立場から見て以下のように評している(岩波文庫『アポロドーロス ギリシア神話』より)。
「オヴィディウスの『転身譜』〔=『変身物語』〕はギリシア神話にかりて大衆むきの読物、ことに恋の物語を面白おかしく語ったものであって、その中に描かれている多くの愉しい情景はローマ帝政時代の日常生活のそれであり、その中に表出せられている感情もまた同じくこの詩人の時代のソフィスティケーティッドなものである。これが近世初頭以来欧州における詩歌の好題材と考えられるにいたり、ギリシア神話は多くの詩人によって再び取り上げられ、これに近代的感情が吹き込まれ、ヘレニズム時代の感傷主義によって変化した神話はここに再度の転身を行なった。日本に紹介せられたギリシア神話は主としてかかるものなのであって、例えばエンデュミオーンとかナルキッソスとかというふうな、ギリシア神話英雄伝説の本筋からいえば大して重要ではないヘレニズム式恋物語が多く、かえってその中心となるべき諸英雄家の系譜はおろそかにせられ、なんということなしに甘ったるい肉感的なものに堕してしまっている」。
作者のオウィディウスの名は、Ovidiusと書くが、この時代のラテン語(古典時代)では、“v”は今日の“w”とほぼ同じ発音であったと推定されているので、オウィディウスと表記される場合が多いが、上記の高津春繁のように、オヴィディウスと読む場合もある。英語ではOvid(オヴィッド)と呼ぶ。
フルネームは、プブリウス・オウィディウス・ナソ(Publius Ovidius Naso)である。
作中の代表的な変身
- ダフネの月桂樹への変身
- ナルキッソスの水仙への変身/生まれ変わり
- エコーの谺への変身
- ヒュアキントスのヒヤシンスへの生まれ変わり
- アドニスのアネモネへの生まれ変わり
- ミュルラの没薬(ミルラ)への変身
- アクタイオンの鹿への変身
- アラクネの蜘蛛への変身